彼女の本丸運営がまとまるまで

「#名前2#さま! タイマー鳴りました!」 「開けろ!」 「手が肉球で開きませぬ!」 「そうだったな!!」  カパッと開けるとだしの効いたいい匂いが鼻をくすぐった。ちなみに先ほどの書類はもう書き終わってこんのすけに送ってもらった。システムどうなってるのか聞いたら某青い猫ロボの機械を再現しているらしいのだがさっぱりわからなかった。たぶん、審神者七不思議の一つにでもなってる気がする。 「うっまそう」 「はいです~」  和風だしの野菜春雨スープなるインスタント麺を発見した#名前2#とこんのすけは燭台切の目を盗んで食べようとしていた。世祖はすでにお昼を食べているのでもうお昼寝タイムである。天蓋は外されてもなおファンシーなベッドに自前のランドセルを枕に寝ている小学生。そしてその隣で春雨スープを食べようとする男と狐。 「ねえ、沖野さん。あの様子、まったくかっこよくないよねえ?」 「そうだねえ。僕がせっかく用意したあのベッドをあんなにもめっちゃくちゃにするなんてねえ」  沖野と燭台切は2人してズレた見解をしながら開かれた障子の奥を見ていた。沖野がなぜここにいるのか。それは燭台切にはどうでもいいことだったし、燭台切がここにいる理由も沖野にとってどうでもいいことだった。燭台切にとって大事なことは主である。そんな視線を感じながらも#名前2#は春雨をすすり、こんのすけはそのスープで作られたねこまんまを懸命に食べていた。すべて食べ終わったところで歯磨きをしてようやく「まだ出て来ないのか?」と聞いてみた。  こんのすけは「え?」と聞き返したが燭台切たちではなく出てきたのは今剣だった。バリンンと大きな音を立てて屋根をけ破って出てきたのである。ビビるこんのすけの横で春雨のカップをほこりからきちんと守っている辺り彼は腹の意地が悪い。 「あそびにきました!」「おう」 「アイスください!」「ないぞ」 「じゃあ、おせんべい!」「ほい、ごません」「ンマァーイ!」「よかったな」 「あ、たんとう おわったみたいですよ?」「!? っしゃ、見に行こうぜ。今剣」「#名前2#さま、だっこ~」「しゃあねえなあ」  ヒョコヒョコと春雨のカップのにおいをかいでいたこんのすけを肩に乗せて今剣をもう片方の腕で抱っこして「いくぞー」と障子を開いた。 「んで、沖野さん。燭台切。俺に何か用か?」  うわぁ、と燭台切は口の中でつぶやいた。まさかこんなかっこわるい姿でバレてしまうとは思わなかった。 「#名前2#君、レア出したんでしょ? こんのすけが連絡くれたからね。政府(こっち)も喜んでるし」 「久々の鍛刀だからですか?」 「まあね」 「一緒に行きますか?」 「そうだね。燭台切君もいくだろう?」  急に話を振られてビックリしたが、この男の目には「絶対こい」という意思がありありと現れていて「あ、ああ」と告げることしかできなかった。主の世祖はいつのまにやら#名前2#の背中にへばりついており、こんのすけがしっぽでなんとか持ち上げていた。と思ったら#名前2#の腰の骨に足をひっかけてもはやよりかかっている様子だ。 「…世祖も成長したもんだ」 「キノ、はよぉー」 「ああ、おはよう。最近の調子はどうだい? #名前2#君」 「ぼちぼちだな。あんたのおかげで日課がわりと免除されてるから過ごしやすいよ」 「それはよかった」  燭台切も日課のことは知っていたが、なるほどこの本丸でやけにゆっくり過ごさせられているのはこんな理由だったのか、と納得を覚えた。 「それで、時間は3時間20分だったっけ」 「そうっす」 「となると、鶴丸国永か一期一振か江雪左文字か鶯丸の4振りだね」 「……」  燭台切は覚えのある名前を聞いて肩を揺らしてしまった。#名前2#も沖野もそれに気づいたが何か触れるわけでもなく「何が来ても太刀をイチから育てなきゃいけねえのは気が重い」という話を続けた。本丸は鍛刀やドロップは少なく、どちらかというと引き取りばかりである。レベル差はかなりひどい。そこにレベル1の太刀というのは…。 沖野が想像しても「うわぁ」という光景だった。 「そしたらもう少しレベリング頑張らないと。今ある面は6面まであるけど、そこは短刀たちが頑張ってくれる場所だからねえ」 「うぃっす」 「#名前2#さま、ぼくがんばりますよぉ!」 「#名前2#!! っちも!」 「うん、肩で騒ぐのはやめような」  まるで保父さんのような姿で廊下を歩く#名前2#はなんというか気安いおじさんという感じである。 「さ、開けてみようぜ」  鍛刀部屋に到着して世祖が刀に触れると、なにやら桜が舞って人が降り立った。うす水色の髪の毛を長く長く垂れながして、僧侶の袈裟に手甲をつけている男だ。燭台切は一番来てほしくない人であったことに安堵しながらも、二番目に来てほしくなかった人だとわかって複雑な気持ちを隠せないでいた。 「……江雪左文字と申します。戦いが、この世から消える日はあるのでしょうか……?」  #名前2#はぽけっと目の前の江雪を見つめ世祖は今剣に蹴られながら#名前2#の腹を登ろうとしていた。沖野はこのタイミングでくる江雪に笑いがなんとなくこらえきれず、燭台切は合わせる顔がない。最初に口を開いたのは江雪だった。 「あの…?」 「ああ、すまん。俺は#名前1#。あいにくと号しか教えられないが#名前1##名前2#と言う。 んで、お前の主はこいつ。指貫世祖な。俺はコイツの守護役を仰せつかってるんだ。俺のことは気軽に呼んでくれ。あと、さっきの独り言みたいな質問にわざわざ答えるとするとだな、そんなのお前次第だ、刀の兄さんよ。お前の働きかけ次第で世界は変われる。とだけ言っておこうかな」  江雪はこの本丸でちゃんとやっていけるのか心配が頭に先だった。  秋田が遠征部隊を迎え入れ、大広間につれてきてくれた。加州は内番をしていたままだったせいか泥だらけである。「だっせぇ」と笑うと加州よりも先に沖野に怒られてしまった。 「そんな子どもじみた会話するんじゃない」 「すいません」 「まあいいや」  沖野は俺の首根っこをぱっと離すと「それじゃあ刀も確認したことだし僕は帰るからね。今週のビデオ通話はやらなくていいけど書類は出すんだよ」「了解です」  おろおろと視線を動かす江雪に小夜がかけよってきた。 「江雪兄様…!」 「小夜…!!」  二人でひっしと抱き合って「よかったです、あえて」「うん、僕もだよ」と言っていた。 「……。ってことで、ほい江雪。これ、この本丸での注意事項な」 「…あの、あなたは…」 「ああ、俺は#名前1#。号は#名前2#。審神者の世祖を守護…ってゆーかまあ付添人? みたいなもんかな。よろしく」 「江雪左文字です。よろしくお願いします」  自己紹介もほどほどに大広間で紹介をした。「江雪左文字だ。誰のトラウマつつくかわからんが仲良くしてやれよー。とりあえず、当分はコイツのレベリングするからその気持ちでな。江雪、小夜についていきな。燭台切は後で世祖の部屋に来てくれ。かいさーん」  #名前2#はべらべらと言いたいことをまくしたてて世祖を連れて部屋を出て行ってしまう。江雪はその背中を目で追ったが、小夜に腕をつかまれてしまった。 「#名前2#さんはあーゆー人なんだ。慣れるしかない…」 「そうなんですか…」 「うん。主の世祖はきちんとしゃべれないからって言ってた」 「なるほど、それで付添人……」 江雪はふむふむとうなずいた後でようやくぽんと手を打って「私がどこで寝るのか聞いていませんでした…」と腰をあげたのだった。 「およびかな?」 「およびだ」  #名前2#は世祖の髪の毛をドライヤーでかわかしながら燭台切を見つめた。うすらさむいその視線に燭台切は息をついて「なぁんだ、バレてたの?」と聞いた。もちろん、先ほどの沖野とののぞきの話である。 「あったりまえだろ。軍人、なめんなよ」  そういいながらドライヤーで効率よく髪の毛をかわかす姿はどう見ても父親である。譲歩して面倒見のいい兄だ。 「そっか。それは申し訳ない」にっこりと燭台切は笑って見せた。たいていのことはこれで済まされると知っているから。 「……」 #名前2#はその笑顔に物言いたそうだったが、燭台切にはもう話を聞く気はないとでもいいたげだ。 「そうだな。じゃあ、本題にいこう。燭台切、戦場に行きたくないのか?」 「……」 「久々の戦場にビビッたろ」 「……お見通し、ってわけかい?」 「いんにゃ、まあ勘…かな」 「勘?」 「ああ。退役軍人での辛さとかも聞いてきたからな。カウンセリングとかやったことねーからできないんだが…。まあ、しゃべってみると気がすむらしいぜ。どうだ?」 「やめておこう。僕は刀だ」 「その前に付喪神じゃねーの?」 「…。たとえ人の形をもっていても刀である本分を忘れたつもりはないよ」 「なるほど、それが答えか」  燭台切は刀である。それはまぎれもない事実。昔の本丸での扱いはまったくもって真っ当なものではないが、刀の主人としては有り得なくない人だった。  何年ぶりかの戦場に膝はわらい、傷を受け、刀装もとかした。傷もたぶん隊の中で一番受けた。それでも気分はよかった。刀として自分はサビついていたが、それでもまだつかわれる。折られることはないと安心していた。でも、江雪を見てその気持ちがゆらいだ。黒いうごめくものが心の臓からじわじわと広がったのだ。これが人か。と思う。昔の本丸での青江は「"沈思することは人の表れさ。普通は指示にしたがって己を振ればいいだけだもの。"」と言っていた気がする。なるほど、的を得た表現だ。 レア刀剣である江雪に嫉妬したことはまちがいない。でも、それは人としては当たり前なんだろう。だが自分は刀なんだ。刀が余計な感情を持つなんてあほらしい。 「ああ、答えだ」 燭台切はこの本丸においてようやく自分の立ち位置を知る。 ここでの己はただ刀として振るわれればいいのだ。 「そうか、そうするならそれでいい。お前の選択だからな」 「もちろん。自分の選択にケチつけるなんてしないよ。かっこわるいだろ?」 「そんなもんか」  #名前2#は笑って世祖をベッドに行くように促した。眠気が頂点に達した彼女の頭はおぼつかず、いつか壁に頭をぶつける勢いだ。 「だいじょうぶかい? あれで」 「こんのすけのしっぽをつかんでいくから平気だ」  燭台切の頭に泣き叫びながらもきちんと道案内するこんのすけの姿があらわれた。昔は畜生の存在だったのに、今では道案内する役目になるとは。 「失礼します」  スッと廊下側の障子が開いて江雪が顔をのぞかせた。目だけがキラキラと光っていてまるでどこかのあやかしのような姿だった。燭台切は「ヒィッ」と叫びそうになるのを必死でこらえて「僕はもうお暇するよ」と立ち上がろうとする。 「ああ、すいません…」 「構わないよ」 「どうした江雪?」 「私の寝室を聞いていませんでしたから…」 「あ、そーだったな。一応、刀の種類でわけてあるから燭台切の後ろについてけばいいさ」 「承知しました」  江雪はそういって部屋にも入らないで廊下を立ち去っていく。いつのまにか世祖の姿は消えていた。前を歩く燭台切に追いついて江雪は気になっていたことを口にした。 「あのぅ」 「なんだい?」 「この本丸は主、とおよびしないんですか?」 「ああ、それはー」と燭台切は説明しようとしたが長ったらしい話になりそうだと考える。 「長い話になるから、お風呂に入った後にしよう」と笑って部屋へ戻った。寝巻の浴衣はたぶん部屋に届いてあるはずだ。  熱い湯で体の芯からあったまったところで、2人は布団に入り行燈の小さな光の下で#名前2#の作った本丸マニュアルというものを見ていた。江雪が熱心に読む姿を見て燭台切は昔の小姓たちが面白おかしくやっていたなーなどと古い記憶を呼び覚ました。織田も伊達も、水戸でのことだって今ではいい思い出だ。 「光忠殿、このサバンというのは…?」 「#名前2#さんによると頭がよすぎる病気って言ってたよ。誰かに感染するものじゃないけど、人の心を傷つけたりするから気を付けないとって」 「なるほど、そうでしたか…」  Lv.1とLv.90の太刀は2人で仲良くマニュアルを読み進めていく。 「いい感じですね、#名前2#さま」 「だな」  その様子をこっそり天井裏からのぞいていた#名前2#とこんのすけは笑って自室へと帰っていく。精神的に危うい燭台切がどうなるか心配していたが、彼はどうやら庇護欲らしきものが他よりも多いらしくうまい具合にはまったと思われる。この調子でなら、なんとか刀を増やしていても平気だろうと#名前2#はたかをくくった。それは、あっけなく崩れることとなってしまったが。