篭手切江の話
新しく出てきた刀剣男士とは運が合わなかったのか巴形薙刀も毛利藤四郎も小竜景光もうちの本丸には来なかった。来ないなら仕方ない。亀甲のように何とかまた来るのを待つしかないだろう。 「って思ってるんですけど」 『まあいいんだけどね』 パネルの向こうの沖野さんはやけに難しそうな顔をしている。俺は膝の上の世祖をあやしながら近侍に茶をお願いした。今日の近侍は前田だからうまい茶をくれるだろう。 極になってから鎧が重そうだがそれすらも動かせる力を持ち合わせている。まあ薬研や不動のように普段の服装とはさほど変わってない短刀もいたが……うん、五虎退のように虎が大きくなることもあるし中々に極というものは怖い。どうなるかが分からないからだ。今のところは太鼓鐘まで極に出してやったがその後の包丁藤四郎は迷っている。もし大きな包丁を持ってこられたら俺はどんな顔をすればいいか分からない。 『今度の発表で脇差の極が出てきただろう?』 「あー、そうっすね」 『一気に審神者たちが脇差を修行に出して鳩で返すってことを繰り返してね。行かせる時代調整の係が大変なことになってる』 なるほど。他の本丸の刀剣と合わせないために色々としているわけか。お疲れ様です、と頭をさげると世祖もこくりっと下げた。結んだ髪の毛がぶぁさりとパネルにひっかかる。 「#名前2#さん、世祖、お茶が入りました」 「ありがとう」 沖野さんはさっきの世祖の髪バサーも気にせずに話を続ける。茶を飲みながら世祖の体の調子の話を終えてパネルを切った。 「さて、と」 昨日から棚に陳列された脇差を見る。うちも脇差をひとり極に出そうと思っていたわけだが、その理由の一つはコイツである。篭手切江という脇差を脇差の極と共に育ててしまおうという考えだった。もちろん実力差などもあるだろうが、いわゆる実験的試みとして許してもらいたい。 篭手切を座布団の上に置いた。前田の刀を世祖の胸に押し込む。そして篭手切の前に座らせた。念の為前田にはすぐに対応できるようにしてもらって、俺も陸奥を片手に世祖の後ろへと座った。 「ふぅー」 息が吹きかけられて刀が開く。花が綻ぶように歌仙が喜びそうな雅さをもって篭手切は現れた。 「私は篭手切江」 【篭手切江と加州清光】 洋服については拘りがあるらしい篭手切江と、主の洋服については俺が一番と考えている加州清光は息が合わなかった。#名前2#も世祖もそれを気にする人間ではなかったため、何も言わない。そもそも新撰組と陸奥とて未だに会話はせず、膝丸と不動も出来るだけ会話しないようにしている。嫌な人からは逃げていい。#名前2#は皆と仲良くなれコミュニケーションをとれとは言わなかった。だが篭手切と加州はファッションは己の領分と譲らない。 スカートにインナーにシャツにアウターに、とにかく色々と注文がつけられる。世祖は嫌いなアクセサリーをつけられたり、帽子を被らされたりと逃げ出しそうな顔のまま我慢していた。逃げたら逃げたでさらに酷いことになるからだ。 ある日、口喧嘩をしつづける篭手切と加州を見かねて#名前2#が声を上げた。世祖を探して洋服片手に走り回っていた二人を呼び出したのだ。周りの刀剣たちも野次馬のように現れたが#名前2#は気にした様子もない。 「洋服ってのは買うからいいんじゃなくて、着るからいいんだろ?」 「……何言ってんの、#名前2#さん」 「つまりー、今の世祖は洋服着たくないくらいにお前らに辟易してるってこと」 障子が開かれて少女が駆け寄ってきた。山姥切のために買い与えたシーツをお化けのように被っている。後ろから燭台切が世祖を追いかけてきた。 「まってまって、まだ安全ピンひとつ付けてないんだ」 「いいよいいよ。これはこれで面白いし」 エジプト神のメジェドのような格好で世祖は嬉しそうに体を揺らしていた。さすがに下着はつけていて飛び跳ねるとハートがプリントされた下着がちらちら見えている。 「世祖、そんな格好ー!」 「可愛くないか?」 「それ以前の問題! こんなの、誰かに見られたらーー!」 「でも、世祖がしかめっ面のまんまだと逆に政府に狙われると思うが?」 #名前2#の言葉に加州はうっと言葉が詰まった。篭手切は何のことか分からずに首を傾げている。このままでは可哀想と燭台切が助け舟を出した。 「うちの主は変人だからね。普通の格好をしてしかめっ面でいる方が危険と思われちゃうんだよ」 「は、はあ……?」 「ここは政府からは危険性がある刀なんかを持ち寄られる場でもあるからね。主が危険と看做されるとこの本丸は最悪解体されちゃうのさ」 「そーゆーこと。今は俺がいるからまだいいけど、これで俺がいない時にそんな服着て沖野さんに会ったらヤバいって思われんだよなあ」 「……」 「洋服考えてくれるのは有難いけどな、世祖には世祖のこだわりがあるんだよ。自閉症の子は特に顕著に現れることがあるから、気をつけてくれな」 意図せず主たちに反逆しようとしてしまった。篭手切の雰囲気が重くなったが加州は初期刀としてこの本丸についてはよく知っていた。#名前2#の言葉に屈せず「だったら#名前2#さんはどうなのさ」と声をかけた。 「ああ?」 「世祖に服着せてるのは#名前2#さんでしょ」 「知らんがな。俺の方は世祖に着るように言ってるだけだしな」 #名前2#の言葉に加州は何も言えなくなった。おそらく沖野も何も言わないだろう。#名前2#は特に考えてもおらずただ洋服を着せているのだ。そんなのどうしようもない。篭手切と視線を交わらせた。2人とも喧嘩する気が失せてやるせない気分だ。 「分かったわかった。コーサン。止めればいいんでしょ」 「すまんな」 「いいよ、俺もむだに熱くなっちゃった自覚あるし」 その代わり、世祖をそのままにしないでよねと釘を刺す。バレたかーなんて#名前2#は笑っていた。何がバレたのか言わないあたりは適当に返事をしていたのだろうが、その表情が面白くて吹き出した。 野次馬たちも笑い出してげらげらと部屋に声が響く。篭手切江が来てから初めての笑いの渦だった。