静形薙刀の話

 新しく鍛刀した刀、静形薙刀は派手な見た目とは違って落ち着いた雰囲気でしゃべる男だった。主を傷つけたくないと言ったら、#名前2#さんは「その点においては大丈夫だから」とすげなく返した。静形も驚いている。こっちも驚いていた。久々の指南役をやれると思ったら#名前2#さんってこんなに冷たい人だっけ?と思った。 「お前の指南役は太刀、獅子王になる」 「静形薙刀と言う。よろしく頼む」  静形は嫌われないようにと震えた声だった。#名前2#さんに嫌われたと思ったんだろうか。#名前2#さんは世祖を連れて部屋を出て行った。近侍の髭切はなぜか部屋にとどまっている。 「あー、髭切? お前、#名前2#さんたちについてかなくていいのか?」 「あー、そうだねえ」  普段の生活はふんわりとした髭切は特に追いかけた風でもなく廊下を歩いていく音がする。静形は俺達が話してる間、ずっと顔を下に向けていた。 「静形は多分レベリング用部隊に入るから」 「はい」 「極たちがいるけど、検非違使に当たるとしんどいからな。無理したくなかったら相談すること。もう少し新しいやつ入ったら5、6人で部隊組むことになる」 「はあ。新しい、ですか」  静形はまるで猫みたいに首をかしげたあと「他もこの本丸みたいなんですか」と聞く。そんなこと言われたのは初めてだった。 「さあなあ。そうなんじゃねえか」 「そうなんですか」  やっぱり静形は猫みたいだった。でもそれだけじゃなく、ちょっと不貞腐れたようなそんな雰囲気もあった。 本丸の仕組みに組み込まれた静形はよく働いていた。初対面のあれは何だったのかと思うくらいにハキハキと会話して働いていた。たまに巴形と何か話していたが、同じ薙刀ということで岩融が大きな体を揺らしてあいだに入ってくれた。 俺も安心していたけど、#名前2#さんは相変わらず冷たい物言いだった。他の奴らも心配していた。特に蜂須賀なんかは昔の自分を思い返してしまうのか滔々と#名前2#さんに語っていた。俺も何かあるのかと思ったけど、#名前2#さんは俺達にはいつも通りの雰囲気だったし、何か聞いてもはぐらかすばっかりだった。俺は結局追求するのはやめた。  世祖が段々とぐずるのをやめて静形はレベルが30を超えた。それでもやっぱり#名前2#さんは厳しいままで静形は時間と比例して落ち込んで行った。 「やはり…嫌われてるんだろうか」 「ううんー、そうじゃないと思うんだけどなあ」  世祖のためかと思いきやそうではなく、亀甲の時のように1回の爆発でも済まず。一体何が起きてるのか獅子王も分からなかった。こんな時は酒を飲むのがいい。今日の夜は次郎太刀が気ままに開くバーに行こうと誘った。  このバーはとにかく酒を進まれて酒を飲むことが心情である。静形も例に漏れず酒を飲み干しくだを巻いて机に倒れた。守護、守護と泣く姿は小さな赤ん坊のようだった。これはもう仕方ない。ここまで我慢してきたしそろそろいいだろう、と獅子王は罰則覚悟で#名前2#の部屋を訪れた。入ってもいいか?と聞くと「話だけならそこで終わるだろ?」とすげない返事が来た。そりゃあそうだけど、と獅子王は心の中で文句を言った。 「あのさ、#名前2#さん。静形のことなんだけど」 「あいつが何かやらかしたか?」 「い、いや! そんなことない! ちゃんと上手くやってる!!」 「んー、ならいいんだけど」  埒が明かないと思い獅子王は障子を開いた。その瞬間ものすごい強風と共にたくさんの紙が獅子王にぶつかった。うわぁ!?だかひゃあ!?だか変な声が出てしまった。あちゃー、と#名前2#は頭を抱えている。なんだよこれ……というのが率直な感想だった。恐ろしいくらいの手習の数にめちゃくちゃな筆が書かれている。真ん中には座った#名前2#と膝枕をしている世祖がいた。 「ば、はよ入れ!」  風でこれ以上吹き飛ぶ前に!と言われて回収もせずに中に入り障子を閉めた。風がふっと収まり壁に叩きつけられていた手習たちも落ちる。#名前2#さん。呼びかけると彼は苦笑いになった。 「ちょっと世祖の調子が悪いんだ。生理がある訳でもないし、不機嫌な訳でもないんだけど……」  #名前2#さんはそこで話すのを止めた。世祖が起き上がって俺を見たのだ。むにゅっと顔をしかめて「っちゃぁー」とまた#名前2#さんのお腹に顔を埋めた。確かにいつもと違う拗ね方だ。 「陸奥守なら何か知ってるんじゃないか?」  俺の一言に#名前2#さんはごめん、と何故か謝った。ふと腰を見るといつも居るはずの陸奥守はいない。ハッとした。俺は思わず叫んでいた。そして世祖の調子が悪い原因も。そりゃあいつもいるはずの奴がいなかったら世祖の機嫌は悪くなるはずだ。  すぐに打刀たちが集められた。話が気になってしまった俺と静形も襖の向こう側にいる。静形はこれ以上何かしたら#名前2#に嫌われると心配していたがこれは嫌うとかそういう問題ではない気がする。  陸奥守吉行を持っていないことはある。仕事するには邪魔になるのは獅子王もよく知っている。でも基本的にはあるだろうという認識でいた。それが今は「本当に居たっけ?」という疑問に揺らぐ。 「まず、これだけ言っておくと陸奥は極の修行に出した」  襖からは何振りか緊張したようすが感じ取られた。極とはなんだ?と聞いた静形に頭に刷り込むようのプリントには極について書いていないのかと今更ながらに気づく。あとで#名前2#さんに言っておかないと、と頭にメモしながら「一定練度に達すると限界突破することができるんだ。うちだと包丁以外の短刀たちに、青江、浦島、物吉が極になってる。本丸に来てもまだ練度が上限いってないと極にはなれないんだ。あと修行道具っていう刀剣だけがいける装置を持たなきゃならねえ」 「ふむ……。なら、その道具がないから今は行ってないやつもいるのか?」 「どうなんだろうな? #名前2#さん曰く、世祖が決めてることだからって言ってたけど」 「そうか……」 「そんで、最近打刀の極も発表されてたんだけど世祖の刀じゃなくて陸奥守が修行出てるって言われたからなあ」  #名前2#さんは主じゃない。陸奥守を顕現させるのもやっとな男だ。そんな彼が陸奥守を修行に出した。世祖の刀剣たちがどう思うか分からない彼ではないだろうに。 「これは単純に試験も兼ねてるんだが、この本丸で刀を持たない人間が生きていられるか、遠く離れた時に陸奥守は存在を保っていられるかとか色々な」 「だからって……そういうのは言っておいてくれても良かっただろう?」  蜂須賀虎徹がみなの気持ちを代表するように言った。 「言ったらお前達は普段通りじゃなくなるだろう? 試験なんだから条件はできる限り揃えないと」 「それはそうだろうけど……」 「でも話がバレたしな。誰か俺に振るわれてもいいってやつは刀を貸してほしいんだが」  打刀はみな練度は上限に達している。誰を貸しても同じ、と#名前2#さんは思っているのかもしれない。だがそんなのは世迷言だ。時代によって刀は進化してきたが陸奥守は研ぎ直しを経て形が変わっている。誰でもいいなんてあるはずがない。陸奥守でなければ、この人は……。 「じゃあ俺を使ってくれよ」  緊張していた獅子王のことを切るように言葉がかけられた。静形は聞き覚えのある声だ、と頭を悩ませる。えーっとえーっと。「同田貫、だったか?」口にした言葉は獅子王には少し泣きそうな言葉だった。あいつ、ずっと陸奥守のこと羨ましいって言ってたもんなあ、と。しかしその声を皮切りに色んな刀剣たちが我もわれもと手を挙げた。静形は「今のは? あれ?」と声を思い起こそうとして違う誰かの声に邪魔をされて泣きそうになっている。 「静形、大丈夫。焦るな」  部屋を離れて静形と獅子王は薙刀の部屋にきた。巴形は最近本をずっと読んでいて部屋は古本も新品も含めて数々が積まれている。 「おや、獅子王と静形。どうしたのだ」 「うんー、なんか本丸第1次打刀大戦が起こりそう」 「は?」 「その代わりに静形へのあの塩対応はなくなりそう」 「は??」  巴形は訳が分からないという顔をしていたが俺たちだってよく分からない。でも明日から静形は生きるのが少し楽になるんじゃないかなとは思う。  翌日、#名前2#さんは静形に普通に謝った。わざとあんな態度をとってすまなかった、と。うちの本丸は#名前2#さんと世祖とでコントロールしているから少し面倒なことになっている。陸奥守がいないからそれも大変だったのだろう。まだ本丸に霊力が馴染んでない静形と居るのは少し大変だったらしい。「本当にすまん!」と言う#名前2#さんの腰にはまだ刀はない。俺はにやっと笑った。#名前2#さん、と声をかける。 「それならさ、静形のことちょっと使ってみてくれよ。陸奥守が帰ってくるまででいいからさ」  静形と打刀たちが慌てていたが血で血を洗う戦いじゃないいい解決方法だと思う。#名前2#さんは「それでいいのか?」なんて言うが普通はそんなこと言えないはずなんだ。女の審神者なんかよっぽどの人じゃなきゃ刀なんて振るえない。#名前2#さんは静形の方に手を出した。静形は恐る恐る自分の薙刀を手元に顕して渡した。ずっしりと重いだろうに世祖がすぐに#名前2#さんに力をかけた。ひゅん、と空気を切る音がして薙刀は腕の周りを回った。やっぱり人間離れした力だとたやすけ扱えるらしい。 「うん、いいな、これ」  #名前2#さんは笑っているが隣にいる静形は顔を真っ赤にして喘いでいた。嫌われてるかもしれないと怖がっていたら皆がずっと狙っていた佩刀(まあ薙刀だからその言葉は当てはまらないかもしれないが。)のポジションに立てたのだ。#名前2#さんに霊力があるわけじゃない。だから触ってもらった時に感じる温かさは#名前2#さんの魂の温かさだ。 「じゃあ少しの間刀のままでいてくれるか、静形」 「あ、ああ……」  #名前2#さんはほら、朝食食べるぞと声をかけるが皆それどころじゃなかった。遊びに振るわれるという次元ではなく、四六時中彼の手に振るわれるかもしれないのだ。ずるいという言葉は誰のものだったか。わざとまいた火種とはいえ、これから面白くなりそうだった。