終幕
#名前2#さんがシャーロック・ホームズという映画を見せてくれた。探偵と助手の医者が謎を解決する、ミステリーなんだかアクションなんだかよく分からない映画。主人公の探偵は俺たちの主に似ているような気がした。 主は自分を主と思ってない。指貫世祖、それだけが自分の確かな名前だとしか思ってない。それが自分のことだし、自分を呼ぶ指標になってる。 俺達が刀剣男士だろうが人間だろうが関係なく、世祖とそれ以外に分けられてる。世祖の見える世界が俺達には見えないから。初期刀の俺でさえこれだから、繋がりの弱くなるほかの刀剣男士たちはもっとひどい状況かもしれない。 そんな世祖にドクターワトソンが現れた。その人はドクターみたいに何か出来るというわけではなくて、ただ世祖のような子の面倒を見ていたことがあって政府から動かしやすい人だったので白羽の矢がたった。 沖野さんがその人を世祖と同じ景色を見せられるようにした。でもそれは虚構の力なので#名前2#さんはいつか普通の人みたいに誰かを好きになって幸せになって死んでいくのだ。世祖は置いてけぼりになってしまうのだ。そんな未来を思い起こして腹が立って最初は嫌がらせしてやろうと思ってたのに、#名前2#さんにはいつも適わなくてずるいって思ってた。 世祖は成長がもうほとんど見込めない。短刀たちみたいな姿のまま生涯を終えるのだ。#名前2#さんもここにある姿のままになると思うけど、いつかその体は老衰で死ぬのだろう。見かけだけは世祖だって治せるけど死ぬことだけは人間は止められない。 あの吐血する三日月は#名前2#さんに一目惚れしてこの本丸にやってきた。最初は#名前2#さんは鈍感でなんにも気づかなかったけど三日月はいじらしくもずっと待っていた。それこそ世界を飛び越えてでも。ずっと傍に居られたらそれでいいのだ、と情熱的でそれでいてとても理解し難い献身だった。そして#名前2#さんも同じ気持ちを持った。けど、この戦争中に応えることはできないと、事実上三日月のことをフッた。それでも三日月は諦めなかった。誰かさんみたいに#名前2#さんは振り向かないのだと諦めたりしなかった。 「ジジイだからな。前のことなど忘れてしまった。朝起きて、#名前2#と会って、いつも惚れてしまうのだ。ジジイの特権だろうな」 幸せな話だ。世祖はその中に入ってないけれど。そんな訳で#名前2#さんはいつか世祖を置いてどこかに行くんだと思ってた。世祖の中に入り込んで色んなものを与えて、世祖を満足させたらひとりだけバイバイして。誰かと幸せになって、世祖のことは顧みないんだと思っていた。 ワトソンみたいに。ホームズのことを置いていくんじゃないかって。 現実は小説みたいに上手くいかないからメアリーみたいに三日月がいなくなることは無いし、#名前2#さんは戻ってこないものだと。でも#名前2#さんは世祖のそばにいることを選んだ。三日月も#名前2#さんと世祖のそばにいることを選んだ。2人は夜を交わすこともなくて、触れ合うのは手や視線だけ、心を通わせるのはたった一瞬なのに彼らは幸せそうだった。それを取り囲む俺達にとっては苦しくなる光景だった。 世祖は#名前2#さんの幸せのために1度身を引こうとも考えていた。俺も相談を受けた。それを止めたのは三日月だった。 「俺が、一度#名前2#のことを好きでいていいのかと聞いた時に#名前2#が決めると答えたな。あの言葉、そっくりそのまま返すぞ。決めるのは#名前2#だ。世祖、お前はしたいことをすればいい」 世祖は泣いていた。#名前2#さんと一緒にいたいことと、#名前2#さんの幸せを願うことが同じくらいしたいことだったから。こんな時、人間の幸せって難しいなって思う。人間じゃなかったら、きっと自分を使ってくれるか否かだけで判断できたのに。 #名前2#さんは最後まで世祖のことを選んだ。彼から三日月を望んだのは死ぬ間際のあの時だけ。手を握ってほしいと#名前2#さんは言った。若々しい姿のくせしてその中に隠れたからだはもうしわくちゃで。病気と闘った体は最後の力を振り絞っていた。少ししか上がらなかった手のひらを三日月は優しい力で握った。もう骨も弱くなっていたから。三日月が腰を上げて#名前2#と目を合わせる。ボソボソと2人で何かをしゃべっていた。2人だけの世界はようやく完成した。そこには何があったんだろう。俺達は、もちろん世祖も含めて2人に何があったのか知らない。真っ黒の瞳の中に三日月は何かを見つけた。キスすることもないまま彼らの関係は終わった。その愛情の深さには恐れ入る。三日月がゆっくりと#名前2#の瞼を閉じた。#名前2#さんはそのまま二度と起きてくることは無かった。 葬式は沖野さんが取り持った。#名前2#さんは既にいない存在として扱われているので本丸で全て行うことになった。名前を消された男の人。もう戻っても自分の存在は消えている人。#名前1##名前2#という人がいたという証拠はここに建てる予定のお墓しかない。 火葬用の棺桶には何を入れるか、骨壷はどんなのがいいか。仏壇はどこに置くか。俺と長谷部と薬研とで決めた。祭壇に飾る花や色んなものを通販で頼む。葬式なんてよく分からない俺や世祖に沖野さんは根気よく説明してくれた。#名前2#さんには見せなかったその優しさに、この人も歳をとったのかとそう思ってしまった。棘が消えたのかそれとも何かで埋められたのか。沖野さんはなんだかんだ言っても#名前2#さんといる時が1番楽しそうだった。 いざ火葬されるとなった時、見せてもらった顔は死人だとひと目でわかるくらいに変わっていた。記憶の中の#名前2#さんが薄れていく。触れたその体はとても冷たくて悲しくなった。皆が一つずつ思い入れのあるものや彼岸で役に立ちそうなものを入れている。中には#名前2#さんに似合わないなってものも。誰だろう、このぬいぐるみ入れたの。それに組木細工も入ってる。遍路用の棒とか、和鏡とか、ずっと使ってたお箸とか、溜まってた御朱印帳とか。そしてたくさんの涙と花を敷き詰められて六文銭を入れられて妖精さんたちに#名前2#さんを預けた。世祖の力をもってしても即席で火葬場は作れなかったため鍛刀場を一時的に拡張して燃やすことになったのだ。 最初に泣いたのは意外にも宗三だった。馬鹿な人ですと呟いて男泣きをした。小夜が泣きだし、伝播していろんな奴らが泣いていた。三日月だけは真っ直ぐに見ていた。何かがはぜる音や、肉が焦げて消える匂いがする。ひとり、またひとりと部屋を出ていく。残ったのは世祖とずっと一緒にいた刀剣たち。そして三日月だった。 「みかづきどのは、なかなくてよいのですか?」 「………。#名前2#のことを泣いて送り出したくないのだ」 それを聞いた今剣はぐしぐしと目を擦って「ぼくはないてませんよ」と誰に言うでもなく呟いた。死は別れではない。いつかは転生をして人間に戻ってくる。刀はそれまで待っていられるだろうか。三日月は、それで寂しくないんだろうか。恋人になったのが死ぬ間際のあの一瞬だけで、また#名前2#さんを待つことになる。 「世祖や、じじいとあちらへ行こうか」 「ん」 世祖と三日月は手を取って部屋を出ていった。煙を見に行くらしい。今剣は見に行かなくていいの?と聞くと「ぼくはここにいます」と泣きそうになりながら必死に笑った。 「もえるのはかなしくて、つらいのでしょう? ほねばみみたいにきおくそうしつにならないように、ついててあげるんです」 今剣はふふっと笑った。その手が震えてるのが見える。自分の手の冷たさにそこで今更気づいた。強く握りしめていたせいで血の巡りが悪くなっていたのだ。ブラブラ振った手で今剣の手を握った。 「え?」 「俺も見てるよ。陸奥守の代わりだけどまあ、一応ね」 陸奥守は#名前2#さんが死んだ後すぐに世祖によって顕現させられた。けれど#名前2#の遺体に目をやって一緒に埋めてくれと言った。燃やしたら自分はいなくなるけれど埋められたら記憶はそのままだろうから、とそういう訳らしかった。今、あいつはお墓用の穴の中に閉じこもっている。まるで#名前2#さんがどこにいても1人になったりしないように準備してるみたいだった。 「………」 2人でずっと火を見ていた。ここに一緒に消えることが出来たらどんなにいいだろうか。審神者でもなんでもない男にこんなにも情がわいてしまって馬鹿みたいだった。 「ばかですね、ぼくらは」 心を読まれたのかと思ったけど今剣は前を向いたまま「#名前2#さんがいないことにいっしょうなれないきがします」と苦笑いする。それは俺も同じだったし、世祖は特に心配だった。それから数時間して全部燃え切ったことを確認した。綺麗に残っている骨を骨壷にどんどん入れていく。予想以上に残ってしまったため骨壷を石切丸ががすんがすんと振って砕いてしまった。そうでもしないと全部入らなかったから仕方ない。人が死ぬところは刀として見てきたけれど葬式に人として参加するのはなんだか不思議な気分でそれでいて#名前2#さんがいないことへの違和感が大きくて。骨を詰めたところで初めて加州は涙を流した。