終幕と一
三日月を好きだと思ってもそれを口にすることは許されなかった。ここは戦争をしている場所。あいつはその戦争を終わらせるためにきた神様。俺のような人間は彼の隣に立てなかった。 「本当かの?」 「……本当に」 「ほうか。……わしゃそうは思わん」 「陸奥…お前、何が言いたいわけぇ?」 「愛するのに、手を抜いてちゃいかんぜよ」 そうやって笑った陸奥に俺は何も返せなかった。月がどうなってるかも分からない暗い夜。陸奥の瞳はキラキラと輝いていた。彼は刀剣男士として顕現されることはほとんどないのに俺に優しかった。その日の布団はいつも通りの冷たさでさっさと現世が春になればいいのにと思った。 目覚めるとそこには桜の花びらがあった。慌てて陸奥を携えてこんのすけを呼び出すと現世はまだ冬の寒さに耐えているらしい。ほら、と渡された現世の映像はコートにマフラーという都会の人々が写っていた。雪国の方はもっと大変だろうと思いながら庭の木々を見上げる。現世に合わせて変化する形式から一気に春へと変えた。いつも見られる精霊たちや動物達は欠片もいない。ただただ植物だけが華やかにあり、美しく彩っていた。まるで作り物の世界だった。いや、これは確かに作り物だ。結局審神者が作っているにすぎない。 世祖の部屋に行くと不器用ながらに着替えようとしていた。何も言わずに手伝うと世祖はニコニコと笑い「さぁくーら!」と言う。俺は笑って世祖を抱きしめた。 刀剣男士たちは突然の変更にも動じなかった。世祖だからという一言で終わらせた。いつも通りの出陣、いつも通りの炊事洗濯、内番作業。冬から春になりあの凍えるような冷たい水ではなくなった。ほんのり冷たいながらに気持ちよさを感じるそれになぜか虚無感を覚えた。 「何してんの?」 「加州」 「珍しいじゃん、#名前2#さんがぼーっとしてるなんて」 「おう、まあな……」 「……」 加州は蔵から米を持っていくのだろう。俺はもう少しここの掃除だ。遠くなっていく加州の背中を見ていつかあいつも極になってまた戦場に出ていくんだろうなと思った。陸奥も極になればまた俺も戦場に行くことになる。その間世祖はどうするか。前みたいに懐刀を決めておくか。いやいや、あいつらはほとんど極になってるし。 「ねえ、掃除終わんないよ」 「うぉ」 「どうしたのさ、普段はそんなんじゃないじゃん?」 「……なあ加州は初めて顕現された時どう思った?」 「はあ?」 「ちょろっと気になった」 「……はあ」 加州はため息をついて腕を組んだ。話を端的に終わらせるポーズだ。「泣いたよ」と加州は言った。 「……まじ?」 「マジだよ、泣いたよ。なんか悪い?」 「いや、なんか…意外だった」 「初めて人間の形をもらって、今から君たちは審神者に選ばれるかもしれないって言われて。自分が選ばれるかどうかなんて分かんないじゃん、あんたは陸奥守を選んだんだし」 「まあ、そうだけど」 「俺は初めて人と同じ視線に立って高さを感じた。自分っていう刀の重さを感じた。明るくって綺麗で何もかもが初めてで。別の刀はもちろん展示されてるし付喪神の俺がいただろうね。でも、その記憶は俺にない。初期刀になるために顕現されたのが俺の初めて」 「人間の赤ん坊も生まれたあとは泣かなきゃいけないんだ。そうしないと人間にすごく心配される」 #名前2#の脳裏には昔昔に最低の母親に会ったことを思い出した。あの赤ん坊は小さく小さく泣いていた。 「知ってるよ」 そうやって笑う加州に#名前2#も笑った。 三日月と名前を呼ばれた。振り向くとあの男がいる。顔が勝手にほころんだ。これではいけないと分かっていても、だった。 「#名前2#」 誰が言ったことだろう。好きなやつの名前はみじかな愛の詩だと。短かく身近で。その男の歌はいつも愛に溢れていて好きだった。 「三日月! ようやく見つけた、すれ違いになってたみたいだ」 「そうか、それはすまなかった。して、どんな用事だ?」 「ああ、これ渡したくて」 #名前2#はぽんと俺にマフラーを渡した。黄色の可愛いマフラーだ。春の様子に自分の服を見てチグハグなそれに「何がしたいんだ?」と思わず聞いてしまっていた。 「お前に似合うと思ってずっと持ってたんだ」 「……」 「でも今回みたいに突然変わることもある。世祖の仕業だけどな。……俺もいつかまた戦場に戻る。俺は後悔しないようにしなきゃと思ってな」 手抜きしちゃいけないんだ、という言葉は飲み込んだ。三日月はマフラーを首にかけると「黄色が似合うとは初めて言われた」と笑った。 「そうか? 俺は似合うと思う。月の色、綺麗な色だ」 「……うん、ありがとう」 手が触れ合うこともない。ただの視線の交わり。それでも愛情が繋がっていると感じる。自分と#名前2#の間に何があるのかは分かっている。性別、年齢、種族、戦争。この戦争のおかげで出会い繋がれたのは何と皮肉なことだろう。 「ありがとう」 「おう」 たった一言の会話、たった一言の愛の詩。それだけでも愛していると呼べるだろう。 #名前2#さんの遺物を処分することが決まった。ずっと残さないとダメだと泣く世祖を無視して沖野さんは要らないものは全部捨てて彼を輪廻の世界に戻せと言ったのだ。それを言われると弱かった。 着替えを捨てる。筆箱を捨てる。よく分からないカバンを捨てる。もう読んでやらないと投げやりに置かれた書物を捨てる。片付けた押し入れの中にアルバムがあった。アルバムと言ってもほとんど何も入ってない。これも捨てていいかと思っていた厚は最後の方、わざとじゃないかと思うくらいさりげなく入れられたその写真を見て慌てて三日月の元へと走った。 「ほら! ほら、これ!!」 たったの見開き1ページ。普通だったら見逃してしまうような真ん中から少し後ろに隠されていたもの。2枚の写真。写真にいたのは小狐丸と笑っている三日月と、どこで撮ったのか三日月の寝顔だった。 「……」 三日月が写真を取り出す。裏には「穢れがなくなった記念」「愛してる」と一言書かれていた。 「これ……」 三日月は急いで写真をアルバムにはさんだ。いつもより急いだそれにどうしたんだ?と厚が尋ねる。 「……こんなもの、こんなもの……。残しておくべきではないな」 三日月は泣きながらアルバムを厚に突き返した。いいのか?と厚が確認する。いいのだ、と三日月は答えた。すん、と鼻をすすりながら「俺には持て余す」と言う。 「写真を見て、またあいつの事を思い返したくない」 厚は仕方なくそのままアルバムを持っていった。遠ざかる足音に三日月は振り向いた。厚はもう角を曲がり見えなくなっていた。 「ふぅ、うぅっ…ぅぁああ、……ああぁあああ」 無性に泣きたかった。あんな写真を遺されても仕方ない。あんな写真…! ただ、好きでいられれば良かった。あの男を神隠ししてやれれば良かった。なのに、彼はそれを望んでくれなかった。来世なんて…いつまで彼を待てばいいんだろうか。 突然庭の様子が変わった。世祖が景趣を変えたのだ。桜の花びらが舞っている。この世はクソ喰らえだ。言いたいことも言えずにそのつながりは切れてしまった。崩れ落ちた自分に手を差し伸べてくれる男はもうどこにもいないのだ。