ベイカー街の亡霊
ゲーム内にはコナンたちがいた。どこでバッジをとってきたんだろう。逞しいなあ。それに蘭姉もいた。薬研の手を引っ張って、ん!と示すと向こうもこっちに気が付いた。 「世祖もいたのかよ!」 「やげ」 「あー、俺っちに自己紹介しろと」 「世祖ちゃんのお友達?」 「んー? 友達っていうか、しもべ? 俺っちは粟口薬研だ。あっちで固まってるのが友達。左から諸星、菊川、江守、滝沢」 「なるほど?」 「まあ、そんな気にするなって。んで、そっちは?」 いつも通りの少年探偵団の自己紹介と蘭の自己紹介を聞いて、薬研は頭の中でその顔をインプットした。#名前2#さんや世祖、他の刀剣男士たちがたまに話題に出していたのはこいつらか、と。 「やげ、うえ」 世祖につられて上を見ると光の環が出現している。少年の声を加工したみたいな声がふってきた。優しそうな声を使っていても加工しているせいで半減してるみたいだった。 「僕の名前はノアズアーク。よろしくね」 子どもたちが精一杯の大きな声でよろしくと返事をした。世祖も勿論した。 「今から5つのステージのデモ映像を流すから自分の遊びたい世界を選んでほしい。でも、1つだけ注意しておくよ。これは単純なゲームじゃない。君たちの、命がかかったゲームなんだ」 命がかかったというワードに薬研の腕がぴくりと動いた。さらに、全員がゲームオーバーになると現実世界に戻れないという。まるでこの世界に閉じ込められた審神者と刀剣男士について語っているかのような口ぶりだった。薬研は手を握っている世祖の方を見た。いつもの世祖ならすぐに力を使って干渉しているところだろう。今、それをしていないというのは世祖がノアズアークについて知っているからだろう。 「世祖、お前知ってるのか」 しゃがみこみ小声で話しかけるとにんまりと笑われた。あのね、と口が動く。 「うちにね、きた」 「#名前2#さんちに?」 「テレのね、しぇん、やげ」 電話の回路から来たらしい。ってことは、ノアズアークは人間とかじゃなくえネットの中のもので、それがゲームの中に入ってるわけだから、えっとーー? 「AIって、ことか?」 また世祖がにんまりと笑った。どうやら当たりらしい。頭に情報が流れてきた。ヒロキという少年が作ったAIらしい。現実世界の言葉は聞こえないが#名前2#と三日月が何か策を考えているだろうと予想できる。今、薬研がすべきは世祖を守り抜いてゲームから帰還させることだ。 ステージのデモ映像は色んな所にスクリーンに映し出すように現れた。形的には本丸で見たそれと似ているが、これはゲームの中だからできることだ。ステージは薬研も世祖も明石から聞かされている。薬研としてはソロモンの秘宝に行こうかと思ったのだが、世祖はコナンに合わせた方がいいと言った。 「薬研、お前どこ行く?」 「ロンドンかな」 「おっけ」 諸星たちは薬研と一緒に行くと最初から決めていたようにロンドンのもとへ行った。コナンたちもいる。5つのステージの中で一番大所帯だったが、他のステージよりは力がありそうだった。 通路を進んでいくと白い光の壁があった。ビリビリと音をさせていたが触ってみると沼の中に消える感覚だ。ハウルの動く城みてーと言いながら薬研と世祖は連れ立って入っていく。壁から抜けた途端に思ったのはロンドンの空気は濁っていることだった。世祖は顔をしかめながらぐしぐしと鼻をこすった。 「世祖、よく泣かねえな」 「ん。なく、ない」 と、その時突然女性の叫び声だ聞こえた。コナンが顔色を変えて走り出す。皆もそれを追いかけるしかなかった。角を曲がったところで「やめろぉ!」とコナンが叫んだ。 缶のような何かを蹴ろうとしたコナンがいってぇ!と叫んだ。犯人を見つけたからすぐに終わると思ったのにそうもいかないようだ。 コナンのいつも使う機械は使えなくなっていたらしい。自分の力はどうだろうか?と手を動かす。ふぉん、と薬研のもとへ刀を作ってみた。薬研は触れているようだが形は全く見えない。どうやら能力の制限が起きているようだった。空気を動かす程度しかないようだ。 それに、英語しか聞こえないと思ったら日本語に音が変わった。ノアズアークの外からの干渉のようだ。そしてそれは阿笠博士の声が聞こえるまであった。ホームズを探しに行けという指示だ。この時代の土地と今の土地が同じとは思えず、道はどうするのだろうと思っていたら優しく設計してるのか現代と造りが同じだった。目印のロンドンアイを目指しながら歩いていけば何とかなりそうだった。 カシャン!と大きく音を立てて三日月がエンターキーを押した。その音が部屋に響いて視線が三日月に集まる。 「少し細工をさせてもらった」 「なんのじゃ?」 「オールドタイムロンドンの成功率を著しく上げるようにな。ひとりがゴールへ向かえばよいのだろう? ならば、俺は世祖や薬研に賭けるさ」 それでは失礼する、と三日月は#名前2#と共に部屋を出ていった。画面の隅に映された諸星秀樹の装置に緩みが出ていることに気づいたのは工藤優作のみだった。 世祖はさっきから諸星の表情が気になっていた。菊川を助けた時の苦しそうな表情や、ホームズを探しに行く時の安心したような表情はまるでパーティーで見た諸星とは違っていた。薬研は姿の見えない刀を振るうことは出来ないため、まるで本物の人間のように振舞っている。面倒くさそうな顔はまるでゲームへの緊張を感じていないようだった。 221bの下宿に入るとホームズゥウウと意識を高める部屋があった。ベイカーストリートイレギュラーズに間違われているので通してもらったのだ。バスカヴィル家のハウンド探しでいなくなったホームズの部屋に入っていいものか謎だがゲームだから仕方ない。 ジャック・ザ・リッパーの手がかりを探していたらインド系の曲がりナイフを見つけた。扱いにくそうだがないよりはマシだ。薬研はベルトにそれを挟み、本を探した。 「あった、これじゃない?」 蘭が差し出したのはジャック・ザ・リッパーの考察という本だった。サイズの違うふたつの指輪にモリアーティという黒幕。コナンはなぜか「モラン大佐に接触しよう」と言い出した。小学生ばかり、高校生ひとりのこのグループでなぜ会いに行けると思ったのか。世祖と薬研には甚だ疑問であった。 と、なぜか急に薬研のベルトがずっしりと重くなった。見ると薬研藤四郎の本体が実態を伴って現れている。 「……なんでかな」 「みか?」 「ありうるな」 #名前2#ではないよね、という考えの一致で三日月に心の中で礼を言う。持ってきてしまったナイフは世祖が預かった。そのままモランに会いにダウンタウンのクラブへ行くことになったのだが……。 「薬研」 「ああ」 本丸にいた頃、不動に買い与えられたあの曰くの銃の気配がする。そうかあれはワトソン医師のものだったのか。気配をさせている諸星を見ながら薬研はため息をついた。面倒なことに巻き込まれたなあと顔が言っていた。 コナンと諸星、滝沢がクラブの中に入ってしまった。心配する少年探偵団の横で江守と菊川と共に薬研は残っていた。 「そういえば、あなたの名前ってヤスアキよね? なんでヤゲンなの?」 哀が突然薬研に視線を向けた。薬研は目をぱちくりとさせて「聞いてたのか?」と聞く。 「ええ。ヤゲンはあだ名? 本名?」 「あだ名だよ。薬に研究の研でヤスアキなんだけど、単語的には薬研だろ? それに#名前2#さんは刀剣の名前をつけるのが好きなんだ」 薬研はそう言って肩を竦めた。別に名前なんてどうでもいいだろうと口が歪んでいる。 「……。このゲーム、ゴール出来るかしらね」 「さあな。お前らが頑張ればいいんじゃねえの?」 薬研の口振りに菊川は服を引っ張るが薬研は気にしなかった。 銃声が聞こえた。迷わず入っていったのは世祖が一番に入っていったからだった。薬研も入っていくと同時に刀を構え峰打ちで敵を掬いながら倒していく。 クラブでの乱闘で菊川に、元太、光彦、歩美がゲームオーバーになった。戦いに混ざるのが遅かった薬研はそろりと髭面の男に近づく。そして一瞬の隙を見てワインを奪い取った。 「!!?」 「薬研!!?」 「もらん大佐、だったっけ。このワイン、モリアーティ教授のために態々取り寄せたんだって? よくやるねえ、ゴマすりなんて」 ヘラヘラ笑いながら薬研は自分の刀を瓶に当てている。今にも突き刺そうとする姿にモランの腕や周りの攻撃は止まった。 「……どうしてそう思った」 「見えたから」 薬研は笑ったまま瓶を持っている。構えられた銃が薬研に向けられた時、一人の男が入ってきた。世祖の目にはその男がモリアーティであることや、コナンたちを面白がっていることがすぐに分かった。 「モリアーティ様が皆様にお会いしたいと申しております。外でお待ちしております」 「おお、お待ちください!」 「はて、モリアーティ教授に逆らうつもりですか?」 モラン大佐は顔を背けてその後は何も言わず、動きもしなかった。気まずい空気のまま店を出ていく。薬研はクラブを出たところで滝沢に頭を叩かれた。江守に背中を叩かれ、諸星に脇腹をこづかれる。 「ぁにすんだ」 「菊川がホントにいなくなったんだぞ」 諸星はたった一言そう言ってモリアーティの後ろをついていく。薬研までいなくなるのではないかと怖がっていることは世祖でなくともその背中から分かった。 モリアーティはジャック・ザ・リッパーに指示を出すと約束した。誰かを殺す命令を出す、と。有難いのか有難くないのか。アイリーン・アドラーを殺そうとしているモリアーティの頭を見ながら世祖は今日の寝床について心配していた。 諸星たちがさっきの戦いは自分のせいだと反省している。それに対して蘭は「これからどう行動するかが大切だ」と言う。薬研はそんな言葉を聞くと虫唾が走る。 ここに来てから自分という刀について考えさせられるようになった。守り刀として粟田口の短刀の名前をあげた。辞書にだって名前が載っている。だが織田信長に対してはその力が発揮されなかったこともつぶさに載せられている。 あぁ、嫌だ。薬研はコナンたちが好きではなかった。自分が「できる」と信じている彼らを見たくなかった。本丸では気楽でいられた。あそこは現実とは離れた世界で、付喪神として使命を全うすれば良かったのだから。 こんな世界を守らなければいけないのだろうか? 薬研には疑問だった。自分たちを守るため歴史修正主義者ではなく、ただのAIの暴走に付き合わされて。ここでも薬研は守ろうとして失敗して誰かを殺すのだろうか。 「面倒だなぁ」 薬研はそう呟いた。世祖が横でこっくりと頷いた。 滝沢と江守がアイリーン・アドラーを助けてゲームオーバーになった。逃げていたらいつの間にか哀もいなくなっていた。残るは5人。アドラーを狙った殺人は防がれた。それを完遂したのはコナンと蘭と諸星だ。薬研は何もしていない。 逃げたジャック・ザ・リッパーはチャリング・クロス駅発の列車に乗り込んだ。世祖はそんな薬研に対して何も言わなかった。言わないといわないで居心地悪くなるのだが世祖はそれすらも見抜いているのに何も言わない。薬研はついつい自分で聞いてしまった。 「なあ世祖」 「ん?」 「俺っちは守ってていいのか?」 ぽつんとした言葉に世祖は首を振った。 「#名前2#を守れなかったでしょ」 何度も言い続けて流暢になったそのフレーズ。久々に聞いて薬研は笑った。頬が冷たくなった。 「ひでえなあ、本当に」 #名前2#が昏睡状態になったのは薬研の不始末がきっかけだった。それについて世祖はほじくり返して何か言うわけではない。ただ、事実として薬研は許されないことをしたと言っている。 守れなかったと後悔してばかりの人生だった。列車の屋上で薬研はそう思いながらも戦うことをやめなかった。世祖は列車を止めるために力を使っている。主戦力の蘭はジャック・ザ・リッパーに捕まっている。しかも、ロープが蘭とジャック・ザ・リッパーに繋がっているため容易に崖へつき落とせない。コナンと諸星はそこまで強いわけではない。薬研だけがこの男に対して力を使えるはずだった。 「お前はな、ここで消える運命なんだよ!」 「……」 「誰も守れず、列車も止められず! ああ、可哀想なやつらめ!」 怒りが心についた。刀を逆手に持ち、その腹を目掛けて切り込む。ジャック・ザ・リッパーはそれを読んでいたようで長い足を折り曲げて薬研の腹に一撃を加えた。胃液が迫り上がる。考えながらも薬研は風に流されるままに後ろへと転げ、ざっくりとロープを切り捨てた。 「あっ、」 蘭の声が聞こえる。驚きと悲しみに満ちた顔だ。薬研が今から何をするか分かってしまったのだ。 「地獄に落ちようぜ」 薬研は笑ってロープの端をつかみ崖へと落ちていく。重力が伴ってジャック・ザ・リッパーも落ちていく。苦しそうな悲鳴が心地よいと思うなんて。自分はなんて奴に堕ちてしまったのだろうか。 「頑張れよ、諸星」 呟いた言葉は誰にも届くことは無かった。 銃はホームズのものです。世祖たちはワトソンが持っているというイメージを持っているのでワトソン医師のものと言ってます。