赤と黒のクラッシュ

【宗三とキャメル】  カランコロンと店に入る音がする。スマホのテキストを確認して入口を見ると大きな男があわあわと店員さんに話しかけていた。日本語ができそうな見た目じゃない彼は店員さんと2人で慌てた様子でいた。それが面白くてつつい笑っていたら彼に睨まれた。 「あそこにいる桃色の髪の毛の人と待ち合わせなんです」 「そうでしたか、すぐにご案内しますね」  席に着いた彼にお冷とメニューが渡される。ちょっと日本のレトロチックなお店なので外国人の大男がいる光景はちぐはぐでまた笑いそうになった。 「ソウ……そんなに笑わないでくれよ」 「ふふ、ごめんなさい。ちょっと面白くて……」  宗三左文字ことソウは、友人のキャメルと共に食事に来ていた。平日のランチセットがあるところで、どこか上手いところはないかと#名前2#に聞いてこの店に来た。  ランチセットはシェフのオススメにして、キャメルはふうと一息ついた。宗三も一緒に自分の分を頼みスマホを取り出す。 「聞きましたよ、仕事。忙しいみたいですね」 「君らがいなくなってからはさらに忙しいよ」 「こっちも辞めたところで仕事は変わりませんよ、少し日本に来やすくなっただけで」  日本人の彼はFBIに入るためにわざわざアメリカ国籍をとり仕事をしていた。同じ時に仕事を辞めた長谷部という男もらしい。長谷部と赤井は珍しくも対等な友人関係だった。頭脳も、身体能力も2人は同じくらいに高かった。ライバルのような親友のようなそんな2人だと思っていたのに、長谷部は何も言わずにFBIを辞めた。  赤井秀一はまた一人きりの天才になり、今に至る。キャメルは自分が横に立てるとは思ったことがない。あまりの差に埋められると思えなかった。キャメルは長谷部がFBIに戻ってきてくれないかと期待してしまった。 「長谷部さんは、お元気ですか」  ソウはキャメルの言葉を聞いて「そうですねえ、前よりも楽しそうですよ」と言う。キャメルの言葉の真意に気づいていた。  世祖の近くで仕事ができるのだ。悪態をつきながらも#名前2#に褒められて嬉しそうな顔をしている。宗三もそれを見ながら自分も褒めてもらうのだ。  キャメルはいい友人だと思っているが、彼の自己評価の低さと人に任せてしまう性格にはいつも面倒だと思う。 自分では無理だ。だから他の人が頑張ってくれるだろう。自分はそれを応援しよう。  そんなこと考えるくらいだったらさっさと自分を鍛えてこいと長谷部なら言うだろう。#名前2#なら、はぐらかしながら自分を見直させるだろう。……宗三にはどちらも出来ない。快い友人に対して辛い現実を突きつけられなかった。 「長谷部は、残念ながらFBIには戻れません。もちろん僕もです」 「そう、ですか……。あ、いや、すみません。変な意味はないんですが」  ここでパスタが運ばれてきた。違う味のパスタを頼んだので取り皿に少し分けて交換した。美味しいですね、と言いながら2人でフォークをからめる。食べ終わってドリンクを待っていたらキャメルの方から切り出した。 「……驚きましたよ、世祖ちゃんのこと」 「ああ、成長していないでしょう」 「あれもサヴァン症候群ですか?」 「みたいですね」  世祖が薬を飲んだことには驚いたがその誤魔化しは病気のせいにすることにした。サヴァン症候群の症例は少ない。どうせなら騙してしまえというのが沖野の言葉だった。 「#名前2#くんも大変でしょう。いいんですか、見に行かなくて」 「彼もいい年した男ですし」  身体年齢ではなく精神年齢の話だがキャメルには気づかれない。そういうもんですか、日本はと勘違いしている。  そのあとは仕事の愚痴に話が移り、2人とも目一杯に語り合った。特にソウザの方は言いたいことも多く兄弟になかなか会いに行けないことや、沖野の無茶ぶりなども語りキャメルを笑わせた。 【長谷部と沖矢】  長谷部の方も沖矢昴の話は聞いている。隠れているのだから話すことはないだろうと思っていたが、#名前2#が気を利かせてスカイポを繋げてしまった。ご丁寧にインカムまで用意されている。  やらないと断ってもよかったのだが、主の世祖に言われて仕方なくパソコンの前に座った。 「きたな」 「おい、変装はどうした」 「お前に会うのに変装はいらない」 「組織の目はどこにあるのか分からんぞ」 「まあそうだな。だが、あの赤井秀一が地味なアパートでニートのような生活をしているとは誰も思わんだろう」 「大学院生だったか? いいご身分だな」  長谷部の言葉遣いも赤井には慣れていた。仲良くなればなるほど長谷部には遠慮がなくなっていくのだ。おかげでバーボンの突っかかるような口調も躱せるようになった。 「#名前2#たちに言われてここにいるがな、俺はもうFBIには戻らん。連絡されても困る」 「そう言うな、俺とお前の仲じゃないか」 「? ただの同僚だろう。いや、元同僚か」  ここで赤井は少し黙ることになった。長谷部を友人だと思っていたのは自分だけだったのか、と。長谷部はカメラの向こうで普段通りの表情を浮かべている。  一緒のミッションに着いた時にもこんなことがあったと思い出した。長谷部の価値観は人とズレている。そこも含めて赤井にとっては好感が持てる男だったのだが。 「……。お前がいなくなって、FBIは痛手を負った。組織を撃てるシルバーブレットを1つ失くしたとな」 「ふっ、まあ俺は優秀だったからな」 「沖野さんのところで今は働いてるんだったか? FBIと仕事はそんなに変わらないんじゃないか」 「……まあな。昔も今も沖野の無茶ぶりに応える仕事だ。……だが、それもまた俺の価値だ。利用されてるだけだとまた言いたいのか。俺はそれでいいと言ってるだろう」 「そんな風には言ってないだろう。なに、お前がアメリカ国籍を手放したと聞いて日本のバカな友人に会いに行ったのかと思っただけだ」  長谷部は顔を真っ赤にして「ち、ちがう! そうではない!」と真っ向から否定した。あまりの否定っぷりにこれはもう肯定だなと誰もが見れば分かることである。  素直な反応に小さく笑ったら長谷部はくそっと舌打ちした。 「俺が会いに来たのは世祖だ! #名前2#ではない!」 「誰も#名前2#君の名前なんて出してないじゃないか」 「ふん、どうせ腹の中では描いていたくせに」  まあその通りである。 「#名前2#に会ったところで俺にはなんのメリットもない」 「ほう? それにしては俺にはやけに彼の話をしていたと思うが」 「あれは! 奴の失敗談だ!」  あんなに話していたくせに自覚はないらしい。友人が面白くて可愛くて笑いが止まらない。FBIではクールな天才のように思われているがこの素直になれない友人の前ではそんな仮面も剥がれてしまう。 「わかった、分かった。そういう事にしておこう」 「なんだその言い草は! 大体赤井! お前こそ宮野明美のとこは吹っ切れたのか」 「死んじまったもんは仕方ないだろう」 「……その死んだ人間はもう会えないんだ。誰かに面影を追うことだけはやめておけよ」 「忠告か」 「……ちがう。実体験からのアドバイスだ」  そう言って長谷部は通信を切った。パソコンの電源を切って部屋を出る。リビングでDVDを見ていた#名前2#と世祖がこちらを向いた。本丸でのデジャブに襲われる。夕飯の準備ができたと迎えに行くと世祖と共に映画を見ていて…。 「長谷、おつかれ。どうだった?」 「……どうもこうもない」 「そっか、ならいいんだ」  #名前2#が世祖を抱えて立ち上がる。テレビを見ていたい世祖はじたばたしながら何とかテレビから視線を外さない。リモコンで電源を切る。何十回、何百回と知っている行動だ。 「夕飯に、するか」 「そうだな」  本丸に帰りたい。畳の部屋で刀剣男士と審神者と審神者守護とがいる不思議なあの家へ。ここは長谷部の安心出来る、居場所のあるあそことは違う。赤井秀一という友人がいようが、FBIなんて仕事に就いていようがそれは長谷部の居場所ではない。 「? はしぇ… ないてる」 「え、あ、ほんとだ」  世祖が手を伸ばして頬に触れた。小さくて暖かい手だ。 「大丈夫か? 長谷」 「……平気だ、これくらい」  泣いてもどうにもならないことはもう知っている。長谷部は#名前2#から世祖を受け取ってぎゅっと抱きしめた。彼女のためにも本丸に帰ろうと願って。