イカサマ童子と怪盗キッド

【奇術愛好家連盟チャット】  イカサマ童子という名前は俺にも強く覚えているものだった。まだ世祖と会う前の頃に見に行ったショーで春井風伝を見た。本当に好きな人だった。こういうのが沼に落ちる瞬間というやつだ。俺は今でもあの人のショーを追いかけていた。  そんな俺のことを知っていたからか、世祖はチャットにイカサマ童子という男がいると教えてくれた。奇術愛好家、と言えるのかどうかは分からなかったが初心者の俺も優しく迎えてくれた場所だった。ただひとつ困ったところはハンドルネームとして何か言葉を入れないといけなかった。適当に酒の名前でも入れるか、とサングリアと入力したら「お酒好きなんですね?」と言われてしまった。映画に出てきたからそれを入れただけだが流しておいた。  ほかの人たちは皆マジックなどに関連した名前をつけていて本当に奇術愛好家を名前で表しているようだった。その中の一人にイカサマ童子という人がいた。自分はこんなことが出来る、という彼は自信満々の春井風伝のようで微笑ましかった。ある日のこと、春井風伝の話題になった時イカサマ童子は「彼が脱出マジックをやるそうだぞ」と言い出した。嘘でしょう、と返信すると「いやいや、そんなことはありません。彼は嘘はつきませんよ」という返信がきた。  試しに春井風伝の方に脱出マジックをやるのか、と電話をかけてみたら彼の弟子という人から「そうですよ」という返事が来た。 「世祖、もしかして、イカサマ童子さんは本当に春井風伝なのかなあ」  世祖は何も答えてくれなかった。仕方ない。俺は春井風伝のショーに行ってみることにした。念の為、イカサマ童子には春井風伝に伝えられる機会があればずっと前から応援している人がいる、と伝えて欲しいとお願いした。するとメールの返事はすぐにやってきた。  メールの件名はありがとうだった。  イカサマ童子は本当に春井風伝だったのである。世祖はきっと分かってて俺に何も言わなかったのだ。メールの返信には生涯現役でありたいという話、チャットの人々を驚かせたいのだということが拙いながらに書かれていた。きっと慣れないパソコンで打ち込んでくれたのだ。俺はすぐさま返信不要でメールを送った。貴方のマジックは誰にも真似できない輝きがあった。それがまたもう一度見られることに感謝している、と。  本番の脱出マジックであるが……彼の体力的には難しかった。もう世間一般では老人と称される彼である。心の中でやれると思ったことに肉体がついていかなかった。  幸いなことに世祖と見に行っていたことと、緊急搬送された彼が膝丸の手術を受けたことの2つのおかげで春井風伝は一命を取りとめた。  手術のあと、イカサマ童子こと春井風伝にメールを送った。生きててくれて良かったこと、今回もあなたのショーに魅せられていたことなど伝えたいことはいっぱいあったのに日本語にするのは難しくて何回もこねくり回した文章を送った。さすがに見舞いに行くのは難しいだろう、と思っていたがメールの返事で娘さんがよかったら見舞いに来てくれないか、と言うのだった。  行ってみると春井風伝はベッドに横たわりずっと空を見ていた。 「あの、初めまして。サングリアです」 「………。春井風伝、イカサマ童子でございます」  ひょうきんな物言いに俺は少しだけ緊張していた。本物の春井風伝と会話しているのだ。春井風伝はゆっくりと俺の方を見てくれた。老人のしわがれた顔が俺と世祖を見ていた。 「君たちのことは、よく見えていた……。その女の子の目はいつも雄弁に何かを物語っていた。この前のショーは失敗だった。私は自分の力を過信していたのだから」 「そんなこと…!! 言わないで、ください…。俺にとってはずっとスターなんです……」  春井風伝はありがとう、と一言俺に言ってまた眠ってしまった。死んでしまうかと思ったが世祖から休んでいるだけだ、と教えて貰った。春井風伝は退院したあともショーを続ける、と宣言してくれた。この体でしかできないことを考える、と言い出したのだからなかなかに強かである。チャットのイカサマ童子さんは引退された。娘と名乗る人が父は亡くなりました、というメッセージを残したのである。もうここには二度と関わらないというメッセージだろう。イカサマ童子がいないなら、と俺もそのチャットルームからは抜けることにした。レッドヘリングと名乗っていた人もイカサマ童子目当てだったらしく俺が抜けると言った時に便乗して彼も部屋をぬけた。その後、チャットがどうなったのか、俺はよく知らないままである。 【大海の奇跡の話】  怪盗キッドに告ぐ!! 貴殿が所望するビッグジュエル「大海の奇跡(ブルーワンダー)」を汐留に在する我が大博物館の屋上に設置した。うんぬんかんぬん。  世祖はそれを見て鈴木次郎吉が誰かわからないがとにかく面倒事が始まるんだろうな、ということだけは分かった。絶対に#名前2#は巻き込まれるだろうから、と世祖も準備をすることにした。今回は下見だし、本番までに来てもらえればいいのだ。電話の相手はいつもの男、ではなくもう1人の方だった。 「というわけで、僕が呼ばれた」 「どういう訳かさっぱり分からんのだが……?」  特に選ばれた理由もないのだが、あえて言うならばキッドの白いマントがイメージにあったせいか山姥切長義が#名前2#たちの家にやってきた。  海なら千代金丸じゃねーの?と言う#名前2#にそれは僕のセリフだよ、と混ぜっ返した。長義の方もなぜ呼ばれたのか分からないままとりあえず来たのである。  汐留の方に行くのに車では野次馬たちとかぶる、と言われて電車で博物館まできた。人混みは嫌がる世祖をおぶり、壁をつたってビルの屋上まで飛んだ。 「おぉー、よく見える」 「見える、けど……。大丈夫かい、こんなところにいて。不審者扱いされるかもしれないんじゃないか」 「へーきへーき。鈴木財閥の方には話通してあるよ」  キッド逮捕のために力を貸す、と三日月が#名前2#を貸し出していることになっているらしい。へぇーと聞いていた長義だったが心の中では今生でも裏方に回っている三日月が少し哀れだった。あいつだって#名前2#と一緒に動きたいだろうに。 「あ、おい。来たぞ」  考え事をさえぎったのは#名前2#の声ではなく下にいる観客達の叫び声だった。キッドが空中に現れたのだ。 「おぉー、ホントに浮かんでる」 「は?」 「え、普通の感想言っただけなのにそんなキレる返事ある?」 「結局マジックなんだろう? ここの人間たちがそんなこと出来るはずがないからな」  ほら、と長義が指さした方向をよく見るとキラキラと輝く糸が見えた。 「吊るしてあるんだよ」 「へぇー」 「それで、どうするんだい? このまま切って落としたらさすがに死ぬだろう」 「まあキッドのことだから安全面はちゃんと考えてると思うんだけど、宝石だけは守っとかないとなあ」  そう言い終わると#名前2#はワイヤーガンを向かいのビルの屋上に向けて打ち込んだ。 「何するんだい?」 「ゴールテープ、的な?」  ぐむ、とキッドの動きが止まった。ワイヤーに引っかかったのだ。あっ、と長義が声を上げる。 「これで平気だよ、キッドも本番にワイヤー来るとは思ってなかったみたいだし」  すぐに捕まえるな、と沖野さんから命令も下っている。今回はこれくらいでいいよ、と#名前2#は笑って世祖を抱えてビルから降りた。長義はもう少しキッドを見ていようか、と不運にも絡まったワイヤーと苦戦しているキッドを見つめていた。そして自分が来た意味がなさすぎてつまらない、とも思った。他の刀剣男士たちはもっと立ち回りしてると聞いたのだが。  ひとしきり楽しんだ後長義もビルから降りてきた。#名前2#はどこにいるんだ、と電話をするとまだ次郎吉のところに捕まっているらしい。先に帰ろうかとも思ったが主を置いて帰るのもどうかという気持ちが勝った。  博物館に行くと世祖と犬が遊ぶ姿、#名前2#と次郎吉が話し込んでいる姿が見えた。 「すみません。連れも来たのでそろそろお暇したいと思います」 「そうか……また話を聞かせてくれんかのう」 「はい、勿論です」  世祖、帰るぞと声をかけると世祖はぐにーーっと犬の口を開かせたあときゃらきゃら満足気に笑って帰ってきた。  帰り道、なんの話をしていたのか聞いたらサヴァンの子を育てるのは大変か、とかそういう話だよと適当な返事をされた。長義は世祖になぜ自分を呼んだのかも聞きたかったが、やめにした。どうせ聞いたところで分かる返事がもらえるわけでもない。今は長義の頭から犬耳を探そうとしている世祖を止めさせることの方が先だった。