純黒の悪夢

少年探偵団たちと、世祖、コナン、哀は阿笠宅に集っていた。後者3人は東都水族館のテレビを見ながらはぁとため息をつく。テレビの中で観覧車の事故についてが大きく報じられていた。 少年探偵団たちにはキュラソーは外国へと行った、と教えた。さすがに死んだと告げるのは申し訳なくて出来なかった。少年探偵団たちはまた会った時には観覧車に乗ってダーツの遊びをしよう!ときゃらきゃら笑っている。いつもなら世祖も混ざるのに、今日ばかりは世祖もソファーの上で膝を抱えていた。 「ねえ、世祖。あの人は、」 「スイスの、お墓に」 「永世中立国だからか?」 「ううん。いる、の。ふるさと」 キュラソーは#名前2#と沖野の計らいにより、生まれ故郷であるスイスに墓を作った。組織のことやらを心配して独身用共同墓地となったが、しっかりとイルサ・ファーガソンの名前で記載されている。 「そう……。スイス人だったの、彼女」 「生まれはな」 ひょい、と顔を出した#名前2#はにへらっと笑う。どこか吹っ切れたような顔をしていた。確か、ここに来る前に誰かに会う用事があると言っていたのだが。 「#名前2#さん……」 「なにシケてんだ、コナンも哀も」 頭を優しく撫でられるがそうは言ってもキュラソーを亡くしたのはかなりのショックがあったのだ。#名前2#を信頼していたが故というのもある。絶対に助けられると、そう思っていたからこその落胆の大きさなのだ。 「キュラソーのことか?」 「……」 コナンたちは何も答えられなかった。世祖からキュラソーと#名前2#が恋人未満のような関係であったと教えられたからだ。#名前2#は苦い笑みでソファーの向かいに座る。 「いいこと教えてやるよ。あいつってば、ずっと元太たちのお揃いのキーホルダー握ってたんだ。真っ白のそれをな。海に落っこちても、死にそうになっても、手放せなかったんだよ」 「……。#名前2#さん、ごめんなさい…! 私たち、」 「哀、なんでお前が謝るんだよ。世祖もだけど気負いすぎだって…。あいつが死んだのは俺のせいなんだよ」 そんなことない。悪いのは組織の方だ。そう言ってもきっと#名前2#の助けにはならない。コナンは何も言わずに「笑ってた?」と聞くだけにした。キュラソーと#名前2#がどんな最期を受け入れたのかを聞くのはマナー違反だ。ただ、キュラソーが辛いまま死んで欲しくないという願いが叶っていたらと思った。それだけでも許して欲しい。そんな小さな願いだ。 「……笑っては、なかったなあ」 「あいつは、泣きそうになりながら頑張って笑おうとしてたよ」 今の#名前2#みたいね、と世祖が小さくつぶやく。吹っ切れたように見せかけてもそんな表面的なものはぽろぽろと剥がれ落ちる。#名前2#は顔に手を当てて「ごめん」と言った。 「お前達に心配されるようじゃ俺もまだまだだな。本当はもっと元気づけようと思ってたんだが」 失敗だ、と笑う#名前2#の目は泣いた跡が垣間見えた。そんな我慢しなくてもいいんだ、と伝えられないソファーの距離感。#名前2#の席は、わざとなのだろうか。 「……また、時間出来たらお前らも墓参りに連れてくからな」 「うん」 「絶対よ」 「約束だ」 「せいも、」 4人で指切りをして#名前2#は立ち上がった。これから違う人に会いに行く用事があるらしい。世祖はいいの?と聞いた哀に#名前2#は苦笑いで「ああ。沖矢さんとこ行くだけだから」と言う。世祖って沖矢さん嫌いじゃなかったか?とコナンが世祖を見つめると世祖は我関せずというようにジュースを飲んでいた。 微妙な空気に世祖が仕方なく口を開く。 「もー、いーの」 #名前2#は世祖のものだけではないのだ。それに、誰かと付き合っても結婚しても#名前2#が世祖や刀剣男士たちを手放す訳では無い。きちんと耳にして聞いたのだからもういいのだ。 「…そっか」 コナンと哀が世祖と共に笑う。いつの間にかダーツに飽きたのか諦めたのか少年探偵団たちが#名前2#のもとに集まった。 「#名前2#お兄さん、いつ来たのー?」 「ついさっきー」 「なあ、兄ちゃん! イルサ姉ちゃんさ! どこ行ったんだっけ?」 「スイスだよ。あいつ、色んなところの血が混ざってるけどスイスが1番強いんだ」 「また、会えますかね?」 「お前らがでっかくなったら会いに行ってやりな。イルサ、ずっと待ってると思うぜ。お前らとお揃いのキーホルダー大事に持ってたからな」 それこそ棺桶に入れる位に、と#名前2#は心の中で呟いた。少年探偵団たちは笑っているのに自分は秘密をひた隠して笑う仮面を被っていてとても情けなかった。 時間を巻き戻して#名前2#が世祖と分かれて会いに行ったのは向こうの指定により1人でとあるカフェに行ったのである。これまた指定された席に座るとボソボソとした判断しにくい声で話しかけられた。組織のボスとこうやって喋るのは片手で数えられるほどだ。 「やあエージェント」 「どうも」 「スプリッツァーはどうだい? 元気かな」 「お陰様で」 「力を使っているらしいね」 「……」 この圧は、沖野とはまた違ったもので#名前2#にぶつかってくる。沖野がまるで#名前2#に対して敵意を持った圧と言うならばボスのそれは生きながらに締め付けるような気色の悪さがある。舌の裏にたまった生唾を飲み込んで置かれたコーヒーを飲む。いつの間に置かれたのかも分からないほどに緊張していた。 「……まだ、」 「まだ?」 「まだ、大丈夫です。スプリッツァーは使い切っていません」 「……ほぅーう」 「あの力は、」 「もういいよ」 立ち上がる気配がする。ものすごい重圧から開放されたようなそんな気分になった。だが油断は禁物だ。このまま座っていたらスナイパーに狙われてしまうかもしれない。慢心ダメ絶対。 「お代を」 コーヒー代はかなりお高かった。 大きなことをやった後は人間、何かしらの達成感がある。沖矢のもとに訪れた#名前2#は疲れてソファーにぐったりと体を預けた。ここが工藤家だと分かっていても止められない。驚くほどに心労が溜め込まれていたらしい。 「大丈夫か?」 声が赤井秀一のまま聞かれたが#名前2#はそんなの気にせずに「ええ」と答える。裏側に立った沖矢が#名前2#の肩をぐっと押し込む。凝り固まった筋肉がごりごりと音を出した。 「いだいっす……」 「凝ってるな」 「ちょっとタイプの違う敵とやりあってきました」 両方じわじわと心にくるタイプであるが、分かってやっているのがボスのような人で無知ゆえにやっているのが少年探偵団たちだ。後者のタチの悪さは#名前2#にとって心臓に悪い。驚きや緊張とは違う、グッサリと刺さってくるそれらだ。 「……君も、ようやく痛みを知ったのだな」 ニヤリと、沖矢昴のくせして赤井秀一のように笑われた。嫌がらせかと思うほどにギリギリと肩が揉まれる。伸びた手が肩甲骨に届いて親指がめり込むような感覚がする。肩、こりすぎだろ……と呟いて#名前2#は顔を前に戻す。重かった肩は少しだけ楽になった。 「あざいます」 「なに、ただの嫌がらせだ」 「やっぱりっすか」 はははとボイスチェンジャーの声に戻って笑いながら沖矢は#名前2#の隣に座った。隙間はそれなりにある。前回のアレがよく効いたクスリになったらしい。 #名前2#はその姿に少し申し訳なさを感じた。キュラソーが死んだと受け入れてから、#名前2#は成長したのだ。 「沖矢さん」 「なんですか」 「……明美さん、亡くしたアンタがあんまりにも普通にしてるんで八つ当たりしちまってすんません」 沖矢が目をぱちくりとまるで小学生になった高校生探偵のように驚く。この人も、こんな顔するのかと#名前2#も驚いたが、この顔は先の東都水族館でも晒されている顔である。ただ、#名前2#が下を向いていて見てないだけだ。 「……そうだったんですか」 「そうだったみたいっすね。自分でもビックリしてますけど」 キュラソーが死んだ時の#名前2#はまるで明美を亡くした赤井と同じだと沖野がにまにま笑いながら教えてきたのだ。やはり彼は人の嫌がることを楽しんでるんじゃないかと思えてきた。 「ぶっちゃけちゃいますけどいいすか?」 「元からですから」 「っすよね。まあ、赤井さんたちの恋愛観が嫌いなのは確かだし、難儀な人生だって同情もしましたけど。今は、よく乗り越えてるなって尊敬しますよ」 「………。乗り越えてなんか、ないですよ」 「へえ?」 「今でも夢に出てきますから。……ですが、そこで立ち止まれない所まで来ています」 「はは、確かに。死んだフリしてまでですもんね」 「……」 沖矢に見つめられて#名前2#は首をかしげた。どうかしましたか? 眠いんすか?とまるで子どもに向けたような声色だ。目の前にいるのは彼よりも1回りほど年上の男なのに。 「#名前2#くん」 「はい?」 「一応の確認ですが」 「はい」 「キュラソーは君の相手だったんですか?」 あの時には安室がいたので聞かなかった話。#名前2#が結婚を前提にしなければ付き合いたくないと言った話。今にして思えばあれは腹が立った故の口から出てきた嘘みたいな話だったが沖矢にしてみればあれが真実だ。#名前2#はうぐぐと内心で呻きながら目をそらす。まさか突っ込まれるとは思ってもみなかった。 「……」 めちゃくちゃ見られている。逃げられないだろうとは思っていたが、こんなに見られたら嫌な汗しか出てこない。 「どうでしょうね。そうであればよかったと、今になって思いますけど」 沖矢はそうですか、と言葉をこぼす。心なしかしょんぼりとしているのは何故だろうか。この姿、どこかで見たことあるよなあと思い記憶に検索をかけてみたところヒットしたのは口べただった江雪が何か言いたいけど言えなくてうーんとなっていた時の顔なのだ。かなりピンポイントに近い。科捜研で99%一致してると言われそうなほどに。 「……何かありました?」 「ん? ああ、いや。…何でもないです」 「何でもなくはないでしょう」 「そうですね」 「……」 面倒臭え。 「もし、僕が……全てを終えた時は」 「はい」 「話を、聞いてくれますか?」 「はあ」 「嫌なら構いません」 「別に、拍子抜けしただけっす。ぜんぜん構いませんよ」 よかった、と沖矢が一息つく。緊張していたらしい。ーー変な人だ。そんな願いのために緊張するんて。 とか、考えられてるんだろうか。 横に座る#名前2#はコーヒーを飲んですいませんと断ってからスマートフォンをいじり始めた。げっ、と言ったところを見るとシグマかもしれない。 #名前2#は、分かってるのだろうか。話をする時には、おそらくこの胸の中に芽生えた感情はキュラソーの持っていたものと似たものになっていると。抑えるつもりはもう無くなった。キュラソーを助けられなかったと嘆いた#名前2#を助けたいと思ってしまったのだから。同じ穴の狢である彼を逃せそうにはない。一緒に泥沼に引きずり落とすだけだ。 「すんません、世祖がまたやらかしたらしいんで博士んとこ行ってきます」 また、というのは前のようにクリームを放り投げでもしたのだろうか? あのときは酷い目にあった。しかもわざとではないから辛かった。 「また博士にクリーニング代払わなきゃな……。そんじゃ、お邪魔しました」 上着を片手に#名前2#はスリッパをぱたぱたと歩いていく。今まではなかった陰りが彼の背中に出来るようになっていた。