探偵たちの夜想曲
「#名前2#? なに朝っぱらから」 「んな怒るなよ…。加州お前今電話平気か?」 「ああ、うん。で、何かあったの?」 「世祖の看病するから今日は大学休むわ。すまんが」 「はいはい休講届けねー。世祖、平気なの?」 「軽い風邪なんだけど吐き気が強いらしくてな……。喉に詰まらせるのも怖いし様子見」 「ふーん。あんまり気を遣わせちゃダメだよ。病人は大変なんだから。それじゃあね」 「おーう」 電話を切って世祖の方を向くとケホリと咳をしながらこちらをジト目で見ていた。こんのすけのぬいぐるみが枕の横でよだれと吐いたものにまみれてみるも無残な姿になっている。後で洗濯しなければ。 「んだよ」 「つぁれらー」 「おう」 「パフェー」 「……ダメだ」 「やぁー!」 「風邪がよくなったらなー」と宥めていたらまさかの風邪悪化コースになり、その日はつきっきりの看病をさせられた。 次の日は一日講義があるので放課後になってから世祖とパフェを食べに行くことにした。蘭ちゃんから下の喫茶店ポアロにあるアイスパフェが1度は食べるべきとダイレクトマーケティングされて来たわけだが。 「あれ? 貴方達はこの前の事件でお会いした…」 「ははー、どうもー」 まさかあの時の人に会うとは俺も思っていなかった。席について注文をとるこのウェイターさんは世祖曰く探り屋のバーボン。スコッチとよくチームを組んでいた男だ。俺自身何度か電話はかわしたが「こんな声だったっけ?」と記憶が薄い。あんまり顔を見るような任務も引き受けてないし仕方ない。 「その節はどうもどうも」 「いえいえ、こちらこそ…。僕は安室透。今は毛利先生の弟子をやっております」 「へー…。あ、俺は#名前1##名前2#です。東都大学の大学生やってます。こっちは妹の指貫世祖。血はつながってないんで名字バラバラすけど」 「……そうでしたか」 さて。ウェイターこと安室さんは俺達の自己紹介を聞いて表情を少し変えた。俺と世祖が血のつながらない兄妹と知ってのことかもしれない。世祖の心配するように俺たちのことを探りにきているのかも。まあ、俺はバカなので深くは考えないことにする。 「アイスティとオレンジジュースとアイスパフェにございます」 「あざいまーす」 俺は熱すぎて氷のたっぷり入ったアイスティーを頼んだ。世祖は喫茶店などではだいたいオレンジジュースだ。何故かっていうとこの類の店に1番置かれてる種類だからだ。決して世祖が好きなわけじゃない。 「へぇー、じゃあ安室さんは普通に私立探偵やってたのに弟子入りしたんすか」 「ええ。先の事件で僕の未熟さを痛感しましたので。こうやってポアロでバイトして、いつでも事件にご一緒させてもらおうと」 「すごいっすねえ」 「……」 世祖はパフェにぱくついて安室の方を一切見ない。あの事件の後に現場にいたウェイターは黒の組織のノックだ、と教えといたのに#名前2#はまるでそんな事も覚えてないように安室とにこやかに会話している。#名前2#は世祖に「危機感を持て」とたまに言うがその言葉はそっくりそのまま押し返すべきだったろうか。 安室がカウンターの奥に消えてから#名前2#は世祖の方に顔を寄せて「もしかして、アイツか?」と聞いてきた。頷くとああ、やっぱりーという表情を見せて「何か分かったか?」とまたしても質問してきた。 「……」 分かったとしても聞き耳をそばだてている情報のスペシャリストにわざわざそんな情報を与えてやることは無い。世祖はフルフル首を振るってお冷の氷を噛み砕いた。 今日もまた世祖を預ける日である。というのも水無の事件の時に話していた楠田陸道のバックにいた幹部が分かったという情報が長谷部からきたのだ。世祖を危険に晒すかもしれないことを考慮して沖野さんから毛利探偵事務所に預けるよう言われた。 「毛利さん、すんません……。お金は銀行に振込しとくんで」 「金の事はいいんだがよ……。こいつ、お前の服離さねえぞ……」 「あはは……。昨日は朝から大喧嘩して徹底的に話さなかったのでその反動でこんな風に……。夕方には戻りますんでよろしくお願いします」 「分かった。がんばれよ、大学生」 「うぃーっす」 毛利さんたちに組織について話すわけにもいかない。とりあえず大学の実習ということにして#名前2#は急いで自宅へ向かった。 さて。楠田のバックについていた幹部は想定していた通りジンとウォッカの二人だった。といってもコードネームも与えられていない男を彼等が覚えているはずもない。世祖を見て驚いたのはただの偶然ではないか、という非常にあいまいな結論となった。ただ……世祖の前に突如として現れたバーボンについてもまだ真意がつかめていない。ノックであることは分かっているが、向こうにはスプリッツァーは敵として映っていたはず。ここで正体を明かされることは避けたい。 沖野さんから送られてきたバーボンについての資料によるとバーボンこと安室透は公安の所属らしい。本名は降谷零で29歳。あの見た目でか?と思うが童顔なんだろうな……。興味深いこと、と前置きされて書いてあったのは警察学校の友人が松田さん、萩原さんだった。さらに同じ公安からのノックだったスコッチは安室さんの幼馴染らしい。そのスコッチについてはほとんど書かれてない。沖野さんのコメントには、「世祖に止められているから」と情報がなかった。世祖めぇ……。 ついでのように送られてきたライとキールの資料はパラパラと見てシュレッダーに食わせる。この二人については俺もちゃんと知っていることばかりだった。 予定より早く終わった、と世祖に連絡しよう。スマホを取り出したところで阿笠博士から連絡がきた。ちょっと今大丈夫かのう?と言われて、いつもお世話になっている身分としてはNOとは言えなかった。 阿笠博士の自宅にお邪魔すると目に隈を作りソファーに顔をうずめる哀を見つけた。この前のカウンセリングもあんまり効果はなかったようだ。 お邪魔してまーすと声をかけてから頭をなでた。ぴくりと動いた耳が見える。 「……ごめんなさい、この前も来てもらったのに」 「ううん、別に。今日は別の用事があって毛利さんちに世祖預けてるんだ。昨日喧嘩したから距離置くのも大切だろ」 「………。迎えに行けばよかったのに」 その言葉の続きは「私のことなんて置いて」だろうか。哀にとっては俺やコナンに助けを求めたくてもできないと思ってるんだろう。自分は重荷になるとでも思ってるんだろう。違うよ、と口で言うのは簡単だ。だが、哀が心で分かってくれないと言葉は流されてしまう。 哀には今、すごく怪しさを持っているけれど沖矢昴という強い味方がいる。どうせだったら彼を顎で使うような強い女になれば面白いと思うのだが……先は長そうだ。 「哀ー」 「……」 「そんなしかめ面するなよ……」 「してないわよ、そんなの」 「してるー。沖矢さんはお前が思ってるような人じゃないよ」 「そんなの、……分かんないじゃない」 「分かるよ」 「なんで……」 「世祖が言ってたことなら、信じられるさ。あはは、俺アホだけどそーゆーのは分かるよ」 そう言った#名前2#は黒い目で哀の奥底までを見透かしたような雰囲気をまとっていた。そっと起き上がった哀の体は#名前2#のもとに寄りかかった。盲目的な信頼のような言葉は哀には重荷になりそうな言葉なのに、世祖もコナンも平気で受け取って返している。その姿はひどく羨ましい。嫉んでしまう。 逃げてばかりじゃ勝てないのは分かってる。歩美が教えてくれたことをまだ忘れてない。でも、弱気になってしまうのだ。 「なら、アナタが私を守ってよ」 口から出たのは自分が心の奥底でずっと隠していた言葉だった。無条件に守られる世祖が、うらやましかったのは本当だ。MAを習っている、といっても体は小学生。コナンとて同じことが言えるが、今はその思いも昇華されている。ただ、#名前2#と世祖にたいしての思いは腹にくすぶり小さくて冷たい火をずーっと灯していた。きっと組織での彼に依存しすぎてたんだ。顔を上げるのが怖い。何を言われるのか分からない。指先が冷えていく感覚がする。 「ああ? なに言ってんだよ。当たり前のことを今更聞くなよ……」 「え、」 「世祖と約束したんだよ。お前たちを守るって。俺は世祖を守ることを保護者に誓ってるけど、世祖とはみんなを守ろうって約束した。俺は約束したことは全力で守るさ。当然のことだろう?」 #名前2#は先程とは違う雰囲気をしていた。父親ではないし兄でもない、対等な人間がそこにいた。 「な、安心していいよ」 全く。盲目的な信頼は哀にまで回ってくるのだから嫌になる。