スコッチと
「そのやり方じゃダメだろ」 突如として耳に飛び込んできたのはスマホの音声操作アプリだった。見たことの無い表情で「一個前の部屋に戻ってくれ」と言う。 「なんだこのスマホ…」 「トランスフォーマー」 「……」 全くよくわからないが新しいウイルスか何かだろうか。とりあえずバーボンに連絡を取ろうとすると「ああ待って待って、ジンみたいにツッコミくれない人だとは思わなかった」とアプリが喋る。 「どうもスコッチ。こちらはスプリッツァー。上からの命令で貴方達を捨てても構わないと言われたので情勢確認に来たっていう……。あ、戻った。ここは右で」 スプリッツァー。その名前はよく知っている。敵、味方関係なくスプリッツァーの網に引っかかると瞬く間に情報を抜かれボスに報告が行く。ヘマをしたことを隠そうとしたり、他の組織に情報を漏らさないのもこいつのおかげ。ノックとしてここにいる俺やバーボンは関わりたくない相手だ。そいつが、スマホに侵入してきている。危険を強く感じてしまうのは当たり前だ。こっちはデータでやり取りしてる方が多いのに、それを見つかりでもしたら……! 「あれ、見捨てられるって言ってるのに落ち着いてる。はいここも真っ直ぐ」 「おい、お前は一体何しに来たんだ…!」 「えー、何しにって言われても……。人助けとか? 組織にとって捨てていいものはスプリッツァーにとって有用なコマになるかもしれないし確認しておきたいなって」 今度は口で言わずにナビゲートするようにスマホに矢印が現れた。それに渋々だがついていくと壁にぶち当たる。スプリッツァーによる罠だったか、と後ろを向こうとするとアプリから「おーい矢印確認は基本だろー」と声がする。 「……は?」 「矢印。まっすぐ伸びてるしない」 確かにまっすぐ伸びている。壁の方向に。 「もう斬ってあるんで大丈夫なはず。ほら、アクションゲームみたいにバーンと」 ……。スプリッツァーは誰にも彼にも容赦はしない。だが、こいつは自分で手は下さない。それだけは皆知っている。 足でつつくと壁がゆらりと動いた。上だけくっついていて下は無理やり当てはめていただけらしい。もう風でグラグラと揺れ始めた壁にええいままよとぶつかった。壁が猫の通り道のように押し上がり自分の体は宙に浮く。本日2度目の罠かと思いきやボスンとクッションに落っこちた。 「ふむ、本当に落ちてきたな」 「……。誰だお前たち」 「しがない始末屋だよ、気にしないでくれ」 「始末屋……」 白い男と黒い男が車の中にぼんやりと見えた。戦化粧というような隈取りが爛々として頭に焼き付く。始末屋という存在だけは聞いたことがある。組織の情報隠蔽や、死体を隠したりするのに呼ばれる集団だ。まるで映画のキャラクターのような彼らは本当に居たのだ。 「車に乗れ」 「でも、他の奴らは……」 「お前以外はもう救助できている。適当に置いていくからそこからは自力で集合場所に行け」 「……ありがとう、と言うべきか?」 「俺達は頼まれただけだよ」 「……」 男達はそのまま前を向くと車を発進させた。何かあった時のための集合場所から微妙に遠いところで車から降ろされた。組織との干渉はこれがギリギリらしい。ついでにと充電してくれたスマホにはウォッカから連絡が入っていた。 「ようやく出たなスコッチ……」 「すまん、色々あったんだ」 「スプリッツァーがお前らのところに行っちまってな、あいつの独断専行だったし今回の作戦は全部あいつに擦り付けることになった。さっさと戻ってこい」 「……独断専行?」 「ああ、さっきからそう言ってるだろ。アイツにはよくある事だ」 スコッチはそれ以上何も言わずに電話を切り、集合場所へ急いだ。バーボンやライがスコッチと変わらない姿で待っていた。つまり、特に怪我することも無く不機嫌そうな顔で待っていた。 スコッチがスプリッツァーに興味を持ったのはその時からだ。紆余曲折を経て何とかメッセンジャーと呼ばれる男に接触を図ったのは事件の半年も後のことだった。スコッチの興味はもはや意地のようなもので、公安の仕事もスコッチの仕事もこなしながら体に鞭打ってスプリッツァーに会いに行った。 メッセンジャーは期待しない方がいいと言ったが本当にその通りだった。スプリッツァーはいなかった。パソコンが1台、起動した状態で置かれていたのだ。カメラがスコッチの姿を捉え、画面が切り替わる。映ったのは病院服に身を包んだ体だった。 「こんな姿ですまん」 「……。ホントだな、」 「ちょっと無茶したから……。爆弾って腹で受け止めればいいって聞いてたのに実際にやると死にそうになるし笑える」 「何が言いたい」 「現状報告的な? えーっと、なんでスプリッツァーに?」 「……。前から思ってたんだが、君はスプリッツァーじゃないのか」 「………。あはは。調べるのは得意でしょう、あんたら」 こちらがノックであることはもうバレているようだ。スプリッツァーはケラケラ笑っているのかカメラが少し揺れた。綺麗な手が写り込む。男か女か分からない中性的な手だった。服の綴じ目から手を体に滑らせているのがよく分かる。 「アダルトビデオを見に来たわけじゃないんだが」 「こっちも見せたいわけじゃないんだが」 体をよじらせてスプリッツァーは手から逃れた。体が痛むのか咳き込んだ後「すまん、話ってのはなんだ?」と聞いてきた。 「……。別に、意味があるわけじゃない。何であの時、俺たちを助けたんだ」 「……。助けたかったから、じゃダメか」 「そんな理由でお前は動くのか?」 「くっくくく。いやあ、動かないね。お前らのことそんなに好きじゃないしなあ」 「なら、なぜ」 「そうだなぁ……。ただ、あそこで消えたら面白くないとは思ったな」 「面白いかそうじゃないか。それで動くとは、スプリッツァーは噂通りの人間か」 「噂はよく知らないけどまあそういう人間だ」 「そうか、ならいい」 「まあ、お前がそんなに言うならーーって……。はぁ、お前今……」 「それならいいと言ったんだ」 「……。あっそう」 ビデオカメラの中の男はつまらなそうな声を出して「ならもう止めていいか」と言い出す。あんなに頑張ってこの場を設けたというのに会話は一瞬だった。 「それじゃあな、スコッチ」 「じゃあな、スプリッツァー」 スプリッツァーとの最初の通信は本当に味気ないものだった。 2回目の通信はスプリッツァーと直接したわけではない。警察にいた時に噂になっていた沖野という男が自分に接触してきたのだ。そして「君は組織の中で死ぬよ」と言い出した。 「……」 「驚かないのかい」 「もう慣れました。スプリッツァーたちが規格外なら俺もそこに飛び込みます」 「いい心構えだ。君は運命に負けるが自分の意思のもとにという働きはこちらも賞賛したよう」 気取った言い方だったが沖野はその口調も似合っていた。紅茶を飲む姿も優雅にさえ見える。 「君がスプリッツァーについて調べているそうだし、どうせ死ぬなら置き土産としてスプリッツァーについても教えていいかと思ってね」 「…俺がその情報を誰かに漏らすとは思わないんですか」 沖野はにっこり笑って俺を見る。沖野の中での未来は俺はそのデータを誰かに渡してないらしい。もしくは、渡すことはできないのか。 「さあ、一緒においで」 沖野に連れられて車に乗った。組織に何と言われるか…と思ったが先手を打たれていた。 「君の仕事についてはスプリッツァーが何とかしている。気にするな」 「……そうですか」 信用出来ない相手だがこの男を倒せるイメージが湧かない。運転している男と助手席に座る男も普通の人間ではないだろう。外は隠すつもりもないのか俺に目隠しもつけず、窓を見せている。道を覚えようかとも思ったが沖野に「道を覚えるのかい?」と聞かれてやめた。手の内が明らかにされているのならしたところで対策を取られる…後出しジャンケンと同じだ。 「着いた、降りてくれ」 降りたところは公園だった。木々が生い茂り、真ん中にぽつんと遊具が置かれている。アスファルトの上で園児にもなってないような子どもが水遊びをしていた。その横にはグラウンドがあり、少年野球チームが対戦をしていた。俺達が守る日本の日常がそこにあった。 「ほら、あそこだよ」 「え?」 突然話しかけられて何のことか分からなかった。沖野は君の視線を20度右にずらしたベンチに座ってあやしてる男、と言われる。思った方とはなぜか逆に首が動いてしまい、そっちは左だと怒られた。 「あの男の人は…?」 「君が知りたがってたスプリッツァーの、エージェント」 「エージェント?」 「機械を動かしているのは横にいる少女だよ」 もう一度2人を見た。日常にありそうな子どもの面倒を見ている兄か父親か。そんなところだろう。その人が裏では悪の組織に入っていて犯罪に手を染めるなんて、誰が考えるんだろうか。 「少女の方はサヴァン症候群という病気でね、どこの政府も密かに監視していたい存在なんだ」 「つまり、俺達には手を出させないと」 「理解が早いね、常人よりは少しだけ」 嫌味な言い方にも心は冷静だった。スプリッツァーの正体を知ったというのにどうしていいかわからない。 「……。興味があるなら話しかけたらどうだい」 「え、」 「別に構いやしないよ。帰りたいなら送るが」 スコッチは少し考えたあと、車に乗るのは辞退した。スプリッツァーと話すのも車に乗るのもどちらもリスクがあることを考えて、少しでも情報がある方に賭けたのだ。 「あの、すみません」 スコッチと#名前2#がきちんと出会ったのはここからだった。