バレンタイン・デイ
バイトを始めてから初めてのバレンタイン。沖野さんに言われて毎年世祖と一緒にチョコを用意していた俺はその年からちょっとしたジョークでチョコではないものを送っていた。 電車を乗り継ぎ新宿に行くといった俺についてきてくれたのは加州清光だ。毎年俺に足りてないセンスを補いいいものをチョイスしてくれる。世祖はこの日ばかりは俺と離れてチョコレートを作る。必ず俺が一緒にいなきゃいけないわけじゃない。 「今年はどこで買うつもり?」 「どうしようかなあ。毎年おなじじゃつまらないかな」 「いいんじゃない? 向こうもジョークって分かってるんだし2月になれば新作も出てるんだし」 「今年の予算は5000円なんだよなー、大丈夫かな」 「あーちょっと下げたのか」 「阿笠博士や毛利探偵に迷惑料払ってたりしたから金がない」 「それはお前が悪い」 軽口を叩きながら目当ての店に来ると店員たちはうわっと驚いた声を出した。加州みたいなイケメンが女性のランジェリーショップに来るのはいつ見ても面白い。いや、男二人で来てるのがまずいけど。 加州と#名前2#は毎年来ているので素知らぬ顔で中に入ってくる。事情を知っている店員は「今年もこの季節か」という顔をしていた。セール品ではなく奥にある新作の棚に来るとどれがいいかとあれこれ吟味し始めた。送り始めはバレンタインを意識して赤や黒なんかを送っていたが沖野さんから似合わないと一蹴されて彼女らしいペールカラーのものを選ぶようになった。雰囲気としたら黄色やオレンジ、夏がイメージの彼女には青も似合う。何だかんだ言いながらプレゼントは数年続いていた。セクシーさがあるのもいいが去年と似たようなのではつまらない。今年は少しだけ遊び心のあるファッションとして楽しむタイプにした。プレゼント用に紙袋に包まれたそれをもってぶらぶらと歩く。どこかカフェにでも行こうかと歩いていたところにバッタリと組織の人間に出会った。バーボンとベルモットだ。何か買わされたのか荷物持ちか、バーボンの手には紙袋が握られていた。ベルモットさえもスプリッツァーの顔は知らない。加州も横にいる。美人と歩いてる!なんて騒いでいる彼らに突然「組織のお仕事ですか?」なんてことは言えない。ここは何気ないファンのフリをすることにした。 「わお、女優のクリス・ヴィンヤードだ。親日家だなんて噂は聞いたことないけど」 「あら、ボウヤみたいな子が私のこと知ってるなんて珍しいわね?」 「ハリウッドで三島由紀夫の映画やってらしたでしょ? あれでファンになっちゃって。安室さんとは……」 「仕事ですよ、ちょっとした依頼を受けたんです」 「ああ、なるほど」 「ね、#名前2#。この人は?」 「毛利さんのお弟子さん。安室透さん」 「ああポアロの」 「こんにちは」 白々しい挨拶だがしないよりはマシだ。加州清光も「#名前2#の友人で中田清光って言います」と自己紹介する。依頼人役で女優役のベルモットは笑顔を浮かべてはいるが早くどこかへ行きたいという顔をしていた。 「じゃあお邪魔になると悪いんで」 2人が声を揃えて背中を向けると「ちょっと待って」とベルモットの方から声がかけられた。 「それ女性用下着よね? 誰かへの贈り物?」 そういえば、コナンから前に聞いた。ベルモットは蘭ちゃんをエンジェルと呼び大事にしている、と。恐ろしい今俺はベルモットに「てめぇ、私のエンジェルに趣味の悪い下着なんか送ろうとしてないだろうな」と脅されている。 「#名前2#くんもバレンタインにプレゼントなんてするんですね」 安室さんの方はニコニコとしているがその圧が異様に重い。ベルモットも加わって何らかのオーラが出ている気がする。無理~本当にこういうの無理~と頭の中で言ってしまうがそんなことは口に出せない。思わず口をへの字に曲げてしまった。 「あー、これは#名前2#の従姉へのプレゼントですよ二人とも」 「清光」 「従姉?」 「沖野ヨーコっていうアイドルなんですけど」 「ああ、あの!」 「ごめんなさい、知らないわね」 「日本でならかなり有名だけど海外には出てないし……」 「それにしても、下着送るなんて、ねえ? 意味深じゃない?」 「あ、あははは……」 最初は冗談で送ったのだが思いのほか面白がっていただきヨーコさんはお返しに俺のために下着を買ってきた。バカップルでもそんなことしない、と沖野さんには言われたが気にしない。楽しめるならそれでいいのだ。 「お二人の邪魔しちゃ悪いでしょ、俺らももう行こう」 「だな」 さっきと同じセリフを今度は加州に言われた。ベルモットは全然知らない相手へのプレゼントと分かって興味を無くしたらしい。さようなら、と笑顔で言われる。安室さんの方はやっぱりぎこちない笑みだ。 「安室さん、それではまた」 「……ええ、また」 家に戻ろうとしたら三日月に呼ばれた。チョコをくれるらしい。毎年のことだが凝ったものを渡されるのでお返しには頭抱えてしまう。刀剣男士たちがそれぞれ渡そうとしてくるのだ。#名前2#ははぁとため息を思わずついた。 「そうだ、俺からは先に渡しとくね」 「サンキュー、って何これ」 「新しいライター。この前壊したって言ってたから」 「あちっ」 「それ火が出ないタイプだから」 「そういうの先に言えよー」 手を振りながら三日月の家の方向に向かう。途中、なにか袋を持てばよかったなあと後悔したけれど。 世祖を引き取り家に帰るとポストのところが不自然に扉を押し開けていた。鍵をとって中を見てみると無造作に突っ込まれたタッパーがあった。中身はぎゅうぎゅうに押し詰められたチョコシフォンケーキだった。見たいと飛び跳ねる世祖のもとに持ってくる。世祖は匂いをかぎずぼっと指を差し込んだ。この子に礼儀だなんだと言っても仕方ない。 「誰からの?」と聞くと世祖はんーと首を傾げた。珍しい、言い淀むなんて。とりあえず家の中に入り世祖が指を挿した1部分を包丁で切り分けた。匂いは普通だ。なにか変なものが入っている気配はない。食べてみると美味しいなと思うくらい。気合いの入ったチョコレートケーキは三日月たちのものとでさんざ食べさせられてきた。 「おいしいよ、世祖」 世祖は何も言わずに自分宛にもらったチョコレート菓子の包みを破いていた。#名前2#は仕方ないと自分の分をまた切り分けてタッパーは冷蔵庫にしまった。世祖がいつでも食べれるように、と高いところには入れなかったが世祖は結局一口も食べなかった。それは彼女なりの応援であったと気づくのはまた別の話である。
安室さんのチョコレートケーキは後日ポアロに来た時にお話があると思います。