07
後日、刀剣男士の1人である歌仙兼定という男が屋敷にやってきた。#名前2#は忙しくてこちらには来れない、とのことだった。 「今彼はのたうちまわったような字と格闘していてね。急遽僕がここに参上したという訳だよ」 全く困った人だ、と言いながら彼の頬は緩んでいて頼られることが嬉しいと全力で雰囲気が語っていた。自分より幼い姿で古風な話し方をする歌仙に時臣は苦笑いのまま「話を聞きましょう」と促した。聖杯戦争は一応は始まっていないことになっているが、それはサーヴァント同士が戦わないだけであって前哨戦の情報線は既に始まっている。#名前2#がどうするのかで時臣の作戦は尽く変えなければならない。 「聖杯の異常というのは、つまり聖杯の欠片となるものから不穏なものを見たからなんだ」 「不穏なもの?」 「僕らの仲間には神刀が何振りかいるし、僕ら自身の出自もそれなりのものだからね。穢れなんかには聡いのさ。今回の穢れは相当にひどい、と#名前2#さんに申告したところ聖杯戦争について詳しく調べることにしたらしく、色々探っていたわけさ。アインツベルンにも行かせたんだが、方違えの魔術で僕らだけではたどり着けなくてね。でも#名前2#さんは冬木を離れるわけには行かないから間桐の書類のみが頼みの綱というわけだよ」 「冬木を離れるわけにはいかない?」 「あれ、君たちは知らないのかい? #名前2#さんは今殺人鬼の青年と戯れてるじゃないか」 #名前2#という男はどこまで説明を省けば気が済むのか。時臣はイライラしたまま歌仙に続きを促すことにした。 「最近、連続殺人事件があったろう? #名前2#さんたちがその犯人を拾ってきて、一緒に住むと言い出したんだ。ああ、勿論今は人殺しはしてないけどね。#名前2#さんに殺されることを今は待機しているらしいから」 #名前2#兄様、貴方って人は……。時臣が頭を抱えるのを綺礼は面白がりながら見ていた。 「………そんなに面白がっていたら、いつか君は道を見誤るね」 「何か言いましたか?」 「いや、何でも」 ウェイバー・ベルベットはイギリス人だ。外国人のイメージとして挙げられる金髪碧眼とは程遠いブルネットの髪の毛に茶色の瞳だろうがイギリス人だ。そしてそんな彼を日本人だと思い話しかけてくる彼をどうしようか、ウェイバーは悩んでいた。翻訳のできるライダーはいない。家に置いてきた。ああ、なんであの筋肉だるまを連れてこなかったのか。なんで彼はこんなにもフレンドリーなのか……!! 訳の分からない言葉をさんざ言われて、ウェイバーはようやく「日本語はしゃべれない」と伝えることが出来た。男はきょとんとした後また笑って「そうか、貴殿はとつくにの方なのだな!」と英語で話してくれた。よかった、話がわかる。ひとまず安心して用件を聞くと図書館に行きたいとのことだった。 「いやー、助かったでござる! 拙僧はまだまだ修行が足りぬ身。道を覚えきれぬとは不覚だった…!」 「お、あ、い、はい……」 おう、ああ、いや、はい、どうも。 ウェイバーは水色の髪の毛をフサフサと揺らして汗はかいているのに染みのないシャツで冬の寒さに耐える男をガン見した。ライダーよりは筋肉はないがウェイバーと比べると横も縦も厚さも全然違う。いかに自分の体が貧弱に育ってきたかを知らすようで腹が立つ。ウェイバーとて好きでこんな体になった訳では……いや、この結果を選んだのは自分だから自分は悪くない。周りの方がおかしいのだ。どうせコイツだって脳みそまで筋肉が発達して論理的に考えることなんて出来やしない。……そんな男がウェイバーと同じく図書館に行くなんて世も末だ。 ウェイバーは内心で水色男をボロクソに貶しながら自分の優位さを確かめてほくそ笑んだ。水色男と呼ばれた迷子はカカカと特徴的な笑い方をしながらどんどん進んでは「ここはどちらに曲がるのだ?」と聞く。 「左だよ」 「そうか」 投げやりなウェイバーの返事にも水色男はカカカと笑う。まるで先ほどのウェイバーの心を見透かしたような笑い方だった。腹が立つ。なんだって自分の周りにはこんな奴が集まるのか。 「少年」 「あぁ?」 やば、と思った。不機嫌なままにライダーにするような返事をしてしまった。先を歩く水色男はウェイバーの方は振り向かず、「図書館はどちらだ?」と聞く。さっきの返事は不問らしい。その上からの態度もむかついた。 嘘を教えてやれ。 そう思ったときウェイバーはそれが悪いことだと思ってない。ただこんな男が図書館にいたらほかの人のひいてはウェイバー自身の迷惑になる。そう思ってのことだった。近くにあった服屋に目をつけてウェイバーはニヤリと笑う。 「すいません、僕ちょっと服屋に行きたいので……」 「む、そうなのか? それはすまなんだ! ここから先は拙僧が1人で……」 「ああ、いや。図書館はもう近いですから。ここを2ブロックまっすぐ行って左に曲がればすぐに見つかりますよ」 「……ふむ」 水色男は道の先を見てウェイバーに笑いかける。ありがとう、と。彼はカカカとは言わなかった。 服屋で1時間ほど過ごしせっかくだからとシャツを1枚買って図書館に行く。ウェイバーのお目当てのものはライダーに頼まれた軍事マニアが読むような蔵書だ。何冊か借りて寄生中の外国人夫婦の家に帰るとなぜか先ほどの水色男と少女、中年の男が老夫婦と楽しそうにおしゃべりしていた。……ウェイバーの目が正しければ少女は、サーヴァントだ。ということは水色男か中年はマスター、なのだろうか。 「んなっ!!?」 「あら、ウェイバーちゃん。お帰りなさい」 「た、ただいま……」 「よお、こんちわ。マッケンジーさん、お茶とお菓子ありがとうございました。すいませんが、ウェイバーくんお借りしますね」 マッケンジーと笑い合いながら中年の男はウェイバーの背中を押して今にも追い出そうとしてくる。 まてまてまて!!! 何なんだ、この状況は! まさか嘘をついたことへの報復……!!? 折角、聖杯戦争に参加出来るようになったのに! ようやく皆に認められるはずだったのに! 召喚したライダーはマスターを敬ったりしないし! なんかマスターとサーヴァントが乗り込んできてるし! 一体全体なんなんだ!!! 「おい、顔上げろ」 「はあ?」 ヤケクソになって見上げるとそこはなぜか先程までの家とは違う洋風の屋敷……間桐の家だった。内観など知らないがこの肌で感じ取れるほどに濃縮された魔術の結界。そして近づく度に頭にちらつくおぞましい蟲の絵柄。 「ううううう」 「んっ!?」 「ううううううう」 ウェイバーは泣きそうだった。もう自分が何歳であるかもどれだけ天才であるかもどうでも良くなってライダーに早く助けに来い!!と言いたくなった。令呪だって使いたくなったがそこは最後の理性がなんとか踏みとどめた。とにかく、この男達から離れたくて暴れると意外にもあっさり手を離された。うぎゃっ!と尻もちをつく。 「#名前2#殿、さすがにこれはまずかったのでは?」 「いいよいいよ。連れてくることが俺の仕事なんだし。さて。ウェイバー・ベルベット」 「何なんだよお前ええ!!! なんで! 僕の名前! 知ってんだ!!」 「時計塔からのマスターっつって資料送られてきたからな。んで、とりあえずライダーをここに呼び出してほしいんだけど」 「ばーかばーか! 僕がそんなのに引っかかるわけないだろ!」 「これが引っかかるんだなあ」 中年の男はニンマリと笑った。 ウェイバーを連れてきた男は沖野#名前2#というらしい。あの極東のマキャベリストの息子と聞いて納得した。普通の魔術師では空間を歪ませてワープすることは出来ない。こいつもそうなのか、と卑屈になりそうになったら先程のはサーヴァントの仕事なのだと教えてくれた。 「俺がお前を呼んだのはサーヴァントがいないところで聖杯戦争について話さなきゃならなかったからだ」 「……」 そっちのサーヴァントはいるのにか、とウェイバーは思ったが声には出さなかった。サーヴァントであるバーサーカーは狂化しておらず、なぜか紫の髪の毛の少女とホットケーキを作っていた。美味しそうな匂いがしているが、紫の子の方が慣れてなさげに動くので見てるこっちが心配になる。#名前2#の隣に座るパーカーの男もそちらが気になるのかちらちらと後ろを振り返った。こんなの警戒しろという方が難しい。少なくともウェイバーには無理だ。 「間桐の資料探してたら3次で聖杯がヤバイ事になったっていうのは分かったんだがな」 「ヤバい?」 「おう。ま、それだけ伝えたかったんだ。これを信じなくてもいいし、信じて俺たちに協力してくれるなら有難い」 「……。その情報の真偽が分からないし、今の僕にはサーヴァントもいない。協力は、しない」 「分かった。帰り道は分かるか? 今なら山伏に送らせるぞ」 「いらない。1人で帰れる」 「そう硬いことを言うなよー。お前がなんで自分を騙したのか聞きたいんだとさ」 ピタリとウェイバーは足を止めた。ヤマブシというのは、つまり先ほどの水色男のことか! これは早々に立ち去らなければいけない。早足で歩いていくウェイバーに#名前2#はへらへらと笑いながら「そんじゃあまたなー」と声を投げかける。あれは、人間としてどこか外れているタイプの声だった。 家を出ていったウェイバーに霊体となった堀川がついていく。夜目もよく見えるし、ウェイバーと身長や体格も近いのであまり怖がられたりしないだろうと判断してのことだ。 「でけた!」 後ろから声が聞こえて#名前2#が振り向くと同時に雁夜がだだっと桜のもとに駆け寄って怪我してない!?と聞く。なんなんだその過保護は、と#名前2#がジト目で見る。そんなのを横でやられたら世祖が自分にもやれと言うに決まっている。確かにスキル的に甘やかす方が楽でいいし死に別れを経験した分優しくせねばと思うのだが、あんまり甘やかして世祖がワガママになるのは勘弁だ。 「#名前2#っ!」 てこてこと歩いてきた世祖がフライパンの端についたんだろう少し焦げたホットケーキをフォークで出してきた。「俺に食べろって?」と聞くと頭をぶんぶんと振って頷かれた。口に入れると少しこげた感じが見た目以上にダレイクトに伝わってきたのだが悪くは無いと思う。 「不味くはないぞ」 「おいしい ない?」 「フライパン冷ますの忘れただろ。粗熱とれてねーぞ」 むうううと頬を膨らませた世祖を抱き上げてテーブルに着くと桜がこっちを見ていた。めちゃくちゃ見ていた。雁夜が心配するくらいには見ていた。鶴野と慎二はまだ来ていないのだがどうしたのだろうか。 「……桜もやってー」 「雁夜にやってもらえやさ」 「だってオジサン細いから折れちゃわないか心配なんだもん……」 嬉しそうな切なそうな複雑な表情の雁夜に申し訳なくなりながら桜を呼び寄せる。世祖、と声をかけると#名前2#の膝から降りて御手杵を呼び出した。一応用意されている世祖の席に御手杵が世祖の椅子となって座り、桜は#名前2#の膝の上に落ち着く。雁夜と比べると確かに筋肉質であるし乗せなれていることもあって安定感は抜群だ。ホットケーキをパクパクと食べながら桜は満面の笑みを浮かべた。