番外編2
【神格の考察】 #名前2#が神格化されていることに何も言わないのは、#名前2#が何十人もの刀剣男士と何十年も過ごしていたからである。 人間の常識と、刀剣男士や本丸での常識は全然違う。そんな中で過ごしていくうちに、どう話せば伝わるのかなどは学んでいた。それに、コナンたちと過ごしている間に犯罪者たちと関係をうまく築くやり方も覚えていた。とどのつまり、#名前2#はズレた感覚に対しての柔軟性が培われているのだ。 「それだけであの攻撃に耐えられるのかい?」 雁夜の言葉も最もだったがケイネスが沖野から聞かされた話だとそうなのだ。 「らしいぞ」 「ふーん……」 雁夜の視線の先には少年と少女がひとりの男に振り回されて遊んでいた。男の方はケイネスのサーヴァントであるランサーで、少年は雁夜の甥っ子の慎二で、少女は#名前2#の義娘の桜である。ケイネスは雁夜が葵とその子どもを神聖化してると沖野から聞かされていたが出会ったぶんにはそんな様子は一片も見えなかった。と同時に、桜にあった謎のいかがわしい空気が消えた。何があったのかは聞きたくないが、#名前2#が何も話さないことを見ると彼とは何の関係もないところで起きたのかもしれない。 「綺礼神父を見てるとさ、じぶんもああだったのかなってたまに思うんだ」 「……」 「本質を見ないまま楽しんでさ、馬鹿みたいじゃないか」 「本質など、そう簡単に見抜けるものじゃないだろう」 ケイネスの言葉をフォローと受け取ったのか、雁夜は苦笑して「君らしくないね」と手を振った。 「時臣の馬鹿や、綺礼神父や、切嗣さんを見てるとね、本当にそのままでいいのか怖いよ」 「怖い? なぜ?」 「#名前2#さんにとっての優先順位のことを考えたら分かるだろう?」 ああ、なるほどとケイネスは笑みを深めた。世祖はさきほど名前をあげられた男達にとって大きな壁だ。それに刀剣男士もいる。娘の桜も自分より優先するだろう。つまり、彼らが神として願っていても世祖や桜の言葉ひとつで切られる立場にあるということだ。 「だが、その怖さの克服はできないだろう。#名前2#さんはそういう人だと思うが?」 「できる、って言ったら?」 それは興味のある話だ。お茶を飲み干して雁夜を見つめると雁夜はけらけら笑いながらお菓子のカゴを渡してきた。 「簡単だよ、自分もそっち側にいけばいい」 「バーサーカーや娘のように? 難しいだろう」 「そうなったやつがうちに居候してるけどね」 「……」 雁夜がまた子どもたちと遊ぶ方に視線を向けた。キャスターの魔術で花がふわふわと空から降っている。 「……。まさか、キャスターのマスターか?」 「そういうこと」 「でもどうやって?」 「殺してほしいってお願いした」 ひくり、と喉が震えた。たったそれだけのことと思われるかもしれないが、それを言うのは恐ろしい。受け入れられるとなぜキャスターのマスターが思ったのか分からない。だがそこさえ乗り越えれば、待つのは#名前2#という男の寛容された世界だ。 「怖いな」 「ほんとにね」 キャスターのマスターも、神格化する男達も、全てを受け入れた#名前2#という男もみんなみんな恐怖の対象だ。 「時たまね、あの3人は同じことしてるように見えてやっぱり違うんだよなって悟るんだ」 「私からすれば3人とも愚の極みだが」 「ケイネスからすればそうなのかもね」 雁夜はあははっと笑って自分の爪にはさまった菓子の粉を机の下に落とした。白い爪垢と一緒にそれらは地面に落とされる。 「考えてもみなよ。あいつらは既婚者だぜ? 俺らと違って」 「私には婚約者がいるが?」 「ごめん、俺らってのは俺やキャスターのマスターってこと」 雁夜はとってつけたように言い訳したが、ケイネスには先ほどの言葉に自分が入ってるのも知っている。顔を顰めたまま雁夜を見つめ「それで、なんだと言うんだ」と話を続けさせた。 「旦那がそんなことして許せると思う?」 「………許さないだろうな」 「それが普通だけどね」 でも、葵もアイリも普通じゃない。綺礼にいたっては妻と死別しており娘すらもぞんざいな扱いだ。 「皆さ、頭イカれてるよね。いいって思ってるんだもの」 「#名前2#は? 何も言わないのか」 「#名前2#さんは不倫が嫌いだからね。でも、想うことはその人の自由だって」 自由だとしてもなかなかにえげつない話だった。それに雁夜がこうやって話しかけてくるのも分からない。 雁夜ははぁっと息をつくと「好きな人には幸せになって欲しいんだ」と呟いた。ケイネスに向かってではなく、ケイネスを通した誰かに当てたような口ぶりだった。 「葵さんは幸せになれる人だ。でも、時臣と結婚してるかぎり女性としては無理だ」 断言した。それはひどく真っ直ぐな言葉でケイネスはそんな雁夜に何も声をかけてやれなかった。ただ、「そうだな」と頷くのみ。雁夜にはそれだけでもありがたかった。 【キャスターと桜】 キャスターとて男である。女は好きだ。でもこんな小さな少女は範囲外だ。 「キャスター」 「…おう」 沖野桜。キャスターのマスターである龍之介が心酔する男、沖野#名前2#の娘である。キャスターとしては全く知らない赤の他人といってもいい存在だったが居候している家で色々といざこざがあったもんだから見過ごすという選択肢は頭に浮かばなかった。 「キャスターは魔術を使えるんでしょ?」 「いや、俺のはお前らの魔術とは違って……」 ええっ!?という表情をされてしまった。ルーン魔術は普通の魔術とはまた違うものだ。彼女の父親が使うようなものでも、バーサーカーが使うようなやつでも(あれはある意味魔術じゃない。)ない全く異なるもの。どう説明したらいいか分からないが桜はぶるぶると「どうしよう」と呟いている。 「……」 面倒事だとは思う。でも桜のような芯のある少女にはクーフーリンは弱いのだ。かがみ込むとビクゥと体を震わせられた。少しショックだった。 「何をすりゃあいいんだ、俺は」 「…!! あのね、お花が欲しいの!」 「はなぁ?」 「うん!」 キャスターの作る花は少女がイメージする生花ではなくルーン文字を刻んだ種に魔力で成長を促しているだけだ。何も無いところから作ってるわけではないので、必然的に種が必要になる。 「うーん……」 「だめ?」 「ダメじゃねえけどよぉ」ちょっと俺には難しいな……。 キャスターの言葉に桜は「そっかあ」と残念そうだ。他になにかしてやれることは無いかと考えてみたがキャスターの力は戦闘のために磨いてきたものだ。桜のような幼女を喜ばすためではない。何も思いつかなかった。 桜は下を向いたまま顔をこちらに見せてくれない。どうすっかなあと頭をかきながらふと、何で花束を欲しがるのか聞いてなかったことを思い出す。大方、#名前2#のことだろうなというクーフーリンの予想は外れていた。 「……あのね、凛ちゃんになの」 「凛、ってえと。お前の姉ちゃんか」 「うん」 「そりゃまた、なんで……」 「凛ちゃんの元気がないってイリヤちゃんに聞いたの。何かできないかなって思ったけど、凛ちゃんが今何を好きなのか分からなくて……」 そこで世祖に聞いてみたら花がいい、と言われたそうだ。世祖からまさか「プレゼントには花が、いー!」という言葉を聞くとは思ってなかった桜は面食らってそのままキャスターのもとへ来たらしい。 「なるほどな、そういうことだったのか」 「キャスター、できない?」 「それなら桜、お前が何かするんだな。俺に頼るんじゃなくて」 「………」 でも私、できないよ。と口が動いた。ぶみょんとそのほっぺたを挟むと思いのほか弾力がなく骨に指があたる。薄っぺらい皮なのは彼女が少食のせいかストレスで痩せたのか。 「出来る。やってみろ」 「……」 「魔術が出来ないなら他になにかすることを考えろ」 「………」 「返事は?」 「はい」 桜はキャスターから離れると頬をこすりながら出ていった。部屋の外からマスターと桜がなにか話しているのが聞こえるがもうキャスターの知ったこっちゃない。 ルーン魔術を教えてやろうかと思ったが、やめた。頬をさわるまでは基礎ぐらいなら、と思っていたのだがその体の貧相さに悲しみが勝った。しんどかったんだろうな、とクーフーリンは察してしまったのだ。昔の自分がそんなこと出来たかどうかは覚えてないが、今ここに現界して色々と得るものがあるらしい。キャスターはふへっと自分を笑った。自分らしくないのになぜか胸が暖かかった。 後日、#名前2#から連絡があった。桜は龍之介と共にプレゼント用にペンダントを作ったらしい。工房での作業は大変だったようだがいい人生経験だ、と#名前2#は笑っていた。 「そりゃよかったな」 「まあな。ありがとな、キャスター。桜のこと、甘やかさないでくれて」 何もかもお見通しなのはバーサーカーだけでなくそのマスターもらしい。クーフーリンは苦笑いしながら「俺にそんなこと言うんじゃねえよ」と返した。 【イリヤスフィールと小夜左文字】 イリヤスフィールは父親とその仲間(本当は仲間じゃないらしい。大人の話はむずかしい。)に助けられて今は日本にいる。ドイツにいた頃の厳しい冬はなく、冬木は本当に冬なのかと疑うくらいに暖かい。 イリヤの父親であるキリツグは忙しなく何かをしており、母親のアイリもまたよく出かける。セイバーやマイヤもいい人だが、イリヤにはつまらなかった。冬木の家には養子として弟のシロウもいたが、シロウはイリヤにはあまり仲良くしてくれなかった。ひとりだけ家族じゃないという負い目があったことをイリヤはその時知らなかった。 なんで私はひとりぼっちなの? 頭にはそんなことばかり思い浮かべていた。 最近のもっぱらのお友達は#名前2#が「ゴエイ」につけてくれた小夜左文字という少年だった。 「さよ?」 「そうだよ、イリヤ」 「イリヤはね、イリヤスフィールフォンアインツベルンって言うのよ!」 「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだね」 「特別にイリヤって呼んでいいよ」 「ありがとうイリヤ」 小夜は青い髪の三白眼で、イリヤからしたら寒そうな足を出していた。ちっちゃいのに歳はイリヤよりもとっても上らしい。おじい様よりも年上と聞いた時にはビックリしてしまった。イリヤとおんなじね、と笑うと小夜はいつもの表情で「そうだね」と頷いた。 小夜はあまり笑わない。穏やかな表情を見せたり、叱ったりするけど笑うのはあんまり見ない。キリツグみたい、とイリヤは言ったことがある。小夜はイリヤを見つめて「そうかな?」と聞いた。 「僕とあの人は全然違うよ」 そういった時の横顔はキリツグにそっくりだったとイリヤは思う。 イリヤは小夜とよく冬木を探検しに行く。探検といっても聖杯戦争参加者の家に遊びに行く程度だ。トオサカにマキリに、オキノ。大体はそのみっつ。たまにケーキ屋さんに行ってセイバーたちのお土産を買う。買い物に行く時は小夜だけじゃなくて村正も一緒に来る。村正は変なやつだけどいいやつだ。イリヤの好きなものは大体くれるから。 遠坂にはリンが、間桐にはシンジが、沖野にはセイソとサクラがいる。シロウも連れていきたいのに、シロウはあんまり一緒に遊びに来てくれない。小夜はイリヤがシロウを誘うのを止めないけど一緒に誘ってはくれない。シロウに断られるとイリヤは悲しい。でも小夜は慰めたりせずに「いこう」と手を繋いでくれる。優しくはないけど小夜はいいやつだ。そこがキリツグとは違うところ。 #名前2#はいつもお仕事をしている。色んな書類をかき集め、役所に行って確認したり新規の登録をしたりとイリヤには分からないことばかり。シロウの方がそういったことは分かるみたい。シロウばっかりずるい!と叫んだらシロウに突き飛ばされた。べしゃりと公園の土でお気に入りのワンピースが汚れてしまった。私は泣き出した。覚えてるのはキリツグがシロウを叱ったことと、小夜が私ではなくシロウを庇ったことだった。 「シロウは私が嫌いなのよ」 イリヤはたまにそうやって人の気を引くようになった。キリツグにアイリに#名前2#はこの言葉ですぐにイリヤの方を向くから。でも小夜は「そうかな?」と言うだけでなにかしてくれる訳じゃない。 例えば世祖が「#名前2#はわたしが、きらい」とでも呟けば小夜はきっと世祖の方に寄っていって「そんなことないと思う。#名前2#さんは世祖のこと大好きだよ」と慰めの言葉をかけるだろう。小夜の一番はイリヤじゃなくて世祖だから。実際、イリヤが遊びに行きたかったのに小夜は世祖との予定を優先する。キリツグたちには「仕方ない」って言われたけど納得出来なかった。今まではイリヤはお姫様だったのに、急にそうじゃなくなった。シロウはそんなイリヤをみて笑いもせず可哀想とも言わずただ見つめていた。シロウが誰かに怒られても、だ。 小夜がいないまま少しだけ出歩いた日。リンとシロウが茂みの中に入っていくのが見えた。面白そうでついていったら、2人は花冠をつくって代わる代わる頭に乗せて遊んでいた。シロウは嫌だと言いながらも顔は綻んでいた。イリヤの前では見せたことのない顔だった。 「何よ」 みんなイリヤじゃない子が好きなんだ。 ずるいずるいずるい! イリヤがお姫様じゃないなんて! おかしい!! 前を見ないで走っていたら誰かにぶつかった。キリツグに注意しなさい、と言われていたコトミネかと思ったがそうじゃなかった。 「んぁ? お前……衛宮んとこの?」 「おじさん…だ、だれ……」 慎二のお父さん、間桐鶴野だとはその時気づかなかった。