02
沖野さんはある時2016年以降の人類史が壊れると知った。あの人がそんなことを知れば何をするかは分かっていた。 「君を英霊にする」 沖野さんは起き抜けの俺にそう告げた。有無を言わせずに俺の脳の解放を促すところは昔と変わってない。俺という存在を神智を超えたものへと変化させ、沖野さんは俺の中に溶け込んだ。その表現は確かか分からない。俺には魔術を理解する脳も、この世界の真理の認識もないのだから。まあ、把握はしてる訳だから何10年とその情報に向き合えば俺はきちんと理解を示せるだろう。 俺は英霊となった。本丸でのパワーに、コナンたちといた時の権力に、時臣たちといた時のマキャベリズムが合わさって英霊オキノの誕生だ。本丸にいた時から他の時代にまで名前を轟かせていた人なので沖野さんだけならばガイアとして英霊になれたはずだった。でも、このオキノという英霊。俺を入れようと無理矢理に座を作ったのでアラヤの守護者に半身はどっぷりと浸かっている。オキノさんは座にいけても、俺は名前を削除されたので信仰の存在証明が出来ないのだ。半分、というか器となった俺はアラヤの守護者である。ブラック企業だと他の守護者は笑ったが、俺という男は自分の根っからの性分を知っていたのでそうは思わなかった。天性に合っていたのだ、世界を滅ぼそうとする人を殺すというのは。自衛隊として。審神者守護として。俺はいつだって守る立場だったのだから。 人類史が破壊されるというのは審神者なんかもいなくなる訳だ。オキノさんはそこにだって対策を練っていた。世祖の英霊として培われた座をどこで話をつけたのか、英雄王のもとに隠したのだ。文字通り、隠してしまった。さしもの俺も驚きだった。それで大丈夫なのかとも思ったが、英雄王はそれこそ王様だった。本当に世祖の存在基盤を作り上げてしまった。といっても、その存在基盤とはサーヴァントとしての活躍を元にしたものだ。つまり、俺がいることが必須。俺と世祖は文字通り運命共同体(一方的)となった。 そんな俺と世祖とは同じ時代には現れなかった。そんなことは初めてだったので驚いたが……まあ、そういうこともあるのだろう。とりあえず、ディルムッドがいただけマシだった。向こうも俺のことを覚えていたらしく何かと話しかけにきてくれたからだ。一緒にいるフィン・マックールも性格は時たまめんどくさいが褒め称えるとチョロい男だった。問題は、ここにいる間の関係ではなく別の話。俺をじっと見つめる狂王にある。 ここは何年か知らないが場所としてはアメリカ、らしい。エジソンと狂王とで戦っている、言わば南北戦争ならぬ東西戦争が行われている。俺がいるのは狂王側というわけだ。 英霊となって俺は何をしていたのか覚えていない。アラヤだしそんなものだと思う。とにかく、俺は起きたら異世界にいた。ものすごくデジャヴだったので陸奥やこんのすけがいないか探してみた。本丸のような家にいたのではなく、よく分からない部屋にいた。和風じゃなくて西洋風だなってことしか分からなかった。現代じゃないなってことしか分からない。俺の知識はそんなもんだ。 こんのすけーと叫んだが空間に響くだけでなんの答えも帰ってこない。こんな状況を俺は知ってるような気がした。安部公房の世界観っぽいなと思った。絶望しない俺はまさに主人公だ。悲惨な目にしかあわねーじゃねーか。早速、自分について思い返してみた。#名前1##名前2#。親とは不仲。甥を育てた。自衛官。審神者守護。検非違使にやられた。コナンのとこへいった。帰ってきた。死んだ。………1度死んでるのか、俺は。そのあと、時臣の兄になった。世祖はサーヴァントだった。沖野さんが死んだ。沖野さんが死んだことは未来に報告された。その後のことは俺も知らない。いや、知っている。そうだ、俺は英霊擬に……。 「起きたのか」 「……誰だ、お前さん」 キャスターに似てるが正直赤と黒ばかりの姿は小烏丸を思い出させた。小烏丸よりももっとどす黒くて凶悪さが滲み出ていて正直「お前、まじでサーヴァントなの?」と聞きたくなるような風貌だった。サーヴァント。目の前の男は確かにサーヴァントだった。 クーフーリン?と口を動かすと「へぇ、」と悪辣な笑みを浮かべた。 「俺を知ってるのか」 「みたいだな」 俺はお前を知らないがクーフーリンがお前なら、俺はお前を知っていることになる。俺の言葉にクーフーリンは悪人の顔をして「なら話がはえーな。俺のために働け」と言い出した。沖野さんが暴君になったらこんな風になるんだろうなと思った。 そして思ったのが「あ、こいつ俺の上司だ」だった。もうひとつ思ったのが「今の俺、アラヤの守護者じゃなくてサーヴァントじゃね?」ということだった。 狂王、クーフーリンオルタ。そして女王様のメイヴ。こちら側のトップはこのふたり。配下にディルムッドやフィンマックールやフェルグスやベオウルフがいる。フェルグスは女ずきだがめちゃくちゃイイヤツだ。何でこんな戦争に加担しているのか分からない。配下の連中たちは他にメイヴに御執心な奴らばかり。話が通じあわない。俺は事実上、サーヴァントとしか仲良くできていない。 「#名前2#! 仕事を与えるわ! 私にその女子力というのを教えなさい!」 「はーい」 先ほど、配下と挙げた名前の中に俺を入れなかったのは俺という男はこいつらの中で戦うサーヴァントに入ってないからだ。クーフーリンオルタとメイヴの中では俺は戦利品、らしい。メイヴから話をちょっとずつ聞き出したところ、俺は別の特異点にいてそれを聖杯の力でここに引っ張ってきたらしい。何してんの?と真顔で聞き返しそうになった。 メイヴは悪い子ではないが俺と根本的に合わない女だ。クーフーリンオルタも同じだ。俺は急に現れたサーヴァント。特異点にいようがいまいがどうってことない存在だ。けれど、このふたりは違う。特異点で、いつか来るであろう人理修復のマスターと戦うべく配置されたサーヴァントだ。だもんで、こんな風に懐かれるのは俺としても心苦しかった。俺のことなんか捨て置けば楽なのに、こいつらは囲って囲って俺が他の特異点に行かないようにしている。しんどいからやめて欲しい。何もしないのは性に合わない。 「メイヴ、かき混ぜすぎるとダマるぞ」 「だ、黙らないでよ! ちゃんと教えなさいよぉ!」 「ダマになるってこと。貸してみ」 お菓子作りは世祖とよくやっていたから覚えてしまった。初心者向けロールケーキを作りながら俺は竈を見つめた。来た時にはなかった。メイヴが俺に料理を教えろと言った次の日くらいには出来ていた。ドン引きした。 「メイヴ、そろそろいいぞ。型に入れる」 「これ、そのまま入れていいの?」 「卵黄をつければそんなにこびりつかん」 「ふーん」 キッチンペーパーという便利なものはないのでそのまま型に入れて焼く。オーブンレンジもないので手動で焼き加減を変える。焼くのはメイヴの部下たちだが、俺はまあ適当に焼けたらいいかなっていう思いだ。失敗すればいいとも思う。 俺はさっさとこの世界から逃げ出して世祖を探しに行きたかった。