03
マキリゾォルケンはある男に焦がれていた。ゾォルケン自身は否定したい話だっただろうが、男といる時のゾォルケンは正しく焦がれていたのだ。まるで闇の中にぽつんと光る電灯に群がる蟲のようだね、と男が言う。男はゾォルケンの戦いでしか見せられない愛情を嘲笑い、そして捨て置いた。その方が君のためだ、と言いながら実際はただ男がゾォルケンも自分も含めて地球に人類がいなければいいという真っ当でない男だったからだ。 悪を殲滅したいと願うゾォルケンと、未来の災厄を取り除きたいと願う男の本質はよく似ているのに行動は全く違っていた。 男、沖野はゾォルケンがどんな姿になっても嫌うことは無かった。むしろ醜くなればなるほど沖野は笑顔になった。素敵だね。その一言が嬉しかった。だが沖野はどこまでいっても変わらない。人間から離れることが沖野にとって素敵なことだと、ゾォルケンは理解出来ていなかった。いや、理解したくなかったのだろう。ゾォルケンが意識を人間でなく、蟲に移して気の遠くなるような時間が流れた。沖野には息子が出来ていた。遠坂から養子にとったという息子。沖野の魂と深く結びついていたそれ。腹立たしい存在だった。ゾォルケンが欲したものを、息子は全て持っていたのだから。 程なくして、その息子はゾォルケンをアポートさせた。何が起きたのか分からなかった。ただ、沖野はゾォルケンを捕まえると美しい笑みを浮かべて「君を僕のものにしてあげよう」と告げた。傲慢に傲慢を重ねた口調だったが、その目は人間ではなく蟲としてのゾォルケンを見ていた。人間は人間に対して敬意を払っても、蟲に対してはしない人が殆どだ。沖野はとても人間らしくゾォルケンの意識を繋いだ蟲を瓶に入れた。素敵だね。そう言ってまた笑った。それから何をされたのかはゾォルケンは語れない。あの出来事は自分の中に密かに秘めておくものとして仕舞われているのだ。ひとつ、言えることはゾォルケンの魂は沖野と繋がりを得た。 英霊オキノ。器となっているのは、息子の#名前2#。愛しい者のはずが、人生で一番憎い相手だった。いたぶり、蔑み、閉じ込めても#名前2#は何も変わらなかった。ただ、英霊として自分が召喚したサーヴァントを探していた。オキノさんに言われたんだ。それが彼の口癖なのか、毎日ゾォルケンにその言葉を浴びせた。沖野はゾォルケンのことを1ミリも気にしてないのだと思い知らされる。 ゾォルケンは毎日、若々しくなった自分の姿を鏡で見つめる。老化は起きない。人ならざる者に意識も移せない。今の自分は沖野にとって興味の無い存在だ。笑顔を作ってみた。へにゃりと情けなく口があがり、涙が溢れてきた。眉目秀麗に見えるこの顔は、ゾォルケンにとって災厄だった。美しくいたって焦がれる男が振り向いてくれなければ意味がない。鏡の中の美しい男は、自分のことを一番の醜い男だと思った。 「ゾォルケンはさ」 #名前2#はゾォルケンを呼び捨てにする。嬉しさと憎らしさがまぜこぜになってゾォルケンはいつもそれを聞いている。いつか、オキノが出てきてくれないかと待っている。 「このまま人理を消していいと思うのか?」 愚問だ。だってそれはオキノの願いなんだから。昔に沖野が願ったことだ。消えればすべて終わる。ソロモンに未来の自分を見せられたからこうなったと#名前2#は思っている。大きな勘違いだ。ゾォルケンはただ、沖野の願いを知ったのだ。沖野がずっと願っていたことを今度は自分の手で叶えてやれる。素晴らしいプレゼントだと思った。自分は英霊となれないが、沖野に素敵だねと言われたい一心だった。 「………構わない。沖野が、そう願うなら」 「? 沖野さんが願えばお前は壊すのか」 「………」 「沖野さんが、止めろって言ったら止められるのか?」 「もちろん」 「うそつき」 仕方ないじゃないか。人を殺し、世界を壊すことがこんなに楽しいものだと知らなかったんだから。 文豪の書いた小説は、中に出てくる会話ひとつでも研究対象になりうるらしい。今の俺とバベッジの会話はきっと研究対象にはならないだろうな、となぜか頭の中で考えていた。不毛な会話に頭は理解することをやめた。聞いて頷いて終わる。 「ホームズに頼んだんだ。この世界をソロモンはなぜ壊すのか」 「ああ」 「君がなぜ現れたのか」 「そうだな」 「君はここにいるべきでは無い」 「へぇ。何んで?」 「君は、英霊として認められていない。君はー…」 会話はそこで途切れた。誰かが俺のことを連れ去った。その誰かを考えたくなかった。ただ、俺が英霊としてここにいられないなんて最初から知ってるから無理に教えなくてもよかったのになんて思っていた。暗闇の中で誰かが金色のそれにお願いごとをしていた。 「俺にもう何も与えないでほしい」 ひでえ願い事だ。お前がどんなにすごいやつだろうと、誰しもひとりじゃあ生きる目的を失っちまうのに。 目が覚める。ここは、どこだろうか。 アルジュナです。その一言のみで会話が終わった。#名前2#です。俺がそう返すとアルジュナはほほ笑みを浮かべた。 “さあ、私に尽くしなさい。” メイヴは口に出して言うのにアルジュナの場合は口に出さずに圧してくるらしい。苦笑いで「よろしく」と言って早々に部屋に戻った。 客将として召し抱えられたインドの大英雄アルジュナ。メイヴが聖杯にお願いして召喚したーわけではなく、勝手に向こうから来たらしい。エジソン側にカルナがいるからだろうとはフェルグスの答えだった。 「騎士としてか、仇敵としてか。何らかの思いが強く埋め込まれているのだろう。あちらにカルナがいるならば、敵対してアルジュナ(自分)はこちらにいる。あの男にとってはな、俺達はそれだけに用意された仲間なのだ」 それはそれは。また、何というか拗らせている英霊様だ。ケイネスとディルムッドの関係並みにこじらせてると思われる。今のディルムッドはマックールと一緒にいられて楽しそうだけど。 「なあフェルグス。お前はここに召喚されて良かったと思うか?」 「うん?」 「ケルトとしてじゃなくて、恋人のメイヴと狂王とのための国造りの戦争に巻き込まれてるんだ。アルジュナみたいな明確な願いがあった方がある意味英霊らしいだろ」 「……それを言っては英霊など皆役に立たないクソだな」 「戦いにしか役に立てないやつらばっかりなんだから、英霊はクソだろ」 「ひどいな」 「………。ひどくしねえと、英霊として自分が嫌になるからな」 「……そうか」 「それで? 質問の答えはどうなんだよ」 「あ? ああ。国造りは気にしていない。呼ばれたからには仕事をするだけだ。だがまぁ、」 「うん?」 「お前のような英霊と知り合えて良かったと思うぞ」 なんで俺を口説きに来てるんだよ、お前さん。