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世祖ちゃんの刀は沢山ある。本契約がなされてようやく料理をしてくれるのが燭台切光忠だと知った。僕らに顔を見せてくれたのは加州清光という沖田さんの刀で、小夜左文字は自分で言うように復讐のための刀だった。介錯をした刀は髭切という処刑場にいた刀らしい。そして……。 「陸奥守吉行、か」 坂本龍馬の愛刀で、使われることがなかったという刀。#名前2#さんの使う刀で、唯一世祖ちゃんが持たなかった刀。ここにはいない刀。 「世祖ちゃん、大丈夫かな」 「どうでしょうか……」 アメリカから帰ってきて世祖ちゃんはずっと部屋に引き籠っている。召喚をお願いする時はのそのそと出てくる。あとは時たま外に出ていく。誰かがレイシフトする時についていって街から外れたところで日を浴びる。大抵はキャスターがいつも付き添いに行っている。そしてまた部屋に閉じこもる。 「ねえ、マスター」 「蛍丸」 世祖ちゃんの大太刀、蛍丸が部屋に来た。刀剣男士はあまり1人で出歩くことはないけれど時たま報告に来る。刀剣男士の名前を覚えるのは難しくて、最初は名札をつけてもらっていた。 サーヴァントは覚えられるのに、と誰かが嫌味を言った。世祖ちゃんは僕を見てふふっと小さな女の子の庇護欲をたたえる笑顔を作った。僕にはなんだか嫌な気持ちがした。蛍丸もそんな世祖ちゃんと同じ笑顔だった。胸やけというのはこういう気分なのか、と思ってしまうほどだった。 「世祖ちゃんがどうかしたの?」 「………。マスターはさ、マスターになった時どう思った?」 「え?」 唐突な問いかけに僕は一瞬戸惑った。何を聞かれているのか分からなかったのだ。マシュも同じようで首を傾げている。蛍丸は少しためらった後、僕を見てきゅっと肩をしめた。 「……母親や父親と別れるって、辛くなかったの?」 「え……」 「友達とかに会えなくなって、家族にも会えなくて、ここで世界を救ってほしいって言われて。マスターは何も無かったの?」 僕はただ愕然としていた。今までなぜ思いださなかったのか不思議なくらいに。忘れかけていたことを一気に頭に叩きつけられた気分だった。マシュの声がかかったけど、何と返したのか自分ではよく覚えていない。 「マスター。#名前2#さんみたいに忘れちゃうの?」 忘れたくて傷つきたくなくて隠していたものを暴かれた。そのツケは一気に僕を襲い、僕は闇の中に紛れ込んだ。闇の中の僕はまるで海の藻屑だった。フラフラと言われるがままに動いては消えたくなる。それでもマスターと呼ばれる限りは僕は藤丸立夏じゃなくなる。僕は……。僕は、人類最後のマスターなんだから。 「本当に?」 後ろを振り向けばそこにいたのは蛍丸と愛染国俊だった。僕を見つめてケラケラと笑っている。 ーーやめろ。 聞こえてるはずなのに彼らはまだ笑っている。ケラケラケラケラ。首が動き始めて服の黒が一段と濃くなる。ここは廊下? それとも自分の部屋? ドクターの部屋ではなさそうだ。ああ、床が近くに見える。手が何かについている。膝もだ。あれ? 自分は…今、どこにいて、どこにあるんだ? 「先輩!!」 「マスター!」 「魔術師殿!」 色んなサーヴァントの声が聞こえる。肩や腕が痛い。何だろう、この痛みは。視界が真っ暗だ。どうして電気がついてないんだろう。どうして、声しか聞こえないんだろう。どう、して……? 自分はなんでここにいるんだ? マシュに続いてマスターの体の調子が著しく悪い。それを知らされて世祖は「ああ、」と気づいた。蛍丸がマスターに会いたがっていたから、きっとそのせいだろう。 刀剣男士の精神汚染は精神への影響力だ。抗う力が少しはある審神者や刀剣たちにはじわじわと効果が現れるのだが、マスターのようなただの人間は一度の接触でアウトだ。もはや洗脳に近い効果が現れる。マスターは体を動かせず聴覚だけが使えるらしい。目は見えず、喋ることも出来なくなっている。 世祖はマスターの見舞いには行かなかった。責任が自分にあるということは誰にも知られなかったからだ。いつも通りに太陽を浴びに行く。そして部屋にこもる。 #名前2#がいなくなった時はいつもこうしていた。サーヴァントになるまでの本丸の生活はとても味気なく、とても無意味なものだった。ただ生きるために食事をして呼吸をして光を浴びる。#名前2#は光を浴びないと腐っちまうぞと言っていたから光は必ず浴びに行っていた。 マスターの調子は中々よくならなかった。世祖は蛍丸に会わなければ悪化することはないだろうと、ただ召喚だけして欲しいと願っていた。 召喚しなければ#名前2#は来てくれない。英霊、反英霊、守護者など面倒な枠をくぐり抜けて#名前2#は来てくれるはずなのだ。だから、私達は準備をしなければいけないのに。 キャスターはある日、世祖がマスターの不調の原因だと気づいた。なぜ気づいたのか世祖には分からない。でも愛染の性格から彼が言ったのかもしれないと予想はついた。世祖はダ・ヴィンチに会いに行った。というよりは、捕まってダ・ヴィンチの前に置かれた。勿論何かしないようにスタンが毎時かけられている。 そんな事しなくても何もしないのにな、と思っていたらアーラシュに見抜かれた。彼はそれを誰かに伝えるでもなく「万が一のためにすまねえな」と世祖の肩をつかんだ。アーラシュのことは好きなほうだが、こうやって正義と悪どっちつかずの姿は好きではなかった。アーラシュ・カマンガーという大英雄は後世の沸き立つような素晴らしい男ではなく、混沌・中庸のタイプに当てはまる凡庸な男だった。 「世祖くん」 ダ・ヴィンチが世祖を見る目はとても厳しかった。その目の奥にあるものを読み取って喋ってもよかったが、敢えてしなかった。これ以上薮をつついて蛇を出したら対処しきれない。また#名前2#に会えなくなってしまう。 世祖は喋りたくなかったが、それをするとまた面倒なことになる。仕方なく空中に「質問する?」と字を描いて見せた。 「私はながったらしい言葉は嫌いでね。単刀直入に聞くよ」 頷いた。イエスノー疑問文は首を動かすだけでいいので楽だ。 「なぜマスターに汚染をかけた?」 疑問詞つきは苦手だ。答え方も慎重になる。長考して、この世界ではほんの一瞬だが、世祖は何と答えようか考えていた。ダ・ヴィンチは蛍丸が精神汚染持ちだと知ってるようだ。世祖は驚いたように目を瞬かせて「別に」と書く。 「別に?」 「マスターに汚染がかかるなんて思わなかった」 「彼は、人間なんだぞ!!? それも、まだ高校生だ!」 ドクターの叫ぶ声が聞こえた。何でそんなことを気にするのか世祖には分からなかった。マスターを世界から切り離して英雄に仕立てようとしているのはドクターたちの方なのに。彼しかいないから、と重荷を背負わせたのは結局はここにいる大人たちだったような。 沖野みたいに悪と開き直るわけでもなく、正義の人らしく迷ったりしてみせる。 世祖が蛍丸の行動を制御しなかったことを責めるならば彼らもまた責められるべき存在なのに。なぜ世祖だけ責められているのだろうか。これもまた#名前2#の言うご都合なのだろうか。 「ドクターも?」 だから世祖は真っ直ぐに見つめてそう書いた。間違いは正すべきという彼女に残ったくそくらえな正義感が首をもたげた。文字を書くというよりは考えたことが空気中に文字となって現れる。 「ドクターも、マスターをみんなから引っ張り出してきたんでしょう? ほかのマスターは皆死んじゃったから、残った彼に背負わせたんでしょう? マスターは只の男の子で何の力もないのに無理やり力をつけて戦わせてるんでしょう? 戦ってほしいって下からお願いして上から締め付けてるんでしょう?」 私と同じじゃない。そう書き終わらないうちにダ・ヴィンチの義手が世祖の首に当たっていた。そして何十本もの刀が空中からダ・ヴィンチの首を狙っていた。刀剣男士たちが己の獲物を我先にとひしめき合っている。 「……。やだね、スタンが効かないなんて」 「世祖にやっても意味が無えのさ。俺っちたちは世祖の生きる宝具なんだ。世祖の意思もマスターの命令もいらない。動きたい時に動く」 薬研はへらりと笑って刀を下ろした。世祖が手を上げると同時に姿も消える。ダ・ヴィンチもそれを確認してそろりと義手を下ろす。世祖の表情は変わらなかった。 「ドクター」 「……。ッ、ああ、なんだい」 「部屋に戻りたいって世祖が言ってるぜ」 世祖は薬研にそう言わせて黙り込んだ。その後は何も言わない。刀剣男士たちが現れることもなかった。彼女を殺せないことなど皆、百も承知だった。それでも、マスターやドクターに対してのそれは許されるものでは無かった。 ダ・ヴィンチの尋問のあと、仕方なくキャスターは五虎退に話をつけた。彼はまだ世祖寄りではないだろう、と踏んでのことだった。その思惑が当たったのか、五虎退が妥協したのか、はたまた世祖の気まぐれか。世祖はキャスターにシキと言う何かをくれた。目には見えないふにゃふにゃとした何かだった。 これを飲めば大丈夫、と世祖が言うのでダ・ヴィンチたちが一通り調べた後に立夏に飲ませた。副作用として発熱が続いたが2日もすれば終わった。それから一週間後、マスターは復帰した。少しだけ彼の雰囲気が変わったのは気のせいではないだろう。世祖は立夏を見て笑った。 「いたい?」 「最悪だよ」 立夏は顔を顰めて頭を叩いた。副作用がこちらはまだ続いていた。必要以上の情報量が頭を締めている。まるで少しサイズの小さな鎖をぐにぐにと重ねているようだった。世祖はくすっと笑って「少し だけ」と言う。 「少しってどのくらい?」 「じゅう」 「これで1割なの? うーわ、#名前2#さんや世祖ちゃんっていつもどんな生活してるのさ」 見えすぎるし、聞こえすぎるし、感じすぎる。これまで以上に感じすぎる五感に立夏はまた顔を顰めた。増えすぎる情報を抑えるために目を閉じているのだ。閉じれば余計に音は聞こえるし、空気の動きも感じるし、匂いも感じる。 「へーき。なれる」 世祖はそう言ってすたすたと歩き出した。動くたびにピリピリとする肌を擦りながら立夏も追いかけた。風が目にしみて涙が止まらない。瞼の重要性を感じながらついていくと食堂に着いた。美味しそうな匂いがふんわりと香っている。それと同じくなにかの香りも嗅ぎとった。 目を開いてみると刀剣男士の燭台切光忠と歌仙兼定が食事を作っていた。歌仙からは花のようなそれが、燭台切からは柑橘系のそれが香和っていた。面白いことにそれは嫌な香りではなかった。世祖が振り向いて「へーき?」と聞いた。 「うん」 「せい におい やだ」 世祖のため、刀剣男士は常に気をつけているらしい。愛されているなあと思いながら席につくと椅子のビニールの匂いが鼻につんときた。人工物独特の匂いだった。 「………」 食事は美味しいはずなのにその日の立夏は美味しく感じられなかった。ビニールの匂いがあまりにも強かったのだ。横で世祖はぱくぱくと食べている。その姿がとても羨ましかった。 藤丸立夏はその日以降、五感の鋭さを鎮める術を教わった。何とかしてこの生活に慣れなければいけない、と思ったのだ。ダ・ヴィンチやドクターに手伝いを申し出されたがすぐに断った。まだ2人は世祖と仲が言い訳でもなかった。ケンカされると困る、ということでマシュのみが立夏についていた。 鎮める術と言ってもほとんどは気休め程度だった。重要なのは立夏がそれに慣れることなのだ。世祖は生まれた時からそれらに晒されていたため耐性が出来ている。でも、#名前2#は違う。#名前2#は世祖に会ってからこのような体にされているはずだ。 「#名前2#さんに話を聞いてみたいな」 「……先輩」 「よんで」 世祖は拗ねたような声で立夏を下から睨めつけた。呼べばいいのだとは思う。だが、きちんと受け入れてもらえるかどうかは微妙だった。世祖の在り方がこのままでは難しいだろうと思う。世祖はそんな立夏の心を読み取ったのか何も言わずに部屋を出ていった。 「……」 「先輩。あの、」 「いいんだ、分かってる」 呼びたくない理由は他にもある。自分が受け入れられるか分からないのだ。キャスター同様に世祖は自分がマスターになった初期からいてくれる存在だ。いつも編成に入れて戦ってもらった。絆レベルも高い。でも。 「僕は#名前2#さんには勝てないんだよね」 世祖の1番は#名前2#だった。マスターでも、カルデアでも、この世界でもなく#名前2#ただ1人だった。そうまで愛されていることに立夏は嫉妬を覚えたのだ。 「先輩、大丈夫ですか?」 「……あっはは。大丈夫だよ。そうだ、せっかくだから召喚してみようか」 「いいんですか?」 こんな状態のまま、と言われるのかもしれないが立夏は頷いた。 「このままがいいんだよ」 シュルフフと変な音がした。輪っかは3つでああ、サーヴァントだなあなんて思いながら見つめてる。今回、一緒に召喚に来てくれたのは呪腕のハサンだ。まだ慣れきっていない体だったため、召喚するのはドクターたちには止められたが今この瞬間にやらなければいけないと感じ取ったのだ。本当はアーラシュにお願いしたかったけれど、彼はレオニダスのスパルタキャンプに出かけてしまった。 とりあえず石は30ある。1回ずつ、10回回すつもりだった。これで6回目。概念礼装と星3のサーヴァントが数人出てきている。宝具レベルを上げながら召喚術を見ていたら変なカードが出てきた。そこには盾が映っていたのだ。 後ろでマシュの驚く声が聞こえた。デミ・サーヴァントとしてマシュはシールダーとして覚醒したが、他にシールダーが召喚されるなんて聞いたことがなかった。いや、もしかしたらあの座に繋がったのかもしれない。アラヤの守護者にだって召喚の糸は繋がり始めているのだから。 輝きながら出てきた彼はシールダーのくせに、やっぱり盾は持っていなかった。刀をひとつ持ったスーツ姿の男。かの大陸での記憶はないだろうと思うけど涙が止まらなかった。もう会うことはないだろうと言われていたから。バタバタと走る音が聞こえた。誰が来たのかなんて振り返ることも出来ず目の前の男の口上を聞いた。 「シールダーのオキノだ。まあ、盾なんかないけど。しかも沖野さんじゃなくて#名前2#って言うんだけど。細かいことは考え込むなよ」 にやっと笑った彼は敵の時も仲間の時も変わらないらしい。「世祖!」と声を上げて腕を広げた。走る音が聞こえて世祖ちゃんが腕の中に突撃していた。さらに足音が聞こえて何人かのサーヴァントがやってくる。キャスターのクーフーリンにディルムッドとフィンが来た。 「見覚えあるヤツらばっかりだなあ」 #名前2#さんは乾いた声で笑いながら世祖ちゃんを抱き上げて僕の元に頭を下げた。 「世祖が世話になった分は俺が返そう。マスター」 頭をたれた髪の毛の隙間とシャツの襟の間に傷跡が見えた。アメリカで見たあの首輪の傷跡だとすぐに気づいた。 「……よろしく」 顔を上げた#名前2#さんは笑顔だったけれど、その裏の気持ちまでは読み取れなかった。