刀剣男士と英霊4
【サリエリ】 「えっと……まずは、袖をまくるのです」 「ふむ」 男は少年の姿を見て自分を今一度確認した。洋装なので彼のように袖をまくって縛ることが出来ない。しょんぼりとした彼にもう1人の少年は「ジャケットを脱いでシャツになりましょう? そうしたら僕らがまくってあげられます」と笑った。男はぱあっと明るい雰囲気になるといそいそとジャケットを脱いで食堂の席にかけてきた。カフスボタンを取り、2度、3度とまくりあげた服を念の為安全ピンで止めることにした。 「このピンはいつもするのか?」 「シャツは落ちやすいのですることが多いですよ、僕らは。ほら、おんなじ」 少年に見せられたそれにうんうんと男も笑った。 「……。なあ、#名前2#くんよぉ」 「おーう、どうしたアンリちゃん」 「あのアヴェンジャーくんってばどうしちゃったのよ。まるで子どもみたいにはしゃいじゃって」 「秋田と小夜のおかげですぜ、アンリちゃん」 ふぅんと真っ黒の体をした彼は隣に座る男を見つめた。同じアヴェンジャーとしてあの男は大事にその復讐心を育ててやろうと思っていたのに。まるで獲物を横から奪われた気分だった。だが、その気持ちが少し和らいでいるのは男ーーサリエリと一緒にいるのが復讐の刀と称する小夜左文字のおかげである。 「小夜くん取られちゃったら俺も暇だわー。なんか男のシールダー殴りたいわー」 「はいはい、これでも飲みなって」 アンリはぞんざいに牛乳を渡されてまたもや#名前2#を見つめてしまった。まさか自分が欲しいものを1発で当ててくるとは、という驚きの視線であった。 サリエリは秋田と小夜と共におにぎりを作ろうとしていた。なぜおにぎりを作ろうとするのか。彼がサーヴァントとして現界して初めて食べた時の感動をその身にもう一度味わおうとしたのである。だが、何度作ってもらってもあの目を張るような感動は体にやってこない。色んなサーヴァントに頼み、色んな刀剣達に頼みそれでも分からなかった。不思議になってマスターに相談に行くことにした。マスターは首をかしげたあとで「もしかしたら#名前2#さん用だったのかも」と腰を上げた。 「#名前2#用…?」 頭の中にへらへらと笑う軟弱な男が蘇った。アマデウスのことも嫌い…そう、嫌いなのだがそのシールダーのことも好きではなかった。ハッキリいえば嫌いだった。 「ちょっと聞きに行こうか」 サリエリは腕を取られてそのまま部屋に連れていかれた。振り払えばいいものを甘んじてしまったのはマスターとの繋がりを自分から断つ勇気がなかったのと、あの食事の感動をどうしても求めているのだった。部屋に着くとあまり見ない刀剣がいた。サリエリとマスターを見るとぴゃっと姿を消してしまった。 「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」 「へーきへーき。向こうがなんか色々と考え込んでるだけだから。マスター、どうしたんだ?」 「あの、サリエリが召喚された時におにぎりを食べたって言ってたんですけどそれって……」 「あ? あー、ああっ。あー、はいはい。あれね。あー、確か鶴丸が面白がって差し出したやつだっけなあ。あれがどうかしたのか?」 「あれをもう一度食べたいそうなんです」 「出来れば俺も作りたいのだ」 割って入った言葉にマスターも#名前2#もきょとんとした表情を浮かべた。ふふっと笑いだした彼らは 「食堂、どこかで開けてもらおうか」 「そうですねー、その日はお鍋とかで誤魔化しましょうか」 「楽ちんだもんなー」と話を進めてしまう。あ、おい、とサリエリの言葉が届かないまま#名前2#とマスターは話を決めてしまった。 当日顔を見せたのは秋田藤四郎と小夜左文字だった。復讐の刀として小夜左文字はお気に入りの刀剣男士だった。秋田は小夜の友達らしい。きっと仲良くなれると言われたのでその言葉を信じるつもりだ。子どもとの関わり方など全く分からないが刀剣男士はその身目にそぐわない達観した性格や、人と接する時の線引きの見分け方などサリエリなんかよりもよっぽど大人な時がある。そんな彼らをサリエリは信頼していた。 おにぎりとおむすびと言い方は様々らしいが実は違いがあるらしい。サリエリにはコメを握っただけのものに種類があるということも知らなかった。秋田や小夜はそんな事もお構い無しに2つのそれを見せた。ひとつは丸いもの。ひとつは三角形だった。 「こっちの三角形がおにぎりです」 「こちらの丸いものがおむすびです」 「ほう……」 「どちらがいいですか?」 おにぎりとおむすび。結びという名前は何だか好感がよかった。結ぶ方にすると言うと2人はくすっと笑った。 「…何か変なことを言ったか?」 「いいえ。ただ、素敵だなあっと」 秋田はそれ以上何も言わずに塩水を用意してきた。これをつけると手に米がくっつかないらしい。ジャブジャブとボールに手を突っ込みしとどに濡らす。2人はちょろちょろと手に塗るのを見てそれだけで良かったのかと恥ずかしくなった。小夜はそんなサリエリを見てかハッとしてジャブジャブと手をつけた。にぃっと笑った秋田もぺしょんぺしょんと手を水面に叩く。何だかその音が楽しく聞こえて不思議な気分になった。このままだとしょっぱくなると言われて手拭いで手を拭いた。まだ余分についていた塩を水で流す。うまい加減のわからないサリエリのために2人はこのくらいだよと教えてやった。 「お前ら準備できたかー?」 「お米ありがとうございます!」 「アンリも、ありがとう」 「……小夜チャンのためだからねえ、仕方ないよねえ」 さっきまで傍観していた2人がそれぞれ大きなボールを持ってきた。中には白いものと薄紫に色がついたものがある。白米と雑穀米というらしい。雑穀米はヘルシーで女性に人気なんですよと小夜が教えてくれた。 少し冷ましてから米を手に取って丸く固めた。大変なようならラップに包んだりお椀に入れたりした方法も出来ますよと言われたが自分の手で握りたかった。それにしても米を固めるのに「握る」という言葉を使うのは何故なのだろうか。なんだか握ると言うとその手が使われている気がするではないか。 横のふたりを見るとその小さな手より一回りくらい大きなボールが出来ていた。早い。そして綺麗だった。自分の手の中にあるものを見るとボロボロしていて汚らしく見える。 「……」 どうにかこうにか手を加える度に形が崩れていく。どんどん圧縮されて小さくなってしまうそれに四苦八苦していたら#名前2#がテーブルの正面に立った。 「一緒に作ろうか」 「……。これは」 「後で俺にくれよ。小腹が空いてるんだ」 #名前2#は取り分けるようの小さな皿をサリエリの方に押した。そこに握りしめて小さくなったそれを置く。最初のあの米はどこにいったのか。今では白くてぐちゃぐちゃしたものだけしかない。 「まずは手を洗って準備しよう」 米の着いた手を洗い流し塩水を手にちょっとつける。今度は手の表面だけを濡らした。小夜と秋田はたまにこちらを見ながらだがおむすびを大量に作っていた。それをアンリがちょこっと食べている。 「はい、両手出して」 #名前2#が椀を作るように両手を見せたので同じようにした。そのままで、と言われて待つ。#名前2#はしゃもじで白米を取ると手の上に置いた。少し熱いそれに「これで握るぞ」と#名前2#も手早く自分の分の白米を取った。まずは大体の形を決めて、と丸々するように手のひらの真ん中に持っていく。見よう見まねだがサリエリも手を動かした。 「ゆっくりでいいぞ」 「そうそう、上手いじゃん」 声をかけられながら#名前2#の手の動きを真似た。小夜と手を繋ぐときの力で握るんだと言われて指の力を抜いた。手のひらとぴっちり閉じた指が米を繋いでいく。そらっと#名前2#が宙に浮かせながら握っている。何がいいのか分からず黙々と握った。芸術品のように後からくっつけることも、削ぐこともできない、今あるものだけで形作る。ただそれだけなのに何と難しいことか。 「……その位でちょうどいいんじゃないかな」 小夜に言われてようやく自分のおむすびが完成した。小夜たちが作ったものより少し大きくなってしまったが2人は手の大きさだから気にするなと言ってくれた。気分も良くなり、何個か作る。最初の目的はどこかに消えていた。 皿いっぱいにおむすびが敷き詰められたところで秋田からストップがかかった。もうご飯がないらしい。サリエリはハッと自分が今握っているおむすびを見た。最後に作り始めたのは自分だった。2人はサリエリに怒ることは無かった。今握っているのとお皿には5個くらいあるよと教えてくれた。 「貴方が握ったのはちゃんと覚えてるから分けられるよ」 「おむすびを入れるには笹が1番ですから持ってきました!」 合わせて6個のそれを2個ずつに分けて笹に包む。ハーブ系ではないのに植物のいい匂いがした。#名前2#はおにぎりを1個作ったあとでもうサリエリの最初の失敗作を食べていた。うわ、しょっぱ…と文句を言いながらも食べ切った。 「配りいくんだろ? 行ってらっしゃい」 「………」 藤籠というらしいバスケットに笹を入れて食堂を追い出された。今日はマリー王妃が初めてクエストに行く日だった。アマデウスも、サンソンも管制室で待っている。急いで向かうとサポートに入っていたらしいデオンもそこにいた。マリーと合わせて4人。サロンのようなそこにフラフラと近づいた。 「あら、サリエリ!」 「マリー……」 「そのバスケット素敵ね! フランスでは見なかったものだし…マスターの国のほうかしら?」 「……」 ぐっと引き絞った唇を無理矢理に開き、バスケットを渡した。開けていいの?と言われて頷く。デオンが籠を持ち、マリーは巾着のようになっているのを紐解いた。 笹でくるまったおむすびはマリーは初めて見たのか「これはなあに?」とキラキラした目で見つめてくる。 サンソンとアマデウスも中を覗き込んだ。ははあ、これはおにぎりと言うやつですねとサンソンがいう。 「ォォオ…。いや、違う。それは、おむすびだ」 はあ……とサンソンはなぜ言い直されたのか分からないという顔だった。アマデウスはしたり顔でひとつ貰うよと笹を手に取った。 「ほら、サンソン。毒味だよ」 「……」 サンソンは何も言わずにアマデウスの手の中からむすびをひとつ取った。マリーも手に取って「はいデオン」と分けている。残ったそれには2つのおむすび。ひとつは自分で食べようかとも思ったが思いとどまった。 「おいしい! これ、おいしいわ、サリエリ!」 マリーの言葉へのお礼もおざなりに、デオンからバスケットを取って食堂に走った。彼らはまだいるだろうか。彼らに私は、礼を、言ってない。食堂に戻ると2人はおむすびに何かかけて食べていた。彩はもっと華やかになり白米と塩だけのそれはもう見えなくなっていた。 「あれ? ど、どうかしたんですか?」 心配するようにこっちに来た小夜にサリエリは恥ずかしくなった。礼も言わずにただマリーに渡して、余ったものを持ってきても彼らは自分の分が既にあるのだ。籠を返しに来たのだ、と中から笹を抜き取った。 「そんなのあとでもよかったのに……」 「喜んでもらえましたか?」 小夜の後ろからひょっこり現れた秋田にサリエリは頷いた。うんうん、と笑って秋田はまたテーブルに戻る。小夜はどうしようか迷っているようだった。サリエリは自分からここを離れることにした。後ろに隠した手を前に持ってこようとしたが失敗した。ばっちり落としてしまった。 恥ずかしさでさらに死にそうになった。顔を覆い「すまない」と謝る。小夜は笹とむすびを拾い上げると「食べなかったのですか?」とサリエリに尋ねた。 「………。君らに礼を言い忘れた」 たったそれだけの言葉なのに小夜は秋田の方をむくと手招きをした。走ってきた秋田は「何となく見えてはいたんですけど、」とよく分からないことを言い出した。小夜も小夜で「でもこれはお礼なんだって」と話が繋がらない会話をしている。 「そうだったんですか?」 「うん」 最後は繋がった。2人はおむすびを手に取りがぶりとひと口食べた。大きなひとくちだった。 「美味しいですね」 「うん」 その一言がとても嬉しくて顔が熱くなった。しゃがみこんだ私を2人は同じ視線まで顔を下げてくれた。ありがとうという言葉は私ではなく君たちが向けられるべき言葉なのだ。