剣豪3
猪たちがこちらにもやってきた。陸奥を手に取り一閃。頭を叩き落とした。また一匹こちらに突撃しそうだったが武蔵が受け止めた。そのまま踏ん張って力ずくで投げた。え、投げた? 「おい武蔵、大丈夫か!?」 「もっちろん!」 勢いよく走っていった武蔵は飛び跳ねて一匹の猪を殺したかと思いきやそれに飛び乗りジャンプしてみせた。さきに投げた猪を貫きそれを下敷きに着地した。華麗というよりは荒々しく、力のぶつけ合いだった。武蔵の力に猪たちが見合っていないのだ。 猪を殺した後は空も青空に戻った。おぬいも田助も一息ついた顔をしている。さっきの坊主、宝蔵院だったか。彼のことを思い出させたのではないかと慌ててその顔を見てみるが猪にビクついただけで大丈夫そうだった。 「ごめん、怖かったか」 「ううん、大丈夫だよ!」 「そっか、よかった。歩くのは? まだ大丈夫か」 「平気だよー!」 歩くのについてはマスターの方が大丈夫かなという気持ちもあったがアメリカの方がしんどかったと言われた。それについては耳が痛い……。マスターをじっと見ていたら苦笑いで「あれは#名前2#さんのせいじゃないよ」とフォローされた。とても情けない……。 関所を抜けると城下町はいつも通りの賑わいを見せていた。ぼて振りや商人たちの声や町民の話し声がそこかしこに聞こえてくる。適当に歩いていた女を一人捕まえて最近の噂を聞くと「常陸国」が大変なことになっているらしい。 「あ、怖いといや知ってるかい? 本所の川の方で河童がでるんだって!」 「#名前2#さん、本所って……」 「マスターたちの時代で言えば墨田区のところだな。置いてけ堀の噂は知ってるだろ?」 「あ、あれってそうなの!?」 「それ落語の席で聞いたことあるわ!」 「武蔵って落語聞くんだな」 今度は小間物屋の男に話を聞いてみた。噂自体は聞いているようだがあまり危機感は持っていないようだ。松平下総守のおひざ元にいるから、という考えらしい。泰平の世とあってはこんなものだろうか。刀剣男士がいればもっと正確に話が聞けるのに、と思うが仕方のない話だ。 「ねえ#名前2#くん。って、あたしがこう呼んでいいのかな」 「別に呼び捨てでもなんでもいいけど……。どうかしたのか」 「あのお城は貴方の記憶と違いはある? マスター君に日本の歴史ならあなたの方が詳しいって聞いたんだけど」 「俺の知る限りではこんな城じゃなかったなあ。どっちかって言うと姫路城に近いんじゃないか、あの白さは」 「白鷺城ってやつね」 おぬいは土気城の天守閣に一度登ってみたいと言うが、それを世祖が聞いたらきっと自分の力で同じくらいの高さまで連れてくんだろうなあと想像できてしまった。いつか見れるといいよなあ、とおぬいと田助の頭を撫でる。丸くて柔らかくて本当に可愛かった。 「おや、おやおや。そのきょろきょろとして落ち着きのない姿。もしやあなたたちもよそから来たのですか?」 振り向くとそこにはサーヴァントの姿で玉藻の前がいた。彼女は江戸から来たと言うがイメージでは京から来た感じがある。 「お姉さん、芸事でもしてたの? 所作が綺麗でだもの」 「うふふ、私はしがない芸妓。たま、と言います。よろしくお願いしますね」 「おたまさん」 呆けたような顔をしているマスターを小突く。サーヴァントの見た目をしていてもこいつはサーヴァントじゃない。平行世界のアバターの一つということだろう。それにしてはおたまという女性からは底知れない圧も感じるけれど。 おたまはマスターを見て金持ちだと判断したのかめちゃくちゃに誘ってくる。未成年が三人もいる中でそういった店には行きたくないのだが。うまいこと断れないかと言いあぐねているとまた誰かの気配だ。後ろを振り返ると普段からマスターへの愛情をほとばしらせている清姫である。着ている着物は豪奢でかなりいい生地を使っているのが分かる。これもまたアバターなんだろうか、と思っていたら清姫は「好き!」と大声で宣言してみせた。 「あ、いつもの清姫だ」 「#名前2#くんも知り合いなの?」 「いやさっき言ったサーヴァントのアバターってやつです。カルデアでもあんな感じですよ」 清姫はマスターの周りをくるくると回りながら運命の人、だとか私を城から連れていってだとか言っている。武士らしき人は「清姫様! 往来でなんてことを!」と嘆いている。 「清姫?」 「名前もそのまんまってことかなあ」 おぬいはニコニコしながら「どこかへ行くの!?」と言う。俺たちはそんなに旅はしないよ、と言うと「そっかぁ」と残念そうな顔をした。江戸時代は後期になってから旅が盛んになったと聞くがこのご時世はどうなのだろうか。 「ちょーっとお待ちになって! いかに松平の清姫さまといえど商売の邪魔立ては困ります」 おたまにとってはやはり俺達がお客だったらしい。というか、松平と言ったか。下総守、であるのは間違いないはず。うーん、やっぱりここは下総の国なのか。 おたまと清姫が口争いしているのをマスターは止めることにしたらしい。武蔵ちゃんとマスターで割ってはいったがこの二人、やけに強かった。本当に人間?と思うがサーヴァントの気配ではない。巫術を扱う芸妓とは一体何なのか……。 「みっともない所を見せてしまいましたね、私はこれでお店に戻りたいと思います。それでは」 「むむむむ、潔いですね。私もつい目の前が見えなくなっておりました。とってもつらいですが今日は諦めます」 清姫はこのまま城に戻っていくらしい。おたまも消えてしまったし、このまま情報収集に戻るとしよう。振り向いた瞬間、誰かの長台詞が聞こえてきた。この独特の言い回しはマスター曰く突然現れては突然いなくなる謎の人ということらしいが……。俺もよく知らない御仁だ。世祖からはうるさい、としか教えてもらえなかった。 「俺は通りすがりの宣教師。南蛮より訪れた伴天連の男とでも思ってもらおうか」 「宣教師……」 「#名前2#くん、この人も知り合い?」 「えっ、どうだろう。俺はよく知らないっていうかまだマスターと契約してない頃にひと悶着あったらしくて。それよりも宣教師が生き延びている江戸時代って何だよ……。島原の乱やってない世界線とかかな」 「うーん、この世界色んな所がぐちゃぐちゃだからね……江戸近くに異人がいるってこともおかしいし」 「ぐぅっ、確かに」 「お兄ちゃん、このおじさん髪の毛まっしろだよ…! てんぐさまなのかな」 俺がお兄ちゃんでエドモンはおじさん。エドモンの空気が一瞬ピリっときたが、外国人の彫りの深い顔つきは実年齢より上に見られても仕方ないことだと思ってほしい。俺のせいではない。 「天狗か。東洋のデーモンだったか? 構わん、好きなように呼ぶがいい」 「……もってまわった言い回しね、異人さん。江戸近くに宣教師で異人さんがいるなんてとんだズレだわ」 「何、些細なことだ」 エドモンはやはり回りくどい喋り方で話す。おぬいが聞き返すと優しい口調に変わった。田助も悪い人じゃない、と分かったのかキョトンとしていた顔が笑顔に変わっている。だが俺もマスターの現状が分かってないのは同じ。エドモンと同じように話を聞くことにした。 そして分かったことは英霊剣豪という存在。プルガトリオ、インフェルノ、リンボ、黒縄地獄、衆合地獄、パライソ、エンピレオの8基の敵。先の庵で見た宝蔵院はプルガトリオに変性させられたらしい。俺はあまりこういった宗教ごとに詳しくないのだが、ダンテスは鼻で笑った。 「エンピレオとパライソを別個に扱うか! 単にダンテをなぞるには余計なものが多かろうさ」 ここまでの話を聞いてなんとなく思いだしたことはむかーしに見た魔界転生という映画だった。山田風太郎の俺の考えた最強の剣豪勝負というあの話だ。あの本にはキリシタンくのいちとかいたから忍者いそうだよなあ。えー、風魔とかどうすんだろう。それにあの本での武蔵は吉川武蔵だし……うーんうーん。 「黒幕は余程の痴れ者か、すさまじい涜神者であるか、だ」 エドモンの視線と交わった。にまり、と彼が笑う。どういうことだ、この話はつまり原作じゃなくて映画版の方が近いとそういうことか。顔がひきつった俺を笑うようにエドモンはマントを翻して行ってしまう。まて、と口に出そうとした時どんと背中に突撃を受けて俺は前のめりに倒れてしまった。小さな手。聞こえてくる声が3つ。 「世祖?」 あの時とは倒れ方が逆だなあ、と笑うと世祖は小さくふふっと笑ってみせた。あの時ってなあに、とおぬいが聞いて来る。 「ずいぶんと長いお別れして、また再会したんだ」 世祖はにっこりと笑って「あい!」と頷いてみせた。 宿にきて世祖の代わりに一緒に居た大般若が話してくれた。彼はぐったりとした風魔を連れていて布団に寝かしつけたいと言ったのだ。世祖は魔力増幅ができるが風魔はカルデアからの召喚で魔力はマスターのものを受けとるので今は足りなくなってしまったということらしい。 「実は縁を辿ってこっちに来たって言うわけなんだけどね」 「縁かあ」 「世祖は元から#名前2#さんとの縁があって、小太郎くんはこの時代に縁があったってことだと思うよ、たぶん」 「ねえ、#名前2#くんはその魔力不足ってのにはならないの?」 「俺はカルデアの記憶を持ってるだけでここには世界から召喚されてるから……」 「……? 一度召喚されるとカルデアの記憶があるってこと?」 「あ、いや。俺の英霊としての在り方が二魂一体って感じなんだ。だから記憶保存も二つ分。英霊としてあるのはもう一人の方だから俺にはカルデアからの記憶もある、感じ、だと思う」 「自分でもよく分からないのか」 「まあねえ」 おたまがどん、と火鉢を持ってきた。具合が悪い小太郎のために持ってきてくれたのだ。さっき別れたばかりのおたまの泊まる宿に入り込んだのは世祖と本丸に戻れなかったから。当てにしていた拠点が作れないと分かって仕方なくおたまの宿に乗り込んだ。刀剣男士と英霊は勘定に入れなくても武蔵、おぬい、田助、マスターと合わせるとかなり大変である。金子の要求をされたら死にそう~と嘆いていたマスターも今度遊びに行くという約束で何とか手を打ってもらった。 夜になった。不穏な空気がまた漂っている。目を覚ますと武蔵が刀の準備をしていた。 「行くのか」 「ええ。君も行けそう?」 「ああ。……世祖はここで起こすとぐずるだろうし、外に行って敵を視認させたほうがいい」 「わかった」 ぐずりそうな世祖を抱きかかえ、俺と武蔵とマスターは外に出てきた。念のため室内でも戦えるように乱を置いている。大般若とて外ならばマスターの護衛くらいはできる。あとは俺と世祖と武蔵の三人で敵と戦うしかないのだ。市中には出ないという話だったが、そういうわけでもなさそうだ。黒い怪物たちが武蔵に狙いを定めて怒りをたぎらせている。 「さて、いざ、参る…!」 武蔵の刀が光る。飛び散っては砂のように消えるカスに世祖が降れた。ぐしゃり、と力が振るわれる。自分の武器も持たず、ただの純粋な暴力で世祖は見事に敵を屠ってみせた。俺の出番はまったくない。 「つ、強いのねこの子」 「俺よりも何倍も」 ただし防御力は世祖には期待できないが。武蔵の方もサーヴァントの時の無敵の強さ、とまではいってないようだしこれは次の相手には骨が折れそうだ。