番外編1

【精神退行マスター】  カルデアとマスターとの繋がりが不調になったらしい。精神面だけ幼くなったというマスターは部屋に閉じこもって泣いていた。突然体が大きくなったショックと、両親や友達がいない絶望と、果てはマイルームにいたサーヴァントがアンデルセンだったことが悪かった。アンデルセンはいつも通りマスターに話しかけたわけだが、幼いマスターには小さな彼が尊大な口調で馬鹿にしてくる理由が分からない。大泣きしたあと自分を守るためか気絶してしまったのだ。  幼いマスターにレイシフトさせることは出来ない。部屋から出てこないマスターを心配して何人ものサーヴァントがマイルームに張り付いたが一向に出てくる気配はない。せめて食事でも、と出されたものはぐちゃぐちゃにかき混ぜられて突っ返される。そんな状況を仕方ないと諦めるほど#名前2#は甘くなかった。 「世祖、このドア開けろ」 「う?」 「いいんだ。食べ物あんな風にするのは叱る」  #名前2#の顔を伺ってから世祖は扉を壊した。へんに力を込めるのは怯えさせる気がして扉と壁の電力接続を切って自力で動かせるようにした。  がこんと重苦しい金属音が響いてマスターの部屋が開かれた。布団にくるまってぶるぶる震えているのがこのカルデアのマスターだ。 「食べ物を粗末にするな」  #名前2#は一言そう言ってから部屋の中にいっぽ踏み込んだ。ひっとマスターの声が聞こえた。#名前2#はそこで立ち止まり座ることにする。 「#名前1##名前2#だ。ここでテキトーに戦ってる。横にいるのは指貫世祖。たぶん、お前と同い年」  同い年という言葉に興味がでたのか震えていた体が少しだけ止まった。自分では慎重に動いてるのだろうが布団のせいで動き方がよくわかる。頭がこちらに向けられた。 「ここは寒いよな。外はいつも吹雪なんだ。雪がいっぱいで、たまーに晴れる。晴れたら雪合戦やかまくら作りもする」 「……」 「そうだ、夜は寒いだろうと思ってな。歌仙が編み物をしてくれたんだ。ここに置いておくぞ」  #名前2#は歌仙特製の腹巻をおいて部屋を出ていった。勿論扉も閉めて、待ち伏せすることもなかった。廊下の奥に待っていたダ・ヴィンチとマシュにOKの合図をした。  #名前2#ははじめに一言、マスターのことは自分に任せてほしいと言った。たくさんのサーヴァントから反感を買ったが#名前2#はゆずらなかった。その理由は単純だった。 「お前達、マスターの時代の子育て知らないだろ」  エミヤは反論したそうだったが、ふと口をつぐんだ。#名前2#はまだ知らなかったが、エミヤの正体を知っていた世祖はくふりと笑った。#名前2#は日々、マスターの部屋に訪れては簡単な話をした。絵本を読むこともあれば、自分の昔話をしたり、国語の教科書を読んだりもした。マスターも次第に心を開き、#名前2#がくると布団にくるまることを止めるようになった。 「#名前2#、おなかすいた」 「もうご飯食べれるか?」 「うん」  最初の頃のぐちゃぐちゃのご飯は彼なりに食べようとした努力だった。食べようにも体が受け付けなかったらしい。世祖と確認してストレスのせいだろうと思っていたが、予想していたよりも治るのが遅かった。治りたくない意識はない。あるのは居たくない意識だ。何とか果物などで体を慣らしていったのだ。食事を考えている間はまるで赤ん坊を相手しているようだった、と#名前2#はのちに語った。  エミヤに作らせたおにぎりをマスターは美味しそうに食べている。#名前2#はそろそろか、と食べながら話を振ってみた。 「そういえば、おまえの名前を聞いてなかったなあ。なんて呼べばいい?」 「……。リツカだよ」 「リツカ。いい名前だな」 「そう? ……みんな、女の子みたいって言うんだもん」 「言われてみれば」 「! 僕、女の子じゃないもん!」 「分かってるよ。俺の中ではリツカはお前だけだ。お前にぴったしのいい名前だよ」 「んん、ありがとう」 「どういたしまして」 【エミヤが士郎と知った】  エミヤがようやく再臨した。彼が来てから2ヶ月ほど過ぎている。まあ、アーラシュをLv80にするためたくさんの種火が彼に貢がれたため仕方ないとも言える。  髪の毛をおろし、インナーのみになった姿を見て#名前2#はんん?と首をかしげた。じっと見つめたあと「士郎か?」とたずねる。エミヤは気恥しそうに「その名前は今は使っていない」と言った。 「そうか、お前は守護者になってるのか」 「#名前2#さんも同じだ…でしょう?」 「いいよ、普段通りの口調で」 「失礼」  ごほっと咳払いをした。エミヤの耳は赤くなっている。昔の自分とはかけ離れた口調に#名前2#がにまにまと笑っていたからだ。 「そうか、お前さんが参加した聖杯戦争でランサーのクーフーリンと知り合いだったのか」 「ああ」 「俺がいた時空だと聖杯戦争は起こらなかったからなあ。他にどんなサーヴァントが?」 「メディア、佐々木、ヘラクレス、ギルガメシュがいたな」 「ギルガメッシュ王が? はー、あの人何でもありだな」  #名前2#はけらけら笑いながらサーヴァントの数を数えた。と、1人大事なサーヴァントが挙げられていないことに気づいた。 「セイバーは? ギルガメッシュじゃないよな?」 「もちろんだ」 「んん??」 「セイバーは、円卓の王、アルトリア・ペンドラゴンだった」  #名前2#は目をぱちくりとさせた。なぜアーチャーが2人いるのか、ギルガメッシュとアルトリアが再選しているのはなぜか。聞きたいことが山ほど顔に浮かんでいる。 「ギルガメッシュは、どうしてそこに……」 「アンタのためだ」 「は?」 「俺が参加した聖杯戦争の10年前、切嗣たちが参加した聖杯戦争にアンタがいた」 「あ、ああ」 「貴方は聖杯戦争を一時停戦に持ち込んだ。俺は聖杯戦争の最中に親を亡くした。切嗣が哀れんで俺を助けてくれた。そこで俺はアンタに会った」  エミヤはそこで会話を止めた。#名前2#の目を見やり、その瞳が変わらずエミヤを見ていることを確認して話を始める。 「俺のいた世界ではアンタは瀕死の状態だった。バーサーカー……世祖がなんとかアンタの命を繋いでいた。あのギルガメッシュでさえも手を出せず、セイバーの鞘を使っても死期を少しだけ遅らせる程度。結局あなたは死んだ。マスターがいなかったらサーヴァントもいなくなる。世祖は聖杯に消えた。その後、マスターたちの様子がおかしくなった。初めは遠坂、言峰、間桐、切嗣の順番で」 「………。ケイネスとウェイバーはどうした?」 「金髪の彼はすぐにサーヴァントを還したな。黒髪の方はサーヴァントがわざわざ聖杯に飲まれた」 「はあ? イスカンダルが? なんで、また」 「ギルガメッシュが聖杯に飲まれたあと、受肉して戻ってきたと知ったからだ。だがイスカンダルは戻ることは無かった」 「龍之介はどうした?」 「あんたが死んだ後、すぐに置いていかないでと言って切嗣に殺しを頼んだ」 「自殺はしなかったのか」 「キャスターが自殺を止めさせたんだ。龍之介はそれじゃあと切嗣のところにきた」 「なるほど、クーフーリンはマスターを失って聖杯に消える。時臣たちはその後どうした?」 「ギルガメッシュはさっき言った通りだ。セイバーは還された」 「だがまた召喚された、か。聖遺物を残していったんだな」  こくりとエミヤが頷いた。#名前2#ははあーーと長い息をつく。自分が想像していたよりも、死後はひどかったらしい。いつもそうだ。死後のことは全く分からなくて、幸せであれと願うのに幸せになってくれない。 「全く困るよなあ」 「それはこちらのセリフだ」  エミヤの疲れた声に#名前2#はははっと笑った。正論すぎて何も返せなかった。【バニヤンメーイクアップ!】  エリザベート・バートリーの最終再臨が終わった。きらびやかなドレスに身を包まれてぬいぐるみなんかも持った彼女は正しくアイドルなのだ。 「いいなあ」  エリザベートの姿を見ながら少女はひとこと呟いた。  ポール・バニヤンはバーサーカーだが、会話は出来るし理性もある。アストルフォと比べたら常識人だ。そんな彼女の今の夢はエリザベートのような可愛い洋服を着ることである。労働者のためのこの服が嫌いなわけではない。動きやすいし、マスターのために戦っていられる。でも女の子だ。可愛い服だって着てみたい。このカルデアには裁縫上手なヴラド公がいないので誰かに頼むことも出来なかった。バニヤンはふわふわのドレスを見ながら「いいなあ」と呟く。 「どうした、バニヤン」  ひょいっと体を持ち上げられた。シールダーの#名前2#だと声でわかった。「んあ!」と背中にくっついてた世祖からも声がかかる。 「#名前2#さん、Bonjour」 「ボンジュール!」  カタカナ発音で笑いかけながらバニヤンを自分の顔の方に向けた。世祖も宙に浮いてバニヤンに笑顔を見せる。その時バニヤンは閃いた。そうだ、世祖をコントロールするこの人なら…! 「#名前2#さん、私に洋服を選んでくれない?」  #名前2#にはどこかで聞き覚えのあるセリフだったが快く返事をした。困っている女の子を見捨てることはできなかった。  バニヤンは今は世祖の力で小さくして実体化している。無論、戦闘となればその力は解除されるのだが。どちらのサイズで作るかと考えたら迷わず小さな方を選ぶ。はずだった。#名前2#は何を考えたのかバニヤンの標準のサイズにしようと言い出した。 「何言ってんの、ついに頭おかしくなった……?」 「清光、#名前2#さんはいつもおかしーじゃん。今に始まったことじゃないよ」 「そうだなあ、そこは否定できねえぜ」 「沖田組with和泉守ー。今すぐその口を閉じねーと#名前2#さんが殺しにかかるぞー」  薬研の言葉に3人はぱっと口を閉じた。仕方なく#名前2#は放出しようとした怒りをぷすぷすとしまうことになった。 「それで? 何だってデカいほう?」 「バニヤンは大きくなった時の服で小さくされてるだろ? だから、大きい時の服を着てればそのまま世祖がミニマム化させて小さくても着られるようになるだろ?」  #名前2#のなにげに考えていたセリフで安定から「なるほどー」と声があがった。とは言っても作るのに大変なことは分かっている。刀剣男士たち全員に任せる仕事がありそうだった。  加州と乱に頼んだのは洋服のデザインだったが、かなり難易度の高そうなものがきた。世祖が着たがらないいわゆるゴシック系。しかも和ゴスである。 「これやんの……?」と#名前2#が震える声で聞くと「勿論ー」と返された。仕方なく布はダ・ヴィンチ女史にお願いしてバニヤンのサイズを図る。ついでにと渡された帽子用に頭のサイズまで測った。勿論特注の靴を用意するので足だって測った。測ってないのは彼女の体重くらいだろう。  #名前2#は服の作り方など知らないのでもっぱらネットでの情報を見ながら手探りに進めていく。時たま他のサーヴァントたちも手伝ってくれたが、仕事をお願いしてもその大きさに辟易して皆1度でやめてしまった。例外としてエミヤがなんとか頑張ってくれたが、彼には燭台切たちのいない食堂を任せていたので仕事を長くさせるわけにもいかず。結局仕事をこなしていたのは刀剣男士と世祖と#名前2#だった。 「よしっ!」 「これで完成だ!!」 「イェー!! 俺はもう針仕事なんかやんねー!」  御手杵の叫びに賛同の声がたくさん上がる。特に三名槍はその槍に紐を結んで針仕事として働いていたので皆よりも仕事に疲れていた。 「おつかれー」  #名前2#がアイスを配るとそれぞれがキャッチをした。外は冬で今の季節が何かは分からないが疲れて火照った体にはアイスがちょうどよかった。しかもあの高いアイス。ひと口ずつ大事に食べる。 「全く、久々に疲れる仕事だったね」 「蜂須賀兄ちゃん、途中から戦衣装だったもんね」  内番服でやるものが多い中、蜂須賀はあの金色の鎧を着て仕事をしていた。子ギルや賢王がずっと蜂須賀のことを見ていたようだが話しかけたかどうかは知らない。 「バニヤンに着させるか」 「これ持ってレイシフトするんですか?」  前田の言葉にうっと#名前2#の頭が痛む。なんと、仕事はここでは終わらせることが出来ないというのか。 「世祖ー、すまん。これだけ頼む」 「んー」  世祖も疲れていたが#名前2#の方がよっぽど疲れていることを知っていた。だが体は動いてくれない。ぽかりと口を開けると#名前2#が自分のアイスを半分分けてくれた。 「んま」 「ココナッツ上手いよなあ」  世祖のスキル、魔力増幅を発動させる。僅かに残っていた魔力を必死に稼働させて洋服を持ち上げた。この大きさだとかなり重たい。 「よし、行くか」 「ッ!! わぁー!!」 「おー、やっぱり可愛いなあ」  金髪だし和ゴスはどうなるかと思ったが色合いが派手にまとまっているせいかバニヤンによく似合っていた。日本人だとこうはいかないよなーと#名前2#は笑いながらバニヤンを見つめる。 「ありがとう! 可愛いねー、これ! ふふ、私アイドルみたい?」 「ああ。すっごく似合ってる」  ふふーとバニヤンが笑いながらくるりと回った。大きな体が回ると土煙が#名前2#たちに降り掛かったが彼は気にしなかった。こんなに喜んでもらえてよかった。それだけである。 「そんじゃま帰るか」  #名前2#は頃合のいいところで小さくなったバニヤンを連れてカルデアに戻った。ダ・ヴィンチちゃんにもアイスをひとつ分けて食堂へ行くと女性サーヴァントたちが何やら集まっている。  こちらを見たエミヤが「しまった」という顔をした。しかし彼が声をかけるよりも先に清姫が#名前2#のもとに勢いよく駆け寄った。 「清姫?」 「ますたあに愛される洋服を作ってください、報酬は世祖さんの代わりに種火回収に出続けます。どうですか?」  捲し立てるようなセリフに#名前2#は目をぱちくりとさせた。後ろにいるサーヴァントたちもまさか同じ目的? 「………」  #名前2#には拒否権はなかった。