かめおさ
靴職人というのも、特に金持ちなどを相手にしていると注文も多い。海外の流行を追いかけなければならないからだ。そこにいつもお世話になっているのが榎木津元子爵なのだが……。変な依頼が入るのも同様に彼からだった。子爵の家に呼ばれるといつも困ったことになる。 「あのさ、ひとつ頼みごとをしてもいいかな」 「はあ。なんでしょうか。新しく靴を作るのは納期的にも難しいですが」 「いや、そんなんじゃないよ。ちょっと亀をね、探してほしいんだ」 「……それは、どちらの…」 「生き物のね、カメさ。息子に頼もうとしてたんだけど逃げたのあいつ」 #名前2#はそれを逃げると呼んでいいのか分からなかった。とにかくうなずいておくしかないようだ。娘と話し合いますと言うとにっこりと笑って子爵はありがとうねと頷いた。めんどうごとに巻き込まれてしまった、と自転車に乗りながら叫びたかった。 家に帰ると神無が「また厄介ごとですか?」と聞いてくる。この顔でもうわかってしまうのか。 「全く。#名前2#さんはすぐに巻き込まれますね。いくら心配していてもこれじゃ足りないです」 「そ、そう言わないで……」 「……#名前2#さんがお出かけしている間に、あの本島さんが来て」 「ああ、前に助けた人。割り込みで簡単に靴を送ったんだっけ」 「はい。その人が来て、砧青磁の話をしていきました」 「………。なんで??」 「私にもサッパリです」 砧青磁というと高級品である。しがない靴職人がそんなこと知るはずがない。神無も同じ事を思っていたのか「言おうと思ったんですけど。ものすごく深刻そうな顔をしていらしたので……」とおっとりとした雰囲気をかもしだす。これ以上の話は無駄なようだ。 仕方がない、と神無を連れて#名前2#は探偵事務所に訪れた。中に入ると、榎木津は電話でずっと喧嘩していたが従者の和寅は快く茶を出してくれた。神無たちの話を聞いた和寅は「つまりこういうお話で」と今回の騒動を話してくれた。タイ国との交渉に砧青磁が必要なこと、本島はそれに巻き込まれていること、亀の方は益田にも頼んでいること。益田の顔が見えないのはそういう理由らしい。 「それじゃあ俺に頼む必要なんてあるわけないじゃないですか」 「だから、君を表舞台に引きずり出したいんじゃないかい御前様は」 「#名前2#さんはそういう厄介ごとを呼び込む体質をしているのでわざわざ呼ばなくても、と思うんですが」 「お金持ちの考えることはよくわかりませんで」 #名前2#は榎木津の頭をぺちん、と叩くと無理やりこっちを向かせた。 「#名前2#! それに……なんでクソ親父と会っていたのか。おい、カメの話をなんでお前まで知っている!」 「千姫のことは今聞いた。それに何か別の話も関わってるみたいだからここに顔を出しに来ただけ」 神無は肩をすくめた。砧青磁も千姫という亀も靴職人にはかかわりのないことである。どうせ表舞台に巻き込まれるならフィナーレでの裏方くらいがちょうどいい。千姫のことは益田の方が調べるノウハウを持っていることだろう。何せ#名前2#は依頼を受けたときに適当にうなずいて帰ってきたのだ。あからさまにやる気がなくとも向こうは気にしてない。 「#名前2#はどうせ役に立たないんだろう? ここで待っていればいい」 「そういうわけにもいかない。仕事があるからな」 「かんなもか!?」 「私も学校があるので」 大人のように平日で休めるとかいうことはない。それを聞いた和寅は感動したように「いいお子さんに育ってくださいね……!」と言っている。もちろん神無がいない間は父と母が#名前2#にしっかりとくっついているので気にしていないのだが、今回の事件にはなんだか裏がありそうな気がした。大体、榎木津家からもらってくる話はめんどくさいことばかりなのである。 翌日、益田の方から#名前2#たちの家に訪問して千姫の話をしてくれた。芸者の家に探している千姫がいそうなので探ってほしいというのだ。あの#名前1#が靴について御用聞きにきたとあれば向こうは反応するしかない、というのである。それはそうだろうな、と#名前2#も思う。自分の靴の評価についてはそれなりに知っている。さらには御用聞きなど一切自分からしていないことも。 「不自然だろ、それ。そしたら益田くんが俺の代わりに行った方がましだ」 「そりゃだめっすよ! 俺はどう見たって愛妾に会いに行くような人間じゃないじゃないですか! そ、それに。子爵が探しているカメはその向かいの家にあるんですって」 「なんだって?」 「何言ってるんですか?」 「おかえり、神無」 「おかえりなさい、お嬢さん」 「声が外まで聞こえました。亀を探しに行くんですか?」 「それが砧の青磁までその家にあるって」 「ええ?」 「い、いやそうじゃなくてですね。向かいのおうちなんです。壺屋敷がありまして」 「中禅寺が言っていたあそこか。それで、なんで俺が駆り出される理由になるんだ?」 「そりゃあフィナーレに依頼した男がいないと子爵様が興ざめするって中禅寺さんが」 それは……ありえる……。神無と#名前2#の気持ちが重なった。仕方ない、行きます……としぶしぶ#名前2#は返事をした。今回こそは何もせず終わりたいと言うがそういうのは物語の中では伏線として必ず回収されるのである。益田が帰った後、都合よくじりじりと電話が鳴る。誰かこの家を監視でもしてるのかねえ、と#名前2#は冗談にもならないことを言いながら電話に出た。件の榎木津子爵である。 「どう? 見つかりそうかな?」 「ご子息の方が活躍しそうですよ」 「それは拝み屋の彼にも言われたよ。ねえ、君も明日にはいくんだよね。ご令嬢の方は僕が面倒を見ててあげるから千姫は君が持ってきてくれ」 「……わかりました」 なんていう電話でしたか?と神無が聞いてくる。#名前2#は素直に「厄災の御用聞きをさせられたよ」と話した。 翌朝、#名前2#は神無を迎えに来た車に彼女を乗せて、そのまま中禅寺を迎えに行き初めての壺屋敷へと訪れた。話は道すがら聞かされた。昨日の電話は京極堂が子爵に呼び掛けをしたものだから拗ねてこちらに来たのだとようやく知った。神無には申し訳ないが子爵を癒す役目を果たしてもらおう。後で自分もその場所に行くということはひとまず考えないようにしていた。 壺屋敷は確かに壺がいっぱいあった。#名前2#の目には彼女を恨めしそうに見ている腹から臓物を垂らした男がいた。こいつが彼女から落とされるもの、ということらしい。迷い続ける彼女を助けるのが#名前2#の役目である。 「こんにちは」 「あ、あの……」 「スエさん、気にしないでください。この男はただの靴職人です」 「は、はあ。それでもうちには見てもらう靴なんて……」 「気にしないでください。俺は1番最後の出番なので」 中禅寺が外に出ていく。ヤクザ者たちが来たのだ。#名前2#はスエさんの手を握りしめると「大丈夫ですよ。今日で全部終わらせますから」と笑いかける。彼女の罪悪感も、借金も、しがらみも全部ここで終わる。 「……なんで、そう」 言いきれるんですか、と彼女は言った。そんな疑問形が来るとは思わなかった。悩みながらも「幼馴染たちへの信頼ってやつですかねえ」と笑ったらスエさんはちょっとだけ笑っていた。 彼女、いやこの壺を集め始めたお祖父さんの時から策略は始まっていたらしい。借金をしながらも壺を集めていたのだそうだ。最初は家宝の砧青磁を隠すため。そしてそれはスエさんの人殺しの証拠を隠すために変わっていた。あの凌雲堂とかいう男たちにはもっと大変な目に遭ってもらいたいところだがスエさんは借金も壺のしがらみもなくして明るく笑っていた。今後は異母兄弟と働いていくらしい。 さて。件のカメは榎木津がちゃんと見つけていて、#名前2#はそれを回収してそのまま姪を引取りに行ったのだった。 「ということで、神無を返してください」 「やあやあ、ありがとう。仕事ができるいい靴職人だね君は。周りに宣伝しておくよ」 「ありがとうございます」 「それで、このおねがいのまま別のことを依頼したいんだけど」 「……お聞きしましょう」 「神無ちゃんを連れてうちに来ない? 使用人として」 「ご遠慮します」 子爵はえぇーーっと文句を言いたげそうな顔でこちらを#名前2#のことをじっと見ていたが本気で断るつもりだと分かると「つまんないね」と神無を手放した。