ピンポンパン、お呼びですよ

 毛利小五郎は自分で思っているよりも「何も出来ない」男である。彼はガキ大将のように振舞ってきていたから力があれば何とかなると思っているところがあるが、高校生にもなればその力がなんの意味もないものだと知ったらしい。 「#名前2#、助けてくれ。数学がやべえ」 「授業を聞いてない君が悪いよ、あとここ生徒会室」 「いいじゃねえか、少しくらい! どうせそんなに仕事してねえだろ!」  まあ、それはそうだ。漫画やアニメのようにてきぱきと仕事しないと終わらない、といった書類などはこの生徒会には回ってこない。先生方もそんな書類を生徒に任せて問題を起こしたくないのである。  さて。問題を起こしたくない、と言ったがその問題を起こす第一人者と思われているのがこの毛利小五郎である。幼馴染みの可愛い女子高生2人をはべらせて、持ち前の運動神経の良さと性根の明るさとで過ごしてきた男である。正直、彼が自分と同じ高校に来れるとは思っていなかったので本当に驚いた。だが運良く入学できても高校は義務教育ではない。留年だってあることを、この男はちゃんと理解していた。 「この赤点とると不味いんだよ、夏は遊ぶのと部活とがある!」 「そこで部活じゃなくて遊ぶって単語が出てくるのがなあ」 「はあ!? なんだよ、お前一緒にプール行く約束だったじゃねえかよ!」  そんな約束したんだっけか。もう覚えてない。毛利小五郎は人気者なので俺と遊ぶなんて考えていたことの方が驚きである。俺のそんなひねた考えも気にせず小五郎は弁当と数学のワークと持ってきて会議用の椅子に座った。 「よし、始めようぜ!」  ちゃんと俺に渡すための弁当も持ってきている辺りがちゃっかりしている。  小五郎との出会いは中学2年生の時のクラス替えだった。それまでは名前ぐらいは知っていたけれど話したことは無いという関係だった。優等生の皮を被っていた俺と、問題も起こすがカリスマ性があり自分に出来ないことは人に任せるタイプの彼とでは話すこともなかった。漫画のように俺が彼のその生き様に憧れるということも無かったので接点は皆無だった。……のだが。クラス替えをしたあと、学級委員を決めなくてはならないと言われた時なぜか小五郎が俺を推薦したのだった。周りからも頷かれて俺は渋々と学級委員をやった。めんどくさい仕事の多いこの委員会を俺に押し付けたのか、と1年くらいモヤモヤしていたが中3になって彼と話すこともぽつぽつと増えた。  小五郎はバカだったが、自分の勘を信じて突き進むのが好きな男だった。俺のことも「英理から真面目でいいやつって聞いてたから」推薦したらしい。いつか妃さんが悪人になったとしたらこの男は騙されるだろうか。自分で考えてもそれは有り得なさそうだな、と思った。大切な人が悪に染まるのを彼は黙って見ているはずがないだろう、と自分でツッコミまで入れてしまった。 「何だかな」 「ああ?」 「前までは一緒に弁当食うなんて想像できなかったわ」 「あぁん? 何言ってんだおめー……」  小五郎のことは本当によく分からない男だが、世の中にはそういう男も居るのだなあとそんな感じに自分の心に区切りをつけた。高校はきっと別になるだろう、と。しかしその予想とは反対に彼とはまた腐れ縁を3年続けなければならなくなったので世界とは不思議だ。  小五郎は二次関数も分からないまま高校に来てしまったので数学はつまずいてしまった。yじゃなくてf(x)なのか?と言われたがそうだよ、としか言いようがない。y軸だけどyじゃないのだ。  微分についてはもうそういう物なんだ、と諦めて覚えてもらった方が早い。どうせ社会に出たら使う予定のないものである。職業にもよるけれど。 「そういえば小五郎、お前文系と理系どっち行くんだ」 「ぉ? ぁー、あー、それなあ。一応、理系」 「!? 茨の道を選んだな」 「警察になりたくてよ」  初めて聞く話だった。こいつもフラフラと大学に行って社会人になるのかと思っていた。具体的に目指すものがあるのか、と俺は自分との差をハッキリ感じてしまった。 「#名前2#は? お前も決まってんだろ?」  笑顔で聞いてくるこいつが少し憎らしかった。だが、具体的になりたい職業を決めたところで新卒でそれになれるか、と言われたら答えはNOである。 「まあ、ぼちぼちだな」 「そっか」  小五郎はそれ以上話を聞くことは無かった。有難くもあったし、俺に気を遣っているようにも感じられて少しだけ腹を立てていた。  高校卒業後、俺は大学生に。小五郎は警察学校へ行った。英理さんも大学生になって、俺と同じところと言うのだから小五郎のパワーを感じてしまう。 「俺に守ってくれって頼まないのか?」 「うっせーな、いいんだよ別に」  小五郎繋がりで仲良くなった英理さんだが、いつの間にやら彼らは付き合い始めていた。お騒がせ夫婦がようやくスタートを切ってくれたので同級生たちからすれば肩の荷がおりたようなそんな気持ちになっていた。  英理さんも小五郎のことしか目に入ってないらしく、時たまキャンパスで凛々しくスタスタと歩いていく姿を見かけることがある。周りの男たちが「かっこいい……」と憧れる視線も気にせず、である。本当にこの人は小五郎のことしか目に入ってないんだなと思うといじらしく、微笑ましい気持ちになる。  小五郎のいない学生生活は長いようで短く、俺はあっという間に社会人となった。ローテーション制度ということで数年に1度部署を変えなければならず、慣れない仕事や不向きな仕事にぶつかる事もあったが何とか生きていた。俺がそんな風にくたびれた生活をしている横で小五郎は刑事になっていた。  警察手帳をわざわざ写真で送ってきたあの男に、俺はいつかの敗北感を味わった。いいなあ、あいつは元気そうで。写真を見ていただけなのに俺はなぜかとてつもなく泣きたくなっていた。小五郎のことを見下していたのだろうか、俺は。自覚もなく、あいつは俺よりもきっと大変な目に遭うだろう、とそんなことを考えていたのだろうか。俺は久々に泣き疲れてそのまま眠るという失態をおかした。翌朝は死ぬ気で仕事の準備をした。  時たま泣くことはあったが、同僚たちもいい人だったので俺はあまりメンタルを削られることなく何とか仕事を続けられている。ある日、小五郎から会わないかと連絡が来たのは俺の方がかなりメンタルの安定した時期のことだった。  居酒屋でスーツの男が2人向かい合って。昔ドラマで見た光景を自分たちでしている、というのはちょっとおかしかった。 「元気にしてたか。小五郎」 「まあな。#名前2#は? 恋人できたのかよ」 「あーー、いいじゃねえか。恋人は居なくてもそれなりに生きていけるしな」  小五郎の方はもう英理さんと結婚した。俺がスピーチをした。タキシードでがちがちに固まった小五郎は面白くって仕方なかった。娘が生まれたのも知ってる。顔を見に行ったし、ちゃんとお祝いのプレゼントも渡した。英理さんと今は別居中なのも聞いてる。蘭ちゃんが俺に泣きながら電話をかけてきた。お母さんが帰ってこないだけど、#名前1#さん知りませんか、と必死に話す声を聞いて父親は何やってんだよ、と思ったこともある。だけど、家に行ったら予想以上に消耗していた小五郎がいた。蘭ちゃんは小五郎の姿を見て自分がしっかりしなきゃ、と思ったらしい。駆けつけた俺にも「おとーさんのこと、よろしくお願いします」と頭を下げた。こんなに良い子に育ったのは小五郎の真っ直ぐさと英理さんの礼儀正しさのお陰だろうか。わかったよ、と頷いた俺に蘭ちゃんはとびっきりの笑顔を見せてくれた。泣くのを我慢した、強ばった笑顔だった。  俺は時たま小五郎の方に連絡を入れ、差し入れを持って行ったが結局蘭ちゃんが昔の明るい笑顔を浮かべているのを見ていない気がする。 「……お前こそ、蘭ちゃんの様子はどうなんだ」 「………。元気にしてる。お前にまた会いたがってたぞ」 「まじか。嬉しいな」  むしろ、彼女が今も自分に懐いてくれていることの方が嬉しかった。こんなおじさん、嫌われても仕方ない。  小五郎とはそれからぽつりぽつりと仕事の話をした。突然やってきた眠りの小五郎という名誉に何とか振り回されないよう頑張っていること、長期で預かっている子どもの面倒にどこまでしていいのか分からないこと、加害者側の家族の話など、「めんどくさい」と言いながらも小五郎は元気そうだった。  小五郎はとにかくしゃべってしゃべって喋り尽くして、そして寝た。酒で落ちたこの男を見るのは久々だった。スマホから蘭ちゃんを呼び出すと誰か別の男の声も聞こえた。弟子と名乗る男は蘭さんだけでは心配なので、と車で来てくれるらしい。相変わらず周りの人間に助けられて生きているようで笑ってしまう。何も出来ない男だからこそ、こいつの横に俺も腐れ縁と称して居続ける、のかもしれない。 「失礼ですが、お名前を聞いてもよろしいでしょうか」 「あ? ああ……。#名前1##名前2#です。安室さん」