余りある夢だとか未来だとか
兄は、とても個性が弱い人だった。そして自分の個性を嫌っていた。個性をあまりにも使わないから周りには無個性と思われていたこともあるらしい。俺は兄さんが弱くない、と知っていたけれど兄がいじめられているのを止められなかった。あわあわとして泣きながら見ていただけの俺にも兄は優しかった。 兄は確かにいじめられていたが、負けん気の強い人だった。驚くことに、個性を使わないままその主犯と殴り合いの喧嘩をした。そして無理やりに勝ってしまった。 個性を使わなくても勝つことが出来る、という皆が逃げたかった事実を兄はクラスメートたちに叩きつけた。兄はクラスメートたちからやはり遠巻きにされていたが、いじめていたグループは兄を気に入ったのか兄は段々と遊びに行くことが多くなっていた。 俺が教室に行くと兄さんは誰かと笑いあってることが多くなっていた。抱きつかれるのも気にせず笑っているその姿にモヤモヤとしていた。 「兄さん」 そんな時には強い言葉が出ていた。兄は俺を見るとたまき、と笑ってくれたが隣にいた人は俺の事をよく睨んでいた。ある日その人は俺を見てせせら笑った。 「なあ#名前2#、お前弟とまだ帰ってんの?」 「ん? まあ、母さんから言われてるしなあ」 「いや、そこは拒否しとけよ~~。ひとりで家に帰れないとか情けねーじゃん」 「母さんが言うんだから母さんが責任取るよ」 「うわっ、ドライだねおまえ……」 その会話は俺には衝撃だった。俺はこの人にとって一緒にいろと命令されたから横に置くものなのだ、とその時初めて理解できた。兄は黙ったままの俺を見て「帰るぞ、環」と手を差し出した。その手が大きくてそしてとても黒く見えた。 その日から俺はミリオと帰るようになった。元からミリオに帰ろうと誘われていたのを俺が断っていたのだ。俺から話しかける勇気は全くなかったけれど、ミリオは一人で帰る俺を見つけて「なんだよ、早く言ってくれよ!」と驚いた顔をしていた。 「これから一緒に帰れるんだろ? 嬉しいよ!」 ミリオの笑顔は俺には輝く太陽みたいに思えた。家の中では兄と会える。一緒に登下校できなくても仕方ない、とそう思っていた。 兄は俺と帰らなくなって寄り道を沢山しているのかずいぶんと帰りが遅くなった。時たま早く帰っていてもさっさと家を出て遊びに行っていた。母は兄のことを全く心配する様子がなかった。個性に頼らずとも兄は大丈夫、と思われたみたいだった。俺は個性があってもまだまだ怖がりだし、心配性だ。ミリオには平気だよ、と言われていたけどそれでも俺は……そんな自分が嫌いだった。 「環はさ、#名前2#さんと話さなくていいの?」 「え?」 ミリオの一言がきっかけだった。俺は兄とずっと話してなかったことに気がついた。引っ込み思案の弟とはしゃぎ回る兄とでは話すこともあまりなかった。 中学生になって、兄はまた交友関係が派手になった。素行不良などではなかったけれど、何かイベントがある時に話題の中心にいるようになった。兄は部活も忙しそうにしていて余計に家にいなくなった。ミリオは兄のそのポジティブなイメージに惹かれていたらしく、「オールマイトや#名前2#さんみたいな明るいヒーローになりたい!」と笑っていた。俺は兄のようにはなれない。ミリオならなれるよ、と言った時ミリオは「環の憧れの人は?」と言われた。 憧れの人。ヒーローとしてならいくらでも名前が出てくる。でも、自分にとっての一番最初のヒーローは、 「兄さんだよ」 ただその人だけなのだ。そしてミリオからあの疑問をぶつけられた。 「#名前2#さんと話す時、環のことよく聞かれるんだよね。兄弟だから家で聞けばいいじゃないですかって言うんだけど」 「え、ぁ、……そうなの?」 自分のことを聞いてくれる兄はイメージがなかった。兄は自分のことを母に言われたから横に置いていたような人である。久々に兄と話してみようかな、とそう思った。家に帰ると兄と母が喧嘩していた。兄は警察官になりたいんだ、と叫んだ。大学には行かない。そのまま試験を受ける、と。ビックリした。兄とは家に帰れば会えるものだと信じていたのに。 兄とは話せないまま、そのまま一日が終わった。翌朝、俺は兄になんて話しかければいいのか分からなかった。昨日の今日で学校の話をするのも変かと思った。なあなあに過ごしていたらそのままタイミングを見失って夕飯になっていた。母も父も無言だった。さっさと食べ終わろう、と急いでいたら兄が口を開いた。 「環は、将来のこと何考えてんの」 「え……」 「環は今関係ないでしょう!?」 「俺に警察官やめろって言うけど、それって、危険な仕事だからってことでしょ。個性が弱い俺がそんなのになったら自分のこと守れないから」 母はぐっと押し黙った。個性重視の世界では、アイデンティティと個性は同一視される時がある。母はまさにそのタイプだった。 「環の個性はすごい強いと思う。何食べるかにもよるけど、意識してけば絶対に力になる。母さんは、環がヒーローになりたいって言ったらそれもやめろって言うの?」 俺は何が起きてるのか分からなかった。父さんたちと兄さんは話し合って警察になることを許したらしい。歯磨きしてるときにそう教えてくれた。 「お前も自分の道は自分で決めろよ」 そうは言うけれど、俺は兄さんみたいに母さんたちとあんな会話できない。うん、と頷いた声は情けなかった。 俺は結局兄さんの助けを借りてヒーロー科を受験させてもらった。一般でもいいから雄英に行きたいと言ったら、第二の矢なんか用意するなと怒られた。死ぬ気で勉強しろ、と言われた。いつの間にか兄とは昔のように笑いあっていた。あの時の苦手意識はどこかに消えていた。 「私、環くんの憧れのヒーロー気になるな!」 「えっ……俺の憧れのヒーロー…?」 「うん! ミリオはオールマイトでしょー?」 「質問される前から決められている!! まあそうだけど!! でもサーナイトのこともすごいと思ってるよ!! 2人が揃えば最強だ!」 「でー、環くんはファットガムかなー?って思ったけど、そうじゃないのかな??とも思ってー」 ねじれさんは明るく俺を見つめる。彼女やミリオの笑顔は兄の笑顔と重なるところがある。何かに縛られない人の笑顔だ。 「いるよ。ファットガムよりもっと前から憧れてるヒーロー」 「えっ、誰々? 私の知ってる人!?」 「俺の、兄さん……だよ」