浮かれたかった春雷

 カリムの横によくいる#名前2#は、別にアジーム家の従者でもなく同じく商人を目指している訳でもない。何かしらの理由があってカリムのそばに居るだろうことは分かっているが、その理由がずっと分からなかった。  窓の外ではふたりがほうきに乗って鬼ごっこをしている。#名前2#はほうき捌きがへたくそだ。あのままじゃカリムのことを捕まえられない。カリムが楽しそうなのはいつものことだが、成果のでないものに#名前2#は楽しそうに笑っているのが不思議だった。 「なにを見ているんですか」 「アズールか……」 「ああ、カリムさんたちですね。まだ従者ごっこはやられているので?」  笑顔で嫌なことを聞いてくる。従者ごっこを続けさせたのはお前らも原因のひとつだというのに。そんなことを言い返しても無駄なので、「従者をやめたつもりは全くないぞ」とすげない言葉を投げた。  アズールはそれ以上何も言わなかったが、遠ざかる様子もなかった。なんなんだ、と見上げると「あの二人、付き合ってるという噂は本当ですか?」と聞いてきた。 「……あの二人って、カリムと#名前2#のことか?」 「それ以外にありましたか?」 「い、いや……」 「その反応を見ると……。もしや、あの噂をご存知でない?」 「……は?」 「カリムさんのこと関係のことなのでもう耳にしてると思っていましたが。知らなかったんですか?」 「そんな噂がたってるのか?」 「はい。それに#名前2#さんもカリムさんも否定されないので」  アズールの言葉に衝撃がはしり、なかなか正気に戻れなかった。普段の自分じゃないとやらかしてしまうミスが多く、クルーウェル先生に「バイパー、腑抜けた気分のままここにいると怪我するぞ」とまで言われてしまった。  そ、そうなのか。びっくりした。いや、わざと聞かないようにしていたのかもしれない。カリムのことを見ると#名前2#のことが視界に飛び込んでくる。やっぱりほうきに乗るのが下手くそで、もう地面におりて走っていた。明るい笑顔、というにはあまりにも輝いていた。月のような鋭さではない。太陽のような残酷さもない。#名前2#の笑顔はまるで北極星のようだった。見つけたときに、その道標となる星だ。 「……#名前2#とカリムが付き合ってるとは、聞いてないな。俺もいつも一緒にいるんだ、それぐらい分かる」 「スマホで連絡を取り合ってる可能性もありますよ?」 「#名前2#はひどい機械音痴なんだ。スマホも基本的には電話しか使えない。カリムが電話をかけているのは見たことがない」 「……そうですか」  アズールに聞かされた噂を論破したが、ジャミルの胸にかかったモヤは消えなかった。#名前2#がカリムの恋人とまではいかずとも、どちらかが恋をしているということは有り得る。そして、その可能性的には#名前2#がカリムのことを好きだというパターンである。 「……くそ」  こんなところで、恋の自覚などしたくなかった。 * * *  はあ、はあ、と#名前2#は息をついている。バルガスから指示された特訓は既に終わっていて今はつかの間の休憩時間だった。 「#名前2#大丈夫かー?」  カリムが顔をよせてくる。彼のパーソナルスペースの近さは暗殺者などと対応できるのかよく分からないが、#名前2#は自分のことが信頼されているのだろうなと思うようにしていた。 「らいじょーう」 「口回ってねえなあ。ほら、オアシスメイカー」  ぶわ、っと口の中に水が溢れて#名前2#は溺れそうな気持ちを知った。カリムは慌てて謝罪してくれたが、彼はきっと別の時にもこうやって失敗していくのだろうなと思った。好意で彼は人をよく傷つける。それでも#名前2#はカリムのことを友人として好ましく思っていた。 「#名前2#、ジャミルとちゃんと話せてるかー?」 「……カリムってさ、そういうところ容赦なくて好きだよ」 「なんだよ急に照れるなー!」 「照れさせるようなことは言ってないんだけどなあ」 「この前の長期休みのときにジャミルと腹を割って話したんだけどさ、#名前2#にはこの話を黙ってて欲しいって言われたから」 「……そっか」 「俺は先に#名前2#と約束してたから全部話したけど。でも#名前2#もジャミルとちゃんと話せよ~~」 「分かってるけど! 緊張するんだって……!」 「だからって俺といつまでも会話してたらジャミルはどんどん離れてっちゃうぞ! 俺、ジャミルに嫌われてるんだから!」 「あ、ジャミルに嫌われてることは認めるんだね……」 「おう! それで、そこからリスタートした!」 「……友情のリスタートはあっても、恋にはないから……」 「だから! そんな凹んだ姿になるなって!」  ばしん、と叩かれて#名前2#はすちゃりとほうきを構える。それを見てカリムもほうきを構えた。同時にふたりはほうきに飛び乗り、#名前2#はカリムのことを追いかけてカリムは上手に空を逃げる。おい、とバルガスに気づかれるまでその小さな鬼ごっこが広げられた。 「俺、ジャミルにいっぱいいっぱい考えさせてたから。最近はちゃんと考えるようにしてんだ」 「……ふぅん」 「#名前2#、ちゃんとジャミルに話しかけてみろよ。あの噂がジャミルの耳に入っちゃってもいいのか?」  カリムと#名前2#が恋人なんじゃないかという、あの最悪な噂は相手にするだけ無駄だと放置していた。ジャミルの耳に入らないよう気をつけていたが。カリムの言う通りである。ちゃんと考えて、会話しよう。  でも、ジャミルとはどんなことを話せばいい? そう考えると頭が痛い。みんなが便利だというスマホで検索しても、たいして当てにならないような解決策しか見つからないのだ。 「ジャミルについてもっと知りたいって、素直に言えばいいじゃんか!」 「そ、それができたら苦労しない……」 「大丈夫だって! ジャミルは喜ぶと思うぞ」 「……本当に?」 「ほんとうに!!」