二人の思い出の場所
あの。あのザップさんがココ最近大人しくしている。いやむしろソワソワしている。携帯をすぐ確認するし窓の外を見てはため息をついている。乙女か、と突っ込んだら頭をかじられた。 「痛いっすよザップさん」 「うるへー陰毛が!!」 「今の話に俺の悪口いりましたぁ!? 意味わかんねー怒り方しますね…」 僕とツェッドさんはどういうことだとザップさんを見ていたがクラウスさんはカレンダーを確認するとなるほどと頷いた。 「そろそろ彼が来る時期か」 「彼?」 お師匠様、だったらもっと怯えるはずだしツェッドさんもウキウキするはずだ。あと、あの人は前もって知らせるようなことはないと思う。ザップさんが慌ててクラウスさんを止めに入るがいつも通り呆気なくやっつけられてしまった。屍のように倒れているザップさんをまたいでクラウスさんの持つ写真を見せてもらった。そこにいたのは優しそうな顔で笑う男の人と隣で恥ずかしそうに立っているザップさんだった。 「これ、あの、本当に兄弟子ですか……」 「? そうだが……どうかしたのかね?」 「えっ、ああ、いやっ、」 どう見たって写真の中にいる彼は隣にいるこの人のことが好きだろうと思った。クラウスさんはぽやぽやとした雰囲気でこの男の人について説明しようとする。後ろで蠢いていたザップさんがまた突っかかろうとしたが希釈を解除したチェインさんが落ちてきた。ヒールが背中にのめり込む音がする。 「彼の名前は#名前2#・#名前1#と言うんだ。写真家でね、ニューヨークに拠点を置いていたんだがこの事件があっただろう。中々戻れないと困っていたところをザップが助けたのだ」 あの人がァ?と思わず後ろを振り向いた。真っ白な灰になったザップさんをチェインさんはつついている。もう返事をする気力も起きないらしい。書類を見ていたスティーブンさんがくっくと笑いながら「いやぁ、あの時はかなり面白かったよ」と言う。 「まさかザップが見返りも求めず人助けするなんて、あの時は空から宇宙人でも隕石でも降るんじゃないかとビクビクしてた」 うーん、それは確かに有り得そうだと思った。灰になったザップさんだったが、突然起き上がった。このクソ犬女め!と叫びながら尻ポケットから携帯を取り出す。 カコカコといじったと思ったら「お先に失礼します!」といつもなら叫ばない挨拶をして走り出した。その後クラウスさんも自分の携帯を見てふむ、と頷いた。 「どうやら#名前2#がここに帰ってくるらしい」 異界と現実が入り混ざったここ、ヘルサレムズロット。ニューヨークの面影なんてほとんどないここをまだ拠点として帰るという写真家は一体どんな気持ちで飛行機に乗るのだろうか。同じ写真好きとして#名前2#・#名前1#の作品が見たかった。 電話をかけると車の中だとのほほんとした返事が来た。どうせなら空港まで迎えに行くというのにアイツは俺に気遣ってここまでタクシーで来た。いつも待ち合わせに使うカフェの前に立っていたらセフレの1人のアリシアが近づいてきた。今日はお前に構ってやれねえぞと言うと「アンタじゃなくて#名前2#さんよ」と紙袋を渡してきた。 「知ってる? あの人、アンタのセフレのほとんどと繋がってんのよ。今日帰ってくるらしいからいつものお礼にってね」 は、と思わず零した言葉にアリシアはげらげら笑っていた。#名前2#さんによろしくね!と歩いていく背中をぼけっと見つめていた。 「レンフロ、お待たせ」 「……#名前1#」 「ごめん、待たせた? 空港で知り合いにばったり出くわしてさ」 #名前2#は普段のキャリーケースと一緒に大量の袋を持っていた。これもあいつらからの土産とかいうものだろうか。 「家」 「ん?」 「家、連れてけ」 キャリーケースをぶんどると#名前2#は苦笑いで了解、と頷いた。何だか自分のことがあいつらよりも下に扱われている気がして嫌だった。#名前2#のことなら俺の方がしっかりしてるのに。 家に着くと#名前2#は「はふ、」と息をついた。それが何を意味してるのか分からない訳でもない。ソファに座って膝を叩く。#名前2#はへらっと笑った。 「いつもありがとう」 頭を乗せたと思ったら#名前2#はすぐに寝付いた。荷物は放置してて紙袋も床に置かれている。少しだけ優越感を抱くが自分のセフレ相手に何を思っているのか。 「なあ、おい」 声をかけても起きない。つついても起きない。そっと手をかけると寝息が聞こえてきた。あの師匠のもとで狸寝入りしてる奴はすぐに分かる。自分がやってきた過去があるからだ。 「……#名前2#」 寝てる時にしか呼べない名前。バレちゃいけない呼び名。それはこの男が最初に会った時から言われている。優しい笑顔で「お前のこと嫌いだなあ」と言われた。とにかく嫌われたくなくて、でもそれまでの生き方も変えることなど出来ずバレバレと知っていてもこうやって#名前2#の前では取り繕っている。 「好きだ……」 小さな告白は空気の中に消えた。#名前2#は眠ったままだった。 ザップさんからのカツアゲがない。普段と違いすぎてついていけないっす、とツェッドさんに言うと苦笑いをされた。兄弟子がいつもすみません、と謝られていやいやそういう話でもなくてですね、と言ってしまう。 「……あの#名前2#さんのことなんですけどね」 「ああ、あの写真の」 「はい。この前、ザップさんがあの人と一緒に歩いてるの見ちゃったんですよ……」 「えっ」 「いやっ、いや、それなら! それだけならいいんスけどね!? ただ……ザップさん荷物持ちを自分から言い出してたんですよ……」 沈黙が走った。恐る恐るツェッドさんが口を開いたところには「本当の光景ですか?」というものだった。 「そう! そう思っちゃいますよね! でもホントなんすよ!! 思わず義眼開いて確認しましたよ! 2人とも人間でしたしなんか荷物もってるザップさんいましたし!!」 それはそれは、見たいような見たくないような不思議な気分にさせられる話題だったことだろう。ツェッドさんは重たい雰囲気を纏わせて「見なかったことにしましょう」と慰めようとしてくれた。それはとても有難いが話はまだ続くのである。 「実はその時ザップさんのセフレさんが……」 「ぶはっ!!」 「うぉおお、ツェッドさん大丈夫すか!!?」 「え、あ、いや、その……修羅場というやつでしょうか」 「違うんス……全く修羅場なんてものじゃなく、むしろ#名前2#さんの取り合いというか…」 「はあ……」 「何というか、セフレなのによくそこまで言い合えるなって感じでしたね……」 そこまで言われるとツェッドとて#名前2#という男を見たくなったが兄弟子になんと言われるか分からない。今のあの人と無闇に突っかかるのはよくないと思い何とか探したい衝動を諦めた。 ある日のことだったが、レオナルドは突然の出会いに立ち尽くした。目の前にいるのはザップとそのセフレにも愛されてる疑惑のある#名前2#・#名前1#その人だった。 「君の肩に乗ってるの、音速猿だよね? 写真を1枚お願いしてもいいかい?」 「あ、はい……」 「ありがとう」 言うや否や#名前2#という人はデジカメでレオナルドを撮影した。今の絶対ぼけた顔してた…! 思わずそう叫ぶと#名前2#はニコニコとして「いい顔だったよ」と言う。 「#名前2#さんずるいっすね」 「え?」 「え?」 「ごめん、俺名前知られてたのかな」 んがっと口が開いてしまう。ここで変に言い訳してもザップさんに怒られそうだ。レオナルドは仕方なくザップ・レンフロの同僚ですと答えた。 「ああレンフロの。それはお疲れ様だね」 レンフロ?と思わず聞いてしまいそうになった。#名前2#はさっきと変わらない笑顔だ。ただその変わらない表情で「あのバカに迷惑かけられてるならすぐに言ってくれるかい? 懲らしめるよ」と言うのだから薄ら寒い気分になった。師匠やセフレの皆様の怒りではない。この人は本気でザップ・レンフロに対して何の気持ちもないのだ。 「? どうかしたかい」 自分を心配してくれる時の気持ちも本物だ。暖かさをもった手が肩に触れる。普通の人だ。義眼で見た時だって確かに人間だった。 「……ごめん、怖がらせたかな」 「え」 「レンフロのこと、嫌ってるわけじゃないんだろう?」 「う、あ、えっと……」 こんなことを言うのは恥ずかしいがこの人にはきちんと伝えなきゃいけないのだろう。いつもお世話になってます、と言ってみたら#名前2#さんはふふっと小さく笑った。 「ただの私怨だけどね、僕の大切な人が彼のセフレになったんだよ」 「うぇっっ」 ザップさんあんた……と思った。自業自得もいいところだ。#名前2#さんはそのまま「その子ね、その後すぐに亡くなったんだ」と笑った。 「多分だけどね、あの子から言い出したんだと思う。死ぬ前に恋人になれとかそういうこと。彼、なんだかんだ言っても優しいから。お金ももらってたみたいだけど優しくしてた」 「………」 「ここまでは僕がまだ一方的に彼を知ってた時の話。ヘルサレムズロットに戻ろうとするのを助けてくれた彼は妹のことも覚えてなかったし、セフレの一人だって話をしてくれた。いやぁ、その時に気持ちが冷えて固まったみたいで………。僕の気持ちの問題なんだ、要するに。死んだ人を美化したいっていう気持ち」 #名前2#さんは話しすぎた、と口を覆うと「ごめん重いよね」と謝った。ミシェーラがそんなことになったら自分も憤死しそうだし、と手を振っておいた。 自業自得も#名前2#さんの気持ちの問題も、結局なるようにしかならない。ザップさんが#名前2#さんと本音で言い合ったり名前で呼ばれたりするような関係になるまで少し、ほんの少しだけど応援しようかなとそう思った。