可愛さに滅入る
久々の休日が重なった日だった。今日は何しようかと考えながら味噌汁を作る。かぼちゃと油揚げの味噌汁。#名前2#さんがそろそろ体の調子を考えてきているので塩は控えめにした。 「綺礼…はよう」 のっそりと起きてきた#名前2#さんに挨拶する。ぐしゃぐしゃになった髪の毛とよれよれのパジャマ。こんな姿を見ると歳をとってるんだなあと思った。コンロの火を止めて元栓をしめる。包丁、まな板を流しに置いて椀を用意しようとしたら腕が腹にがっちりとからまった。するりと下腹部をなでられる。「痛くなかったか」と心配するような声が耳に聞こえた。起きたばかりのかすれた声。私を好きだと振り切った声。 「だ、大丈夫です……」 「ん、ごめんな。久々だったから」 もう少し、こうしてていいかと首筋が顎でこすられた。甘えたになっている#名前2#さんのことが好きなのと同時に昨日の夜を思いだして体がうずいた。胸の鼓動が早くなるのと同じくして呼吸する音も早まる。日常的な場所の中で感じてしまう背徳感に唾を飲み込んだ。力が抜けてシンクに手をつく。#名前2#さんも同じ気持ちになったのか足の間に足を割り込まれた。腹にあったはずの手は上がってきていて胸を押さえていた。 「#名前2#、さんッ!」 「あはは、ごめん」 我慢できないと出した声で#名前2#さんはパッと手を離してしまった。……。後ろを見るとにへらっと笑った#名前2#さんがいた。朝ご飯食べようか、などと笑ってご飯をよそおうとする。そこに欲望の影はちらりともない。何でだ、昨日の彼の閉じ込めてやりたいといったセリフはどこに消えたのか。体の中でぼやけてしまった火はそのままくすぶることになった。 「今日はどうしようか」 「ベッドに戻りましょう」 「却下だな」 「何でですか」 「え、真顔で聞いて来る……」 #名前2#は味噌汁を吸って一息つくとスマホを取り出した。デートしたいと言っても世の中には親子として通っているのである。綺礼が何と叫ぼうとも恋人たちが良くいくようなデートスポットやイベントには行きたくなかった。検索しているとある美術館が猫の展示をしている。好きな画家の絵も久々に展示されていたというレビューもついている。 「#名前2#さん?」 「綺礼、美術館でも行こうか」 綺礼の顔がへにゃりと眉を下げた。綺麗なものを綺麗と思えないのだから行っても意味がないと思っているのだ。ならば、と悪魔的な絵や怖い絵、抽象画、前衛美術、果ては造形物にまで及んで色々と#名前2#が見せたが綺礼には「いいもの」に見えなかった。その姿に#名前2#は無理強いせずに「違うところ確認するな」とスマホを見始める。いつもの姿のはずなのに綺礼はスマホに#名前2#を取られたと思った。朝から#名前2#に煽られたせいだ、と内心で言い訳して綺礼は手を伸ばした。 「綺礼?」 「……」 声を無視してスマホを引っ張る。驚いた#名前2#も負けじとスマホを握っていた。「何するんだ…」という声にも返さない。とにかく#名前2#の視線をこちらに戻したかった。#名前2#の方はそんな綺礼に何か察したのか「わかったわかった、」と手を離した。 「スマホを人質にするのか」 「いえ、しません」 「? なら、どうして取ろうとしたんだ……。前みたいに女の人と電話してたってわけじゃないだろ」 そんな前の話は忘れたとばかりに綺礼は素直にしゃべった。#名前2#さんがスマホばっかり見るから、と。はぁ……?と#名前2#も口を開けた。驚いている。突然恥ずかしさを感じた。まるで子どもの駄々である。園児の時もそんなこと言わなかった、はずなのに。 「っく、あっははは! ずっりぃ、綺礼! そーか、目をそらしたらいけなかったなー」 「……はい」 開き直って返事をすると#名前2#はさらに笑った。席を立って綺礼の方に近づいて来る。首に回された腕に顔を寄せると「なんだ、甘えたか?」と嬉しそうな声が聞こえた。頷くと#名前2#さんは少しの間無言になった。「それは返事なのか」と言われてまた頷く。あ~~という喉の奥から出た声が聞こえた。#名前2#さんの陥落は近い。腕をとり、その右手を舐めた。くすぶった火がまた燃えるように、丹念に丁寧に。ちゅぷりと指を口に含む。#名前2#さんの息が荒くなった。顎を掴まれて上を向けられる。 「またベッドに縫い付けられてえのか」 その瞳を、私は見たかったんだ。 ぐしゅぐしゅになった綺礼を撫でながら自分の体を見た。綺礼との年齢差から絶対に自分が先に死ぬということは分かっている。それでも、長生きして一緒に生きたいなんて思うようになった。俺が先に死んだらお前もすぐに追いかけてきそうだもんなあ。まなじりにキスを送ると綺礼も起きてしまった。 「……また、父さんのことですか」 そこで自分のことと思えないのは綺礼の悪い所だ。あんなに積極的になれるのにちょっとしたところで臆病者になる。お前のことだよと笑いかけると嘘ですねと睨まれた。 「……。綺礼のこと考えてるとな、兄さんたちに怒られそうだなって」 「そうですね、法律上は裁かれます」 「お前の方から仕掛けてきたくせに何を言う」 ぐいっと鼻をつまむとその状態のままで「だからいいんでしょう」と言われた。 「は?」 「私が迫って#名前2#さんが流されたとしたら、悪いのは私だけでしょう」 手を離すと綺礼は鼻をすすりながら「どうかしましたか?」と聞いて来る。どうしたもこうしたもない。 「……お前を好きになった俺も罪は同じだ。どうせなら共犯として一緒に墓に葬られようか」 「……」 言葉を咀嚼して綺礼は顔を真っ赤にした。布団の中にもぐろうとするのを引っ張り上げる。 「なんで、今、そんなこと…!」 「綺礼が変なこと言うからだろ」 「変なことなんて!」 「それにお前、俺が先に死にでもしたらすぐ後追いかけてきそうだし。どうせなら一緒に死んだ方がいいだろ」 綺礼は何か唸り声をあげていたが「はい」とうなずいた。 「指輪もないプロポーズなんて」 「俺たちらしいよなあ」 綺礼はふふっと笑うとそうですねと頷いた。外にも行かずにだらだらとベッドで過ごした休日で、しかも何も考えずにプロポーズしたなんて。笑える話だった。