もう一度愛の乾杯がほしい
珍しく家のインターホンが鳴らされてどうしたんです、と外に出たらタクシーですやすやと眠りこけている綺礼を見つけた。 「お客さん、乗る時からちょっと怪しかったんですけど……。もう交差点2つ曲がったくらいからバタンしちゃって」 「そうでしたか……」 「一応、住所と目印だけは聞いてたんでよかったですけど……」 タクシー運転手にお金を払い、綺礼をかついで家の中に運んだ。運べるか心配だったが、寝ている人間の割にはその体は簡単に動いたのだ。もぞもぞと動く手をぎゅっと握るとぴくりと綺礼の体が動いた。 「きれー? お前、起きてるだろ」 「……。眠っています」 「やけにハッキリした寝言だな!!」 綺礼を寝室に放り投げてシャツとスーツを脱がせようとすると綺礼は俺から外された手をそのまま空中で固めて「うぅ……」と唸り始めた。シャツのボタンを外そうとすると綺礼はしがみついてべそべそと泣き始めた。さっきまでの狸寝入りはどうしたのか、驚きの変わり身の速さである。 「私は#名前2#さんに相応しくない。ダメなのです、私はもっと頑張らないと。お願いです、置いていかないで。捨てないでください」 ここでようやく気づくのだが、俺は初めて酔っ払った綺礼を見たのだった。それについてもすごく驚いたし、綺礼がそんな本音を漏らすとは思わなかった。綺礼はいつだって何でもできる姿を見ていたから。 「捨てない。ていうか、捨てるんだったらさっき放置してるよ」 「……でも、今、私から離れようとしてた」 「ジャケット片してただけだよ。ほら、ボタン全部取れたから少しだけ体持ち上げられるか?」 綺礼はぐいんと鍛えてある腕を上にあげただけだった。俺がやってやらなければならないらしい。そら、と持ち上げようとすると綺礼は自分の腹筋で起きたのか俺の方が反動で後ろに倒れそうになった。綺礼のシャツをぬがし、下に着ていた薄手のタンクトップはどうする?と聞いたら脱ぎます、ともぞもぞと動く。まるで赤ん坊のようなそれについつい手が伸びた。 「#名前2#さん、ズボンも」 「ベルトぐらいやれよ」 「やってください」 「……」 無言の圧力をかけてみるも綺礼には効果がない。仕方なくバックルを外し、ベルトをほどいた。綺礼はしゃがみこんでいる俺の頭をくしゃくしゃと撫でたりしながら「#名前2#さんに甘えるのは久々です」とほわほわしたように言う。お前はいつだって俺に甘えてきてたと思うよ、という声を飲み込んで脱がそうとするとばたり、と倒れ込んだ。まるで情事のそれのようにゆるく尻を動かしてぬがしやすいでしょう?と言いたげに俺を見ている綺礼に可愛いを通り越して腹が立ってくる。 「今日はセックスなしな」 「! なんでですか!! 酔っ払ってるからですか!」 「それもある」 というか、それがメインだ。それに合わせてさっきのわざとらしい誘うような動作に気持ちがそがれた。綺礼はむすっとした顔で俺をじっと睨むと「キスならいいでしょう、」とやっぱりベッドに横たわったまませがんでくる。とんだ眠り姫だ。 横からキスをおくるとがっちり掴まれた首と体が一気に引っ張られてベッドに持ち上げられた。綺礼の体は本当にどうなっているのか。兄から教わった拳法のお陰なのだろうか。 「一緒に寝てくれますよね。吐いたら喉に詰まらせるかも」 「お前に限ってそれはないだろ」 「あるかもしれないです。死んでからでは遅いのです」 それ、俺が酔っ払った時にもお前言ってなかった?と聞くと綺礼は「後悔してからじゃ遅いんですよ」ともごもごしながら体を縮こまらせて俺の方に擦り寄ってきた。わざとらしく当てられた下着とその中のものに関しては何も考えないことにする。 * * * 「……#名前2#さんに惚れ直してもらう作戦?」 「ああ」 雁夜は友人とも呼べるのか分からない腐れ縁の男と酒を飲んでいた。綺礼は酒にめっぽう強い。そんな彼が酔っ払ったフリをして話しかけるだなんて。 「珍しいというか、変なことするよな」 「#名前2#さんの近くにめんどくさい女がいる。#名前2#さんの浮気を疑うことは全くないがあのアバズレのことを考える余裕を与えるのが嫌だ」 「アバズレって……」 「アバズレで十分だ。自分の親の介護が嫌で親切そうで操りやすい#名前2#さんと結婚できないかと考えてるような女だ」 綺礼の悪口が具体的すぎて本当に?と疑うよりも前にドン引きした。気持ち悪いな、コイツ。相変わらずだ。俺の視線なんてものともせず、何か薬を飲んだ綺礼を見て本当に#名前2#さんに対する愛情が重いよな、と思った。叔父ということは知っているが、本当に血が繋がっているのかいないのかまでは知らない。綺礼は血が繋がっていようと本気で彼を愛していたし、それを否定されようものなら世界の果てまで追いかけてそいつの大切な何かを(合法的に)殺そうとするやつである。 「#名前2#さんには本音を伝えても意味がないのだ」 「なんで? 本音の方が普通はいいんじゃないの?」 「知らん。ちゃんと伝わってくれない。だから、ここは攻めに出る」 綺礼はいつもの様に俺の分まで払うのか?と疑うくらいにお金を払って出ていった。ここから酔っぱらいの演技としてタクシーを使うらしい。ご苦労なことである。