緑色の菫の一群
※男主に結婚相手がいる ※微ホラーかもしれない ※「暗い世界」パロ ※現在の価値観にそぐわない内面化された差別がありますが、パロディ元作品と合わせての描写です。 「ねえ、エース。どこに行くの?」 「ちょっとそこまでだよ、大丈夫。アリスを傷つけるやつはみんな俺が倒すからさ」 突然だが、山道を歩かされている。ここは一体どこだろう。気づいたらエースと歩かされていた。ハートの城には滞在していない。ということは、エースは忍び込み私を攫ったというわけだ。みんなは私のことを助けに来てくれるだろうか。……いや、あんまりしない気がした。エリオットあたりは……チャンスがある? いや、ブラッドに「よせ」と言われたら来なさそうだ。双子たちのことも……めんどくさがっていれば来ないだろう。さらに困ったことに、山道を歩いていようと靴はいつもの革靴のまま。ぬかるみに足を取られながらも私はエースの背中を追いかけていた。彼も同じく歩きにくそうなブーツなのにずんずんと進んでいく。時間的には、今は昼だろうか? 折角今日はバラでジャムでも作りたいなとかちょこっと思っていたのに残念だ。ジャム作りなんて私には似合わないことは分かっているが、バラの花弁を見ていたらなんとなく作りたくなった。ブラッドの花をとって鼻を明かしてやりたいという気持ちもあったかも。 エースは鼻歌をうたいながら私の数歩前を歩いている。ああは言ってもエースが何をやらかすか分からないのはいつものことだ。だからこそ怖い。その刃が私に向かなくても。それと同時に安心もする。エースは言葉で嘘をつくことはない。言いくるめるとかはあるけど、基本的に裏表がなさそうな言葉を吐く。余計に嘘くさいという欠点はついてくるけど。彼はそういう意味ではとても器用な人だ。私やユリウスとは大違い。 エースの言葉は同じハートの城の人たちは信用してないみたい。いや、あの二人のことだから嘘をついたらすぐに失脚させてやろうという考えなのか。そんなことも気にせずエースは今日も迷子になりながら騎士を務めている。 「ああ、あそこだよ」 「え……」 指をさされた先は完全に壊れているだろう、ボロボロの古い家だった。今どきこんなコテコテのお化け屋敷は見たことがない。幽霊がいると褒められるとかいうけれど、私はそうは思わない。この家になんて住みたくない。 「#名前2#、いるかいー?」 「#名前2#? #名前2#がここにいるの?」 意外だった。彼がここに住むなんて。彼はもっと几帳面な人だと思っていた。目の前にある家と#名前2#という人物はどうしても結びつかなかった。 #名前2#というのはエースと同じく、騎士をしている男だ。といっても、自称「騎士」である。その実態は騎士ではなく、遊園地の方の従業員。ゲーム内の職業は気狂い、であるそうだ。気狂いって何よ、と思った。そんな蔑称を役割と呼ぶなんて。わずかに残っている良心はそんな呼び名を使いたくなかった。教えてくれたユリウスはふっと唇の端を歪めて「ここはそういう世界だ。一々気にしてられないだろう」と言う。私にはそんなキャラクターが必要なのか分からないけれどユリウスもエースもそう言ってたからそうなのだと思う。ユリウスは面倒ごとは嫌いだと言うけれど、エースとも#名前2#とも縁を切れない時点で抱え込んでいるのは確かだ。 #名前2#は私が知っている男に似ていた。性格はもちろん違う。彼はうちにいた使用人の男に似ていた。名前も、奇妙なことに同じで。彼は私が「アリス」になったから引きずり込まれたんじゃないかとさえ思っていた。結局、私が来る前から彼はいたということだったけど。私のよく知る#名前2#は、とある人からラブレターをいつも貰っていた。そしてそれを読まずに暖炉にくべて「お嬢様、暖炉の火を今つけますからね」なんて笑っている男だった。彼はそのラブレターを渡してくる人が嫌いだった。なぜって、それが男だったから。男が男をすきになるなんて、まるで悪夢だわと当時の私は思っていた。成長するにつれて自分の愛さえも分からなくなった私には#名前2#を好いた男の話を笑えない、と気づいたけれど。ラブレターを送った男からすれば、私はとても邪魔な存在だっただろう。燃えるラブレターで暖をとりながら昔、そんなことを思っていた。 #名前2#は結局その男をどうしたんだっけ。思い出そうとすると記憶が霞んでしまう。それに、こっちの世界に来てからはワンダーランドの#名前2#という存在の方が強かった。 #名前2#はこちらの世界では女性と結婚していた。ユリウスなんかは「リンゴが落ちたいと思ったんだろう」となんだかよく分からない評価をしていたが、私は単純に#名前2#が幸せな生活を送っていたらそれでよかったと喜んでいたのに。 初めて来た屋敷は荒み果ててよく分からない草に塗れていた。エースはいつものようにニコニコして「ここらへん、昔は菫が綺麗だったんだよ。#名前2#の奥さんが菫が好きだっていう理由でここに家を建てたんだ」 その菫は見るも無惨な形になっていた。扉をノックするとゆっくりと開かれた。#名前2#はいつもと同じ姿で、そっちの方が異様に見えた。 「エース! アリス! 俺のために来てくれたの?」 「ああ。奥さんは元気かい?」 「今日も体調が悪いみたいでね。ベッドに寝たきりだよ」 「残念だなあ、余所者のアリスを見たら元気になったりしないかな」 ぐいっと引っ張られた肩に強い圧力を感じた。代わりにエースの靴を踏んづけてやるも効果はなさそうだ。 「アリスさえ良ければ頼むよ」 「……ええ、私も#名前2#の奥様には会ってみたかったの」 心にもないことを言ってみせる。エースは小声で「そう来なくっちゃ」と言ってきた。本当はエースのためでも、#名前2#のためでもない。私が、#名前2#との気持ちに決着をつけたいのだ。 寝室の扉をノックしても返事がない。返事もできないくらいに衰弱しているのか、はたまた眠っているのか。#名前2#は「入るよ」と声をかけて中に入っていった。 ベッドが膨らんでいる。やっぱり怖くなった。寝ているならいいのよ、と声をかける前にエースはつかつかとベッドに歩み寄り、布団を剥がしてしまった。ああ、と#名前2#の普通の声がする。驚いた様子もなく、慌てる様子もない。ベッドの中には陶器の人形が入っていた。髪の毛もない、洋服もない。ただ、そこに置かれた人形だ。人形! そうとわかった途端に身震いがした。今、自分は冷静に何を見ていた? 人形。人形を愛している家にいる。じゃあ、菫とは一体何だったのだろう? 「ねえ、エース……」 エースはまるで楽しそうに#名前2#を見ていた。「彼女、本当に具合が悪いみたいだね。布団を剥がしてごめん」 「あ、ああ。大丈夫」 #名前2#の方が気分が悪そうだ。エースは#名前2#の肩を叩くとアリスと共に家を出てきた。先程まで見ていたあの古屋敷はどこにもなかった。キラキラした、完成したばかりのような茶色の屋敷があった。そして庭には緑の菫が群生している。もう時間帯は朝になっていた。 「さあ、行こっか」 エースがなぜここに連れてきたのか、アリスにはさっぱり分からなかった。 その日の夢にはナイトメアが出てきた。相変わらずミノムシみたいな姿をしている。 「あいつがなぜ気狂いと呼ばれてるかは簡単だ。まだ片割れの死を受け入れられないでいる」 もぞもぞと布団から顔をひょっこりと出してナイトメアは教えてくれた。彼らは元々は役持ちではなかったらしい。従業員なんていう言葉が「役」に似合わないな、と思ったけれどそういうことだったみたいだ。サーカスでは2人がセットだった。仲の良い夫婦だったらしい。それが#名前2#とエースとユリウスとでつるむようになったのは、エースが原因だったそうだ。 「エース……ハートの騎士が、ある日突然#名前2#が欲しいと言い出したんだ。他の登場人物たちとは違う存在なのに、表舞台に引っ張りあげた。#名前2#は運良く、上がれたが妻の方は落ちてしまった。彼女はそれ以来人形になったままだ」 「……そう、だったの」 「だからあいつは気狂いなんだ。正気に戻ることはエースが許さない」 エースはなぜ、#名前2#を好きになったのだろう。考えるのは面倒だったけれど、せざるをえなかった。もし、あの現実世界のラブレターの男がエースのような存在だったら。人形になっていたのはアリスだったかもしれないのだ。 ナイトメアは楽しそうに笑っていう。大丈夫、君は人形になるなんか有り得ないよ。そうでしょうね、私は余所者だものね。アリスは口が悪くなりそうなのを押さえた。なぜ今日はエースに連れられたのか、その真意を考えたくはない。#名前2#のことも、アリスのことも、一気に深い悩みの中に突き落とした男の子となんか。 「ハートの騎士を見ていると愛って面倒だな、と思うことがあるんだ」 「……エースだけじゃなく、みんなそうだと思うけど」 「そうだね。面倒な気持ちだ」 ナイトメアは明日、また#名前2#に会いに行くといいと教えてくれた。アリスはエースに拉致されたせいで#名前2#の家なんて知るわけなかった。なのに、その日は足が迷わずに進んだ。#名前2#の家は昨日と同じく綺麗なままだった。 #名前2#は外にいた。エースと庭のベンチに座り、朗らかに笑っていた。なぜかは分からないが、その光景にグロテスクさを感じた。何もかもを踏みにじり、ひとりの男の心を手に入れたがる騎士様が怖かった。アリスは声もかけずに立ち去った。泣けばいいのか、叫べばいいのか。アリスにはよく分からなかった。