聞こえるだけじゃダメなこと

「……ほんとうは、もっと言いたいことあったのになあ。もう、なーんにも言えなくなったなあ」 「先輩!! 俺、本当はもっと、」 「……ありがとう、イデア。これから頑張れよ」  卒業式、ふたつ年下の後輩は泣きながら俺に何か言おうとしていた。それでも、俺はもう行かなければならない時間も迫っていたし彼のためだけにその場にとどまっているわけにもいかなかった。挨拶したい人はたくさんいたのだ。イデアは俺を見てどうしようか迷っていたようだが、結局何も言わなかった。  俺たちが卒業したあとイグニハイド寮はどうなったのかよくは知らないがイデアが寮長になったのは聞いている。長い人生の中でたった2年間を共にしただけの男に彼はとても懐いてくれた。  イデアは入学した時からどこかおどおどとして他人に馴染めない男だった。その時はうちの寮は2年生が1年生の面倒を見るメンター制度を導入しており、イデアについたのはバーニーという男だった。バーニーは俺がメンター制度で面倒を見ていた男で、つまり後輩の後輩となったのがイデアだった。イデアはバーニーと反りが合わなかったらしく、いつも喧嘩していた。バーニーの仲裁だったらお前だろ、とそんな理由で俺は二人の喧嘩に割り込まされていた。たいていはどちらかが悪いとかいいとかもなくて、気に入らないことで喧嘩しているのが二人だった。一緒に話を聞いてもらちが明かない二人だったので俺はイデアとバーニー、周りのやつらをそれぞれ呼び出すことになった。いつしか周りからは飼育員じゃん、と呼ばれるようになったがそんな不名誉な名前はいらなかった。  イデアもバーニーも喧嘩すると俺の方に何か言いつけに来た。#名前2#さん!!と叫びながらやってくるバーニーとスマホのテクストで「#名前2#さん聞いてください、あのウサギのやつ」と言いつけに来るイデアを同時に受け付けたときは本当に大変だったがそこまでタイミングがよくて逆に仲が悪いのはもはや運命のような気さえしていた。 「イデア……バーニーとそんなに合わないのか」 「あいつってば俺の事ばかにしてますよ。絶対に」 「お前もアイツもゲーム好きだろう」 「あいつのゲームが好きっていうのは! ひとりでやるやつ!! 俺はボードゲームが好きなんです!!!」  そうは言うもののイデアとてボードゲームの類は持っていたはずである。それを嫌がるというのは本当に性格が合わないのだろう。 「……わかった、ペルには俺の方から言っておくから」 「! お願いします」  メンター制度は強制的に押し付けるものではない。性格が合わないことは当たり前にある話なので相談をくりかえしても駄目だった場合は交代や外すことがあった。バーニーは結局イデアの同級生だったソノンにくっついた。そしてイデアは…… 「あいつな、お前にメンターをやってほしいんだと」 「……はあ???」  何を思ったのか、俺の方に頼み込んできたのだった。  イデアは人見知りのようなそうじゃないような。なんというか、自分の気に入った人に対しては力が強いような気がする。寮長に対してはネットでなんとかお願いを通したらしいが俺の方に来るのはそんなに駄々をこねなかった。(いや、この場合は「赤ちゃんか!!」と叫んだせいでイデアがのっそりと外に出てきた可能性もあるけれど。)  イデアは内弁慶というか色々とうるさかった。自分のことを認めてほしいし、すごさを理解してほしい。子どものようにほめてもらうことを求めていた。俺はきっとそういう意味で求められていたと思う。ただ、それが少し面倒であった。いつでも彼を褒めなければならなかった。もしくは彼の話を聞いてあげないといけなかった。俺はイデア・シュラウドを褒めるための機械じゃないかと自分で自分を疑うようになってしまった。メンター制度も終えてイデアが2年生になると俺はイデアからは離れていった。元から制度で仲良くしていただけであったし、イデアの弟という子が入学したのでイデアがメンターとして導く側になったのだった。そうやって離れた俺をイデアは容赦なくつかみに来た。むしろちゃんと外に出てるのは俺のためなんじゃないか、と錯覚するほどに。  一度離れてからだと冷静に見つめなおすことができるらしく、一時の切り離しを経た後はまた彼を誉める先輩に戻っていた。そのまま友好的関係を続けながら始まったマジフト大会ではイデアの弟、オルトがものすごい活躍を見せてくれた。負けず嫌いだったバーニーも合わさって本当に強かった。といっても、あえなくハーツラビュル寮に負けてしまったがかなりの大健闘であった。俺の喜ぶ姿にオルトは笑って「兄さんがね、#名前2#さんに勝利を持ち帰ってほしいって僕を強くしてくれたんですからね」と教えてくれた。あの、自分のことばかりだったイデアが俺のために頑張ろうという姿勢を見せるなんて。勝ったことよりもそちらの方がビックリした。  本当だったら、もっとイデアのことを可愛がってやれる先輩の方がよかったのだと思う。それでも、自分なりに可愛がっていた後輩だった。そんな風に言ってくれるのはやっぱり嬉しかった。 「うちのMVPはオルトと、強くしたイデアだな」 「! はい!!」  オルトが力強くうなずいたのを見てこの顔はやっぱり兄貴に似てるんだよなあと思った。  また今年もマジフト大会が始まる。今年は自分の仕事の予定をちゃんと組んでいたので休めることになっている。バーニーは恋人と一緒に行くだとか言っていたので絶対にまたイデアと喧嘩する気がする。俺のテクストの返信には「まあ頑張りますけど」とけだるげなものを返してきたが、オルトからは「兄さん、#名前2#さんが今年こそは来てくれるって楽しみにしてましたよ」となにやらテンションのあがったイデアの声がおさめられている音声ファイルが送られてきた。今年もまた俺に勝つところを見せてくれるらしい。力強い勢いに俺はけたけたと笑った。  イデアのふたつ上の先輩である#名前2#・#名前1#という人は、イグニハイド寮でイデアを対面でサポートしてくれていた数少ない人物である。#名前2#は自覚していなかったようだが、この対面というところは本当に大きな要素であり#名前2#の思っていた通り「#名前2#のために外に出ている」というのは過言ではなかった。  いつもお世話になっていた彼にイデアはなんの話をすればいいのか分からず、かといって会話もないとひとつ上のウサギ野郎に#名前2#をとられてしまう。そうして自分のことを語り続けていたら#名前2#はどんどん苦い顔になっていってしまった。離れてほしくないのに。ただ傍にいたいだけなのに。メンター制度を終えたとともに#名前2#はこれ幸いに、とイデアから離れてしまった。  まてまてまて、と焦ったイデアが頑張ると余計に#名前2#が離れていく。もはや磁石での同じ極での離れ方である。次第にめそめそと愚痴をたれながすようになったイデアを見て助け船を出したのは同じTRPGのプレイヤーであるロスという男だった。ネット上でしか繋がりがないのである意味相談も気楽だった。ロスは「自分のところにも似たようなことしてるやつがいる」と笑った後、「そういうタイプには直球で向かった方がいいぞ」と教えてくれた。相手を見極めろよ、と声をかけられてイデアは腰を上げて#名前2#の部屋に会いに行くようになった。きちんと向かい合う中での#名前2#さんとの会話は楽しくて、イデアは心がぽかぽかとするのを感じた。  チャットでロスはLOOOOOL!!!とひとしきり笑ったあと「恋してるんだな、その人に」とコメントした。恋。イデアはいろんなゲームをしてきた。恋愛シミュレーションゲームもの中には入っていた。恋。ゲームの中では分からなかったそれは予想以上に近いところに転がっていた。 「俺、あの人に恋してるんだ」  そのコメントを書くだけでも心が軽くなったような気がした。