宇宙からはきっと歪んでみえている
「プレイヤー、今日は動かさないのか?」 声が、聞こえている。いや、これは彼の声なのだろうか。スターウォーズのロボットみたいな抑揚のある機械の音なのに日本語として聞こえていた。ゲームは元々はフランス? アメリカ? 確かそういう国の制作だったはずだ。パソコンは起動したままオフィスも開けていない。マウスポインタがばこばこと崩れていくのを見るだけだ。何が起きてるのか、いちから説明しよう。大丈夫、スパイダーマンみたいに端折ったりすることはない。 友人にBGMが最高にかっこよくて綺麗だからゲームを試してみろ、と言われた。友人のセンスは信じているが、オススメされてすぐに動けるアグレッシブなオタクではなかった。まずは軽く実況でも見てみるか、と試してみたらネコにやられた。ジャッジという、ぶっさいくなネコである。しかも、どうやらメタ要素が強いらしく最初から「プレイヤー」と呼びかけられているのである。これは面白いかもしれない、と思った。やってみるよ、と友人に返した。ゲームを一通り終えて有志たちによる制作の別ゲームをやっていた友人は「お前の考察が楽しみだよ……」とターミネーターのGIFとともに返信してきた。 せっかくならゲームのユーザーネームも何か真面目に考えてみるか、と英単語帳を久々に漁った。protagonist。これがいいと思った。かっこよさもあるし、意味は「主人公」である。プロタゴニスト。カタカナにしたときの発音もいい感じだ。難点は入力時の難しさか。ダウンロードしたゲームで名前の設定画面が出てくる。protagonist。そう打ち込んだ。 その頃にはPCゲームの良さというものも分かってきてはいたが、やっぱり矢印キーで動かすのには慣れていなかった。俺が動かすキャラクターはバッターというのだが、彼を変な方向に動かすことは常にあった。さらに言うとこのゲームのメタネタに振り回されるというべきか。今までプレイヤー=ゲームアバターにしていた自分は、動かしている人間とそのアバターという信頼関係に考え込むようになった。つまり、勝手に滅入ってしまったのだ。おれはプレイヤーとして素質がないのかも、と勝手に思ったわけである。もちろんバトルはオートがある。音楽も楽しい。エルセンたちとの会話も好きだし、仲間になった白い輪っか(名前はアルファというらしい。)も好きだが。勝手に自滅した自分は段々とOFFから離れていった。 そして段々とOFFのことを忘れ始めた頃にひょっこりと画面にバッターが現れるようになった。4つの目なのか模様なのか。よく分からない顔をこちらに向けている。ジャッジたちはいなかった。バッター一人である。 「 」 音が聞こえた。俺の名前だった。ひぃ、とパソコンを無理やり閉じた。ああ、シャットダウンできてない。コンセントを抜くのもあるが、そんなことをしたら書きかけのレポートが電子の海に溶けて消えてなくなるだろう。必死に書いた3000字のレポートを放置する訳にも行かない。俺は意を決して友人を家に招くことにした。OFFについて詳しいあいつなら何か知ってるかもしれない。 「はあ? パソコンのホーム画面にバッターが表れた?」 「ああ……。な、なあ。お前なら何か知ってるとかないか? そういうゲーム仕様とかさ! もしくはバグか何かか!?」 「俺の知る限りそんなもんは聞いたことねえよ……。一応検索してみたか?」 「ホーム画面の壁紙をバッターにした、とかそういう話ばっかりだよ」 「まあ、俺の方もそうだな」 友人は溜息をつきながらも俺のパソコンを立ち上げてくれた。スリープモードの時にはバッターはいないようだった。ほら、と手渡されてパスワードを入力する。読み込み画面が表示されるのがやけに長く感じた。こんな長時間のスリープモードをさせていたせいなのか、バッターが隠れようとしているのか、両方なのか。俺にはよく分からなかった。 友人は開いた画面を見て「なんだ、何もいないじゃん」と笑った。 「……そ、そんなはずは!」 「ほら。よく見てみろって」 友人に見せられた画面にはやっぱりちゃんとバッターがいる。俺がデスクトップに保存したワードファイルの上にふんぞり返っている。 「なんか夢でも見てたんだろ。一応セキュリティソフトで解析してみるか?」 「……頼むよ」 もしくは、俺の頭か目のメンテナンスをしてほしい。 友人が無事という判子を押して俺の家から帰ったあとバッターは俺に話しかけてきた。 「プレイヤー、もう遊ばないのか」 よく分からないが、それは声だと思った。日本語で聞こえている。 「し、しない」 「なぜ」 「辛くなったんだ。君たちと遊ぶのが」 なぜ俺はゲームキャラクターに遊ばない理由を説明しているのか。シュガーラッシュのようにゲームキャラクターが実は生きていました、とでも言うつもりなのか。たかがゲームなのに、なんで自分が話し相手に選ばれてしまったのだろう。 「そうか。でもゲームは経験値を積まねば遊びには行けない。まずは出てきてくれないと」 「………。その足の下に置いたレポートが終わればね」 バッターは立っていたファイルから降りると下のタスクバーの所に座り込んだ。体育座りである。彼がそうやって縮こまるのは意外だった。 「ここで待ってる」 バッターはそれから、俺がパソコンを開く度に表れた。スマホで見かけるウィジェットのような動きをする。なのにファイルの上に立つ、ということはできるらしい。不思議だった。バッターのファイルは見つからなかった。どこかに隠されているらしい。マウスポインタで彼を動かすことはできる。遊ぶように彼を持ち上げたりするとマウスポインタがばこばこと殴られていく。俺が買い与えたバットで俺のマウスポインタが壊れていくのは悲しい。 「君。もしかしてこのマウスポインタっていうものがないと、俺のことを動かせないか」 「それもあるかも」 「……すまなかった」 謝るまでが少し遅い。まあ、笑えるという点では気にしていない。不格好ではあると思うが。バッターは毎朝俺に話しかける。今日はゲームをやるか? 俺は毎朝答えることにしている。このレポートが終わったら。卒業論文はまーーったく終わる気配がしていない。それに、卒業したらきっと就職して忙しくなるだろう。バッターには分からない世界の話だろうけど、彼は大人しく待ち続けている。 「だいぶ先になるかもしれないけど、やる気はあるよ。本当に」 「そうか。君が俺を動かしてくれないと俺たちは生きていけないんだ」 「そうだよねえ。ゲームキャラクターってそういうものだもんねえ」 「ああ。ゲーム、特にPCゲームには寿命がある。だからやるなら早くやらないと」 でも、ゲームを終えたら君ともうこんな風に会話することもないんだろう?と笑うとバッターは立ち止まった。さっきまで動いていたのに。言っちゃいけない言葉だっただろうか。バッターはじっと俺の方を見たあと「また会えるかどうかは君次第だと思う」と珍しく、中途半端なことを言った。俺次第、つまりゲームプレイヤー次第というわけか。 「うん、じゃあ楽しみにしてるよ」 「ああ」 そうして頷いていた俺が、ラストバトルをどうするか決めかねてまた対決を先延ばしにするのは別の話である。さらに強くなったバッターは一回り大きくなってデスクトップに表れた。 「プレイヤー、今日こそは決めるんだ」 彼はセリフさえも変わってしまっていた。