しんしん以心伝心

 ふっと見たところにあったのは死券だった。2枚ある。ツイッタで感想を見てずっと見たいみたいと叫んでいたら友人から誘われたのだった。面白い映画だったと#名前2#に感想を言ったら「いいなあ、見てみたいなあ」と言った。予定が合わずに一緒に見ることはできなかった。残念だったねと笑う#名前2#の顔はいつも通りの雰囲気でそれが何だか悔しかったことを覚えている。 「あ? おい死んでるぞこれ」 「え? あー、うん、それね」  #名前2#は苦笑いで俺からチケットを抜き取った。それをビリビリに破いてそのままゴミ箱へ入れてしまった。前売り券なのに死んでるなんて珍しい。なんで見なかったんだろう。その時はそれぐらいしか思わなかった。飯ができたよと言う#名前2#に返事をして急いでリビングに戻った。 「#名前2#、すまん次の土日は……」 「任務?」 「ああ……」 「頑張ってこいよ」  #名前2#は笑っていた。バレンタインのプレゼントに金がいると任務を引き受けた。その噂が広まったのか荒船に任務を押し付けてやろうと仲間達が画策して変な日付にもわざわざ入れられてしまった。#名前2#はいつも通りの雰囲気だ。デートをすっぽかすのはこれまでもままあったがやっぱり何も言わない。それが少しだけ嫌だなとは思っていた。俺ばっかりが悔しい思いをしている。  任務終わり、カゲのうちで集まる勢と家に帰る勢で分かれた。と言っても俺と犬飼ぐらいしかいない。宿題やったか、あの先生の授業は眠いだとかいつもの愚痴を話しながら歩いていたらふと犬飼の方から「#名前2#とちゃんと見に行ったー? あいつ、すっげーソワソワしてたんだけど」と話しかけてきた。 「……は?」 「いや、#名前2#とさ。映画、行ったんだろ?」  何の話かさっぱり分からなかった。話が繋がってないことに犬飼も気づいたのか「はぁ? まじ?」と薄ら笑いに顔が変わっていた。 「なにそれ、ウケるんだけど。やっば、俺あいつにいらないプレッシャーかけたのかな」 「おい、何の話だよ!」 「分からないならそのままでいいんじゃない? 俺馬に蹴られたくないし」  犬飼はにへらっと笑って分岐を俺とは別方向に進んでいってしまった。その背中は絶対に教えてやらないと言っている。急いで#名前2#に電話をかけた。こんな夜遅くに、と思ったが仕方がない。あいつは電話には出なかった。話し中です、とスマホに表示される。メッセージアプリにテキストを送ったが既読はつかなかった。  翌朝メッセージが入っていた。電話、どうした?の一言だ。どうした、はこっちのセリフだ。犬飼に何話してたんだと送ると「委員会の話」と返信がきた。2人は別の委員会のはずだろ、とイライラしてくる。ふざけんなよとスマホを投げた。ベッドにぶつかったスマホは跳ねて床にずり落ちた。スマホを拾うと「今日は会える?」とまたメッセージが来ていた。イライラしていたし何か言ってやりたかったが口を閉じて「放課後迎えにこい」と送っておいた。馬鹿みたいだ、と自分でも思った。  昼になって#名前2#もやってきた。おいそれと犬飼の話題を口にはできなかったが、だからといって映画の話をどうやって切り出せばいいのか分からない。そういえば、とチケットのことを思い出した。あの破かれたチケットは。 「なあ、この前見たチケットは誰と行くつもりだったんだ?」  #名前2#はあんぐりと口を開けた。唐揚げが弁当箱に落ちる。バチバチと箸が音を鳴らして交差した。浮気か? 「え、あ、うんと、その……犬飼誘うつもりだったんだけど用事があるって言われて」 「犬飼? 俺の方が映画好きだ」 「……うん、それは…知ってる」  #名前2#は諦めたような表情だった。そんな表情をさせたいわけじゃないのに。食べたパンに味はあんまり感じられなかった。  放課後、教室で待っていたら犬飼からメッセージがきた。喧嘩でもしたのー?と絵文字付きで書かれている。腹が立って既読無視した。 「荒船? 行くか?」 「……おう」  歩きながらどう話を切り出せばいいのかまた分からなくなった。いつもはどんなことを話していたのかそれも忘れてしまった。 「あのチケット、俺のためだろ?」  できるだけいつも通りの声を出したつもりだが自意識過剰みたいなセリフになった。#名前2#の方を見ると笑うような顔はしていない。むしろ苦しくて仕方ないという表情だった。 「……なんでそう思う?」 「……恋人の、勘」  #名前2#は今度は少し笑った。悲しそうな表情だったがそれでもまだ笑えるようだった。 「ごめん、俺、デリカシーないことしてたよな」 「……なんで謝るんだよ、お前は悪くない。ただ俺に意気地がなかったって話だろ」 「……」 「ごめんな、もうしないよ」 「はあ?」 「えっ」  ダメだ、こいつなんでこう言われてるのか分かってない。バレンタインにはサプライズでプレゼントしてやろうとか考えていたが取りやめだ。馬鹿みたいじゃないか。 「俺は! お前と映画見れるならそっちのがいいんだ! ばーか!!」