それではお幸せに

※転生主  好きな人が幸せになったら嬉しい。好きな人が運命の相手に出会って結婚して子どもを生んで、その子を見せてもらえたらきっと幸せだ。  母は羽賀家に仕えるメイド長だったので俺もこの家にいた。たまにくる設楽響輔くんとは仲が良かった。設楽という苗字だったので分からなかったが、彼はストラディバリウスの不協和音という話の中で殺人犯だった。  俺は人並なスペックだったが響輔くんを守りたいという思いだけは人一倍だった。あの事件の大事なところはコナンに黒の組織のボスへのメールアドレスが七つの子だということを説明すればいいだけだ。それに絶対音感はあとからでも習得できる。  音楽家に仕える身として絶対音感を身につけたい、と母に申し出た。母はお金がかかると嫌な顔をしたが何とか説得した。親に自分の進路をプレゼンする主人公を前で見たことあるがああいうのって才能だ。俺はプレゼンする力もなかったので主人が代わりに説得してくれた。  音楽には全く才能のない俺を先生は見捨てずに何とか習得させた。努力すれば努力しない天才に追いつけると先生は仰った。音楽には才能があり努力する人が賞賛されて、努力のみの人はその影に隠れてしまう。悲しい現実だが響輔くんのためだし、捕まったあとは音楽活動を辞めるつもりだったので一生分の力を使うことにした。俺がレッスンに出ているあいだに響輔くんは羽賀家の人間になっていた。あのお優しいご主人が亡くなり、お葬式にも出た。響輔くんは泣いていた。  彼が殺人犯とならないように、俺が助けることができるように。それだけが俺の願いだった。どうしよう、と考えていたら俺は自分が人を殺さなければいけないということに気づいた。自分が死ぬことだって怖かった。なのに、今度は他人を殺さなければいけない。  その時の俺には調一郎様を告発すればいいのだということを思いつかなかった。  響輔くんが俺に告白をした。できるだけ余裕を持ったフリをしているのだろうが耳が赤いのは見えていたし、転生している俺は恋愛的には彼よりも場数を踏んでいた。男相手は初めてだった。断らなければいけないと分かってるのに口は動かない。 「……俺のこと、いつか嫌いになると思う」 「はぁ? そんなの、ある訳ないし……」 「いや、あるよ」  だって俺はこれから殺人犯になるんだから。 「………。それでも、俺はあんたが好きなんだ」 「うん。ありがとう」  俺たちは子どもじゃなかった。雰囲気があって気持ちがあるならばその手をとってしまう。人の温もりを触れたのは久々だった。夜に、流された。  響輔くんと寝た次の日、独りよがりな夜を過ごした。こんなにも愛してる彼は俺を殺人犯にしようとしてる。勝手に俺がなろうとしてるだけなのを忘れて俺は泣き崩れた。苦しくて一人ぼっちで、死んだ時のことを思い出した。死ぬのは怖い。死ぬのは痛い。それを知ってるのに俺は他人にそれを与えようとしてる。 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」  泣いて体が干からびそうになった。起きて頭が真っ白になった時、今から殺す相手だって人殺しだと気づいた。  俺が悲しむあいだにあいつらは、人を殺したことも忘れてのうのうと暮らしてる。俺や母を使う立場にある。 そう思ったらもう何も考えたくなくなった。 「調一郎様」  そうと決まればマンガで響輔くんがやった通りに殺せばいいやとそう思った。 「#名前2#」 「響輔くん? 珍しいね、こんな夜遅くに」 「これ、なんだ?」  見せられたのは俺が大学時代の友人とラブホへ行っている写真だった。この上ないほどの浮気の証拠。響輔くんの顔は怒りか失望か、そんな黒いものに覆われていた。 「バレちゃったか」 「……ヤッたのか」 「ヤリたいって言われちゃったんだよ」  響輔くんに嫌われなければ行けないと思った。ただでさえ男性パートナーってことで視線が寒いのに、元パートナーが殺人犯になったら響輔くんの経歴に傷がついてしまう。 ちゃんと考えて後腐れのない女と行った。写真も撮らせた。響輔くんにそれとなく伝わるよう根回しもした。響輔くんを悲しませるかもしれないけれど、一時のそれの方がいい。響輔くんは被害者だから世間も悪くは言わないだろう。 「……。じゃあ、俺もヤリたいって言えばよかったのか」 「え」  響輔くんは家におしいってきた。防音対策をした部屋だけれど押し倒されるとさすがに響く。響輔くんが馬乗りになっていた。普段なら嬉しいところだけど今は予想と違う展開で頭がついて行かない。 「…もう、俺にはお前しかいないんだ#名前2#。俺を、捨てないでくれ」  重い言葉だ。響輔くんは泣いている。俺だって泣きたかった。お前のために俺は自分の人生棒に振るんだ、と大声で叫んでやりたかった。そんな自分にさらに嫌悪感が増した。こんなはずじゃなかったんだ。俺はただ、調一郎様たちに罪を償わせてやらなきゃいけなくて。 「ほら、抱けよ」 「あの女に触ったみたいに! お前に変えられたんだぞ、この体は!」 「なあ、おい、聞いてんのかよ!!」  響輔くんの怒鳴る声がする。胸板を叩かれる。響輔くんの手が傷ついてほしくない。体が痛い。のしかかられた腹が気持ち悪くなってきてる。響輔くんの手を掴み振り払った。トイレに駆け込み嘔吐する。 「#名前2#? ごめん、#名前2#。大丈夫か」 「……。ああ、大丈夫だ」 「…ごめんなさい、#名前2#。俺、俺、ただ、父さんみたいにまた居なくなるんじゃないかって。置いてかれるんじゃないかって、心配で」 「大丈夫、大丈夫だよ、響輔」  響輔くんが泣いている。抱きしめるだけにしてキッチンに連れてきてもらった。口をゆすぎ水を飲む。少しだけ楽になった。響輔くんは俺の服を掴んで離さなかった。 「響輔くん」 「……。名前、呼び捨てでいい」 「え、でも……」 「主人の俺がそう言ってるんだからいい」 「わかった、響輔」  その夜、2人で体を抱きしめあって寝た。響輔は夢の中で父親に会ってるのか泣いていた。ずっと泣かせてばかりの1日で、これが幸せと呼んでいいのか分からなくなっていた。  初めて会った時のことはもう覚えてない。随分と小さかったから。ただ、遊びに行くと「あ、あの子だ」と突然名前を思い出して一緒に遊んだ。 「きょうすけさま」と呼ばれた。様なんてつけてほしくなくてヤダと駄々をこねた。#名前2#はうーんと考えたあと「じゃあ、きょうすけくん」と笑いかけた。  それだけのことが嬉しくて飛び跳ねた。#名前2#は「きょうすけくんは可愛いなあ」なんて言ってた。可愛いなんて男に言う言葉じゃないって思ってた。なのに#名前2#に言われたら嬉しくてしょうがなかった。  段々と#名前2#は綺麗に成長した。惚れたせいかもしれない。俺はまあまあ男っぽくなった。#名前2#に可愛いと思われないことに恐怖していたのは昔の話だ。#名前2#は「可愛いからかっこいいに大変身ですね」と笑った。かっこいいと言われても恥ずかしかったし嬉しさもあった。不思議な気分だけど嫌じゃないことは確かだった。  父が死んだ。葬式で#名前2#を見かける。#名前2#の顔はまるで能面のように固まっていて涙も流さなかった。ただ深い絶望の中にいるような顔だった。  心は父の死を悲しんでいるのに視線は#名前2#を追いかけてしまう。最低な人間だと思った。自分の下劣さを呪った。恋は醜いとさえ思った。#名前2#のことは嫌いになれなかった。  音大に通い始めた#名前2#は美しさと気品を兼ね備えた最高の人に見えた。それを友人に言うと「買い被りすぎだ」「あれは努力しかない凡人だ」と言う。そんな事しか言えないからお前達は#名前2#には適わないんだという言葉を飲み込んだ。  #名前2#に告白した。いつか嫌いになると言われたけど今のところ初恋をずっと諦められずにいた俺にそんな予定はない。あんたが好きだと言うと辛そうな顔で笑った。恋人になって幸せなはずなのに、付き合う前より距離を感じるようになった。  浮気した#名前2#を見た。俺はもう働いているし、こういう業界の闇は見たことも聞いたこともあるが#名前2#にされるとは思わなかった。  家に乗り込むと俺よりもしんどそうな顔をした#名前2#が「バレた?」と笑っている。父親のことを思い出した。死んだ人は死んでからすぐに体は冷たくなっていって肌の色も落ちていく。化粧しているのに「死んでる」と分かるくらいに落ちていく。#名前2#はその時の肌の色によく似ていた。何かが吹っ切れた。  調一郎おじさんたちが父を殺したのは知っていた。だがそれを復讐するにも証拠を集めたり、弁護士を雇ったりと金がいる。あの工藤新一がいなくなって今は眠りの小五郎に頼むしかないから目標金額は少し高くした。  調一郎おじさんたちは心が弱い。殺人をしたという負い目から俺を腫れ物扱いしてくる。小五郎さんに頼めば大丈夫だろうとそう、思っていたのに。 「さよなら響輔」  まるで連続殺人事件のチープなドラマだ。#名前2#にはテレビの才能もない。あるのは、人を殺す能力だった。  父の仇を殺して#名前2#は笑いながら銃をこめかみに当てた。 「即死できるよう、ちゃんと勉強してきたんだ」 「やめろ、やめてくれ、」 「響輔。お前には蓮希ちゃんがいるから。大丈夫、お前は1人じゃないよ」 「やめるんだ#名前1#さん! 自殺したところで、どうにもならいんだぞ!」 「うん。そうなんだ。でも、俺は死ぬことがすごく痛いって知ってるのに人に与えてしまった。極悪人だよ。僕は罪を背負って生き抜くような心も持ってなかった」 「なら、どうして人殺しなんか……」 「響輔の父親……弾二朗様にはお世話になったよ。女手一つで育ててくれた母さんにすごく良くしてくれたし。すごくいい人だったんだ。その人が、たかだか楽器のために殺されたんだ。外では人の命の大切さを歌って豪語してる人達が楽器がほしくて人を殺した。なんで、あんな奴らが生き残るんだよ。おかしいだろ……」 「でも#名前1#さんは、死ぬことは怖いんでしょう」  コナンという少年は真っ直ぐ見つめてくる。もう原作の記憶も遠くなって彼が主人公だったことしか思い出せない。#名前2#は泣きながら笑って銃を捨てて窓から飛び下りた。  #名前2#さんの用意周到さを考えて銃の弾を抜き、外に警察官を配備させていた。羽賀さんがきっと投身自殺するだろうと教えてくれたおかげだ。 今は精神鑑定を行っているが連続殺人犯として彼が刑務所から出ることはないだろう。#名前1#さんが羽賀さんのために人を殺したことは裁判では語られなかったそうだ。自分の私利私欲で殺した、と証言したとニュースで流れた。  テレビで羽賀さんが作った音楽が流れている。美しく、それでいて悲しげな音楽だった。