ママは声を枯らして赤子のように泣いた

 彼女とは幼馴染だった。ものすごい昔の時は両思いだったかもしれない。今はそうではない。彼女がどこにいるのかも分からないのだ。時たま送られてくる金の無心の電話に俺は嫌とも言わずに金を出してやった。彼女はいつも礼を言った。ドロレスやナオミよりはマシだと口の中で呟いた。俺は一方的に彼女のことを思って彼女の帰る家を作ってる。だから、突然現れた子どもを見て「彼女の子かな?」とすぐに思い当たった。今回は電話の何も無い。突然の出来事だったが頭はやけに冷静に子どもたちを見ていた。 「おじさん、帰ってくるの遅かったね。ごめんね」  子どもたちは警戒したように俺を見ていた。可愛らしいとは思わなかった。子どもは子ども。この子達を助けてやれば自分は彼女に感謝されるだろうか。打算的な考えを持って彼らを家にあげた。小さい女の子ともう少し大きい男の子は俺を見てコイツは大丈夫なやつか、と考え込んでいた。未成年、幼年に趣味があるだなんて心外だ。男の子は何やら小さな紙を握りしめている。 「おじさんは#名前1##名前2#。会社員なんだ、君たちの名前は?」 「……言わねえ」 「お兄ちゃ、」 「あんたが! 梅に手出ししたらぶっ殺してやる!!」  細くてちっちゃくて、でも妹さんを守るために必死なお兄ちゃん。ふと何か思い出しそうで、しかしかすみがかったそれはどこかに消えてしまった。まあそんなことはどうでもいい。妹、梅ちゃんはじわじわ泣きそうになっていた。家に何かあっただろうか。立ち上がるとお兄ちゃんの方も立ち上がった。妹ちゃんもワンテンポ遅れて立ち上がる。俺は毒なんか入れないよと言うと首を振られた。そう簡単に信用しないのはいいことだけど、俺も素直に疑われているわけにもいかない。できるだけ優しい声を出した。 「じゃあ監視しててくれるかい、僕のこと」  信用するかどうかはその人のラインがある。お兄ちゃんのライン付けは俺は嫌いじゃない。キッチンに行って新しい牛乳を開けた。開いてるのあるよ?と梅ちゃんが言う。 「うん、でも毒入ってないって分かるだろう? ああ、牛乳嫌いだったかな?」  2人は首を振ったのでホットにする? このままでいい?と続けて聞いた。お兄ちゃんは何も言わずにマグカップを取ると妹にあげた。先に自分が飲んでみせて妹もごくごくと飲み始めた。よく躾がされている。 「二人とも、お風呂とかはいる?」 「……」 「裸が見たいわけじゃないからねえ。どうしようかな」  部屋を全部見せて誰もいないことを確認させる? それとも無理を押し通してお風呂に一緒に入るか。考え込んだ俺に梅ちゃんは「お風呂入りたい」とぐずったように言う。妹の言葉に弱いのかお兄ちゃんは睨みつけながら一緒に風呂に入れと言った。  妹ちゃんもガリガリだったがお兄ちゃんの方はさらに痩せ細っていた。ちゃんと食事させようと決めて風呂に入る。あったかいお湯に冷たい体が包まれて、妹ちゃんは「熱い……」とまた涙目になっていた。ふんわりしたタオルで体を洗いなかなか泡立たない頭をシャンプーハットをつけて洗わせる。別な用事に使っていたシャンプーハットが本来の使用目的で出来るなんて驚きだ。妹ちゃんは泡が目に入らないことに感動していてるし、お兄ちゃんの方は何でこんなのがここにあるんだと訝しんでいる。適当に手を振ってみたけど無視された。  お風呂上がりにはアイスをあげた。あまーい!!と妹ちゃんは喜んでいたがお兄ちゃんの方は微妙な顔をしていた。でも緩んでいる頬は見えたのでまた補充しておこうと思う。晩御飯にはレトルトで簡単に作れるマカロニグラタンを焼いて食べさせた。本当は栄養のしっかりしたものを食べさせたいが、うちに新品があまりなかったのだ。  布団は幼馴染の彼女のためにいつも用意してある綺麗な方のベッドへ案内した。二人とも一緒に寝られる大きなベッドだ。パジャマは流石にないのでTシャツ1枚の2人だが寝やすいだろう。明日は彼らの名前をフルネームで聞ければいいなあなんて思いながら眠りについた。 ・ ・ ・  幼馴染はまだ帰ってこない。この前ようやく連絡が取れたが誰かとのセックスの最中だった。俺は誰かに聞かれるという背徳感を得るための道具だった。下卑た男の声を聞いてお前なんかがと思った。しかし電話の向こうの相手にどう歯向かえばいいのか分からない。逆探知機で電話をしてきた彼女の元に昔の仲間を送った。幼馴染はセックスが終わればいなくなっているだろう。俺を道具として蔑むことの意味を彼女は知っている。  彼らは既に高校生になった。お兄ちゃん…妓夫太郎の方はもうすぐ大学生だ。彼らのことだから卒業したら俺の手から離れていくのだろう。幼馴染を引き止めるいい手段と思ったが仕方ない。 「妓夫太郎、三者面談の希望日書いておいたからな」 「はあっ!? 余計なことすんじゃねえよ……」 「今は俺が保護者なんだから諦めろ。会社にはもう言ってあるから休ませてもらえる」 「……。あんた、休むのにすげー残業すんじゃん」 「……。あのな妓夫太郎、お前も同じことしてるからな?」 「なんでそっちに話が行くんだよ!! 残業しないって方に持ってけよ!!」 「え、あ、今のそういう話か」  とぼけた会話をしながら夕飯を作っていたらもういい時間になっていた。妹大好きの妓夫太郎は女子会に行っている彼女のお迎えに行くのだ。バイトで貯めたお金でバイクを買われた時は本当に驚いた。言ってくれれば俺が前に使っていたバイクもあげたのに。そういうことを言うと妓夫太郎には怒られるので何も言わないようにしている。  レトルトのカレーを温めて夕飯を食べる。妓夫太郎たちの分はラップでしまい、カバーをかけた。ラップをするのにまだこれつけるのかよ、と妓夫太郎に言われたこともある。でも幼馴染が俺にご飯をくれる時にいつもこの形だったからいいのだ。  太郎の担任は俺が来るとひぃっと声を漏らした。老人の教師だったのでもしかしたら俺もどこかで会ってるのかもしれない。いきがって入ってきた高校生が組織から足を洗うのに教師達が来るのは何回かあったのだ。 「謝花妓夫太郎の父です」 「はあ……」 「結婚してないので苗字は違いますけど。血は水よりも濃いですね、僕の喧嘩っ早い性格が受け継がれたようで」  軽い冗談に担任は苦笑いだった。妓夫太郎の第一志望は公務員、第二は就職、第三は無記入だった。大学という選択肢はないらしい。昔、俺のいた組織で働くかー?と声をかけてみたがものすごい嫌そうな顔をされた。梅が可哀想な目にあいそうだからという理由だった。お兄ちゃん第一の梅は妓夫太郎を留年させそうな勢いで彼を引き止めている。年齢差的にしばしの別れが来てもおかしくないのだが。 「お父さんのお考えはーー」 「そうですね、妓夫太郎も適当に公務員って書いただけでしょうし就職でいいんじゃないですかね」 「は、はあ……」 「もちろん厳しい世界だってことは俺もこいつも分かっています。土木工事って言っても未成年には仕事が制限されますからね。なんなら手に職を持てるように免許とかも取らせに行きますし安心してください」  俺の言葉に担任ははいともいいえとも言わずに三者面談は終わった。妓夫太郎は俺の方を見て「馬鹿だな」という一言だった。 「大学行かせたかったんじゃねえの?」 「そりゃあ俺は行けなかったからな。でも、お前がめんどくさい道進むんなら止めないさ」  俺のいる会社に就職するか?と妓夫太郎に聞くとひどい顰め面で「嫌だ」と言われてしまった。