君の手を握りつぶしたい衝動

 バルガスと付き合っていると自分の価値というか、彼の隣に立つのが俺でいいのかな……という自己評価の低さに勝手にコンプレックスを感じて自己嫌悪に襲われる。俺みたいな男をよく恋人にしたな、と思ってはバルガスの愛を信じられない自分が嫌になるのだ。  バルガスという男はすごいのだ。運動大好き、でも頭の回転もそれほど悪くなくて魔力も高い。あのナイトレイブンカレッジで生徒たちの暴走を止める仕事もしているというのだから、それなりの実力があるというものだ。まあうるさいのとかはキズと見ることもできるが、あれくらい自分に都合のいい頭をしていないとあの学園では過ごすのが大変なのかもしれない。  彼を見ていると自分という人間はいかにだらしないかがよく分かる。バルガスに呆れられても、捨てられても、仕方ないというものだ。なにせ、自分とバルガスとは釣り合ってないよなあと定期的に思ってしまうのだから。  自分はと言うと、冴えない大学教員をしている。生徒からの評価は可もなく不可もなく、というよりは「授業は小難しいがテストをきちんと受ければ単位が取れる」という授業として本当に興味のある人間と楽をして単位がほしい人間とで格差が生まれている。同じ教師という仕事ではあるが、この差を見ると#名前2#は自嘲したくなる。  コミックのヒロインはこんなとき「私と彼は不釣り合いだから別れないと」と思うだろう。だが、いい歳した男が「不釣り合いだから別れましょう」なんて健気に言えるはずもなく。俺は今もずっとバルガスの恋人だ。恋に落ちる先は誰にも選べない。バルガスが、たとえ、こんなこと言いたくはないけれど錯覚だとしても俺に恋をしたのだからそのまやかしを壊したくないと思う。  バルガスが隣にいる俺を見て「なんだこいつ」と切り捨てない限り、まあバルガスは優しいのでもっと優しく俺に別れを切り出すだろうけれど、とにかく俺はその終わりを迎えるまではバルガスの傍にいるだろう。  ただいま、と声をかけられて振り返るとバルガスの後ろにはスポーツ選手かくやと思う青年と初めてこんなに間近で見たモンスターがいた。まさか、と思った。これが自分の想像していた恋人の終わりなのだろうか。女の子だったら諦めがつくかと思ったが、そもそも未成年を連れてこられた時点でバルガスおまえ……という話であるし、自分もまだもしかしたら未来があるかもしれないと、そんなことを考えたのだが。 「#名前2#、すまない今日はコイツらも泊めていいか」 「あ、ああ勿論」  裏返ったような声が出た。青年はユウ、モンスターはグリムと名乗った。年齢はもう20を超えてるらしい。今日は酒をのめるな、とバルガスに言われて「成人しましたからねー」と彼が笑っていた。未成年だからまだ違うだろうという俺の目論見は消えた。あがって、とリビングに案内するとグリムとユウは「綺麗だ」とか「オンボロ寮じゃなくてここに住みたい」とか褒めてくれた。インテリアはそれなりに考えて設置したので嬉しかった。青年は#名前2#よりも身長が高かった。バルガスと二人で並ぶとちょうどよいシルエットだ。がくん、と#名前2#は自分の立ち位置が1段下がるのを感じた。  #名前2#はバルガスのことについては諦めることがうまくなっていた。付き合う前からずっとそうである。誰にも聞こえない小さな声で「自分のものだ」と呟いては満足するのだ。自分だけがほんの少し楽しむことができたら、それだけでよかったのである。二人でデートしようとして、周りの人の目を気にして手を繋げなかったことも同性だからという理由で予約した店を断られたこともあった。どれもこれも#名前2#には失敗で、その度に自分の足場が崩れていくのを感じていた。  ただ、その失敗の度にバルガスは#名前2#を救いあげてくれた。家で手を繋げばいいと笑ったことも、俺の方がうまい料理が作れると笑わせてくれたことも。全部全部バルガスが#名前2#のためにしてくれたことで、大切な思い出だ。釣り合わない自覚があるのにそうやって前より楽しい思いをしていたから、こんな風に突き落とされることがあるのだろう。  #名前2#とバルガスが普段から対面で座るからだろうか、バルガスは#名前2#の正面に、さらに一緒に飲もうとユウを隣に座らせた。グリムは#名前2#の隣に躊躇いなく近寄ってきた。そんなことでくじけるな、と思うが#名前2#は足の先が冷たくなっていくのを感じた。  バルガスとユウは楽しそうにナイトレイブンカレッジでの話や卒業後の大学での話をしている。たまにグリムも入っているが彼はご飯がとにかく美味しいのかもぐもぐと食べては「おかわりはないんだゾ?」と聞いてくる。バルガスたちの会話は気になるが見すぎていてもダメージがあるのでグリムの言葉はありがたかった。  キッチンに立って背中で笑い声を受け止める。バルガスにいつかはフラれるだろうと思っていたし、その新しい相手が誰かなんて#名前2#はいつだって怯えている。今日はたまたま生徒だっただけだ。そして、前回はたしかバルガスの昔の同級生。その前は幼なじみだったか? バルガスは周りに人が多いのでいつも怯えなければならなくなる。この恋人という立場にしがみつくためには#名前2#は何度も頑張れるが、今回の家に呼んだことはなんだか回復できない致命傷を受けた気がした。