泥より祝福を

 任務を終えて廊下にあるベンチに座っていたら、灰原が駆け寄ってくるのが見えた。せーーんぱい! と明るく大きな声で言う彼は呪術師にしては性根が明るくて人当たりが良い。多くの人間に好感を持たせるのは彼の才能だ。 「お疲れ様。任務終わり?」 「いえ、機能訓練帰りです」 「あ、お疲れ様。しごかれた?」 「そりゃあもちろん! 七海も容赦ないですし」 「そっちの方がいいよ、本番でも戦う勇気を持てるから」 「ほんとうっすか?」  ころころと表情を変える後輩がとにかく可愛い。自分を尊敬しているわけではない灰原を見ながらそんなことを思った。  自分たちの学年の中でひとりだけ落ちこぼれである自覚はある。ほかの三人の強さは圧倒的だ。いや、家入は強いというより稀有と言うべきか。まあ、人間の命に価値がつけられるとしたら俺は小銭程度のものしかないのだ。周りの人間はピカソなどの美術品と同じくらいに価値がある。  先輩という理由だけでこうやって笑いかけてくる灰原を見ていると価値なんて馬鹿なことを考えるな、と思うのだがふとしたときに力の差を目の当たりにして苦しんでしまう。  灰原のその人あたりの良さは天性のものだ。能力的に植えざるをえない植物たちを見て彼は「水やり手伝いますよ!」とホースのみを持ってきた男だ。あとで水道につなげたが、あの時は大笑いした。  今でも彼は俺に笑いかけてくる。それが嬉しかった。 「灰原、妹さんはどう?」 「元気にしてます! この前も手紙と写真もらいました。八景島シーパラダイス行ったって」 「八シーか、いいね」  灰原はきっと呪術師の中でいちばんのいい子である。それを言うと同級生の夏油と五条がうるさいだろうが、彼らはいい子と言うより性格が最悪と言う方が正しい。  実力的にも呪術師にはなれないだろうな、と思い始めてきた。家入みたいに回復があるのならもっとやれたかもしれないが、この辺りが限界だろう。せめて、と3年間しがみついてきたが卒業を機にサポートに回る方がいいかもしれない。そういう時にはやっぱり五条たちよりも灰原のような青年につきたい。七海もいいやつだが、彼もどこかめんどくさい所がある。 「そういえば#名前1#先輩。夏油先輩のことなんですけど」 「? うん、あいつ何か俺のこと言ってた?」 「先輩、夏油先輩のこと嫌いなんですか?」  は? と声がもれた。向こうが俺を嫌うなら分かるが、俺が彼を嫌うことはない。というか、嫌うほど仲が良いわけでもない。俺は一方的に見下されてるのかな、と思っていたが。 「あーー、その反応見る限り特にそういうことなさそうですね」 「お、おう……。嫌いとかじゃなくて、単純に夏油はほら、強いからさ。俺のこととか気にしてないだろうなって」 「????」  灰原は俺の言うことのほうが理解できない、という顔をしてくる。俺は段々と自分の言葉がまわらなくなっていくのを感じた。次はなんて言えばいいのか、一方的な劣等感を話したって仕方がない。 「夏油先輩、俺が#名前1#先輩に頭を撫でられたって言ったら『いいなあ』って言ってましたよ」  信じられない言葉を聞いて思わず飲んでいたコーヒーを吹き出すかと思った。なんでそんな話をしているのか、とい気持ちとそんな夏油見たことないという気持ちと、色々とないまぜになる。 「#名前1#先輩、夏油先輩とちょっと会話してあげてくださいよ~」  笑顔で怖いことを言う。彼の場合はその人の良さからきっとそれが他人もできると思っているのだ。 「かんがえておく……」  そう返すだけで精一杯だった。  後日、俺は夏油と一緒に任務に出た。彼の方がうまいし強いのに、俺のことを置いてけぼりにせず仕事をやってくれた。  ありがとう、と声をかける俺に夏油はむずむずとした顔で「どういたしまして」と言う。まだなにか言いたそうな口元を見て「俺……なんかやらかした?」と聞いたら向こうはぴゃっと慌てた様子で頭を下げた。 「……灰原ばっかり、頭撫でられてるのはずるいなって思ってて」 「!?」  おそるおそる頭を撫でてみると、夏油はようやく微笑んだ。 * * *  また。また灰原と#名前2#が話している。それを見て思わず壁に隠れたのを見て悟がげらげら笑っていた。 「#名前2#とまだ会話できてないんだ?」 「……彼を、怖がらせそうで」 「あー、まあ、確かに。#名前2#は呪霊をみたときにぶっ倒れること多いよね。しっかり仕事はしてるけど」  悟はナチュラルに#名前2#のことを名前呼びする。同級生なんだからいいじゃんー、と押し切っていた。私は自分の見せている性格のせいでそんな風に言うことはできなかった。  灰原と#名前2#は笑いながら会話している。それが羨ましくてさっさと教室に戻ろうかと思ったが、灰原の口から私の名前が出てまた壁に戻った。悟は落ち着き始めていたのにまた笑いだした。私のせいじゃない。灰原がちょうど話し出したタイミングが悪いのだ。  灰原は私が思わず呟いた羨ましいという気持ちを話してしまった。#名前2#の方は苦笑いだ。そりゃあそうだろう、同級生が後輩のポジションを羨ましがっているのだから。 「……悟。久々に、対人訓練とかやろうか」 「やだよ、なんだよ対人訓練って。俺たち呪霊と戦う人間だよ?」 「訓練でも勝負でも何でもいいから。付き合ってくれる?」 「うわ、顔まっっか。そうだよね、恥ずかしいよね、後輩経由で快活にバラされちゃったもんね」 「……死にたい」 「俺への反論もしないまま?」  私はへたりこんで頷いた。悟はお腹を抱えて「腹筋死ぬ」と言いながら笑っていたが真面目な顔を作ると「OK、明日は俺に任せてよ」と言い出した。 「……何するつもりだい」 「#名前2#と傑とでペア任務♡」 「……は?」 「夜蛾さんにお願いしておくから~~」 「ま、まて!!」  私が追いかけても悟はすぐに走っていってしまう。呪霊を使っても祓われるだろう。先回りするか? いや、それでなんて言うんだ。#名前2#との任務がなくなっても困る。先生が実力差を考慮してなにかやってくれるとか……。迷っている間に悟はどんどん走っていってしまう。私は今は「悟!!!」と声をかけることしかできなかった。