あの事件、どうやら伝説らしいですよ
おれは何も悪いことしてないのに! #名前2#が叫んでいる。カリムは「ごめんなあ、こうしないとうちの学校がやばいって言われてるからさ」と申し訳なさそうにペンを握った。その様子じゃサイコパスと思われても仕方ないが本人としては与えられた役目を全うするだけだ。 「こちらジャミル、#名前1#のことを確保しました」 「こちらレオナ。了解した、そのまま逃がすなよ」 「大丈夫です、カリムに水の檻を作らせたので」 後ろを見ると#名前1#はあ゛ぁ~~~っっ!! と叫んでいた。カリムはごめんなあ、ごめんなあと謝りながらも水を降らせている。無線の奥にいるレオナ先輩はドン引きしたような声で「お前ら、えげつねえな」と言っていたかもしれないが残念ながら水の音で聞こえなかった。全く聞こえない。サイコパスだなんて、それはカリムだけでジャミルのことは言ってないはずだ。 イデアがずっとずっと追いかけていた人がいる。その正体は今までずっとずっと謎だったのに、ある日突然バラされた。後ろからイデアのパソコンを覗いたが「えっ、エミリアたんのいない人生捨丸ってイデアだったのか」と言ったのだ。一瞬しかユザネなんて出てないのに動体視力いいんでつね……? と思ったが、彼が口に出したそこからの言葉にびっくりした。 「#名前2#も音ゲーとかやるんだなあ、音痴なのに」 「音痴じゃなくてもやれるし……。おれはファイナルどすこい★って名前。それなりにランク高いよ」 「ファイナルどすこいってやべえな」 「名前の一番最後に★がつくんだあ」 難易度がそこまで高いゲームではない。死ぬ気でやれば無課金でもランキングは3桁内に入ることができる。だがその名前は覚えがあった。イデアがずっと追い越せなかったランキング2位の人の名前だ。女性でも男の名前を使う時があるので分からなかったが、まさか、こんな、ところに! #名前2#という名前は聞き覚えがなかった。そっと後ろを振り向くともうどこにいるか分からない。学校のデータベースを検索すると出てきたのは陸上部にいる男だった。サバナクロー寮の生徒らしい。彼の大会インタビュー動画も見つけた。声はさっきのものと同じだった。 それ以来、イデアはずっと#名前2#という男のことを見ていた。器用だし、動体視力もいいらしい。他にもゲームをやっていると聞けばイデアは#名前2#のことを探し出した。音ゲーほど強くはないがそれなりにやっていたし、センスはまあまあだった。たまにイデアはサブアカウントを作って#名前2#に話しかけた。彼はイデアだと気付かずに「すげえなあ、俺もそういう風にやってみたい」とのんびりした口調でコメントを送る。それがとても気持ちよかった。 「はあああ、いたんだなあああ」 「どうしたの兄さん」 「オルトォオ、いた、いたよぉおおお。ライバル氏いだぁあああ」 「おめでとうって言っていいのかな」 ライバルなんでしょう? とオルトが言う。イデアにとっては音ゲーのスキルを上げるために頑張れるいいライバルだった。だが、あのアウトドア系の男に話しかけられる気はしなかった。彼の方も偶然こっちを見たくらいだ。 「陸上部……陸上部かぁ」 「兄さん、#名前2#さんと話したいの?」 「話してみたい……けど、こっちが突然行くのキモくない? そっちも夢レボやってる? って言い難いよぉ、どうしよぉ……」 「あ、それならさ! 陸上部にいるデュースくんに聞いてみたら?」 「デュースぅ……? あぁ、星送りのあれね……。そっか、あいつ陸上部か」 「そうそう! 彼にお願いして#名前2#さんのLINE教えてもらおうよ」 しかし星送りでもイデアはデュースと仲良くなったとは言い難い。困った末にオルトに行ってきてもらうことにした。イデアは#名前2#と話せればいいのである。 オルトはすぐに帰ってきた。デュースを連れて、である。 「ひぎゃああああ、なんで!? なんでデュース氏いんの!? 意味わかんないよ、常識的に! 考えて!!」 「兄さんちょっと待って! #名前2#さんがデュースを兄さんのところに連れて行ってくれって言ったんだよ」 「ウス! #名前2#さんから伝言持ってきました!」 「……デュース氏、ちゃんと言えるの? 大丈夫? 忘れたからもう一回聞いてきますとかのオチはない?」 「予防のために#名前2#さんが腕に書いてくれました!」 むん、とデュースが差し出した両手には「お前が来いって言っておけ」と書かれていた。 「#名前2#さんが、イデア先輩にサシでって言ってました!」 「ウ、ウン……。大丈夫、読めばわかったから……」 「えぇっ、逆方向に書かれてるのによく読めましたね……」 またデュースから尊敬の視線をもらったがイデアはそんなことより#名前2#の方に腹が立った。尊敬してる相手だからってこっちが下手に出たらさぁ………。イデアは思うことが沢山、ほんとうに沢山あったがどうしても彼とは話してみたかった。デュースは「それでは!」とまるで軍隊のようにしっかり挨拶をして帰っていった。 「はぁー!!! 最悪!」 「最悪だねえ」 「なんかやる!!」 「なにやるの?」 「テロ!!!!!!!!!!」 そうして始まったのがサバナクロー寮への攻撃だった。レオナたちからしたらいい迷惑である。だが、#名前2#は被害が出る前に先に寮を出ていた。どうしたものか……と困っていたら、カリムがレオナに声をかけた。いつもの明るい笑顔で、困ってるのか? と。ジャミルはレオナと交渉をし、次のマジフト大会での協定を作ると魔法のじゅうたんで#名前2#のことを見つけ出したのだった。そして話が冒頭に戻る。は大嫌いな水に囲まれて気絶してしまった。 目覚めた時にはイグニハイド寮の談話室に連れてこられていた。しかも手足を結ばれて。まるで芋虫のような姿である。 「んだよこれは……」 「外せないでござるよ、イグニハイド寮とっておきの手錠たちだから」 目の前のタブレットから聞こえるのは隣の隣のクラスのイデア・シュラウドの声だった。さすがのも寮長クラスの生徒の声が分からないわけではない。だが、なぜ自分がこんな目に遭うのかはよく分からなかった。今日外出することは前々から先生に伝えてあるはずだったのだ。 「あのさあ、おれ。ファレル先生からちゃんと許可もらったんだけど。誰の手先になったのかは分かんないけど、これ、外してくれない。外出許可証はちゃんとあるし、最近はなにも事件起こしてないはず」 「……そっちが、言い出したから」 「あ?」 「ひぃっっ。怒らないでくだしあッ……!」 「……怒ってない。こういう口調なんだ、ごめん」 「……そ、そっちが、対面で話せって、」 #名前2#の頭の中にはそんなこと言ったっけ? という疑問でいっぱいだった。イデアにもそれが伝わってしまったのか「おたくの陸上部の後輩! 腕にでっかく書いてましたけど!!?」と言ってくる。 「あ、あ~~あれ! え、あれって何日も前のことじゃん! 今更!?」 「3日前ですけど!?」 「3日もすぎてるじゃん!」 「某には最近のことなので。ていうかそっちから言い出したのに忘れてるとかなくないですか。ありえないでしょ、責任もってくださいよ、こっちが対面で会うために色々と準備したっていうのに」 #名前2#としてはそんなの知らねえよ、と言いたいところだが仮にも相手は寮長である。こんなところで喧嘩を大事にするのはよくない。#名前2#が知らないだけでサバナクロー寮に設置されているパソコンやWiFiに大ダメージはあったがそれは置いといて。イデアとしてはこれが精一杯の対面であり、ようやく追いかけていた男と会話できる機会だった。イデア・シュラウドはずっと前からテンパっていた。テンパった結果がサバナクロー寮へのITテロ行為(軽度)だったわけだが、#名前2#に対してもそれはまた同じだった。 「こんだけ頑張ってきたんだから! 二人でスマブラ対戦とかしてもよくないですか!!?!?」 その叫び声は人のいない談話室によく響いた。の耳にも届いていたし、叫んだ後のイデアの耳にも届いていた。いや、こんなことを言うはずではなかったのだ。もっとかっこよく勝負しようと言いたかった。なんだ、なんだこれ。イデアはこの期に及んでようやく自分がテンパっていたことを自覚した。 #名前2#の方は「たったそれだけのためにおれは外出することを邪魔されて手錠かけられて知らん寮の談話室に転がされてるのか!?」とビックリしたが彼もまた順応は早かった。 「わかった、日付はいつにする」 「ひぇっ」 その後、#名前2#とイデアは喧嘩しながらもゲーマーとして仲良くなっていくがサバナクロー寮を巻き込んだこの初邂逅(イデア曰く初邂逅。#名前2#は拉致未遂と呼んでいる。)はカリムの好意によって噂が広まりナイトレイブンカレッジの中でも「笑い話」として名前を残すこととなった。