やわらかく突き刺さる

 赤井秀一は目の前の男と面識はなかったはずだが、彼はやけに親しそうに話しかけてきた。いや、どこか見覚えのあるような気はしている。でも、どこで見たのかはおもいだせなかった。 「どうもどうも、明美ちゃんの彼氏さんだよな?」 「……誰だ、君は」 「明美ちゃんに告白してフラれた人でーす」  元カレが何の用だ、と目線で訴えかけると彼は「あ、俺は今はあの子の幸せを願ってるただの社会人だから! なんもないから!」と焦ったように言った。 「あったらすぐに分かっただろうな」 「あっそ。明美ちゃんのこと信頼してるんだな」  いや。それは信頼というよりは彼女の置かれている環境に対しての実感だった。赤井が黙っているのを見て、男は楽しそうに「いいね、好きな人がいるって」と笑った。  明美ちゃん、と彼が呼ぶ度に心の中がモヤモヤするのを感じながら赤井は彼が語る「宮野明美の過去」について聞いていた。それは既に書類で調べがついていることだったが、人によってその情景つきで聞かされるとまた違うものがある。 「俺はね、明美ちゃんが幸せな人生送っておばあちゃんになって過去をふりかえってああよかったなあって思って欲しいんだよね」  言いたいことは分かるが、それは今の恋人に向かって言うことではないだろうと思う。赤井はそれでも何も返さなかった。  彼がどんな人物なのかようやく思い出したのだ。髪型も、声も、そして言うなれば骨格自体が変わっているので分かりにくかったが彼は国際的に指名手配されているというテロリストだった。  なぜそんなやつが明美の元恋人として、自分の前に表れるのか理解しがたかったが事実いるのだから認めざるをえなかった。 「それで、君はおれに何を望んでいる?」  テロリストに対する交渉のひとつとしての問いかけに、#名前2#は笑って答えた。 「明美ちゃんを、殺されないように守ってほしい」  宮野明美の訃報は何年も前に出されているのに、彼はそんなことを言うのだった。 * * *  1回目、と呼ぶ人生がいつのことだったか#名前2#はもう覚えていないが、とにかくそれがスタートで宮野明美を愛する始まりだった。  彼女は小学生の頃にであった。優しくて可愛らしい、クラスのマドンナと呼ばれる存在だった。#名前2#が彼女に告白する勇気も持てないまま、彼女は中学からどこか遠くへと行ってしまった。小学校の卒業式で彼女からみんなに「さよなら」と言われて、またねという言葉を聞けなかったことがどれほど辛かったのか彼女は知らないだろう。  再会したのは大人になってからだった。大学生となり、バイトをしているときに彼女と再会した。彼女の恋人に立候補したかったが、彼女にはもう恋人がいた。ダイクンという男の名前を聞く度に激しい嫉妬心をおぼえていた。  だが、いつか結婚する時には呼ばれるだろうという程度の距離感を保ちながら過ごしていたのに。彼女の死は突然だった。彼女は#名前2#の勤めていた銀行をおそった犯人で、#名前2#を撃った張本人であると知ったのはその後の調査で判明した。  どう足掻いても、彼女は加害者だった。宮野明美のことを愛していたとしても、#名前2#は彼女が犯罪者であり自分は被害者で彼女を罰するように求めなければならなかった。  泣きながら過ごしていたある日のこと。#名前2#は再び大学生へと戻っていた。目の前には宮野明美がいて、久しぶりだねと笑っている。  2回目の人生は、何が起きたのか分からず困惑して道路に出た自分を宮野が助けるために一緒に車に轢かれた。死ぬ間際でも自分を心配する彼女にまた心を動かされると同時に、いつから彼女は犯罪者になるのかという疑問が浮かんだ。  3回目は宮野を放置して、彼女について探るようにお願いしたが訳も分からないまま殺される羽目になった。  4回目、ダイクンなる人物と接触したが彼女が強盗犯となることは変わらず。  5回目、宮野に直接「犯罪なんてするな」と言えばごめんね、と謝られた。そんなふうに言って欲しいわけじゃない、と言いたかったのになぜかすぐに殺された。宮野ではなく、別の誰かに。彼女がどんな状況にあるのか、垣間見えた気がした。  6回目、大くんなる人物と接触したあと「宮野を守ってほしい」と伝えるものの彼女は強盗犯としてやはり#名前2#の前にあらわれた。  7回目、そこからはもう細かい話を覚えていない。宮野明美が死んで、もう生きたくないと思った時には同じ時間に戻っていた。そうして分かったことはいくつかある。  宮野明美は自ら犯罪に手を染めたわけではないこと。  恋人のだいくんは、宮野明美のことを愛していても彼女を救えないこと。  宮野明美は犯罪者たち(複数)に監視されていること。  #名前2#は考えた。どうやれば彼女を救える? 警察に駆け込んでもスナイプされて、それならばと同じ道に進もうとすればFBIに捕まり、宮野明美を殺した時もあったけれど絶望してすぐにタイムループした。どう足掻いても詰んでいる。 「……いっそのこと、こんな世界がなくなればいいのに」  うん、その方がいいかも。  その考えにたどり着いた時、#名前2#はテロリストへの道を歩み、タイムループしないまま時を過ごすこととなった。  宮野明美との関係性は、恋人なんて言う甘いものがあったことは一度だってない。赤井を前にしてそんなことを言ったのはただの見栄である。嘘かホントかなんて、この場では関係ない話だったから。  何度見てもこの男の顔は気に食わない。宮野明美を救ってほしいと何度も願ったのに、彼は何度だって失敗する。やる気があるのかさえ疑わしい。  ただ、残念ながら。彼女はこの男が大好きで、そしてこの男は宮野明美の死を絶対的に悼んでいて。それがとてもとても羨ましかった。  宮野明美はもういない。ここで頼んだところで意味はない。ただ、#名前2#は自分の最期にそれを言うと決めていたから。 「今からたぶんおれは殺されるけど。今度こそ、ループしないと思うんだよな」 「……何を言ってる?」 「明美ちゃんのために世界を壊すことも考えてたけど。でも、あの子、結局おれを傷つけた加害者って関係性が上塗りされてくれなくてさ」  それじゃあもう、あの子の最後の被害者としてあの子の中に居座ってやろうって思ってさ。  そう言って笑う彼はびしり、と聞き覚えのある音と共に倒れた。狙撃されたのだ、とすぐに分かった。ジェームズから「テロリストをよくそこに留めてくれた」という連絡がはいる。  宮野明美がのこした最後のメールに、彼について書かれていた。最初は気づかなかったけれど、彼であるとわかった瞬間作戦ははじまっていた。  彼は死ぬことを予感していた。そして満足そうに微笑んでいた。  一体、彼にとっての幸せは何だったのか。宮野明美との関係性はなにか。知りたくても、彼はただ微笑みながら血まみれの床に倒れたままだった。