作家と美食家
Note
※書かれていることはすべて個人の意見です。 ※捏造設定あり
夢を見ていた。大好きな映画の世界に自分が飛び込んだ夢だった。自分はその世界の中では下っ端の軍人で主人公たちと関わることはほとんどなかったけれども、それでもとても楽しかったということは覚えている。 起きてみて自分は普通の男だったということを思い出してため息をついてしまった。全く、世界はいつも通り自分に優しくないらしい。 それはいつもの出版社の男と話しているときのことだった。 「夢野先生は映画とか見られないんですか?」 おそらく、ほかの作家は映画などをよく見るからいつもの話題として聞いてみたということだろう。自分の創作意欲を高めたり、芸術的なものを見て自分の糧にする作家たちは多い。だが、幻太郎はその限りではなかった。 「小生……あまり、映画が好きではないのですよ」 「えっ、そうなんですか!? 意外だなあ」 何が意外なものか。幻太郎は自分の作品の中で映画を見ている話など書いたことがない。映画を見てもどんな感想を言えばその場を盛り上げるのか、意味のある小物にできるかが全く想像できないのである。昔は、きっとそうじゃなかった。昔はもっと気軽に遊べていたのだ。 「あ、なら、#名前1#さんに映画のオススメを聞いてみたらどうですか? あの人、噂されるだけあって本当にすごいですよ」 「はあ……」 美食家、というのはあだ名である。映画狂いと称した男がSNSで情報を発信。たまに行われる「昔みたあの映画の名前を思い出すタグ」と「あなたと出会いを待っている映画を話すタグ」が人気となり今ではいろんな雑誌などに連載を持っている男である。幻太郎はまだ会ったことがなかった。 「今ちょうど来てるはずなんですよ。会っていきませんか?」 「いえ、小生は遠慮しますよ」 「あれ、お金とか取らないのに」 後ろから突然かけられた声に驚いてスマホを落とすところだった。振り向くと黒いマスクをつけたやわらかい雰囲気の男が立っていた。正直に言うとラップバトルが下手そうな男が立っていた。 「#名前1#さん、お疲れ様です。今、ちょうと夢野先生の映画の話をしてて」 「なんとなく聞こえましたよ~。映画がお好きじゃないんですねえ」 そう言って笑いかけてきた男の視線はどうにも鋭かった。 「まあ、映画が嫌いな理由も聞いてみたいところですが」 「ははは」 「映画の見方をまだ知らないから、つまらないとか言ってるんじゃないですかね」 安い挑発だ。だが、夢野にはなぜかそれがかわせなかった。映画の見方。どうせ小手先の評論だ、と思うのだがそれでも興味がわいてしまった。 「……。そんなの知ってどうすればいいんですかね?」 「そうですよね、特にないと思います」 「なら。小生はここにいる理由はありませんよね、タグで教えられた映画は面白かったと宣伝しておきますよ」 「ただ。映像美学は小説の文体と同じです」 ピタリ、と立ち止まった。文体? つまり、あれか。今の自分は映画をラノベのように見ていてその真髄をまだ見れてないということか。幻太郎が振り向くと#名前2#はやっぱり笑ったままだ。 「知って得することと知らなくてもいいことがあります。映画をストーリーだけで見るのはラノベやネット小説で自分の好きなあらすじを追いかけて青春オナニーしてるのと同じですよ」 美食家らしい言葉だった。この映画を見ないやつはクズだ、とよく言う男らしいセリフだった。 幻太郎は腹が立った。マイクを使おうかと思ったがそれを使うが最後、自分はオナニーで満足する程度の低い男だと見られる。こいつにそう見られるのは納得がいかなかった。 「分かりました。それでは。見ようじゃありませんか」 「はい。そのために来ました」 美食家は自分の家で見ましょうよ、と言ってスマホを取り出してきた。連絡先を交換しろ、と言いたいらしい。仕事用の電話番号とアカウントを見せた。彼のアイコンはSNSと同じで手作りしたらしい料理の写真だった。 彼の家に行くと、想像していたよりも小規模なテレビに出会った。 「自宅がスクリーンになってるとか、ではないんですね」 「ああ……。もちろん映画館みたいなものには憧れはありますけど、家で見る時ってほとんどテレビになるでしょう? なので、いつもテレビで見ます」 それがプロ意識ってやつなのだろうか。幻太郎にはよくわからない世界である。ソファーに座り「何を見せてくれるんですか」と言うと#名前2#は「その前に聞いてほしいことがあるんですけど」と一枚のDVDを取り出した。 「講義じゃないんで気軽にしたいところだけど、これが分からないと映画も分からないので……」 「はぁ」 「小説書くときに、一人称とか三人称とか言うじゃないですか。あれと同じで映画にも見るべきポイントがあるんですよ」 「でも、映画にもナレーションなどはありますよね?」 幻太郎の頭には乱数に無理やりに誘われてみた実写版ピーターラビットがあった。あの映画はナレーションがいた。 「まあ、そういうのもあるんですけど。映画は、映像美学なんですよ。映像と語りなわけです。それで、重要視されるのがカメラってことです」 まあ、それはわかる。カメラが揺れすぎると気持ち悪いと思うし、なんでこの映画がそんなに評価されるのか分からない、ということになりがちだ。 「はいでは、見てみましょうか。映像の種類というやつを」 #名前2#が高尚的に話していたのは、つまりカメラを切り替える瞬間と、カメラをどこで撮るかによっての違いだった。長回しだったり、短いショットをつなげるシークエンスなどがカメラを切り替える瞬間。つまりカットが入る瞬間である。カメラをどこで撮るかの話は、まずは固定するか動きのあるものかで変わるという。 「小津安二郎が固定なら、黒澤明は動きのカメラなんだよ」 「どちらも名前しか知りませんね。映画なんて見たことありません」 「うぐっ、名前だけ有名になって作品知らないけど名前だけ出しておけば通っぽいって人に見られている気がする」 そんなことはない。DVDをいちいち変えるのにルンルンと子どものようにはしゃいでいるのはめんどくさいが、説明は確かだった。 オーソン・ウェルズの「黒い罠」のような長回しは確かに今の映画ではあまり見ない。 だが、わざと繋げていることで何か起きるのだろうなという示唆は読み取れる。 「固定カメラで言うと小津がいいんですけど、一応山中貞雄も見せます」 「ヤマナカサダオ……」 「山中のやまなか、貞子のさだに、雄で山中貞雄です。この人本当にすごい映画監督なんですよ。ただ、戦争で作品があまり残っていなくて……」 「そんなに有名なんですか?」 「日本では知られていませんが、海外の監督にはオヅやクロサワよりもヤマネがいい、という人もいますよ。灯台下暗しじゃないですけど、知られていない名監督っていうのもいるんです」 「それを知っている自分がかっこいいと?」 「いや! そうじゃなくて! これ、知っておくと創作に使えるかなってそういう話です!」 「……。それはどうも」 「気持ちのこもってない言葉だ……」 今日はここまでにしますね、映画見るのってキツいので、と言われた。映画本編を全部見るというよりは、簡単なあらすじを聞いて説明を受けるシークエンスを十分ほど見ただけである。それなのにどことなく疲れているのは、その十分のシークエンスで横にいる男がいちいち指摘を入れてくるからだった。応援上映~この映画のここがすごい編~である。まだ固定カメラかどうかと長回しとカットを覚えただけの赤ん坊には情報量が多すぎる。それでも見てしまうのは、彼の説明を聞いていると映画がどんどん面白く見えるからだ。 「今日はここまで、ってまだ続くんですね」 「もちろん。映画の良さを十二分に伝えきれてないですし」 おかしい。初対面の時のあのとげとげしさが彼から見当たらない。あまりにも心地よく過ごしていたものだから、今はなんとなく意地悪をしたい気分になった。 「では、小生が映画を見るのはもう十分だ、と言ったら?」 #名前1#はきょとんとした顔をしていたが、にへらっと笑った。 「そうなったらすごく嬉しいですね、俺の話なんてなくても自分なりに映画の見方を見つけてくれたって思えるんで」 ここで自分はそう思うからね、と解釈として言葉を出してくるのがずるいところだと思う。 「夢野さん、映画が好きじゃないっていうけど本当はめちゃくちゃ好きですよね」 「はあ?」 ひえっ、と首をちぢこませる男を見てラップする気も失せた。どうせ争う必要もない、他愛もない会話である。 「それでは」 「あ、送りますよ」 「別にいいですよ、小生は子どもでも女でもありませんから」 「いや、来てもらったのにそれはまずいかな、と!」 #名前2#は結局駅まで送りに来た。改札口のところで手を振ってくる彼は美食家という高貴な存在には見えなかった。