兄がガチ恋トリップ主
兄は殺人をおかした。その理由はなんとも単純で、好きな男に恋人ができたというものだった。 兄が恋をしたのは警察官である。いつからその人に惚れ込んでいたのかは知らないが、兎にも角にも「彼を救わないと」「どこかのマンションに爆弾が仕掛けられてる」とぶつぶつと呟き、ミステリー作家と仲良くなったと思ったら兄はひとりの警察官を助けた。 兄はその警察官のことが好きになったらしい。兄はゲイだったのか、という驚きと同時に今までの鬼迫あるあの「救わねば」という気持ちはなんだったのかと不思議に思う気持ちがあった。 兄は萩原という人物がそこで死ぬことを予見していたんじゃないかと思う。だが、その予見というのはいつ得たものなのだろうか。俺は自分の物心ついたときには兄がその「ハギワラ」という男に執着していたのをよく覚えているのである。 母に「兄ぃはいつもあんな感じだった?」と聞くと、母は「まあねえ」とのんびり言うのだった。自分の子どもの頭がおかしいんじゃないかと心配しなかったの? と聞くと「心配したってどうにもならないでしょう?」と笑った。母のその度胸のあるというか、おおらか過ぎるというか、その性格が自分にもっと受け継がれていたらと思う。 兄は助けた警察官――萩原という人に積極的にアプローチしていたようだった。家族ぐるみで仲良くさせようと、萩原の姉という人と俺と四人で遊びに行こうと言われた時にはなんの罰ゲームかと疑ってしまった。萩原姉弟はそろって誘われたことがよっぽど嬉しかったのか家にむかえにきた時に楽しそうにバイクのエンジンをふかしていた。 兄や萩原姉弟はバイクに乗るのがとても上手かったが、俺はバイクなんて好きではなく、萩原のお姉さんにしがみつくだけで精一杯だった。彼女の方はまた一緒に乗ろうな! と誘い、萩原弟の方は今度はおれのバイクに乗ってよと誘ってくれた。コミュニケーションのひとつとして言ってくれたのだろうが、こちらとしてはもう遠慮したかった。結局、一緒に遊んだのはその1回きりだった。 兄は萩原と仲良くしているようだった。時たま写真が送られてきては「お前も来ればよかったのに」と言う。その悪意のない言葉が俺の心にズバズバと傷をつけていたことを兄は最期まで気づかなかっただろう。 ゲイということを明かせなかったのかそもそも告白をしてフラれてしまったのか。兄は萩原の話をいつしかしなくなっていた。 俺は兄がゲイだということに衝撃をうけたものの、女を好きにならないなんて不思議だなと思っていた。女のやわらかいおっぱいや、おしりよりも男たちのなんにも無い胸やケツの方がいいと言うのだ。セックスもどうやってやるのか、と思ったが兄の性行為を考えたら気持ち悪くて吐き気がした。 俺が兄についてそんなことを考えていた一方で、兄は誰か別の恋人をつくるわけでもなく、突然自殺した。自分で自分の命を絶ったのだ。 兄が書いた法的拘束力もない走り書きの遺言書には萩原に恋人ができたということが書かれていた。 あんたのことが、好きなんだよね。 萩原が俺に告白をしてきたとき、俺はひどい吐き気に襲われた。それはゲイに対する嫌悪感だったのか、兄が狂気のように助けたがり恋人になりたいと願っていた人物の恋心が自分に向けられたことへの恐怖だったのか。 や、やめてください。 告白に対してひどい返事をしてしまった。彼はうつむいて、そっかと笑った。 俺の言葉はいろんな人間を傷つけるものだった。でも、それ以外に俺は自分を守る言葉がわからなかった。最低最悪の人間だった。 兄ぃはあんたが好きなんだよ。 俺の言葉に萩原は泣きそうな顔でやめてよ、という。お互いに、ひどいやつだった。 兄の葬式に、萩原はやってきた。逃げようとした俺の手を掴み、必死に「まだ忘れられない」と言った。恋人がいるんじゃないのか、と言えば「勘違いさせるようなことを言っちゃったかもね」と言う。相変わらず性格がわるい。 俺がここで死んだりしたら、お前の兄貴が命かけて救ってくれたものが全部消えるよな。 自分の命を人質に、彼はわらった。どうする? と一個しか選べない選択肢を掲げている。俺は泣きながら萩原の手を取った。