なにも変えられなかった君へ
夢小説によくある逆トリップというものらしい。目の前にいるこの子どもは未来で人を殺すのだと言われた。友人は泣きそうな顔で「この子を守りたい」と言っていた。少年はぼんやりとした顔でこちらを見ていた。 逆トリップ。検索をかけてみたところ、漫画やアニメのキャラクターがわたしたちのいる世界に転移することを言うらしい。いつ戻るかは分からないのだそうだ。向こうの世界でどんな時間の流れがあるのか分からないが、せめてこの子どもが戻った時にはふつうの暮らしに戻れたらいいと思う。 子どもの名前は羽宮一虎。漢字は自分では書けなくて「おれの漢字、これだよ」とパソコンの画面を見てうなずいた程度。小学生なのでそんな知能だろう。 友人に頼まれて、結局この子どもを1週間ほど面倒を見ることになってしまった。着替えなどは用意されていて食費も渡されている。客用の布団もあるのでそんなに困ることはないのだが。 この子どもが異世界の人間であるということが重くのしかかる。 おれは訳あって高校生でも一人暮らしをしていた。親との折り合いが悪く、わざわざ一人暮らしをしなければ通えないほど遠い学校へ通っていたからである。 一虎も親との折り合いはよくないらしい。良い子にしなきゃいけないんだ、というわりには彼の素行はよくなかった。礼儀知らずだし、箸もうまく使えないし、言葉遣いだってよくない。ほんとに良い子になりたいのか謎な子どもだった。 少年は食べたいものを言うのを億劫がるくせがあった。好きなのに言葉にしないのだ。それは困る。おれは人の好みを雰囲気で推し量ってやるほどいい人間じゃないし、たかが1週間しかいない子どもの好みなんて覚えたって人生の無駄だ。 一虎は甘えるのが下手くそで、人に要求を伝えるのも下手くそで、喧嘩は強いくせに大人になるまで生きる自信がないような子どもだった。 大きくなったら何になりたいかという小さな野望もなく、ただなすがままに生きている子どもだった。 1週間。7日間というのは意外と短い。子どもはおれから特になにか学ぶこともなく友人の家に帰っていった。異世界の子どもというわりには、ふつうの子どもだと思った。 それから暫くしてあの子どもは戻っていることを聞いた。話を聞かなかったし、向こうも話したがらなかったのでおれは処分された子ども用の服を見てようやく聞き出したのだった。 彼には似合わなそうな気取った洋服たち。あいつは好きじゃなかったんじゃねえの、と聞けば友人は苦笑いを浮かべた。 友人曰く、あの子どもは自分と同い年の子どもを殺すらしい。 中学生が死ぬんだよと友人は語る。子どもがいなくなったあとにその話をしたのはきっとおれが彼を殺してでも止めると思ったからだろうか。 中学生だって人間なので死ぬ時は死んでしまう。赤ん坊が死にたくないと思っても為す術なく死ぬように、人間はいつだってそういう生き物だ。 友人曰く、そのあと子どもはまた別の中学生に殺されるということだった。踏んだり蹴ったりな人生である。 あの子どもは結局この世界に来ても性格は変わらなかったのだろう。20歳になって、社会人になって、生きていく自信がなかったあの子どもはもしかしたら中学生の時点で死ぬほうがよかったのかもしれない。 「わたし、あの子が殺した子がいちばん好きなキャラクターなんだよね」 「おう」 「漫画の主人公は、その殺される子を助けるためにタイムリープしてくるの。でも、結局その子は死んで、羽宮は償いのために少年院へ行くの」 それはまた。なんとも奇妙なお話だ。殺されてないということは、なんとなく事故死か自殺かそのあたりだと思うが中学生にしてはやはり踏んだり蹴ったりな人生だろう。それこそ、友人にとっては悔しい思いをしたことだろう。 「わたし、あの子にひどいこと言っちゃいそうだった」 「……人殺しだからか?」 「そう。あの子が、あの子が真一郎くんを殺したりしなかったらもっと何か違かったかもしれないのに。ここに来たあの子はもう、真一郎くんを殺した後だったの。それで、わたし、どうして年少に行ってるはずの子がここに来るんだって」 それで、彼はおれの家に来たわけだ。どうして突然に、と思った。彼女はひどくやつれた顔で子どもを連れてきたから隠し子でもいたのかと。それが「逆トリップ」なんていう訳分からない言葉で飾って漫画のキャラクターですなんて、馬鹿げていると思ったが。 「わた、わたし。ひどいやつだった。もっと、ちゃんと話してあげればよかった。#名前2#みたいに、好きな洋服だって聞いてあげればよかった。あの子の好きな食べ物だって、聞いてないのに」 そうは言ったって。結局おれたちは別世界の人間だ。どうすることもできない。ただひとつ、可能性があるとすればこんなちゃらんぽらんな人間でも大人になる道をすすんでることは分かってくれたかもしれない。高校生になることは、そんなに悪くないと。 「別世界に放り出されてんのに。話聞いて、ちゃんと面倒みたお前はえらいよ。傷つけたくなくてちゃんと避けれたのも、えらいよ」 おれなら絶対つきはなしてるね、と言えば友人はようやく笑った。そうだったらいいなと言う。絶対そうだろ、千と千尋の神隠しで言うところのハクポジションなんて滅多になれるものじゃないんだから。 結局、ハクたちのように彼を変えることはできなかったし向こうでも記憶があるのかは定かではないし無意味な時間をおれたちは過ごしたのかもしれないが。ひとつ言えることは、おれたちは羽宮一虎のことを嫌っていたわけではないということだ。彼をいつくしむ人間が世界にふたりも追加されたことを喜ぶべきだ。手始めに、漫画のファンレターでも書いてみるか。
将来、俺が場地を殺すことになるらしい。嘘だと思ったけど、女の人はハッキリと俺を憎んだ顔で見てたから本当かもしれないと思った。 まだやってもないのに俺は憎まれる存在なんだ、と思ったけど。もうひとり、俺を預かった人は俺のことなんて全く知らなくてイチイチ「向こうの世界にこれってあるのか」と聞いてきて俺に色んなことを教えてくれた。 なんでひとりぐらしなん、と聞いたら親と仲が悪かったから家を出たと言った。俺も家出たいと言えば、今ここにいるだろーがと返された。ずっと家を出たいのだ。場地やマイキーたちと暮らしたい。 「俺は高校生になるまで我慢したけど。もしホントにダメそうだったら周りに言えよ」 「……言ってどーにかなんの?」 「さあな。でもおれの場合は助けてもらった」 その助けた相手というのが俺を憎んでいたあの人だと知ったのはその後のこと。逆トリップとかいうものをした俺を見捨てないなんて優しいよな、と言ってたけど俺は急にでてきた俺を預かってくれるこの人の方がやさしいと思った。 #名前2#さんにお世話になったお礼を言いたかったけど、俺バカだしどんなこと書けばいいか分からないし。でも、いつかこの世界からいなくなるんだなと思ったら素直に書いちまえと思った。 #名前2#さんが俺のことずっと忘れなければいいのに。俺のこと、漫画の中で一番好きになってほしい。 バルハラに行って、場地もついてきた。何考えてんだ、と言われたけど。俺はマイキーの敵を倒したかっただけ。キサキは危ないってあの人が言ってたから。 場地、お前死ぬなよ。声をかけたらハッと笑われた。あの女の憎しみの目が思い出される。それと一緒に、穏やかに笑ってた#名前2#さんのことも。一番お世話になったのはあの女の方なのに。ちょっとの間しかいられなかった#名前2#さんの方が記憶に強く残っている。 #名前2#さんは何もしてないと言ってたけれど。俺はあの人にとって良い子に思われるようになりたくて、途中から頑張ってたのに気づいてもいなかった。 あの人が生きてる未来にまで真っ当になるためには、キサキはいちゃいけないのだ。もちろん、これ以上年少に行くようなことがあってもいけない。 場地はそんな俺を見て変わったな、と言う。そうさ、俺は#名前2#さんのかっこいいヒーローになるんだ。親元から離れたいというあの人を助けに行けるように。