毛利小五郎まとめ

Note

※小説「64」での刑事のイメージです。実際とは違うところがあると思います。
※おっちゃんの刑事時代の話と優作さんとの関係話捏造。おっちゃんが探偵を嫌ってます。
※モブが出張ります。高齢者虐待について触れています。地雷な人はお逃げください。

公式カップリング要素
・新一×蘭
非公式カップリング要素
・降谷×梓

・毛利小五郎と工藤家の話。 →おまけ(中途半端) ・ふるあずの結婚式で小五郎がスピーチする話 ・毛利小五郎のえん罪についてのお知らせ ・毛利小五郎にはもう人の判断もできない ・毛利小五郎へのお見舞い (これだけハロウィンの花嫁軸のお話)


 毛利小五郎は刑事だ。まだ下っ端の自分の靴は綺麗だった。太陽の光を受けてキラリと艶が光る。先輩刑事がそれを見て口を開いた。 「いいか、毛利……。刑事ってのは、靴が汚れてなんぼの仕事だ。靴やスーツが汚れても気にしてたら拉致があかねえだろ。履き潰す靴が何足も山になるまで出来たらそりゃあ手前が1人前になった証拠よ」  教育係の先輩刑事の靴はワックスによってつま先が輝いていた。毎日疲れて帰ってくる父親のために息子が早起きして磨いてくれるそうだ。息子の夢が刑事ということでその先輩刑事は息子の話をするたび、にこやかに微笑んだ。  ――俺が現役で出てる頃によ、俺の息子がエリートにでもなって俺を顎で使いやがったらそりゃあ笑いものよなぁ。  そうならない為にも俺はもっと頑張らないとな、と笑う先輩刑事を小五郎は心から尊敬していた。歩く時に踵をちょぃと傾げるクセが彼のこそばしい性格によく似合っていて、それでいて履き潰された靴の踵がやけに印象的だった。彼の背中を追いかけていろんなものを知った。失敗も多くしたし、叱られることも多かったが先輩刑事は小五郎のことを見捨てることはなかった。(おまえはいつになったら使えるようになるんだ、と今ならパワハラと言われるような言動ばかりがったが)  現場を何遍も訪れて証拠を探す。アリバイを崩すために電車に飛び乗ったり、神社とマンションを何往復も走ったり、聞き込みで嫌がられながらも家に訪れたり。努力目標を無理に達成するわけじゃないがそれでも迷宮入りする前になんとかしなければ、と思う。時には税金泥棒と罵られたり、死神と言われたりする。マスコミの対応も大変だった。掲載自粛要請を出そうものならば国民の権利を振りかざし、実名報道に犯人を煽るような番組に、手が出そうになると 「あれれぇ、現職刑事が暴行ですか!! いやぁ、困ったなあ! 俺達は! 国民のために情報を集めてるのに!」  と大声で叫ばれる。何日も続く張り込みの辛さに辛酸を舐め続ける日々が続いたりもした。  小五郎はよく走った。それこそ革靴をやめてスニーカーにしたりする程に。妻の英理には「またこんなに汚して」と怒られたが自分はそれでいいのだと信じて疑わなかった。その信念はあるひ突然に壊された。 「警部殿ッ! 長男のアリバイがーー」 「犯人は長男の信秀さん、あなたですね」  その男は色鮮やかに、それこそヨーコちゃんのコンサートで垣間見るフラワーシャワーのごとき艶やかを以て現れた。もちろんゲソカバーなどつけていない。警察関係者じゃない人間とすぐにわかった。見目を整えた優男。  工藤優作。同級生の有希子の旦那になった男、と知ったのは後からだった。「結婚式で見たじゃない」と英理に言われたがあの時は張り込み終わりの痺れた頭だったはずだ。有希子のウエディングドレスを頭に焼き付けるだけで精一杯だった。横の男がどんな顔をしていたかなんて全く覚えていなかった。ほら、と写真を目の前に突き出された。美しく微笑む有希子の横で男が笑顔を浮かべている。 「そう、だな」  小五郎の返事は心あらずだった。自分が必死に足で稼いでとってきた情報という証拠もなしに、探偵は現場を見て話を聞いただけで犯人を突き止めた。まるで自分は引き立て役の警官のようにただ彼の推理の裏付けをとってきただけの存在に成り果てた。いや、自分にはそういった華々しい成功とはほど遠い場所にいたからその立場に甘んじても仕方がない。仕方がないが、ただ、よそからきた人間が謎の謙虚さをもって動くのがこわかった。  小五郎が目指したあの先輩刑事の面影は自分の体の隅々を探したってありはしない。ボロボロに剥がれ落ちた。  ――元から知っていた。どんなに頑張っても自分には先輩のような推理できる脳がないということを。勘が鈍いのだ。そんなのは元からなので今更どうにか磨けと言われてもスタートラインは遥か前にあって数字に換算すれば3000kmほど離れている。足元の土はとっくのとうに悲水(なみだ)につかり、自分はもうここから抜け出せないんじゃないかと思う。人より必死になってもがく程靴は汚れて周りに追い越されていく。あれほど自慢に思っていたすり減らした靴底は今は自分の愚鈍さを象徴するかのような重い物になった。ずぶずぶと沈んでいく奥で大嫌いな男の靴が小五郎の視界の遠くに見えた。  工藤優作はその賢さが対人関係にも発揮された。彼は小五郎の前で1度も探偵と名乗ったことは無い。 「ただの、推理小説家ですよ」  それが決めゼリフだった。だがまあ傍からすればそれは本格ミステリに常套的にいる探偵役と差程変わらず小五郎は臆病にもその指摘を押し黙ってずうっと聞いていた。耳を傾けなるほどなあ、と心に棘をさすような小石が積まれていく。ギフトを受け取った人間からすれば、きっとこんなことを思うのだろう。というか、似たようなことを小五郎はあの優作に言われた。 「私はが推理の面にベクトルが向けられたように、貴方のベクトルもきっとどこかに向いていますよ。柔道に、拳銃に。道というものは多彩な方向に気づかない間に広がっているものです」  確かに自分には推理のベクトルが向いてないのかもしれない。でも、推理じゃなくてもいいから犯人を突き止めようとすることはこの男の前では無意味な気もした。 「事情聴取…? 俺がっすか?」 「ああ、君でないとしゃべらないと頑を張られてね」 「はぁ……」  工藤優作という男が事件の現場に現れてから数日。迷宮入りの事件が少なくなった。小五郎はどんどん動かなくなった。まるで電池の切れたロボットのようだ。先輩刑事はとあるミスを引き起こして責任を取り辞職した。小さなミスだったが、命取りになったことは確かだった。久々に見た彼の背中は随分と小さくなっていて、かかとをちょぃと傾げる歩き方は醜いカエルが飛び去るのに似ていた。 「分かったのかい、毛利君」 「あ、ああ。すいません。了解しました、警部補殿」  体が肥大したかのように動きが億劫になった。気分はトトロのような腹回りの大きい人外だ。ズデーンズデーンと億劫に動くのだ。だが、行かなくてはならない。部屋の扉を開けると1人の老女がいた。襟の部分はヨレヨレで黄色のシミがついた服にボサボサの髪の毛。腕は垢が浮き出て白いものがついていた。まるでテンプレートにあてはめたかのような老女だった。 「あたしを、指名したんですか」 「……。あんた、見かけたのよ」 「え?」 「娘と歩いてるところ」  のっそりと老女は体を動かした。フケが机にまばらに落ちる。汚い、と生理的に思った。ボリボリと腕をかいたところからも垢が落ちる。爪はひび割れていて手の甲にはやけどのようなシミがあった。その時の小五郎の視線を敏感に感じ取ったのか老女はゆっくりとよだれが糸をつくる口を開いた。 「……今あんた。アタシのこと、汚いって思ったでしょ。そうよね、汚いわよね」 「え、あ、いや…そんなこと……」 「別にいいわ、もう何日もお風呂に入れてもらえなかったし……」 「はぁ… 」 「貴方に、話を聞いて欲しかったのよ。娘なんて、作るものじゃないってね」  低血圧のような息を吐いてから醜い老女は話し始めた。娘家族と暮らしていたこと。心臓の手術をしてから足にマヒが残り、1人での日常生活が難しくなったせいなのだ、と。それが彼女たちに虐げられる原因となったらしい。  邪魔だと言っては蹴られ、風呂にも入れてくれないくせに汚い臭いと叫び、ご飯は干からびたものが1膳と少しのおかず。部屋は掃除もしてもらえず、ハエがたかるようになった。年金は娘達が受取り続け自分に使われることがなかったこと。  老女はときたま自分が人間であることを忘れた。自分は娘たちのペット以下の存在になったのだ、と思うようにした。そうすると現状もいくらかマシに思えた。だがそれも限界だった。自分を殺して、不正に年金受給しようとする娘夫婦の会話を聞いた途端に殺意が湧いた。  殺さなきゃ。こんな娘、産まなきゃ良かったんだ。 「娘さんは、貴方のことを本気で殺そうと…?」 「さあね。ただ、あのセリフは許せなかったのよ。”早くお父さんみたいに死んで保険金でもくれればいいのに” って、さんざお金をせびり取っていった娘が言うなんて……。許せなかった……」  小五郎はその後を黙って聞いた。殺害方法に、死体の処理。夫を亡くした時に世話になった弁護士と遺書も書いて唯一の財産である家も売り払って。こうやって、自首するために外に出てきたことを。話は老女の一言で締めくくられた。 「アタシだって好きで世話されてたんじゃないのよ。……好きで、長生きしたんじゃないの。あの人と、一緒に死にたかったわ」  調査書に全てを書き込むと小五郎は外に待機していた警官たちを部屋の中に引き入れた。最後に彼らに連れられて行く老女はポツリと呟いた。  ――生きていて、ごめんなさい。  小五郎は心のどこかにヒビが入った気がした。それからどうやって仕事を終わらせて帰ってきたのか。英理にも蘭にも心配された。有希子と優作の息子である新一というガキの話を聞きながら小五郎は考えていた。  ――もし、自分も老人になったら。蘭たちに迷惑をかけるのかもしれないのか。  そこでふと優作が思い起こされたのは偶然だった。だがそれは小五郎が内心に積み上げてきた小石が瓦解することのきっかけでもあった。 「でね、新一がね…」  蘭の声が遠く聞こえる。工藤優作という男が頭の中に焦げ付きながら現れる。全てを見透かすようなあの男ならきっと優雅な余生を送るのだ。生きることを謝ってまで殺人をしてしまった人がいるとも知らないで必死に殺人を隠すような弱い人間相手に! その高尚な脳の回転を晒しているのだ!!  探偵は現場と少しの情報を手がかりに答えを見つける。  警察は足でかせぎ、違和感を問い詰め、アリバイを崩す。そして、加害者と面と向かって話をする。どうして殺人という手段をとらなくてはいけなくなったのか。犯人は大抵その場での感情のため、と探偵に言うが実際は根の深いものが多い。それまで犯人たちの身に起きていたことが殺人をとらせるように、つまりサイコパスになるように成長してきたこともある。逆に本当に興味本位で殺す人間もいる。そういうやつは大抵、人と深く関わったことのない人間で自分の心がどこか遠いところにある。  小五郎はその違和感が嫌いだったのだ。探偵がもっと犯人たちに寄り添えればいいのに、と思っていたのだ。殺人という手段をしてはいけないことだ、というラインをきっちり引いてその上で対話すればいいのに。それだけで、犯人だって救われることもあるのに。探偵というのはどうして被害者を一番の人間と思うのだろう。  でもそれで良いのだと言う自分もいる。探偵と刑事はベクトルが違うのではない。積み重ねてきた岩の重さが違うのだ。自分には見ただけですべての状況なんて分からない。推理を間違えた時の恥ずかしさも、ライバルとの推理対決の楽しさも知らない。だが優作だって知らないだろう。雨にうたれながら現場を確認する辛さも、被害者遺族に謝罪しに行く苦しさも、初めて聞いた加害者の家族の悲痛な叫びは耳にこだまし続けることも知らないだろう。  そうだ。あの推理小説家は、そんなことも知らないんだ。  と考えたところで小五郎は頭を振った。さっきの自分はとても嫌なヤツだった。人と違うことを受け止めきれないで優越感を無理矢理に得ようとしていた。探偵を自分よりも低い位置にあるものだと見下げて嗤おうとしていた。  娘の蘭が笑っている。自分は、娘に恥じない父親になりたいのに。あの先輩刑事の親子のように。 「お父さん、話聞いてるー!?」 「お、おう…。あのボウズの話だよな?」 「んもぅ、ちゃんと聞いててよね!」 「あな、」 「なあ蘭」  英理の言葉を遮って小五郎は蘭をまっすぐ見つめて質問をした。それはとても意地の悪い質問だ。小学生にするようなもんじゃない。優作ならば聞かなくても分かるからきかないだろう。自分は勘が鈍いから。しなきゃ分からない。 「なあにー?」 「お前、俺が長生きしたら嬉しいか?」  英理の息を呑む音がした。蘭は豆鉄砲を食らった顔をふらっと動かして「うーん」とわざとらしく唸って見せた。 「うん! 嬉しい!!」  笑顔だった。娘が、笑顔を浮かべていた。それだけで胸がいっぱいになっていた。 「そっか、そうか…! ありがとう!!」 「お父さん、おヒゲくすぐったいよぉ!」  小五郎は自分の頬が冷たくなるほどに涙を流していた。長生きしたい。娘を見守りたい。英理と共に墓に入りたい。優作への劣等感を持ったまま終わりたくない。  自分の思いがどろどろに溢れだして足に絡みつく。足元を見るといつの間にか革靴から履きなれたスニーカーになっていた。  試しに足をあげると、驚くほどに軽い。目の前を見るとスタートラインが少し近くなっている気がする。ほんの少しだけだがその距離がいとおしかった。  自分のスタートラインよりも少し前の方に蘭の幼なじみである工藤新一が見えた。彼は蹲って泣いている。涙が小五郎の方にまで押し寄せてくるほどに。1人は嫌だ。さびしいと泣いていた。父さん、という声も聞こえる。  チッと舌打ちをひとつした。本来なら娘にひっつく悪い虫として関わりたくないのだが優作も有希子も英理すらもいないのでは、助けるのは自分しかいないじゃないか。  小五郎はゴールラインに向かってまた走る。かの白線までに何度靴を履き潰すだろうか。全く分からないが、せめて山になるほどになれたら、そしたらあの先輩に胸を張れる気がする。  毛利小五郎は探偵だ。売れ始めた自分はスニーカーは辞めてクッション性の高い革靴にした。少し高かったがこちらの方が走りやすい。履き潰した靴はきちんと記憶に収めてから捨てている。捨てる事は新しく迎える門出となる。先輩刑事に言われた言葉を小五郎はまだ実践していた。  なんで探偵になったのか、という野暮な質問には小五郎は答えない。あえて言うならば、ベクトルが向かっただけのことだ。人助けに、仕事の貴賤もなにもないのだから。 「おじさん、ただいまー」 「おう」 「蘭姉ちゃん、今日園子姉ちゃん達と遅くなるから夕飯は早めにポアロで食べてって言ってたよ」 「あぁ?」  新聞をたたんで居候を見るとガキンチョはランドセルをソファーに置いてトイレに行っていた。はぁ、とため息をつく。ガキンチョとポアロか……。嫌だとは言わない。さしもの小五郎も小学生1人に飯を食べさせないとは言わない。問題は奴がいるかどうかだ。うーむ。考えても他の場所へ今から行くというのは面倒だった。なにせ、自由に使える金がすくない。  カランカランと小気味いい音がするこの喫茶店はビルを貸しているせいか時たまこうやって融通を聞かせて夕食まで作ってくれる。コナンがいない時には麻雀にでも行くが、今はそれをやると娘の空手の餌食になる。犯人が空手の選手だからといって小五郎は負ける気はしないが相手は娘。ただやられるしかない。 「毛利先生! コナンくん!」  いたよ。問題のやつが。小五郎は安室に見えないようにあーあと項垂れる。安室透は小五郎の弟子と名乗っているが実際の狙いはコナンだとありありと分かった。コナンの小学生らしくない能力をあてにしているのかなんなのか。  スタートラインを超えてわりと時間は経っている。鈍かった勘は人並み程度によくなった。彼が何かを隠しているだろうなということも。自分のえん罪事件で彼が負い目をもっているということも気づいていた。コナンはわざとその罪悪感につけこむように自分を連れ出してきている気がする。あんな事件はもう終わったことだし、別に気にすることもないのだが。 「今日は何を食べますか?」 「僕、ナポリタンー」 「あー………そうだな、俺もそれでいい」 「ナポリタンお二つですね」  安室くんはいつも以上ににこやかにうなずいた。美味しいモノを作りますね、と言われたが別にいつも美味しいのだからそんなに気合いなんていれなくていい。 「おじさん、あの話の続きしてよ」 「めんどくせーよ」 「いいじゃんかあ」 「あの話ってなんですか?」  面倒なやつが食いついてきた。オーナーはナポリタンを作ってる真っ最中だ。弟子はテーブルを拭いた布巾をカウンターの中に持っていった後こっちのテーブルにやってきた。 「あのね、おじさんがまだ刑事だった時にいた教育係の刑事さんの話を聞いてるの」 「刑事さんの?」 「ああ……。ハムキからの異動でな。張り込みや尾行に関しちゃピカイチの人だったよ」  靴底がよくすり減らせる程に足を動かすことを慣れている人だった。踵を曲げる癖のついた面白い人だった。息子と今は仲良くやっているのだろうか。先輩の息子に1度でいいから会ってみたいものだ。  ――君の親父さんに、俺はずっと助けられてきたんだ。初めての一言はそれでいこうとずいぶん前に決めた。 「……僕も、その話聞きたいです」 「あぁ? お前はバイト中だろ」 「さっき、マスターに休憩をもらったんですよ」  マスターを見るとにっこりと笑いかけられた。居候はにまにま笑って「話さずにはいられないね」と言う。全く面倒なことになった。毛利小五郎は3度目のため息をついた。


「え、仕事を辞める!?」 「おー、もうこの体じゃあな」 「で、でも!」 「毛利くん! やめろ、辛いのは…君だけじゃない」  尊敬していた先輩刑事はある時に一課から異動していた。会えないのは仕方ないと割り切っていたが彼に病気があったことを知った。しかも自分に知らされた時はどうしようもないくらいに悪化していた。  彼は最期はやりたいことをやるとして、俺に挨拶に来てくれた。彼はもう病気と薬の副作用でちっぽけになっていた。弱々しい手つきで俺の手を握る。「頑張れよ」という一言で俺は泣いてしまった。はい、と頷いた俺を先輩刑事は抱きしめてくれた。息子さんの話は聞けなかった。  俺はその言葉を胸に働いていた。ずっとずっと。そして、英理を助けるために俺は銃を構えるのに躊躇しなかった。銃声は耳の奥で弾けた。こだましていく音の中で自分はやけに冷静だった。周りの熱量との差を感じながら英理のことを呼んだ。幼い蘭はずっと泣いていた。 「お父さんのバカ!! なんで? なんで撃ったのよ!!」 「蘭くん、君のお父さんは……」 「お母さんが死んじゃうよぉ。やだ、やだああぁぁあ」  目暮警部補に腕を引っ張られて俺は始末書を書かされた。そのまま俺は流れるように依願退職をしたのだった。関係ない一般人を撃ったのだから当たり前だ。英理とはその夜の喧嘩で別居状態になった。蘭に「自分についてこい」と英理は言った。俺はそれすらもぼんやりとしていた。トイレの中でぼそぼそと聞こえてくる声に耳を傾けていた。ただ天邪鬼にも、どこにでも行っちまえとかは言った気がする。蘭のさっきの様子を見ていたらついていくだろうと思っていた。 「ううん、行かない」 「え?」 「私、行かない。おとーさんと一緒にいる」  英理は何も言わずにそのまま家を出ていった。蘭はすぐに帰ってきてくれると思ったのか、その日は何事もなく寝た。不味い飯を2人で我慢して食べ切った。  次の日も英理は顔を見せなかった。ホテルかどこかに1泊してるんだろう。メールで蘭の養育費について話そうと言われた。蘭は英理の分まで料理を作った。一人分空いてしまった机と残された皿。泣きそうな蘭のために英理の皿のもんまで腹に押し込んだ。  その日の夜、蘭は英理が帰ってこないことを悟った。俺の前では泣かなかった。布団の中にもぐりこみ歯を食いしばって声を殺して泣いていた。漏れ聞こえる声と揺れる布団に自分は何してるんだと自嘲した。  ハロワから帰ると蘭が電話を急いで切って台所へと走っていった。もんもんとして英理にメールを送る。養育費については、俺が仕事を見つけるまで英理が払ってやるという話になった。まるで離婚後みたいだと笑うと英理は悲しそうな顔をしていた。 「貴方はそういう風に見えるのね」なんて、今まで聞いたことも無いくらい低い声だった。怒りはなかった。彼女にあったのは深い深い悲しみだった。すまん、とその一言だけ残して俺は店を出た。  ハロワでの仕事探しは芳しくない。親からもこれからどうするんだ、とせっつかれていた。せっかく公務員にしたのに、というのは母親の言葉だ。俺はその言葉が嫌いで嫌いでたまらなかった。俺は、あんたの人形じゃないんだ。あんたの言う通りにして……なんか…。  それでも今の自分には何も無かった。最愛の娘も自分の仕事が見つからないのを心配しているのか英理に何度も電話をかけていた。英理の方から電話がかかってくることもしばしばあった。だが意地っ張りな自分はその電話になかなか出られなかった。手を伸ばしても理由をつけて離してしまう。そのまま電話は切れてしまう。馬鹿みたいだった。  そんなある日のことだった。あの先輩刑事から手紙が届いたのだ。実を言うと彼は小五郎が警察を辞めようとゴタゴタしている間に亡くなった。小五郎の発砲事件もあり、警察内に知らせるのは大変だということで身内のみで葬儀を執り行ったらしい。あとから聞くと先輩刑事が葬式に金をかけるなと言っていたらしいのでどう足掻いても小五郎は参列することはなかったのだろうけれど。先輩刑事の妻からもう一通手紙が添えられていた。もし、毛利小五郎に何かあったらと手紙を用意していたらしい。私にだけですか?と電話をかけると教育係で育てた人間には全員分手紙があるそうだ。刑事を辞めると宣言したあの挨拶にはどんな手紙を送るかという様子見があったらしい。 「この前、交通課の方に用事があったものだから貴方の話を聞いたらまさか辞職されていたなんて……」 「……あれは、不甲斐ない自分のせいですから」 「いいえ、違うの。責めてるわけじゃないのよ。貴方は刑事として役目を果たしたわ。ただ、そうね。あの人は、貴方を一番心配してたから」  奥さんに礼を言って手紙を破いた。開くといつもの汚い字で毛利、という呼びかけから始まっていた。


結婚式に参加したことがないので(経験はあるが幼すぎて全く覚えてないのと親が式を挙げていない。)なんか色々と適当です。 喋っていることは吉川英/治結婚/祝/詞集を参考に。 なんでふるあず?→降谷さんと毛利さんの親子みたいな関係が好きだったので彼らの結婚式でスピーチしてもらいました


 結婚式の招待状が届いた。じっとそれを見つめたあとで新婦となる女性に会いに行った。カランコロンと鐘が鳴り「いらっしゃいませ」と笑顔が見えた。 「毛利さん、今日はどうなさいますか」  榎本梓はこの度、降谷という性を名乗ることになった。そしてポアロを辞めることになった。今日は彼女が働く最後の日である。小五郎は注文せずに招待状を見せた。梓はにっこりと笑った。まるで待っていましたよ、と言うかのようだった。 「私たち二人で決めたことなんです。毛利さんにスピーチをお願いしようって」 「だからって何も仲人にしなくとも……」 「でもあむ…零さんがここで働くきっかけは毛利さんでしょう? なら仲人にしようって決めたんです」 「……何だかなあ」  小五郎は梓にそれ以上何も言えなかった。食事をしてコーヒーを飲み事務所に戻った。適当な紙を取り出して頭を掻きながらそこに文字を書いた。  おめでとうございました。そこからスピーチを始めることにした。 [chapter:仲人、毛利小五郎によるスピーチ] まずは降谷零さん、降谷梓さん。ご結婚おめでとうございました。昔は家同士の知り合いとか親戚が仲人を務めたりしたものですが今じゃ私みたいな男を仲人にすることもあるようです。時代は変わりましたね。 ああ、笑いが起こって恐縮です。私もまさか梓さんが降谷くんと結婚するとは思っていませんでした。仲が良かったのは見ていて思っていましたがね。ああいや、お二人の関係を馬鹿にするようなつもりは一切ありません。 ただ、降谷くんはいつも少し遠かったのでそれを近づけて引き止めた梓さんの力がどんなに強いかと、そういう話をしようと思うのです。 さて、降谷零くんはここにいる方々はご存知の通り公安の男です。こんなふうに人が集まれるのもひいてはそこにいる工藤新一が繋げた縁のおかげです。こんなことを言うと仲人はもしかしたらあの男でも良かったんです。なにも私なんかを選ばなくても。ああ、娘に睨まれたので話を戻します。 新郎の降谷くんはそれはまあ優秀な男です。ここにはいませんがきっと部下も頷いてるんでしょう。彼の優秀さは一緒に戦った皆さんならお分かりでしょう。テニスも得意、料理も上手い、腕っ節もよければ顔もいい。 彼に必要なのは忍耐だけでしょう。わかる人には分かりますね。 彼はさっきも言ったように遠くにいました。私の弟子と言いながら何だか媚へつらって私を観察していました。私は馬鹿なのでそんなこと気づきもしません。娘もバカ正直にそんな安室透を信じていました。私は結局最後まで安室透の人の好さを信じていたのです。 今、こうやってスピーチしているのも降谷零に会ってからバラされたのです。言わなければ綺麗な思い出に出来たのに彼はそうしませんでした。彼は元から誠実だったのでしょうか。そうかもしれません。そうではないかもしれません。仲人と言いながら私は降谷零についてまだ分かりかねるのです。 新婦の梓さんも私と同じでした。安室透を信じていました。ですが私のようにそのまま受け入れるのではなく、彼に安らぎと癒しを与えました。素敵な話でしょう。降谷くんにとって大切なのは日本という枠組みだったのにそこにひとつ梓さんという花が生まれたのです。 梓さんはポアロのオーナーのもとで女性一人、ずっと切り盛りしていました。私も何度世話になったのか分かりません。あんまりにずっといるので彼女が結婚してポアロから離れるなんて考えたこと無かったのです。オーナーから話を聞いた時はとても驚きました。あの梓さんがいなくなることを考えられなかったのです。 ですが結婚とはそういうものですね。梓くんはもう降谷くんのものなのです。今日、誓いを立てた時点でもう私たちが頼りにしていたポアロの看板娘さんはいなくなりました。あそこにいるのは公安の妻として生きる梓さんです。 私は仲人失格です。彼らの長い人生の中でたった数年過ごしただけなのに選ばれてしまったのですから。私は皆さんにお二人がどれだけ素晴らしい人なのか、どれだけ幸せになれる人達なのか語れないのです。なのでこのように言い換えます。 この日本が平和である限り、二人は幸せに暮らしていると思いましょう。夫婦の仲なんて冷めやすく拗れやすいですが……ああ、そんな視線はやめてください。別居している自分に言われたくないでしょうが最後までお聞きください。 降谷くんは梓さんに惚れているのです。それはもうずっと惚れているのです。女性というのは、男に惚れられているととても綺麗なのです。女性はその綺麗な姿を男に見せようとします。男はそれを目一杯褒めなければなりません。組織を壊滅させる任務なんかよりよっぽど楽です。ですがそれを長年続ける努力が必要です。 私が最初に言っていた彼に必要な忍耐とはそういうことなのです。話がズレましたが、日本が平和である限りは降谷くんは梓さんを褒めています。そう信じていればいいのです。 そろそろスピーチも最後に致しましょう。最後に少しだけ話すのはお二人が結婚する前の話なのです。 降谷くんは私になぜか「梓さんと結婚したいんです」と言いました。私はとても驚きました。なんで私に言うのか分からなかったからです。 降谷くんはこうも言いました。梓さんにとっては小五郎さん、つまり私のことですが、私が認めた人なら信じられるとそういう話らしいのです。私はバカ正直に人を信じ、嫌なことがあれば人を嫌うこともあります。悪口も言います。八つ当たりもします。なのに梓さんはそんな私の審美眼を信じてくれました。降谷くんも梓さんのため私を信じてくれました。 私はそれに応えるべく、梓さんに降谷くんについて「彼はいいひとだ」と伝えました。梓さんは嬉しそうに笑ってそうでしょうと言いました。 結局、私も降谷くんも梓さんの手の上にいました。私はまたもや後から話を聞きました。そしてそうだったのかと後から合点がいきました。恥ずかしい話ばかりで恐縮ですが何が言いたいかと言うも梓さんの手にかかれば降谷くんもただの男なのです。きっと彼らは素敵な家庭を築くでしょう。それは…まあカカァ天下と呼ぶ人もいるでしょうが。 もう少し私のスピーチにお付き合い下さい。降谷くん、梓さん。二人は自分の体とお互いを慈しみ、よい家庭を築いてください。そして良い人生をお楽しみください。私達はそれを見ることは出来ませんが間接的に感じることは出来ますから。よろしく、どうぞよろしくお願いします。 長々しいスピーチもこれにて終わりです。ありがとうございました。


※ゼロの執行人後の話 ※小五郎さんのパソコン技術がよくわからない。起動はできると信じている ※分かってない人と考え込みすぎな周りの人々


[chapter:毛利小五郎からひとつお知らせします] 最近コナンのやつが俺の元から離れない。こぶ付きのまま麻雀に行くのはもうこりごりだ。蘭もハマりそうになったし英理にも怒られた。 おちおちギャンブルするにも疲れる気分になって冷蔵庫の中からビールを取り出した。コナンの方は今日、学校が半日で休みになったらしい。新聞の見出しは今となっては隕石や探査機で話題が持ちきりだ。だが一度流れた噂はなかなか消えないのを小五郎は知っている。 「毛利小五郎、自ら犯罪をおかしたか」 ネットについて知らない自分は麻雀仲間がよそよそしくなってようやく炎上というものを知った。ネット上では匿名の誰かたちが眠りの小五郎についてみそっかすのような言葉で批判をしていた。 自分で謎解きをしているという自覚はほとんどないため、名前だけが世間を歩き回っている。それと同じように正しいか正しくないかも分からないままに言葉が飛び交っている。うわべだけの言葉だ。 ふと、テレビをつけてないことを思いだした。リモコンを探そうとするとコナンが慌てた様子で「おじさん!」と声をかけてきた。 「おじさん、僕お腹空いちゃったよ。どこか食べに行かない?」 「ああ? ポアロでも行って来いよ。金はやるからよ」 「だめだよ、おじさんも来てくれなきゃ! それに、いつもポアロばっかりだし別のところに行こうよ!!」 そうはいったって一番金のかからないところはポアロなのだ。だがコナンはもちろんのこと、蘭や英理は小五郎のことを心配して何かにつけて一緒に居ようとする。仕方ないと煙草を灰皿に押し付けた。 「今日は久々にコロンボでも行くか」 「へへ、やったあ! 準備してくる!!」 ソファーに置きっぱなしにされていたランドセルを背負ってコナンは上の階へ走っていった。元気なことだ。子どもは元気な方がいい。元気すぎるのは問題だが、しょげてるよりは全然いい。 そういえば安室くんもしょげた顔で一度サンドイッチの差し入れをしにきた。弟子なのにお助けできなくてすみませんと謝った。別に気にしてないと言うと安室くんは微妙な顔をした。その顔だけなぜか強く頭に残っている。 それ以降、安室くんとほとんど会話をしていない。ポアロで会わないのだから仕方ない。 梓ちゃんは何か言いたげな表情でこっちを見たが何も言わなかった。 コロンボに向かって歩いていると携帯に電話がかかってきた。相手は英理だった。いぶかしんだが、わざわざ悪口を言うために電話をかけたりしないだろうと通話ボタンを押した。 「あ、あなた。ねえ、今大丈夫?」 「何だよ、焦った声出して」 「ちょっと事務所の方に来てくれない? 蘭が大変なのよ」 コナンと一緒に急いで事務所へ行くと泣き疲れて眠っている蘭がいた。客のためのソファーだろうに、英理はジャケットを羽織らせて蘭の頭をなでていた。コナンが蘭のもとに駆け寄ったのを見て英理が俺の腕を引っ張った。子どもに聞かせたくない話、と考えて思い当たるのは俺の噂だった。 「蘭のやつ、どうしたって」 おそるおそる聞くと英理は泣くのを我慢した顔で「あなたは知らないでしょうけど、」と前置きして俺の噂について語ってくれた。前に見た時よりももっとひどくなっているそれは蘭の心をどんどんすり減らしたらしい。 今はネットで人と繋がりやすい環境になっている。面と向かって言うよりもネットにあげた方が早いのだろう。 「誰かに言われたわけじゃないらしいんだけど……。誰が陰口を言ってるのかって考えてたら頭の方が先に限界を向かえたみたい。倒れてしまったって保健室から連絡が」 「……。俺の方に連絡が来なかったのは、」 「蘭が願ったそうなの。あなたを、学校に呼んだらどうなるか分からないって」 「そうか……」 誰も悪くないと思っているが、このもやもやとした気持ちはどうすればいいのか。蘭だけじゃなくコナンはどうなのか。じっとコナンを見ていたら眉間のしわを指摘された。 「僕は大丈夫だよ、おじさん」 「……。話、聞いてやがったのか」 警察の会議みたいに、大人だけの会話を聞くのはこいつの得意分野だ。だが、今回ばかしは怒るのもはばかった。コナンはへへっと笑い「少年探偵団のみんなもいるしさ」と言う。他のクラスメートはどうなのか、と聞きたかった。小僧の顔がどうにもかすんで聞くのは辞めた。 自分のせいで子どもが傷ついている現実に向き合うのが辛かった。 起きた蘭を連れて家へと帰る。蘭は学校のことは何も言わずに「夕飯のお買い物してから帰ろう」と言った。 その日は久々に客用の布団を引っ張り出して三人で雑魚寝をした。俺があそこから家に帰ってきたときだって皆別々のベッドだったのに。 「お父さん。ごめんね」 娘が自分に謝る。 「おじさん、ごめんなさい」 居候の小学生が謝る。 自分は、何も言えなかった。 二人を見送り、パソコンを開いた。まず電源ボタンが分からず四苦八苦した。ぽちぽちしても光ってこない。何とかして長押しすることに気づいた。 ネットを開くところはなんとか分かる。アルファベットの「e」みたいなマークをクリックする。ぷおんという間抜けな音で検索画面が出てきた。さて、ここからが問題だ。 ………。 自分のホームページを開いてもその編集がよく分からない。困った。蘭たちに心配をかけないよう二人が学校へ行っている時間に終わらせてしまいたい。英理に聞くのは癪だし、何よりあいつは仕事中だろう。 仕方なくパソコンをそのままにして下の階へ急いだ。ポアロの中には目当ての男が働いていた。人はまだまばらだ。彼のファンらしい女子高生もいない。 「毛利さん。どうしたんですか」 「ちょっと安室くん借りていいか?」 「安室さん?」 「パソコンの使い方がよくわかんねんだよ」 梓ちゃんはあっと察したような顔をした。 「…分かりました。連れてきます」 ダメならいいんだが、という言葉は梓ちゃんに届かなかった。ずるずると安室くんのエプロンを引きずってきて外へ放り出した。 「あー、なんかすまん」 自分の謝罪に安室くんは弾かれたようにこっちを見て「いえ、大丈夫です」と階段へ行く。 「パソコンですよね。言ってくれれば僕が全部やりますけど」 「いや、自分でやるからやり方だけ教えてくれ」 安室くんは懇切丁寧に教えてくれた。バイトが終わったら差し入れに来ますと言って階段を降りていく。 ホームページにお知らせという体で文字をぽちぽちと打ち込んでいく。真正面から来ないなら、こっちも同じネットという土俵に上がるべきだと思ったのだ。差し入れをもってくるならついでに夕飯も一緒にどうだ、と誘ったが断わられた。 「僕はまだちょっと、」と言われたがどういう意味だったのか。 その日の夕飯は二人がそわそわしていた。ご飯が少し多く盛られている。ブロッコリーも1つ多い。何で増えてるのがブロッコリーなのか。 「お父さん、ありがとうね」 「……。何のことだかな」 「素直じゃないんだから」 蘭はその日から笑顔が増えた。コナンも段々と俺にひっつくのをやめてガキどもと外へと歩いていく。そして、 「毛利先生、差し入れを持って来ました!」 「おう、ありがとうな」 こいつもだ。 安室くんは吹っ切れたような表情でいつものように事務所へ来るようになった。少し頻度が高くなったとも、コナンのやつが苦々しい顔をすることもあるが安室くんの心配もなくなったのだと思うことにする。 ネットは知らないから今、どんな言葉が自分のうわべをかすっってるのか分からない。ただ、眠りの小五郎という探偵ではなく毛利小五郎という保護者からの言葉が伝わっていればいいなと思うのみだ。


お知らせ 毛利小五郎は探偵です。犯罪を見たくて解決しているわけではありません。被害者の方々が困っていたり、辛い気持ちを抱えたままにならないように解きます。解決のために犯罪をすることはありません。 私はパソコンも満足に使えない人間なのでSNSなどができません。芸能人でもないので記者会見も開けません。なので、ここで一言言っておきます。 私のことでニュースを騒がせたようですが、私は誓ってその事件とは一切無関係です。 何か言いたいことがありましたら毛利探偵事務所へようこそ。私は探偵ですので、依頼されたら自分が容疑者と思われた事件だって見事解決してみせましょう。


※途中でくじけたネタ 置いていきます [chapter:毛利小五郎にはもう人の判断もできない] 毛利小五郎はもう御年87歳である。まさかこんなに長生きするとは自分でも思ってなかっただろう。不摂生が祟らなくて本当によかったと誰が言ったのだったか。 昔のことだが、自分が老人になったら娘の負担になると考えていた時期もあった。 娘が幼なじみの男と結婚してからはもう苦労をかけてやれと開き直った。 病気を繰り返すようになってから探偵業をやめようともしたが息子兼相棒に言われて杖をつきながらなんとか頑張ってきた。 かつては柔道で犯人を捕まえ、狙撃の腕は警察一とまで言われた彼の体はよぼよぼでしわばかりのおじいちゃんである。世話になった刑事たちは幾人か既に葬儀を済ませた。小五郎は手術後間もなかったため行けなかった。それだけは心残りであると手帳に書き記していた。 彼は孫の顔がもう分からない。いるのかすらも覚えていない。それぐらいに病気が進行していた。 認知症を患ったあとも何とか自宅療養が続いていたのだが、自分の年齢もあやふやになっている彼は施設に入れられた。 入所当初は家に帰ろうと動き回ったりエリはどこだと泣いたりもしたが今はそれもなくなり眠たさに体を丸めている。 施設の職員に起こされる。自分の家じゃないどこかだが、誰かが起こしてくれて食事も用意されてまあまあ楽な場所だと思う。職員は男も女もいる。名前は覚えられない。 風呂に入るのは週に3回。男性なので女性より少ない、と廊下の紙に書かれている。それを見ても食事をしているとだんだん忘れてきてまた廊下を歩くと「そうなのか」と納得する毎日だ。 小五郎は娘の名前を覚えている。ラン。漢字はどう書いたのだったか。よぼよぼの腕でたまに字を書く。1文字書くだけでも指の骨が痛くなる。動かしてない証拠ですよー、と誰かが笑う。この女性は誰だろうと思って名札を見る。ここで働いてる人か、とそれだけわかった。 少し書いたら眠る。疲れやすくなった体はすぐ眠ってしまう。 ある日は珍しく起きていた。外に出してもらい太陽の下で何となく座る。そういえば横にはいつも誰かいたような気がするのに。横を見ると誰もいない。呻くような声が聞こえてきた。思わず振り向いた。何でかは分からない。振り向いた先にはもうしゃべれないばあさんが花を見て呻いている。男が「うんうん」と頷いている。不思議だった。いつも見てきたそれがない違和感があった。 「こんにちは、毛利さん」 誰かが話しかけてきた。知らない顔だった。 「……。おお、こんにちは。あんたはー、」 「蘭って言います」 「そうか……。俺の娘も、おんなじ名前だ」 珍しいなあと笑った。 「あのね、今日はコナンくんについてね、新聞見てきたの」 「コナン……。コナンか」 うるうると記憶が現れる。涙が瞳の膜を作る。なぜ泣いているのか自分でも分からなかった。 「あいつは、ケガしてねえかなあ」 「大丈夫だって言ってたよ」 「そうか。……あいつは、すぐやらかすんだ。俺ぁ何度もやられた」 「私もだよ、毛利さん」 「おめぇもか。大変だろうなあ」 そうだねと頷く女からも涙が出ている。可哀想だと思って自分のポッケに入っていたくしゃくしゃのティッシュを渡した。 女はイヤだと笑ってそれを受け取った。なぜかそれが当たり前のことのように思った。 小五郎はもう認知症の老人である。徘徊はなかったが自分のことを刑事だと言ったり、エリなんて女は知らないと言ったり、娘のことが分からなくなるような老人だった。 仕方の無いことだと割り切れたらよかった。そしたらもっと……もっと、切り捨てることも楽だったろうに。施設に入った小五郎は家にいた時よりもどんどん萎んでいくようだった。小さく丸まって寝る姿は記憶の中の小五郎とは全く別人だった。 小五郎はどんどん記憶の引き出しがなくなったが、なぜかコナンという少年のことは忘れられないようだった。コナンの正体が新一だということも忘れて、あいつは元気にしてるかと心配するのだ。 コナンだった新一はあなたの弟子になって相棒になってそれで息子にまでなったんですよ。そんな言葉を飲み込んで「コナンはどうしてますかね」と白々しい言葉を使う。 小五郎は眠たそうにしていた目を開いて「あいつ。あいつは、」と喋り出す。 嬉しいことのはずがとても悲しい光景だった。 小五郎は食事を終えて折り紙に挑戦していた。横にいるいつもはうるさいじじいが黙々と折っているのはちょっと面白かった。 「毛利先生」 誰かが自分を呼んでいる。この呼び名は誰に許したのか。それを考えているうちになぜか頭が真っ白になった。手元を見るとやりかけの折り紙がある。なんで折ってないのか不思議になってまた折ることにする。見本のチューリップは中々完成しそうにない。 「毛利先生。こんにちは」 「あ、あの、毛利さんへの面会ですか?」 「すいません、初めてなんですけど」 「いつ来られても大丈夫ですよ! ただ、小五郎さんは毛利さんでしか名前に反応されないんですよね。ほかの言葉で呼ばれると誰に呼ばれたのか記憶を探ろうとしてそのまま呼ばれたことも忘れちゃうみたいで……」 「そうだったんですか」 女と男が話している。普段から見ている光景なのになぜか目が追いかけた。 「毛利さーん、毛利さんにね、お客様だよ」 「客ぅ? おれぁもう探偵してねーんだ、けえってくれ!」 「あらら、今日はちょっとご機嫌ななめかな」 「僕は大丈夫ですから。どうぞお仕事の方へ」 「そうですか?」 男が近寄ってくる。黒っぽい肌なのに嫌な感じがない。顔を見るとやっぱり知らない顔だ。顔は老けてるのに声だけちょっと若く聞こえる。こんなじじいに何の用だと睨むと笑われた。 「お上手ですね、折り紙」 「こんなんただの作業だ」 「僕にも作り方を教えてくれませんか?」 「ん」 作り方の紙を見せると男は折り紙をひとつとって綺麗に作り上げた。チューリップではなく違う何かだった。 「うめえなあ」 「ありがとうございます」 男とそれから少し話した。レイという名前にも聞き覚えがない。男は俺に「お礼がしたい」と言った。ダジャレかと笑ったら「本当にお世話になったんです」と頭を下げてきた。きっと依頼人か何かだろうと思った。 依頼人? なんだそれは。 「毛利さん、貴方に何度も助けられたんです。本当にありがとうございました。お礼が遅くなってすみません」 「……。知らねえよそんなの」 俺じゃない誰かにお礼を言った方がいい。俺は全く覚えてない。 ふと気づくと知らない男と折り紙をしていた。男は泣きそうな顔で「折り紙を、折りましょう」と言った。手にはやりかけの折り紙。作り方にはチューリップの絵がある。 「よし、折るか」 机にはなぜか綺麗なチューリップの折り紙が沢山あった。


[chapter:おじさんとお見舞い] 「毛利さん……」 「んあ?」  見舞いに来たのは、自分が助けた少女だった。爆風に直撃して道路にまで吹き飛ばされたのだ。相当怖かっただろうに、もうピンピンしてこっちにまで歩いてくる。無事だったか、と聞けばこくりとうなずいた。まだ小学生の子ども。コナンと同い年。しかも女の子。  以前にもコナンが爆弾の被害にあったことがある。あのときは自分は傍についていなかったから、病院に呼び出されたんだった。病室をあけたら、ボロボロのコナンがいた。あのときの気持ちは、きっと子どもにはわからない。まだ小さな子どもたちがそんな目にあわなきゃいけないなんて、おかしなことなのに。  何かあったら大変だ。娘に同じようなことがあったらどんな気持ちになっていただろう。 「あ、あのね。毛利さん、助けてくれてありがとう」  何を当たり前のことを、と思う。でも、この子にとってはそうじゃないのかもしれない。コナンたちと一緒にいればそういう感覚もマヒしてくるのかも。 「ばかやろう、大人が助けに行くのなんざ当たり前のことだろ」 「……でも、おじさんが事故にあっちゃったから……」 「いいんだよ、そんなことは。おまえが無事ならそれでいいんだ」 「よくないわよ!」  子どもが、また時たま見せる大人の女のような怒り方をする。あの城での火災のときもそうだった。ついてきなさいって言ってんのよ、だったか。  子どもは気まずそうに俺から顔をそらした。その姿は年相応で。   「はは、そんなに叫べる余裕があるなら大丈夫そうだな」  寝かしつけられていたから筋力が落ちた体は頭をなでにいくのも疲れる。子どもはおとなしく俺に頭をなでられていた。  毛利さん、お見舞いに来ました。  今度は誰だ、と頭をあげると探偵坊主んとこにすんでるとか言う沖矢くんが来た。……なんで??? 「灰原さんを助けた名誉の負傷と聞いて、お見舞いに」 「お、おう……」  なんで来たかはわからないが、果物はありがたくもらう。沖矢くんはハロウィンの事件について軽く話をしたあと、すぐに帰って行った。一体なんだったのか。あとで蘭とコナンにその話をしたら「なんでだろう」と同じように疑問形だった。  毛利先生、お見舞いにきました。  安室くんはあのえん罪のときのように、ずいぶんと時間がたってから俺のもとにきた。俺はもう退院していたし、傷もすべて癒えていた。 「……おう、久々だな」 「あれ? もしかしてお見舞いが遅くなったから怒っていらっしゃいますか?」 「いや、別に……」  弟子が見舞いに来なくても怒るほどのものじゃない。米花はいそがしい町だから、探偵がいそがしくしていても変なところはない。  サンドウィッチをどうぞ、と差し出されてありがたく受け取った。コナンにも渡せば「ありがとう~」と軽い返事をして食べている。 「毛利先生が事故にあわれたと聞いて、すぐにでも行こうと思っていたのですが、探偵業務が忙しくてですね……」 「いい、いい! そんなの気にしてねーよ」 「ですが、毛利先生の弟子として……」 「それより、ハロウィンのとき渋谷には行ってなかったんだろうな? コナンたちは出向いてまーた何かやらかしたって聞いてんだよ」  コナンが顔をそらしてずずっとジュースを飲み込んだ。弟子の方は苦笑いで「その日は別の用事があったので渋谷にはいませんでしたよ」という。 「……本当だろうな?」 「え、ええ……」 「なら、いいんだけどよ」  こんなんでも弟子としてとっているから、まあ心配してやらなくもない。  けがが治りきってません~という姿のまま、安室くんは「はい!」と元気よく返事をした。嘘をつくのが彼なりの優しさというのなら、それに乗っかってやらなくもない。