深い青とのお約束
Note
マイ・ブロークン・マリコのパロ
わたしの友人が死んだ。自殺と疑われているそうだ。 ついこの前、一緒に料理を食べた人。わたしのことを同じOLとかって思ってた。わたしのことをふーちゃんと可愛く呼んでた。 「ふーちゃんはいつも可愛いな」 あんたの方がわたしにはよっぽど可愛い子だよって思ってた。運良く日本に来ていてよかった。打ち合わせと称してセックスに持ち込もうとしていた男を殺し、わたしは自分の隠れ家に向かった。友人の家を、探さねばならなかった。 友人の家に行ってなにをするのか、考えてなんてなかった。行かなければならないと思った。 行って、#名前2#に叫んでやりたかった。 わたしがいたのに!! 世界のどこにいたって、どんな男と寝てたって、あんたのメール見逃したことないのに! どんな場所に捕まってても、あんたのために逃げ出して、島国につっこんであんたのいるファミレスにまで車を走らせてたのに! どうして!! 大切に、無くさないようにしまいこんでいた手紙をひっつかみ、わたしはバイクを走らせた。#名前2#と小さく呼んでも彼女の返事はこない。あの子は馬鹿な子だった。いつも変な男に騙されて酷い目にあってわたしが助けにいっていた。 「どうしてこんなことすんのよぉ……」 わたしの言葉に#名前2#はにっこり笑って「ごめんね、わたしのせいで」と言った。ほんとうに。ほんとうに、申し訳ないなんて思ってもない顔だった。わたしが髪の毛崩れるレベルで駆け寄ってきたことを心底うれしく思ってる顔だった。この子のことを嫌いになってしまえればよかったのに、まったくそんなことなくて。わたしは何度呼ばれたって彼女の元に駆けつけた。それがどんな時だって。どんな大切な仕事が入っていようと、男とすてきなセックスをしそうになっていようと。彼女からのメールの知らせをわたしは聞き逃さなかった。 わたしは#名前2#のことをよくは知らない。殴られて笑ってそれでも殴られて、自分の処女をいつなくしたかも忘れてしまったような彼女のことはきっと、#名前2#自身だってよく分かってなかったはず。自分が何者で、どこへ行くのか。まるでシェイクスピア劇の女のように、彼女は訳の分からない激流に飲み込まれて、わたしは必死に彼女の手をつないでた。彼女がどこかにいかないようにずっとつないでた。 くそっ、くそっ、くそっっ。わたしは普段は絶対に言わないような言葉を吐き出した。#名前2#のバカヤロウ!! そう叫ぶしかなかった。 #名前2#の手紙の住所はちっちゃなアパートを指していた。ぼろっちいアパート。わたしだったら過ごすことの無い場所。チャイムを鳴らすと、知らない女が出てきた。 「……#名前2#さんの、友人の、藤峰子と申します」 「は、はあ……」 女は色気も全くない姿で少し考えたあと扉を開いた。話は聞いてます、と小さな声で言う女からは得体の知れない体臭がしていた。 ずかずかと中に進めば、しょぼくれた背中の男が#名前2#の仏壇の前に座っていた。遺骨。彼女は、まだ墓の下に閉じ込められていなかった。 がっ。と、わたしは、骨箱にしがみついた。彼女の遺骨がこんなところにあるのはわたしが耐えきれなかった。 「お、おい!! なにすんだ!」 「あんたに、弔われる女じゃないのよこの子は! あんたなんかに、この子を、この子の骨をあつかう資格なんてねぇ……!」 わたしはこの男が#名前2#の父親だとわかった時に彼女のための仏壇なんてぶっ壊してやると思った。捧げられてるような酒缶も、たばこも、こんなテーブルも。男はまだ何か言っていて女はわたしに叫んでいる。ふざけんな、お前らは、#名前2#の声に、耳を貸さなかったくせに。 「あの子を、強姦して! あの子を奴隷のように扱って! あの子の叫び全部無視してたあんたたちに、守られる子じゃないの!!!」 わたしはいつも持っているブローニングを構える。撃つわけじゃない。こんな人間に使うのは無意味すぎる。ひいっと叫ぶ男たちを無視してわたしは悠々と家を出ていった。#名前2#の骨箱を抱えてわたしはバイクも捨てて歩いて帰った。どんなに辛かろうと、#名前2#を手放すぐらいなら自分の足がどうなろうと気にしなかった。 わたしが誘惑したんだってえ、と#名前2#は言う。彼女はわたしから見たら可愛い子だったけど、世間一般の美しさの基準においてはお世辞にも魅力的とは言えなくて。彼女に対するセックスアピールはわたしに対するそれとは違っていた。 この女なら手を出せる・この女は言い返さない・この女は…… なんて。男たちの欲望を押し固められてどろどろに自分をとかされたような子だった。 わたしは自分の体の価値をわかっていたし、安売りすることなんて絶対にしなかったけれど。#名前2#は自分の体に価値があるなんて思いもしてない子だった。「きっとわたしが悪いんだね」なんて、思ってもないような言葉で自分のことをほんの少しだけ守っていた。彼女の顔はいつだって殴られた痕が生々しく残っていた。 わたしは彼女の骨をもってまた日本を飛んだ。あそこにいたってわたしは彼女のことを守ってあげられないから。ルパンに「不二子ちゃん、盛大にアソんできたね」なんて言われたけどわたしは何も返さなかった。 誰からもらったのか忘れてしまった無人島に、わたしは船を走らせた。わたしと#名前2#のための島。わたしと、#名前2#の名前からとって名付けた島。ここにはわたしの好きな宝なんて何もないけど、それでも、彼女にとっての楽園にはなるだろう。 ざくざくと慣れない手つきで土を掘り、#名前2#の骨をうずめた。土だらけの手を見て、1箇所だけ掘り起こされて土が見える島の表面をみて。わたしはようやく声を上げて泣いた。 どうしてわたしはこの子を救えなかったのか。どうしてこの子はわたしを連れて行ってくれなかったのか。 わたしは、#名前2#のためなら世界を敵に回したってよかったのに。 マーク・トウェインはすてきな言葉を残している。アダムとイヴの日記。わたしはキリスト教を信仰しているわけではなかったけれど、あの愛の形に#名前2#が憧れていたからわたしも一緒に読んでいた。 アダムにとっては、イヴがいる場所が楽園だった。 ならば、ここは、わたしにとっても楽園になるに足る場所だ。
藤峰子さまへ 今あなたは日本じゃないところでこの手紙を読んでいるかもしれません。わたしを一番にして、なんて我儘を言うわたしにあなたはとても優しかったですね。峰子なんていう偽名で、OLなんていう嘘っぱちの職業で、血と外国でしか嗅いだとこのない火薬の匂いをさせて、わたしのために世界の裏側から駆けつけてくれる女なんてあなたぐらいです。 わたしはあなたの自由な生き方が好き。峰子が、わらって、男を翻弄して、楽しそうにお金をあつかう手指が好き。 あなたが幸せになるためにはきっとわたしはいらなくて、いつかは切り捨てられる覚悟をしておこうと思ってました。でも、そんなの無理でした。 わたしは幸せだと感じるその時に死にたい。峰子がわたしのために駆けつけてくれると分かっているこの瞬間に死んでしまいたい。 わたしは自分の幸せなんてないもんだと思ってたけど、峰子が本気でわたしのことを心配して怒って泣いてくれるその瞬間だけはきっと幸せだから。 だから、藤峰子へお願いです。あなたは、わたしのことを恨んで生きてください。それだけでわたしは幸せです。