リボンとパンプス
美人って得でしょ~と友人は言う。サービスをしてもらったり、声をかけてもらったりしてるもんねえと。彼女のお弁当はお母さんに作ってもらったのか、いつも綺麗な彩りとご飯がつまっている。うちの親は冷凍食品をいれない主義なんだって、と言いながら食べるのはおいしそうな手作りの料理たち。 謎のサービスについてくる電話番号や、話しかけられてこわくてたまらなくて誰も助けてくれないと泣く女のことを、この子は知らない。母親にうとまれ、父親には手を出されそうになり、お弁当はお店で買うものしか持ってきていない女のことをこの子はわかっていない。 「いいよねえ、#名前2#は美人だから」 その言葉は、友人にむける言葉なのか。 空を見ながら、この電車をずっと乗っていったら知らない街についてくれないかなあなんて思う。わたしはこの電車の最終駅を知っているし、そこから家に帰る道もよく知っている。だから、最後まで乗ったところで意味はない。空を見たところで意味はないのだ。 「ぬぁーーにしてんの!」 「うぉ、あっ、えっ」 「そんなやばい目付きで空を見てんなよ、女子コーセー!」 わたしに絡んできたのは志織ちゃんだった。 志織ちゃん、と呼んでいるが彼女は社会人で結婚している。わたしはただの女子高生。いや、ただの、ではない。弟が歌舞伎役者としてかわれている、女子高生。その世界に入ることは許されないのに、その世界から逃れることはできない人間。 志織ちゃんも同じ人だった。わたしたちは、そんな意味での友人だった。 「……なんかあった?」 ベンチに座り、こちらを見る志織ちゃんはこの時間に外に出歩くような職業ではなかったはずだ。なんかあった、はこっちのセリフだった。 でも、わたしは志織ちゃんの言葉にすくわれてしまった。すがりつきたいと思った。 「美人はいいよねって、当て擦られた」 「アッハッハッハッハッ! なにそれ、誰に?」 「友達」 「あら~~。いやな友達ね」 「……」 「あたしもね、仕事やめてきた。煌三郎と結婚したじゃん? 仕事もついてないしいいかなーって。そしたらさ、後輩が『名家の人はすぱっとやめられていいですよね』って」 それは。わたしよりもひどい当てこすりじゃないだろうか。出そうになった涙が引っ込んだ。志織ちゃんはにやりと笑っている。 「だからなに? とは言えないよね。お互いにさ、苦労してるとか嫌なことあったよなって思うと」 わたしは友人のことが嫌いではなかった。好きな人のためにメイクをしてファッションをチェックしている彼女が。自分の将来のためにピアノの練習までする彼女が、わたしにはいつも眩しく見えていた。だからそんな彼女に当て擦られている、と気付いた時「わたしってそんな風にみられてたんだ」と驚いたし美人になりたいのかと思ってしまった。わたしは友人のことを美人と思ったことはなかったことが、すくなからずこの友情関係にひびを入れていたとそのときになってようやく気づいたのだった。。 「わたし、不倫関係を持ちかけられてたんだよねえ」 「え、は、」 「まあ未遂だけどね? 旦那……煌三郎がさ、来てくれてさ。助けてくれたの。『妻になにか用ですか』って。あ、別にヒーローじゃないのよ? 兄弟子の縄張りのホテルだったわけ」 「志織ちゃん、それ笑いごとじゃないよ……」 「あっはっはっは!」 「志織ちゃん!!!」 「そういうわけでさ。セクハラ上司をうえにもつと、下の女の子は我慢しなきゃとか思うわけだよね。わたしも、煌三郎がいなかったら負けてたかもしれない」 「……志織ちゃんは、つよいと思うけど」 「そう? ありがと」 志織ちゃんは「ある女の子」の話をしてくれた。その子は、女の子なのに歌舞伎の助六に憧れているらしい。それが誰か分からないほどバカでもなかった。宏と仲良くしてくれるあの子だ。名前は覚えてない。たしか、なんか、可愛い音の名前だった。 「助六になれないって知らないまま、ずっとずっと憧れてるの。それがさ、なんだかまぶしくって、かっこよくて。ずっとそのままでいてほしくなっちゃった」 「……無理だね」 「そう。いつかは知るよね。だから、それが寂しくて悲しい。あの子の笑顔が」 志織ちゃんは「あんたももうちょっと気軽に生きてみれば」と言う。わたしは友人と思っていたその子と話し合いという名の大げんかをしたあとつるむ時間を減らした。ここでの友情は一生つづかなくてもいいのだ。 宏の口から「さらさちゃん」の名前を聞かなくなってしまった、と気づいたのはそれからずいぶんと後のことだった。母からあの子はもう通ってないと聞いて、歌舞伎の壁に彼女はぶち当たってしまったのだなと思う。 わたしは今でも「美人」というカテゴリーらしく、モデルをやってみないかと声をかけられることもあったがすべて断っていた。美人かそうでないかの基準で判断される世界は自分には合わないと思った。 数年後、志織ちゃんから「推しができた」という連絡をもらった。その推しというのは紅華でオスカルを演じることが夢らしく志織ちゃんはずっとその夢を応援し続けるのだと意気込んでいた。 「もしかして、その推しって自分の名前が一人称の子?」 わたしの返信に志織ちゃんはうさぎが飛び跳ねるスタンプでそうだよ、と返した。