北極星「幾星霜」「ひとり」「導く」
あの男の中で俺は一体どんな立場にあるのだろうか。手渡されたスマートフォンを見てそんなことを思った。俺はあいつのことを大切に思ってるけれど、なんというか、肉盾のような……。そんな気もしている。本人からではなく、ジョンを経由して渡されたスマートフォン……。 「なあ、ジョン」 「うるさい、黙れ」 「えっ。俺まだ何も言ってないんだけど」 「お前が話すと……」 しゅぴん、と音がしてスマホに早く動けよ、とマルクスから連絡が入っていた。なんで今俺は殺されそうになったんだろう……。マルクスたちにとっての俺は盾ですらないのか、としょんぼりしてしまう。 「……早く行けって言われてる」 悲しむ暇も与えてくれない。テクストをわざわざ送るくらいならインカム使えばいいのに……と思っていたら横にいたはずのジョンがすでにいなくなっていた。慌ててあの黒髪スーツの男を探すと、気づいたらもう敵の殲滅を始めていた。殺し方はやはり美しい。マルクスの援護もあってかジョンはいつもよりペースが速かった。どんどん遠ざかるジョンの後ろ姿を見て迷子になるのではないかと怖くなった。また捨てられる。それだけは困る。自分の居場所はもうここしかない。 「あれ、まって、ジョンまって!」 「おい、大丈夫か」 「大丈夫じゃないかも!」 俺はマルクスのような遠距離型ではない。一応銃機器は扱えるけれどもジョンのようなスペシャリストでもない。ジョンにくっついていないと死ぬ可能性が高い。 援護をしながらも俺を見てくれているのか、インカムからくるマルクスの声に導かれて死体の中を通り抜ける。角を二回ほど曲がったところでようやく銃を振り回すジョンを見つけた。慌ててジョンの方に近寄ったらあいつにしては珍しく撃ち漏らしがあった。ジョンは気づいてない。おわああ、と俺も叫びながら銃を撃つ。クリティカルヒット。首を撃てた。 「ナイスショットじゃない!?」 叫びながらジョンの方を振り返ると最後の一人らしき男を撃ち殺していた。 「自分で言うな」とマルクスが。 「ほんとに殺せたか?」とジョンから言われる。 「ジョンもマルクスもひどい」 俺だって頑張ってるって言葉は使わないけれど、自分で自分をほめるくらい許してほしい。ひとりくらい俺を褒める人がほしいのだ。この業界に来る前だって、来てからだって俺は自分がよくできたやつだと思ったことがない。 この世界に飛び込んだのは死んだ母親のせいだ。母は悪い人ではなかったが、極悪人だった。俺を置いて一人逃げようとしたところを円卓の人に殺された。円卓からは死ぬか仕えるか選べと言われ、俺は仕えることにした。俺自身があまりにも使い物にならないと思われたのか、ジョンとマルクスとでスリーマンセルで仕事を言われるようになった。 ジョンは職人気質というかとっつきにくい人だったが、マルクスは最初はまだやさしかった。スナイパーとして空間認識能力がとても高く、まだボケている俺を俺を導いてくれるような人だった。この二人に認められれば俺はもう一人前といえるのではないか、とそんな甘いことを考えていたのだ。 しかし。しかし、だ。世界はとても広いので、俺だって結婚することもある。もう師匠たちから結婚するべきだろう、と言われて女性を紹介された。可愛らしい雰囲気の人だった。俺は特に何も文句もなかったので結婚を承諾した。契約結婚だろうがそういう生き方もあるだろう、と思っていた。 一緒に仕事をすることが多かったマルクスとジョンに一番に話したらものすごい顔をされた。ジョンからは「よかったな」と肩を叩かれたが、マルクスは無言で酒を飲むだけだった。ようやくほめてくれると思ったのに。おかしいなあ。 マルクスとジョンにはペットのようにくっついてくる青年がいた。人質として投げられた#名前2#を円卓が拾い上げて、その遺伝子に期待したのだ。しかし、彼はあの女の遺伝子を引き継ぎながらも能力は人並みだった。ホテルに預けてもよかったのだろうが、顔はそれなりによかったことと愛嬌からハニートラップなどでまだ使えるかもしれない、と殺し屋の方に籍を置いていた。 ジョンは彼がいつ死ぬかもわからない、と放置していたがマルクスはどうにも彼が可愛く見え始めたのかだんだんと気持ちを開いていた。厳しい子言葉を投げるのも、公私混同しないために頑張る彼なりの努力であった。ジョンはいつかマルクスが#名前2#を部屋に呼んでもおかしくないだろう、とさえ思っていた。あの広い家に中年男と青年が暮らす。どこかの映画みたいな話をジョンは馬鹿みたいに考えていた。きっと言わなかったけれどマルクスも同じことを思ったであろう。それが、ぶち壊された。ほかでもない、#名前2#の手によって。 「マルクス」 「うるさい」 「よく泣かなったな」 「うるせーなお前」 バーにいてもうるさくなる、とマルクスはジョンの家に連れていかれた。マルクスの家では余計に#名前2#のことを思い返してつらくなるだけだろう。 ジョンの持ってる酒だから、とマルクスは何も気にせずコップをあおる。ジョンはそれに文句も言わずただ見つめていた。 自分にも恋人がいるのだが、きっとマルクスは酔っぱらって涙を浮かべることはないだろう。普通に、穏やかに、祝福してくれるはずだ。#名前2#だからいけない。あの中途半端に生きていた男だからこそこんな状態になっている。マルクスにありもしない希望を見せて、彼は摘み取ってしまった。世界ではそれこそが幸せだろう、というように妻を見つけてマルクスの前に現れたのだ。 「ジョン、あいつも生きてるんだなあ」 「そうだろうな」 「俺はそれも忘れてた」 「いや、まあ生きてても結婚するとは限らないだろうが」 「お前は結婚するだろうが」 「わかってたのか」 マルクスは気づかないわけないだろう馬鹿、と言いながらまた酒を飲んだ。ジョンはそんなものか、と思いながらもさらっと流されたことに逆に自分の方が驚いた。マルクスはジョンへの発言でちょっとだけ正気にかえったのか「すまん、今のは変だったな。おめでとう、まだ先の話だが」という。別にこんな酔っ払い状態のまま祝ってほしいわけでもない。 「幾星霜の時を超えて、お前に会いに行く。って、約束してたんだ」 「なんだ、今のセリフは」 「#名前2#が言い出したんだよ。いつか俺に自分のことを認めさせてやるからなって」 「そうなのか?」 ジョンには聞いたことがないセリフだ。認めさせてやる、とは言われていたが。マルクスはジョンのことも気にせずつまみを食べ始めた。煎りピーナッツがどんどん消えていく。 「……。俺だって、待ってたのにな」 マルクスの声は小さくなって消えた。ジョンは何も言わずに相棒の肩を叩く。マルクスはそのはずみでようやく涙を流せたのだった。