「星」「健気」「思慕」
#名前2#・#名前1#はサバナクロー寮の二年生である。四年制の中で二年生ということなのでジャックからは先輩にしてもそこまですごい人だとは思わなかった。ラギーはまだ寮長のお世話をしていたので頑張ってるな、とは思うが#名前2#には最初はうるさい人だな、と思うだけだった。 この印象が変わったのが#名前2#がヴィルをジャックに紹介してくれたことだった。効率のいいトレーニングしたいならここじゃなくてヴィルに頼んだ方がいいぞ、と引き合わせてくれたのだ。美をかため、美をうたい、美しくなければ死ぬのか??というイメージのあったポムフィオーレ寮の…その、寮長と引き合わせるなんて何考えてるんだとジャックは思っていたが、ヴィルは「トレーニング機器? いいわよ、貸してあげる」とあっさりとジャックの願いを引き受けたのだった。 後から聞いたところによると#名前2#はジャックのためにヴィルに近寄ったらしい。努力する人間は嫌いではない、というヴィルは後輩のために頭を下げる#名前2#を見て気分もよくなったのか引き受けてくれたらしかった。寮でこの美談を語られたと愚痴を言うエペルは二階の廊下を歩いている#名前2#を見て「あの#名前2#サンって人、すごく優しいんだね」と言った。ジャックはエペルが自分に話しかけているとは思わず「ああ?」と首をかしげた。 #名前2#が? 優しい? あいつはうざったいってやつじゃないのか……。サバナクロー寮では自分のことは自分でやるしかない。レオナほどの力を持つ者は後輩を従者扱いしても許されるが、ジャックのような一年生がそういったことをするはずもない。なので、#名前2#が自分を気にかけてくれるのは優しいと言っていいのか分からなかった。エペルは「僕はあの人としゃべったことないし分からないけどさ」と話を続ける。 「ルークサンいわく……あの人は、優しい運星に生まれてるらしいよ」 「運勢? そんなものに優しいとかあんのか。ていうか……。人に優しくしてどうすんだよ……」 「さあ? ルークサンの言うことだから僕はちゃんとは分かんないけどね。まあ…。可哀そうな人だと思うけどね」 エペルはジャックよりも厳しい言葉を投げた。可哀想。サバナクロー寮のことも知らないやつに、エペルに#名前2#のことを可哀想と言われるのはなんだか腹が立った。 「あの人は、可哀想な人じゃねえよ」 ジャックの言葉にエペルは「はあ?」と口を歪めて見つめてくる。ジャックよりも低い身長で可愛らしい顔をしているのにエペルは口が悪い。ヴィル先輩からはそれを怒られているらしいがエペルは誰も見てないときにはこうやって口が悪くなる。 「さっきまで怒ってたくせに、なんで今度は僕に怒ってんの」 「えっ、ああ、いや……」 「あの先輩のこと好きなの」 エペルは下からねめつけるように詰め寄る。ジャックは今度こそ何も言えなくなった。好き? 自分があの人を?? 弱肉強食の世界で生きていたジャックは自分がまさか「弱い」と思った人を思慕するだなんて考えられなかった。 自分が#名前2#を本当に好きなのか確認するため、ジャックは#名前2#のことを追いかけまわすようになった。#名前2#はなぜかいろんな人に親切をする。それはサバナクロー寮だけでもなく、後輩にだけでもなく、先生でさえも手伝いに行く。そこにはへりくだる弱さも、媚をうる姿もなかった。それが分かると同時にジャックはなんだかムカムカとしてきた。折角見直したのに。ジャックにも#名前2#がいい人だとか、優しい人だとかわかってるのに。違う誰かが彼にありがとうと言ったり、微笑みかける姿は見てて腹が痛むのだ。この気持ちを誰に相談すればいいのかジャックには分からなかった。 そのまま寝付けない夜が続いた。目の隈ができると一緒に朝の走り込みをするヴィルにすぐに指摘された。夜はちゃんと寝ないといけない、とくどくど言われるのでジャックは意を決してヴィルに#名前2#の話をすることにした。 「あの、先輩」 「なあに? 言い訳なら聞かないわよ」 「#名前2#先輩とヴィル先輩ってなんでそんなに仲がいいんすか」 思わぬ質問を受けたせいでヴィルは一瞬目を見開いたが何を納得したのか「健気ねえ」とため息をついた。 「え、あの」 「仲良くなんかないわよ、安心なさい」 なぜか安心したような気持ちになった。ヴィルはあはは、と珍しく口を開けて笑いながら先に行ってしまう。待ってください!と慌ててジャックも追いかけたらすぐに追いついた。もともとの運動量はジャックの方が多いから当たり前だがヴィルは「あんた、そこは空気読みなさいよ」と文句をたれるのだった。 ――空気を読まないあんたに教えてあげるけど、あんたのその気持ち、大切にしなさいよ。 ヴィルにそう言われてからジャックは#名前2#になんていえばいいのか分からなくなった。この苛立つ気持ちを大切にしろとは何だろう。真面目に考えてもこんなネガティブな感情と一緒にいなきゃいけないなんて考えたくない。 けれど、そういう時に限って人は現れる。寮内に設置されているキッチンに夜食を作りに来たら#名前2#と出会ってしまった。 「ジャックじゃん。元気にしてたか~~」 久々じゃない…と言いたいところだが、ジャックは#名前2#を追いかけていただけで実際に会っていたわけではない。一方的に「久々」と言われるのは胸がいたんだ。イライラした時とは別の痛みだ。ずきずきと、胸が痛んでいる。 「ヴィル先輩からお前がなんか悩んでるみたいだから話聞いてやれって言われてさあ。どうせ予習復習で部屋にいるだろうからって飯持っていこうと思ったんだけど。まさか自分からキッチンに来るなんてなあ」 #名前2#はほら、と椅子を用意してくる。ジャックはおとなしくそれに座った。#名前2#と一緒にいられるのならまあ、この小さな椅子も我慢してやろう。ちょっとぼろぼろのサンドイッチも我慢して食べよう。笑ってしまいそうになる顔を必死に引き締めてジャックはサンドイッチをほおばった。 「それで、寝れない理由って、なんなんだ?」 ジャックは言おうか言うまいか迷った。もそもそとサンドイッチをもう一つ手に取る。#名前2#は何も言わずにジャックを見ていた。ジャックはずっと食べ続ける。たまにミルクをもらってマーガリンの塗られていないパンの耳も飲み込んだ。一人で全部食べ切ったところで#名前2#も食べる予定だったのか、と思い至った。おそるおそる#名前2#を見ても笑っているだけだ。 「……。最近、腹が、むかむかしちゃって」 「病気か何かなら保険医に聞いた方がいいんじゃないか」 だって、あんたに関係することだぞ、とジャックは心の中で呟いた。ヴィルは健気だ、と言っていたがこの気持ちはそんなものではない。もっと黒くて、なにか、嫌なものだと思う。大切にしろなんて冗談じゃない。 「俺でよかったら話、聞くからな」 優しい言葉だった。ジャックはようやくエペルの言う優しさが何か分かったかもしれなかった。優しすぎるから、こいつは自分を苦しめる。 「あんたが、」 「ん?」 「あんたが、誰かに優しくするのを見てたくないんですけど」 自分の中のイメージでは、もっと、かっこよく、この人に、きれいな気持ちを、言いたかった。でも、出てきたのは情けなくて弱い声だった。苦しめられている。縛られている。いたい。胸が痛い。自分以外にもこういうことするのかと思ったら腹もうずくし胸も痛い。ぼやけた視界の中で#名前2#が手を伸ばすのが見えた。 「ジャックは、俺に、どうしてほしい?」 優しい声なのに、ジャックにはそれがつらい。頭を撫でてくれるのにやっぱり苦しい。でも、これを言ったら嫌われちゃうんじゃないかと思うと喉の奥がひりついて口が動かせなかった。ジャックは声には出さなかったと思う。泣くのを我慢していたのだから。だが#名前2#はジャックの顔をしたからのぞきこみ、柔和な笑みになった。 「嫌わないよ。ジャックは心配症だなあ」 うそだ。だって、だって……。#名前2#はジャックのことを見つけてくれなかった。困ってて、寝れなくて、ヴィルに相談までしたのに、ジャックのことを見てくれなかった。ヴィルが言うから、ようやくジャックのところに来た。ジャックのことは、誰かのことの後回しにされた。#名前2#が自分を優先してくれなかったことが、とても寂しくてつらかった。 「おれ、だけ見てて。先輩はすごい人だって、尊敬すべきだって、わかるけど……優しくするのは、おれだけがいい。おれのこと、ちゃんと見てて」 ジャックはいつの間にか#名前2#の服をつかんでいた。机の上に置かれていた手もあったのにそっちには何故か手を伸ばせなかった。#名前2#は笑ってその手をつかんだ。ジャックはいつの間にか自分の手がとても冷たくなっていることに気づいた。ジャックの頭の上にあった手がするすると下りてきてほおに触れた。 「見てたよ。ジャックが俺のこと追いかけてくれてたの、本当は嬉しかったんだ。でも、ジャックは俺と話すとき面倒って顔してたから。我慢してた」 だから、もう、安心していいんだよ。その言葉にほっとしてジャックは#名前2#の腕に飛びこんだ。ジャックはようやく自分の居場所を手に入れられた。ヴィルの言う通り、あの感情を切り捨てることがなくてよかった。また涙が流れるジャックを#名前2#は「明日は目が腫れるぞ」と言いながらキスをおくった。