彼女の本丸運営がまとまるまで
ニッカリ青江。審神者界ではひらがなのにっかり青江という名前で通っているらしい。 「そーなのか? 俺が博覧会で見たときはカタカナだったけど」 「一応、カタカナは現在外来語にしか使われないようになっておりますので」 こんのすけの返事に俺はふーんとうなずいた。カタカナもひらがなと同時期に成立したれっきとした日本語だが、まあ未来ではそういう扱いなんだなと無理やり納得した。 「#名前2#」 「どうした、世祖?」 「おなかすいた」 世祖がぐるるるると大きな音をたてて腹を鳴らした。こんのすけと俺と目を合わせる。世祖の時間ぴったりの概念は薄れているのかもしれない。 「そうだな、飯くうか」 大広間に行くと、すでに刀剣男士たちはそろって席についていた。一人、を除いてだがまあ、それは予想の範囲内だ。 「さっ、世祖。席に着きな」 上座の、いわゆるお誕生日席に座らせたのだが結局、横に座った俺の膝の上にまでよじ登ってきた。刀剣男士たちはそれを見ても何も言わない。子どもには甘いのか、審神者に甘いのか。 「ここ!!」 「…うぃっす」 世祖はにっぱり笑って、食器なんかも一緒に移動させた。相変わらずチートだ。手も使わずに、超能力のように浮かんでいる。これが人間に備わっている力ってんだから恐ろしい。そして、俺も今現在は使えるようになってるってのが恐ろしい。 「…しゃあねえ、ここでいいか」 主人の席に主がいないまま、手を合わせた。 「いただきます」 凛とした声で、にっかり青江は空いていた主人の席に座った。流麗な動作で味噌汁に口をつけて一言「まずい」と言い放った。 一番最初に動いたのは、やっぱりかーと言うべきか長谷部だった。刀身をにっかり青江の首に突き付けて「貴様、いったい何をしている?」と聞いた。 「簿九は食時をしているダケだよ。おかしいかい?」 「なぜ、そこでする」 「ここが明いていたからさ。おかしいかい?」 「ああ。なにもかもがな」 「そうカい」 にっかり青江はのどに手をあてて「あ、あー。ああー」となにか言ってから首をこきこきと鳴らした。「これでいいかい?」と青江はにっかりとまあ文字通り笑って「僕は彼女を主と認めていない。だから、座った。それならいいのかい?」と俺に、聞いてきた。長谷部に体は向けられている。でも、視線だけがこちらによこされた。 「そうだなあ」 俺はちょっと頭をかいた。こうゆう話は苦手なのだ。勿論、世祖も話はわかっていない。今は自分のご飯が口以外のどこかに行ってしまわないように追いかけるので必死だ。 「うん、青江。いっぺん、死んでこいや」 「え?」 青江は心底ビックリした顔をしていた。俺はいま、変なことを言っただろうか? 「世祖に尽くせない刀剣はいらん。尽くせそうという可能性もない刀剣はいらん。俺は世祖を守ることが勤めなんだ、それを邪魔するやつはたとえ脇差だろうが太刀だろうが関係ない。俺は、陸奥で切り伏せる」 「ッ! #名前2#、それはー…!」 「ひどすぎるってか? だがな、長谷。審神者だって意味もなくここにいるんじゃない。戦争をしてるんだよ。そりゃあ、俺達がどうしようもないくらいにゲスでクズで、俺達のことを使えない人間と思って"流れ弾にあたって死んだ"って理由で殺そうとするんなら構わねえ。いや、世祖は構うんだけど。でもさ。それ以外の理由で、上司に従えないやつなんかいても困るんだよ。使えねーもん。死なないための進軍したって、俺らに従えないやつは勝手に突っ込んで死ぬだけだ。それじゃあ困るんだよ。世祖の記録に傷がついちまう。俺は嫌なんだ。だから、青江は今ここで殺す。次の青江がやっぱりこんな風なやつだったらまた殺す。おかしいか? 消耗品(とうけんだんし)ども」 俺の言葉で刀剣男士たちのまとう空気は冷え切ってしまった。食事をしていたのは、ついに世祖だけになった。カチャカチャと音が一人分だけする。 「…そんあ、みがってすぎます!」 「え?」 ひょっこりと帽子が揺れ動いた。ピンクの髪の毛がふわふわと揺れておれの前にやってくる。 「こ、こおあなくても! いいえす!」 もう自分でもがむしゃららしくほっぺたを真っ赤にさせて、刀を持って叫んでいた。 「あおえさんは! 優しい、ひおあから!」 秋田藤四郎は、この日初めて、自分の思いのたけをぶつけることを知った。そしてそれに対する俺の対応は 「うん、でも、優しいだけじゃ俺は容赦できねーんだわ」 となんともひどいものだった。 「あ、そうだ。青江、お前に渡しておこうとおもって持ってきたんだ。ほい、これ。この本丸の刀剣男士になるにあたっての注意事項だ。ちゃんと読んどけよ」 昨日、長谷と一緒に作ったプリントだ。俺と世祖とで色々他の本丸とは違うことが多いのでブラ本男士様に作ったやつだったが…まさか、こっちにも使うとは思わなかった。まあ青江はすぐさまそのプリントを破いたわけだけど。 「……そうか、君もそうなのか」 「ああ?」 「ようくわかったよ」 青江はギリッと歯をかみしめて、血を俺に吹きかけてきた。 「うぎゃっ! きもっ!」 「しね」 重たい声だと思った。 それと同時に、ずんっと体が重くなった。なんだこれ? 目の前が真っ赤で何も見えない。とりあえず手を伸ばしたら茶碗にぶつかって飯をこぼした。ぐるんぐるんと体が回り始めたが、なんとか机にしがみつけるレベルの力だ。 といっても、それなりの力だ。(みしみしと机がきしみ始めていた。) 頭がゆがみそうになるくらいはひどい。(頭っていうのは体の中でもかなりやわい部分だからなのか。さっきの血の所為なのか。一番被害が強い。) 「手が!」 「燭台切の旦那、一旦落ち着こう。な?」 薬研と燭台切の声が遠くに聞こえる。本当になんなんだ、これ? ミシミシと机が更にうなって、破片が飛び散り始めた。まったく、こけらもいいところだ。 頭の中ではバカみたいなことも考えていられるのに、手の感触は現実的に俺の芯を刺激している。もうそろそろ机が壊れるであろうことが簡単に予測された。 「#名前2#?」 すとんと世祖が俺のもとに寄りかかってくると、気持ち悪い感じは消えてちゃんと見えるようになった。心なしか、血が昇っていた頭も冷やされてスッキリしたようだ。 青江や、秋田が目の前にいるとしっかり把握できた。視界が広がりすぎて横にいる長谷すらも見えるようになっているんだが…。まあ、後で世祖に云えば治してもらえるだろう。 あ、と口を開こうとしたら服を引っ張られる感覚がした。 「おう、世祖。どうかしたか?」 「んー、ごはん!」 「はいよー」 こぼれた飯は仕方なくふきんでふき取って、世祖の椀を手に取った。ピンク色の可愛らしいそれを見て、世祖はニッコニコの笑みをうかべて「ふふふー」と笑った。ちょっと、なんで笑うのか意味が解らなかったが一緒に「ひゃははー」と笑ってみた。何かが違う気がした。 青江は呆けた顔でこっちを見て「ど、ういうことだい…?」と呻いた。 「ん? どうかしたのか、青江」 ぶっちゃけ、青江が青ざめた顔をしているので名前にかけてるのかと聞きたいくらいだったが、それはさすがにやめておいた。俺はそこまでバカじゃない。 「……。呪いを、跳ね返すのは人間でもできる。でも、呪いを抹消させるのは…もはや、人間じゃないだろう。君の膝に乗る、それはいったいなんなんだよ…」 ぶるっと肩を震わせた青江に秋田が近寄った。あ、青江さん!と声を震わして、肩にそっと触れる。さしもの青江も自分の恩人には手をあげるつもりはないらしく、肩を少し震わせただけでその手を置いたままにしておいた。 そういや、青江。今、何気に世祖が自分より格上って認めたけどいーんかな? あれ? 俺が気にすること…だよな? 「そんなん、どーでもいーじゃねーか。お前の敵じゃねーんだから」 俺が言った言葉に、青江は理解しかねるというインテリみたいな顔をした。昔の仲間を、思い起こさせる顔だった。 あまりにもあっさりと言いのけたこの男は、#名前2#というのだと今さっき初めて知った。(これでも頭はいい方だ。紙も速読ではあるが見てある。) 主だと言われた童女、世祖がそう呼んだから「ああ、そうなんだな」と片隅で理解した。 血をかけての呪いは、付喪神である自分たちだってリスクを冒すことだ。それをまさか、年端もいかない童女にやられるなんてね。カミサマ失格だ。 肩に置かれた、秋田藤四郎の手は震えている。彼だって、きっと怖いんだろう。 それでも、僕に味方してくれるのは彼が仲間想いとかじゃなくて僕じゃないにっかり青江に恩を感じているからなんだろう。そんな押し売りの恩なんて僕にはありがたくもなんともないんだけどね。 「俺達は別にお前が何もしたくないならそれでいーさ。他の刀剣がきびきび働くだろ。長谷とか」 「俺はお前の為には働かんぞ」 「いーじゃん、そこはノれよ」 「馬はここにいないぞ」 「そうじゃねーよ」 2人でテンポのいい会話をつづけ、こちらを見て「なんだよ、笑えんのか」と言った。 「え?」 「青江。わらう? うれしい?」 いつのまにか、世祖とかいう童女がこっちを見ていた。 「青江さんは、やぁぱりわあってたほーがいーえすよ! にっかりと!!」 「そーだよなあ、にっかり笑った幽霊切ってんだからお前もにっかり笑ってやれよ。幽霊が浮かばれないだろ」 無茶なことを言ってくる#名前2#という男に、僕は「フッ」と笑いをこぼした。さっきまでは死んでこいとか言っていたくせに、手のひらを返したように今度は笑えと。勝手にもほどがある言い分だ。 「おー、今度こそしっかり笑った。んだよ、青江。お前、さっきはなんかグチグチ言うからここにいたくないのかと思ったけど…。その調子なら大丈夫そうだな。 なんだ、その場所は気に入ったのか?」 「え? ああ、ここか…」 肯定の返事でもしようかと思ったが、へし切長谷部や加州清光らはこちらを獣のようなギラギラとした目でにらんできていたのでやめることにした。 「いや、僕みたいな剣に人を見回す場所は居心地が悪いようだ」 「そうか。なら、隣にこいや」 秋田藤四郎の手の震えはいつのまにかおさまっていた。