三日月宗近の話

 バチン、と音が響いた。練結失敗という文字がピョーンと間抜けな音をたてて浮かび上がる。刀を動かした#名前2#も、霊力を注いだ世祖も、練結の相手となっていた山姥切も驚いた。 「何事だ!?」  練度が上限に達して暇を持て余していた長谷部が一番に駆けつけて世祖の肩を抱く。#名前2#を一睨みしてその長い脚でゲシリと蹴り上げた。 「いった!」 「お前がいて何してるんだ!」 「俺だって知りたい! 素材の三日月が撥ねたんだ!」 「何を言ってるんだ……」 「本当だっつーの!」  半信半疑で長谷部が周りを見渡すと山姥切はこくこくと力をこめて頷き、世祖はぎゅっと握りしめられた腕から抜け出して三日月の元に近寄っていた。 「世祖!」 「んー」  じゅっと焼け焦げた音がして世祖の指がやけどの跡をつくった。すぐに治る傷だったが長谷部は青ざめ、また#名前2#のことを睨んでくる。 「#名前2#…さん」 「はいはい、なんだよ長谷」 「さっきの状況を話せ」 「わかった。とりあえずそこで怯えてる山姥切は国広兄弟んとこ連れて行ってからな」  ひょいっと横抱きされた山姥切は自分が写しだからこんなことが起きたのだろうか、とずっと落ち込んでいるのに加えて長谷部の剣幕に相当参っていた。 「!! ばん、ずるい!」 「ずるくない。世祖は長谷なー」 「んー!!」  世祖はぶんぶんと頭を振って#名前2#の気をひこうとするがまったく顧みられない。しまいには涙がぽろぽろと出てきたがそれでも#名前2#は振り返らない。長谷部の差し出された手を無視してボテリとうつぶせになるとぐっと腕をつきあげた。いつもならそれで霊力で世祖の想いが伝播してこんのすけがかけつけるのだがあいにくと今日はこんのすけが月に一度の役人に呼び出しを受ける日だった。自分のワガママが受け入れられないことにガンッと衝撃を受けた世祖だったが、仕方なく立ち上がった。おろおろと見守る長谷部のストラのはしっこをつかみ、「あるく」とつぶやいた。長谷部はぐっと声をおさえて世祖の歩調に合わせて歩き出した。最近の世祖はやけに#名前2#に甘えただ。  山姥切を国広兄弟のもとに預けて、#名前2#は加州のいる部屋に訪れた。相室の大和守は練度を上げる部隊の先輩役として出ているので現在は練度上限に達した加州のみである。 「カース!」 「カスじゃないってば。ねえ、さっきの音なんだったの?」 「俺も分らない。練結失敗とだけ出てきた」 「練結失敗? なにそれ、聞いたことないけど」 「俺だってない。長谷は?」 「……」 「世祖に膝に乗っかられて感動してるみたいだね。これじゃ当分話さない」 「みたいだな」  こんのすけのいない今、頼りになるのは世祖と共にあった加州、薬研、長谷部の3振りである。薬研も練度は上限に達しているが今日は遠征に短刀を連れているので残念ながらいない。世祖自身も先ほどの事故がなんなのかわかっていないので、加州のもとに来たというわけである。 「素材は?」 「配布された三日月宗近だ。小狐丸は特になにもなかったんだがな…」 「誰にやったのさ」 「山姥切。ほら、物吉はもう全部あげるだけあげただろ? だから暇そうにしてた山姥切にした」 「小狐丸も山姥切?」 「ああ」 「ふーん……。じゃあさ、いっそのこと三日月に直接聞いてみれば?」 「ああ? アイツは今穢れが堕ちきってないから石切丸と祈祷してるじゃねーか」  三日月宗近は体内に残った穢れがまだたっぷりと体にしみこんでいる。現在、彼のために石切丸と太郎太刀は祈祷を行い、食事当番は精進料理を作り、#名前2#と世祖は吐血のあとを掃除する。来た当初は険悪だった#名前2#と小狐丸の関係はいつの間にかなおって#名前2#の顔をよくのぞきにくる。三日月はその吐血から言わずもがなだ。そしてそれは世祖にとってとても面白くないことだった。機嫌取りに遊んでやらないとこんのすけが宙に浮いて本丸内を駆けずり回り世祖の元にやってくるという被害がおこる。そんな三日月と世祖をわざわざ会わせるのはあまりいい案じゃない、と#名前2#は渋い顔をした。 「ちがうよ、吐血じゃないほう。素材のほうだってば。顕現してからでも別に素材にすることってできるんでしょ?」 「そりゃあできるが…」 「できるが?」 「納得してもらえるかどうか…」 「ダメだったら引き取り見つければいいじゃん。三日月がほしい人ってまだいるんじゃないかな」 「ああー…」  確かにそれならいいかもしれない。世祖の方をみるといつの間に話を聞いていたのか四つん這いになって#名前2#のことをじっと見つめていた。 「世祖もこういってるんだし、いいじゃん。やりなよ」 「……。責任とるのは俺なんだがな…」  #名前2#は仕方なく立ち上がった。素材になった三日月はまだ練結部屋にいるはずだ。ついてこようとする長谷部を加州が止めて2人は廊下をあるきだした。  なぜ、刀解するはずの配布された三日月を練結の素材にしたのか。その理由を語るには沖野と話した日のあと。つまり、配布の日の前日から話さないといけない。  飯を食って風呂に入った。世祖の風呂は最近はこんのすけに任せきりで、俺は1人でゆったりとしている。蜻蛉切に書類の送付を任せていいと言われ大人しく頼んだ。彼なら変なことはしないだろう。自分の部屋に戻ると前転の出来ないという前田と平野に世祖が転び方を教えていた。なんで俺の部屋に、というツッコミはしても無駄だ。 「こう!」 「こう!」 「こうですね!」  尻を突き上げた土下座みたいなポーズに笑いをこらえながらこんのすけと#名前2#はカメラで撮っていた。今は長期遠征中の一期一振に見せてやろうという魂胆だ。 「足!」  ごろん、と世祖が転がって畳の上に大の字になった。洋服はべろん、とはだけてポッコリとしたお腹が出てきた。蚊帳のおかげで彼女の肌も蚊に食われることなしにここまできている。 「はい!」  2人の掛け声が重なって頭を丸め込んだ。そしてそのまま止まってしまう。頑張ってはいるものの全く動かない足に#名前2#はこらえきれずに笑ってしまった。世祖が#名前2#の方を振り向いた。 「くっ、ふふ! あっはははは。あー、おっかしい。世祖、どいてろ」  #名前2#にじゃれつく世祖にこんのすけを差し出して#名前2#は前田の足をつかみ持ち上げた。 「うわっ!?」 「ほれ、転がれー」  ごろんごろんと2人の短刀が一回転した。髪の毛がボサボサになったのを気にせずにきゃっきゃっと騒いでいる。なんでも初めて目を開いたまま回ったらしく感動しているらしい。 「すごいよ、世祖!」 「すごいね、世祖!」 「ん! ん!」  3人で訳の分からない変な踊りをおどりながら畳を踏み鳴らす。さすがにホコリがあるのでやめてほしいのだが、微笑ましいのでカメラに収めることにした。  カシャン! 「おい、カンストしたぞ」 「あ」 「あ?」  刀にヒビが入った。練結のために残しておいた刀が。うちの本丸は練結のために刀を2振りだけ残し、あとは全て刀解して素材にするようにしている。 と、そんな時に同田貫が刀を壊してしまった。ヒビの入った練度1の刀はサラサラと崩れ落ちていった。神気は高くない刀である、仕方ない。 「同田貫、やっちまったな」 「げえっ、こんな所に置いておくのが悪いんだろー」 「まあ、それもそうだな。……あ? おい、平野。今日って練結したっけか?」 「え? はい、してましたけど……」 「マジか……」  なぜ刀をすぐに解かすのか、そんなことは簡単だ。刀を育てるだけの力を持てないから。沖野の配慮により、明石や日本号や物吉…あとはあれか、陸奥とかか。そいつらは世祖の霊力で保存はしているが顕現はさせていない。そして、今は新しい刀は2振りしか持てないのだ。明日は配布の日。新規の鍛刀は、妖精の休養日でなし。出陣でのドロップ率は最近異様に低く、ほとんど出ていない。大体は解かしている。ブラック本丸にいた刀剣たちのトラウマも刺激せずに(鍛刀のやつでないため)楽チンな方法だ。 ………。状況が詰んでいる。 「仕方ないよな、同田貫」 「あ? ああ、そうだな」  何もわかってないふうに同田貫は言って手を出してきた。練度がストップした時には遠征に行かせることが多いので装置をつける。昔はウェアラブルグラスだったが、今は腕につけるマイクロチップでパネルが出るようにしたのだ。長谷部の「派手だ! 敵に見つかるだろう!」という意見でこんなふうになった。ガシャコン、と埋めて同田貫は部屋を出ていった。どうせ内番の手合わせ組を見に行くのだ。いつもそんな感じだから。 「すみません、僕…何かしましたか?」 「いいや、大丈夫だ。それより、ほら。これ、一期一振に見せてやれ」  ごろん、と前転の瞬間を撮った写真を渡すと平野はキラキラした目で「ありがとうございます!」と懐にしまいこんだ。 「よし、今日はこれで部屋もどれ」 「はぁーい!」  キャラキャラと笑って2人は廊下をかけていく。夜にも近侍の警備が必要だ、と言ったのは確か#名前2#の持つ陸奥守だった。その時に彼が何を考えていたかは分からないが、自分の昔の持ち主を思うとそう言いたくなるのも無理はないな、と警護役を適当に作らせた。そして今はその役は世祖とどれだけ仲良くなれているかを自慢するような形になっている。普通の言葉で言えば『ちやほやされている』だ。残念ながら世祖はそんな普通な言葉で言い表せない少女である。ちやほや、というよりは周りをとにかく振り回しているという表現があっていた。  もうひとつ。小狐丸と仲良くなったのはなんだったかなと思うときっかけは全くなかったはずだ。五虎退のような検非違使事件も青江のような呪い騒ぎもなかったのだ。  来た当初は確かに嫌われていた。あんまりにもにらんでくるので(それはもう親の仇を見るかのように)#名前2#は部屋からでなくなり、世祖は1人こんのすけと薬研につれられて本丸をなにかの亡霊のようにさまよっていた。青江などはその気の毒さに胸をやられて「早く部屋から出てやれ」と口を出していたが#名前2#は全く聞く耳をもたなかった。  ある日、#名前2#は世祖とともにビデオ通話をしていた。沖野との週一度のアレである。部屋に閉じこもることがとことん嫌いになった世祖は庭先の木によじのぼってゆさゆさとたっぷり茂った葉っぱをおっことしていた。沖野はそれを見ながら「彼女をサルか何かに育て上げるつもりかい?」と皮肉交じりに#名前2#を笑う。カメラ越しに見る世祖は太い木の枝につかまってゲラゲラと笑っていた。絵本の『大きな木』のように、世祖も大人になったら#名前2#や刀剣男士をかえりみず自分の道を進むのかもしれないなあ。なんとなく感傷的な気分になって涙をぬぐう。その背後にそっと忍び寄る影があった。  と、その瞬間#名前2#は自分の肘を後ろに繰り出し、カメラを宙に固定するとゴホゴホせきをする相手に強烈な回し蹴りをくらわした。倒れた相手に陸奥の剣先を突きつける。白い髪の毛の倒れた男はいつかの夢に見た相手とは全くちがっていた。 「小狐丸、人を殺すのか?」 「あやつが一人になるよりマシだ」  どういう意味か、#名前2#のほとんど使われない頭ではわからなかった。どういう意味だ、と聞き返すよりも先に沖野の方が答えを聞いていた。後ろを振り向くと世祖が木から降りており、タブレット型パネルを小狐丸と#名前2#の方に向けていた。ん、と世祖が腕をあげると小狐丸の着物が引き締まり何かで結ばれたんだなと思った。 「三日月宗近は自分の刀を使って主を殺したとか、……」 「あんなやつ…! 主と思ったことなど…!!」 「??」  #名前2#はそのナッツのようなカラカラとなる頭で必死に考えてみた。こういうところで彼の頭は全く気が利かないのだ。(昔は世祖を守るために奔走していたが今は平和ボケしてしまっている!!)そんな#名前2#をみかねてか、世祖が腕を引っ張って耳打ちした。#名前2#とはかなり背丈にちがいがあるのに、彼女は耳打ちしたのだ。パネルはまた宙にかたまることとなった。 「小狐丸、かなしい。あいつ、ひとり。かわい、そう。ころす、ない。ダメ。No?」 「Yes」  世祖の頭をかきなでてわかったよ、とうなづいた。まだ小狐丸にしゃべりかけていた沖野に「後は俺たちがやるさ」と通信を無理やり切った。陸奥を取り出すと、一気に切り裂いた。小狐丸の何か縛られていたものがばたばたと落ちて小狐丸が派手にせきをしながら立ち上がる。 「お前、なんだ。人間ではなかろう」 「これでも人間だよ。俺も、世祖もな」  #名前2#は世祖を抱きかかえて部屋に戻った。こんのすけは沖野に沢山の文句をことづかったらしくカーステレオのようにペラペラと小気味よく再生してくれた。  その日以来、#名前2#は小狐丸にさらに命を狙われるようになったのだが、これが功をそうした。#名前2#にいくらはむかっても勝てないとわかってからは周りの刀剣たちとコミュニケーションをとるようになったのだ。#名前2#はこれまでにも似たようなことをしてきたせいか、さほど頭には残っていなかった。 「なあ、世祖。錬結されるってどんな気持ちなんだろうな」 「んー……。知る?」 「質問かよ」  #名前2#はヒャラッと口を広げて笑った。柑橘系の匂いをただよわせる横で歩く男を世祖はときたまアホじゃないかと思う。本丸内は確かに時間間隔がくるってしまうが#名前2#は確かに刀剣男士たちから話を聞いているのに覚えてないらしい。言葉をそのまま受け取ってしまうのも#名前2#の悪い癖だ。こんのすけがここにいたならば唖然とした表情でこう言っただろう。 「あんた何してるんだ!!」