不動行光の話
「不動、ほいこれ」 手渡された拳銃はずっしりと重たかった。 ナイフス藤四郎こと包丁藤四郎や太鼓鐘はもう本丸に馴染んでいる(ように思われる)。なのに、不動はまだ1人だ。出陣はまだ夜戦のみで練度上げの真っ最中。かつ、数珠丸恒次を探しているらしいが随分とのんびりした出陣だ。 あの水鉄砲を返しに行った際に#名前2#がくれた拳銃は銃口が鉛で塞がれており音などは出せなかった。拳銃ホルスターも一緒にくれたが、脇下に収まるサスペンダータイプだった。本当は腰につけるやつが欲しかったが仕方ない。 「それ、オークションに出ててさあ。値段も割と安かったから買っちまったー。あ、そのホルスターは前のハロウィンに作ったやつだからな。大事に扱えよ」 「あ、あざいます…!」 やった。これで、俺の目印が出来た。そう思ったのに。 「不動! 今日はやけに走りづらそうだけど大丈夫か?」 「…ああ」 「……そうか」 厚はまだ何か言いたそうな顔をしていたが不動はさっさと行けと思っていた。拳銃がどんどん重くなってきているのだ。肩が外れそうだ。刀を振る度にどこかに吹き飛びそうだと思う。 何が起きているのか。不動にも分からなかった。分かるのは拳銃が重いということとホルスターが食い込み外れそうにないということだ。ギチガチと骨が締め付けられている感覚がする。これがダメ刀らしい拳銃の持ち方ってか、なんて笑う余裕もない。痛みで頭が回らない。 「……」 皆が歩を遅める不動を見つめている。彼らの目は早く行きたいと言っている。足が重い。動きにくい。肩だけ切り落としたい気分だ。ぜぇはあと出る息に流れ落ちる汗。夜だというのに自分だけ暑い。夏なんかじゃないのに。 音が聞こえる。これは、何の……音、だ? ーーこれだからダメ刀は。 ーー不動行光って実装期間短かったしイベのみだしほんとやだ。まじ泥率低すぎ。 ーー甘酒ばっか飲んでて本丸のこと忘れたのかな??? やめろ、やめろ、やめろ。俺を、そんな目で…… 「見るなあっ!!!」 ザックリと切れた同じ刀剣男士の腕に赤い血がほとばしる。気づいた時にはホルスターを地面に押し付けるように沈められていた。 「ありゃ、不良品だったか」 オークションで安く叩き売りされていた拳銃は粗悪品だったらしい。こんなに穢れがついたものを彼に渡すなんて!!と石切丸にたっぷりと怒られた後、薬研に与えた医務室へと歩いていくと道途中で宗三が通せんぼした。切られたのは小夜であるし、その元を正せば#名前2#が悪い。何を言われるのかと思いきや、話は意外にも不動のことだった。小夜のことを許したわけでもないだろうが、今は不動の話をする。その優先順位の付け方が宗三は異様にうまい。冷静に、自分がどうすればいいのか分かってるようのだ。 不動を叱らないであげてください。まるで保育士から保護者に向けての言葉みたいだ。いつの間にか自分は刀剣男士の保護者になっていたのか。 「あの子は人の心を忘れすぎているだけなんです」 「……それは、『ない』ってことと同義じゃないか?」 「いいえ、彼は心を持っています。ただ、忘れてしまっているんです」 いいことも、悪いことも彼にとっては厄だったんでしょうから。 ……宗三の話は毎度哲学的な言葉が混ざってきて分からない。なんでそんなポエミーな言葉を使うのか。別に不動が自分で悪いことしたって思えればいいんじゃないのか。適当に頷いた俺はそのまま医務室に作り替えた部屋に向かう。近づくにつれて薬研の声が聞こえてきた。 「不動、寝てなきゃダメだって…! お前の肩が治ったわけじゃないんだから!!」 「いや……こんなダメ刀、また下げ渡されるんだ。きっそうだ。そうに決まってる。信長公だってそうだったんだ。あんなにも、俺のことを愛してくれてたのに。短刀は戦場で使えないからか? そんなこと一々いうお人じゃなかった。そうだ、俺がダメだったんだ……。ここでも俺は変わってないんだ、ダメなんだ。沢山の人を嫌にしてきたんだ。それならいっそ、」 「いっそ?」 「いっそ………」 唐突に向けられた#名前2#からの質問に不動は虚ろな視線で#名前2#を見上げた。不動の自刃しようとする腕を握っている薬研も心配そうに見上げている。#名前2#は不思議そうに「いっそのこと、どうしたいんだ?」と聞いた。 「お前だって、俺が消えればいいと思ってるんだろ」 「いや、別に」 「特設戦場にしかいないのに、俺が駄々をこねて降りないから……俺のことを、バカにして待っていたんだろう!!?」 「なんでそうなんの?」 「お前も、薬研も! 長谷部も! 宗三も! みんな、強くなってて! 俺だけが1人埋まってる!! ダメ刀は、強くは…なれない……」 昼戦に出られるのは演練だけ。強い奴らが集まるのだから負けるのは当たり前。晒される視線。レベルが弱いこと。不動が昔にとやかく言われた存在であること。同じ、織田の刀の視線。 自分は昼戦ではきっと戦わせてもらえないのだ。だからこんなとこに連れてこられる。見世物小屋と、おんなじだ。いたぶって惨めで無様な姿を晒せば誰かが笑う。#名前2#と世祖は、それを上から見下す支配者だ。 「不動」 べしっ、と頭を強く叩かれた。はっ、とした時には薬研の顔のスレスレのところに刀が向けられていた。何億回と見たことのある自分の刀、不動行光が薬研藤四郎に向けられていた。そして、赤い液体がだらだらと畳に流れ落ちている。誰かが、刃を握っているのだ。 「ぉ、おれ、いゃ、俺の、俺のせいじゃない! 違う、これは……!」 「ふざけんな、てめえのせいだろうが」 またしてもべしっと頭を叩かれた。振りまかれた血がぼたぼたと不動の服や周囲を汚す。#名前2#はうぎゃ、髪の毛入ったいってえ…!!とぶつくさ言いながらハンカチで腕の血管を締め付ける。 「不動、オメエなあ言い訳するくらいだったらもっと綺麗に言えや。自分の言葉分かんないまま口にすんじゃねえ」 そんなのじゃ誰にも届かねえぞ、と言う#名前2#に不動は歯を噛み締めた。誰が聞いてくれると言うのか。こんなダメ刀の言葉を。誰が、一体どんな奇特な者が耳を傾けるのか…!! 「#名前2#さん、手が…! 血を流しすぎだ!!」 「平気だ、こんなもん。それより、不動、おめえだ! 俺は歴史に疎いから織田信長は知ってても刀のことなんざ全く知らない! どっかのヤツらがなんか言ったってなあ、実際には見てもないことに言うことばなんか気にしてんじゃねえよ! 逆に、騙ってるとでも言ってやれや! 何なんだ、あの程度のことでグチグチ言いやがって! お前は不動行光なんだから、しっかり胸はってろ!! ダメ刀かどうかは、周りじゃなくてお前が決めることだ!」 「……ぉれは、」 「声が小さい! もっかい!!」 「…ぉれはぁ!」 「腹から声出してみろ!」 「おれはぁ! っふぅ、うう、ゔ、ふどうユキミツ! 信長公に、…っぐ、愛された! 刀だ!!」 「よし!! よく言った!!」 うぁあぁああぁああと泣き崩れた不動を抱き上げて、隣の部屋に小夜が寝ているのかを確認したら今は世祖のところに寝かせていると返事がきた。 「世祖のとこに?」 「俺のとこにいるより世祖に預けた方が早いからな」 「まあ、確かに。俺も世祖んとこ行ってくるわ」 「ああ、分かった」 泣き叫ぶ不動に服の肩口を噛ませて廊下を歩いていくと今度は長谷部にぶち当たった。不動は泣いたまま後ろを向いているので気づいていない。ここで名前を呼ぶと面倒なことになりそうで「どした?」と聞くだけにした。 「………。叱るなよ」 「ああ、分かってる…」 「本当にか?」 「もちろん」 宗三にも言われてお前にも言われて、薬研もずっと心配しててマジでお前ら何なの?と聞いてやりたくなる。心配されてる不動は泣きっぱのままで#名前2#の服をずびずび濡らしている。今日の近侍は……あー、和泉守かな? 確か。……これはまた、何かありそうな予感がする。 不動、お前ちょっとここ座れ。 和泉守は#名前2#によく怒られるような姿ではなく鬼の副長と謳われた土方歳三と同じ目つきで不動を見つめた。#名前2#と不動の怪我はもう治っていて、世祖は#名前2#にあまえるようにちょこんと胸板に顔をうずめている。#名前2#には和泉守が怒ったそぶりをしているので自分は怒られないように隠れてるようにも見えた。 世祖の尻を腕に乗せて#名前2#は和泉守がどんな言葉をかけるのか楽しみにしていた。なんだかんだ言っても兄貴の色がある和泉守は刀達の争いごとにはきちんとした裁量を決める腕っぷしがある。不動が受け入れられるかは別であるが、和泉守がなにかするだろう。 「不動、この本丸でのことは#名前2#さんが決めてるから俺から何かああしろこうしろとかは言えねえけどな、自分の弱さが招いたことって自覚しろ」 「……」 「イベ限の短刀だから、織田信長の刀だから、そんなのはどうでもいい。不動行光って刀が小夜左文字を傷つけたことに変わりはないんだ、ちゃんとその罪を、自覚しろ」 「……はい」 「付け加えるとだな。お前はもうこの本丸の刀なんだからそんな負い目を感じるよりもぱーっと動いてみたらいい」 「……」 「#名前2#さん」 「んー?」 「不動に、ナイフスと大和守をつけて行動させてやりたいんだがダメか?」 「ふーん、いいんでねえかな?」 「ってことだ、不動。お前は少し肩の力を抜くことを覚えろ。そのまんまじゃまたガス欠で体壊すぞ」 不動は一礼して部屋を出ていった。小夜のもとに行くのだろう、と勝手に見送って和泉守に向き合うとだはーっと息をついた。 「おつかれー」 「くっそお、面倒な役回りを俺に任せやがって」 「いやいや、近侍当番はローテだから仕方ないだろ」 俺のせいじゃねーよーと#名前2#は和泉守に近寄って背中を合わせるように座った。そのまま体重がかけられ、和泉守の姿勢は段々と前屈みになっていく。 「おい、おもてーぞ」 「重くしてんだよ」 その姿勢のまま何分か経ったのだろうか。和泉守がぽつりと「あれで良かったのか?」と言った。 「だから、いーんでねえの?」 「不動は、このままじゃ完全に立ち直りはしないぞ」 根元から切り捨てるのではなく和らげる方向にした。それの何が悪いのか。分霊のことを#名前2#たちが何かしても本霊には届かないのだから仕方ない。和泉守の選択は正しいとも悪いとも言えず、今の状況には合ってるという程度だ。だが和泉守はどうにも心配していた。この選択によって負われる責任は#名前2#にあるはずなのに和泉守は自分で背負おうとしているのだ。刀剣なんかがそんなことをしたってどうにもならないというのに、動く姿は哀れを通り越して滑稽だ。 「和泉守」 「んあ?」 「お前ってやっぱり面白いよな」 「………そうかよ」 今の面白いにはどんな意味が込められているのか、わからない和泉守ではなかった。 不動が色々あったのも束の間、年齢がどうだろうと外見が子どもっぽいやつらは子どもらしく遊ぶのがよい。そんな理由で#名前2#は世祖と不動と小夜と包丁を連れて万屋に出かけた。なぜこの面子を選んだかといえば、ただのあみだくじだ。本当は今剣も入れたかったのだが沖野に催促されて極になるための修行へ出かけている。この調子で極を6振り作れという命令だったので今剣が帰ってきたら小夜の出番だろう。秋田は既にカンストしたが2人で順番を決めたからと言われて#名前2#は渋々今剣を送り出した。(それまで今剣と陸奥と#名前2#とでスターウォーズを見続けている最中だったのだ。) 「おやっさん、お弁当できてる?」 「ああ、出来てんよ。カナコ、出してやんな」 「はぁーい!」 ピクニックに行きたいということを漏らしたらこの薬屋は弁当を作ってくれると言ってくれたのだ。まさか薬を入れたりしてねえよなあ?と笑い合いながらカナコから弁当の入った袋をもらう。何の付喪神か知らないがこの薬屋を担っているのが人間でないのは確かだ。人間はまず口がないまま喋ることなんて出来ない。 「はい、どーぞ」 「ありがとな、カナコちゃん」 「いえいえー。またご贔屓にー」 のっぺらぼうのような彼女の雰囲気はとても分かりやすい。初めて見た不動と包丁の背中を押して#名前2#は本丸の裏山に連れていった。いつもの競技場を通り越すとそこには小広い草原があるのだ。 「ほら、適当に座りな」 「んじゃあ俺はここ!」 迷いなく世祖の隣に陣取った包丁はいい度胸してるなあ、と小夜も#名前2#の隣に座った。どうしよう、と考え込んで立ったままの不動を包丁が引っ張って自分と世祖の間に座らせた。こうやって気が利いたことが出来るのは彼らしく人妻のため、らしいが元からの気性もあるのだろう。小夜には出来ないことだ。 弁当を食べながら包丁は「なんで呼ばれたんだ、俺たち?」と言う。とにかく箸が曲がっているのが気になる。 「いやー、不動がなんか本丸に居づらそうだから気晴らし? みたいな?」 「ふーん」 桜の形に切り取られた人参を口にぽいっと入れて包丁は「そんなにあそこ嫌なのか、不動は」となんのためらいもなく聞き出した。 「………」 何か声に出そうとして出来なくて、不動は小夜と包丁と#名前2#とを順番に見回してごくりと唾を飲み込んだ。そしてそのままそうじゃない、と小さくつぶやく。 「嫌じゃない、けど」 「けど?」 「どうすればいいのか、分からない……」 腹の底に隠しこんでいた本音をひねり出すような声に包丁はがしがしと頭をかいて「別にどうもしなくていいんだけどなあ」と言った。 「はぁ?」 「だって、俺、不動のこと好きだよ? ふつーにしてても面白いこと言うし」 ねえ、#名前2#さん?と話を振られてそうだなあと頷いておいた。面白いかどうかはともかくとして、下手にキャラ作りしてしんどくなられるよりも今のこいつの方が一緒にいるのは楽だ。 「んだな。不動、お前考え過ぎなんだよ」 考えて人生過ごすよりも、ぱーっと楽しく生きようぜ。 弁当の水を飲み干した#名前2#に小夜が「#名前2#さんは楽にしすぎだけどね」とツッコミを入れた。成長したなあと思う反面、その言葉はどういう意味かと頭を叩きたくなった。 「うるせーよ、小夜」 「痛いです」 「いたくしたんだ」 不動はその光景を見て泣きながら弁当を食べ始めた。刀剣男士たちのために甘く作ってくれた玉子焼きは不動にはちょっとだけしょっぱかった。 「あ、今日これ塩ちょっとかけたんかや。しょっぺえや」 涙のせいじゃなくしょっぱいらしい。そんな所も#名前2#さんと世祖の本丸らしい。 「上手いか? 不動」 「……! ああ、んまい!!」 べちゃついたご飯はあまり好きではないのに、何故かいつも本丸で食べたご飯よりも美味しく感じられた。