紺青の拳
大会が始まった。キッドが戻ったかどうかは俺はよく知らない。言えることといえば、ホテルでの朝食には彼もちゃんといたので安心したぐらいだろうか。特に心配事もなくなったので俺もそれなりに力を使って戦っている。皆が気になる京極もジャマルッディンも順調に進んでいる。人が多いので何回戦、と繰り返すことはあまりない。初戦を終えたらかなり暇になるのだ。更衣室で着替えていたら「やあ」と爽やかに胡散臭さも残してレオンが来た。 「どうもっす」 「驚いたよ、君がそんなに強いなんてね」 「いえいえ、それほどでも」 「日本人の謙遜というやつかい? 良くないよ、それは」 はは、と笑って返せばレオンはニヤリと悪どい笑みを浮かべた。 「君の強さは何のためにあるんだい」 「……人を守るためです」 「その力で他人を傷つけることがあっても? いるんだろう、君にも大切な人が」 「いますけどそれが何か」 俺の返事がお気に召さなかったのかレオンは笑みを強ばらせた。 「戦って傷つけることが怖くないのか」 「俺もあいつも戦ってる中で好きだから、愛してるからなんて言葉で油断しないし恩情もかけません」 レオンは憎々しげに俺に世祖がどうなってもいいのか、と言う。自分の予定調和だった世界が壊れると彼はまるで小物のようだった。こいつがキッドをわざわざ自分の元に呼び寄せたのだろうか。だとしたら、相手が悪すぎる気がする。 「世祖になにかしても無駄ですよ、あいつ俺より強いですもん」 俺はレオンを置き去りに京極の方を見に行った。小走りにこちらに来る蘭ちゃんを見つけて声をかける。園子ちゃんたちは?と聞くと園子と京極さんはランチデートですと言われた。えー、めっちゃ青春だ。可愛いなあと思わず笑う俺に蘭ちゃんは苦々しい顔をした。 「お父さんは今アーサーくんとどこかに行っちゃって……。新一も警護だなんだってどこかに…」 「へー、ってじゅ…恒次と世祖は?」 「#名前2#さんの方に行くって言われてたので私も来たんですけど……会いませんでしたか?」 「いや。電話してみるか」 サイレントモードになっている電話だろうが電話がかかってきたら世祖には直ぐにわかった。つんつん、と数珠丸の裾をつつく。おや、どうかされましたか。数珠丸が長い髪の毛を床にたれさせてしゃがみ込んだ。 「リンリン」 「えーっとこれは……電話で合ってましたかね」 数珠丸は自分のスマホを取り出すと#名前2#から電話がかかっていることに気づいた。そばにいた警察に「電話に出ても?」と確認すると離れてならいいぞと言われた。 「もしもし、数珠丸です」 「あ、俺。#名前2#」 「分かってます」 「……うん、まあお前に他意はないよね、大丈夫。お前ら今どこにいるの?」 「リシさんに言われて毛利探偵と一緒に金庫の所にいます。世祖とアーサーくんもいますよ」 「俺たち今、売店のところいるんだよ。毛利探偵のなら仕事だから世祖たち連れてこっちまで来てもらっていいか。売店で飯買おう」 「分かりました」 小五郎たちに一言ことわってから数珠丸は世祖とコナンを腕に抱えて走り出した。その速さに空手大会の観光客は「NINJA!?」と驚いていたが数珠丸は全く気にしない。 「着きました」 「恒次さん、その姿……」 「世祖はお腹が空くとうるさくなるので早く来ました。何を食べますか」 「俺、今日もうひと試合あるからって外で買ってきたバーガーあるんだよなー。野菜と肉が足りないからなにか買えないかと思ったんだけど」 「これはどうですか?」 「あ、それいいねー」 #名前2#は世祖も食べられそうなものを見繕ってそれも一緒にお金を支払った。適当なベンチに座って食べながら#名前2#は先程のレオンの話をした。 「さっき更衣室で着替えてたらレオンさん来てさ。俺の事スカウトしてったよ」 「へー」 「でもあの人何ていうか面倒臭い性格だよな。断るの苦労した」 それから数珠丸はレオンといえば、と話を切り出した。キッドがまた宝石を盗もうとしたこと、金庫からレオンの秘書であるレイチェルの死体が見つかったこと、キッドが有力な容疑者であること、金庫の中には血文字のダイイングメッセージがあったこと。 「ダイイングメッセージ? よく見たな」 #名前2#の疑問に数珠丸は何も言わなかった。 「そこにはエス、エイチ、イーとあったそうです。普通に考えればshe、彼女ですが」 「まあ、シャーロックの話みたいに書き途中で事切れた可能性もあるよなあ、」 「毛利さんに何を伝えたかったのかも知りたいですね」 まるで探偵のようだ、と蘭が褒める。数珠丸からすらすら出てくる情報に#名前2#は苦笑いだった。アーサー平井という名前で苦労している彼のために、と#名前2#がお願いしたのだった。 2回戦も無事に勝って#名前2#たちはホテルに戻ろうとしたが電話が鳴って行き先を病院に変えた。園子がひき逃げにあったという京極からの悲痛な声だった。 「京極! 園子ちゃんは?」 「今も検査中です」 「くそ、ひき逃げなんて卑劣な真似を……」 「俺のせいです。俺が、園子さんから目を離していなければこんなことには…」 京極の言葉に#名前2#すらも黙ったその時、数珠丸はつかつかと近寄り京極真の顔にビンタを食らわせた。 「え……」 「過ぎたことを後悔しても仕方ないでしょう。彼女がどうして君から離れたのか聞いてないのですか」 「いや、数珠丸。離れた結果ひき逃げなんだけど……」 「なら、起き上がったら聞いてみるべきですね。私達は人の心を推し量ることはできても確証を持つことなどできません。話も聞かずに自分で決めつけるのはもってのほかです。話し合いを」 「いやぁ、それはどうでしょうかね」 数珠丸の言葉を遮るようにレオンがやってきた。園子に向けたという花束は彼女には似合わなそうな赤やピンクの花でまとまっている。蘭が受け取ったがレオンが持ってくるのが不思議でならないようだった。 「京極くん。私の忠告が的中してしまったようだね。迷いを持った者の拳は周りを傷つける。必ずね。あぁ、これは君に渡すために持ってきたんだ。なに、ちょっとしたお守りだよ。ミサンガのようなものさ。これが切れた時に君は迷いを捨てきれたということだ。その時には思い存分拳を振るいなさい」 言いたいことだけ言ってレオンは行ってしまった。あんなの絶対詐欺じゃん、と#名前2#は数珠丸に言ったが彼の返事はすげなかった。 「私は救われたい気持ちがある者に教えを一緒に考えようと手を差し伸べます。ですが、安易なことに身を流して止まってしまう者には教えを説いても無駄、ということです」 「……お前ってなんかシビアだよね」 「おや、そうでしょうか。世祖のシビアさを強く引き継いだのかも」 数珠丸と笑ってホテルに戻った。怪盗キッドはハメられただけと思うがなぜ彼を犯人に仕立てているのか、弁護士のシェリリン・タンの事件は何か。キッドを助けろという沖野さんからの依頼は果たせるだろうか。 訳も分からず頭をぐしゃぐしゃにかいた俺に数珠丸が近寄ってきた。また説法だろうかと思いきや片膝をつき俺と視線を合わせた。 「#名前2#、もやもやしていても仕方ありません。今、世祖があの少年とメールを交わして情報を集めています。黒幕の、情報を」 「黒幕?」 「#名前2#、推理などは貴方にはできません。ですが、貴方には人を守る力があります。それだけあれば私たちは貴方の手となり足となり戦います」 「……お前って真顔でそういうこと言うよなぁ」 「恥ずかしいですか?」 「ああ、とっても」 「ふふ、恥ずかしい顔も好きです」 「……」 「付喪神と言っても刀です。つまりですね、どんな形であれ信頼した方の力となれるのなら私はいくらでも力を震うのです」 「…。じゃあ、お願いしたいんだけど」 「はい」 「……1回でいい。からキッドを助けてやってくれ」 「1回でよいのですか?」 「あいつは死なないと思うんだけど、けどだよ。万が一ってこともある」 「………」 数珠丸は俺の方に近寄ると頭をくしゃくしゃと撫でて自分のベッドに戻って行った。数珠丸。あんがとな。声をかけたら「いいえ、本心ですから」といい声で返された。こいつも最近自分の使い方というのを考えてきたんだろうか。……俺に自分を売り込んでどうするんだ。 「世祖、お前もいいところで寝るんだぞ」 「あい」 返事だけしてるがこれは分かってないパターンだ。明日の試合にも響くだろうしさすがに俺は寝ることにした。 翌日、試合会場に行くと京極は試合を棄権したという報告があった。急いで数珠丸に電話をかけるとひき逃げにあった園子のボディガードとなるためにホテルに篭ってるらしい。しかもいざこざもあったらしく、京極は部屋の入口にずっと立っているのだとか。 「え~~なんでアイツらがそんなことになるんだよ……絶対お互いのこと好きなはずじゃん!! 京極、お前絶対要らんこと言っただろ……」 「さて、どうでしょうかね」 「数珠丸?」 「愛の試練というものでしょう」 俺は3回戦を京極の棄権で不戦勝。そのままジャマルッディンとの戦いに入った。京極のことを待っていたらしいコイツは俺に向かって怒りをぶつけてきた。 最初っからの鋭い突きに慌てて避ける。一撃で決めようとしていたらしい相手に一旦退いてまた体勢を立て直す。変な小細工を使うと面倒だし、ここで俺が勝っていいのかも疑問だった。こいつに勝ったら俺は京極と絶対どこかで戦わなきゃならんし、宝石をとったら絶対敵が俺のところに集まるし。ぐだぐだと考えていたら蹴り技が飛んできた。手でいなしながら避けて後ろへ避ける。続く第2撃を足で受止めてまた離れる。だめだ、防戦一方にして考え込んでても仕方ない。突きを繰り出すと腕でガードされた。まあそこはいい。ジャマルッディンは俺の事を格下だと思っている。足に1発入れてから外回し蹴りで一気に頭を狙った。ヒット。 観客はどよめいている。無名の招待選手が勝つなんて思いもしなかったのだろう。一瞬の静寂から蜂の巣をつついたような歓声が聞こえてきた。もう英語で何言われてるかさっぱり分からない。 表彰で社長からチャンピオンベルトを受け取った。テレビの取材などを全て断り急いでロッカーに戻るとコナンと変装しているキッドがいた。 「キッド、お前大丈夫だったか」 「まあまあですよ……って、そのベルト!」 「なんかもう考えるの嫌になって敵を全部引き受けようかと思って。変に被害大きくなると嫌だし」 「いいんですか、俺がその宝石を盗んでも」 「おっ、やるか? 犯罪に手を貸すことは嫌いなんでね。俺に勝てたら宝石なんかくれてやるぞ」 「いーですいーです。盗みます!」 そういうなりキッドは俺からベルトをスろうとしたが俺が避けたせいでずっこけてしまった。 「ったあー!!」 「おい、傷痛いだろ」 「…よく傷があるなんて分かりましたね」 「まあ体動かしてるの見ればなんとなくは分かるよ」 #名前2#はそのまま服を着替え出した。まだ世祖たちからの連絡はきていない。今のうちに、とコナンは話しかけた。 「ねえ! #名前2#さん事件の情報持ってるでしょ! 僕らと共有してくれない!?」 「あ、ああ……別にいいけど」 #名前2#は試合の前に世祖たちと話したことを教えた。レオンのシンガポール開発の話、リシの話、シェリリンの話。それらを総合して#名前2#はジャマルッディンに宝石を渡さなかったのだ。 「敵は沢山いる。んで、レオンのことも気になる。薮をつつきたくないと思ってこうやて手にしたわけだけどいやーどうしたもんかねえ」 なはは、と笑う#名前2#にコナンたちは苦笑いだった。今度はコナンからも話を聞かせてもらう。小五郎に託された中富海運のコイン、レオンが接触した海賊の頭領、航路を大きく外れているタンカーがあること。 「おいおい、マジかよ」 「つまり、このタンカーはここを狙っていると。そう考えていいと思う」 「なるほどね。じゃあこの宝石は海賊たちを動かすための手段ってところか」 「でもレオンは手に入れる予定の宝石を手に入れられなかった。そしたら、これからどうするか」 「ま、俺を狙うだろうけど」 「#名前2#さんどうするんすか!」 「うーん、一応考えてはいる」 #名前2#は着替え終わり外に出る準備もできた。さて外に出よう、と言う時にスマホに着信が入った。いつの間に電話を登録されたのかレオン・ローという名前が出てくる。 「もしもし」 「#名前2#くん、君の大事な人は預かっている。宝石を持ってマリーナ・ベイ・サンズに来なさい」 「……」 「毛利小五郎がまさかここにいるとは思わなかったよ、彼にはレイチェルがお世話になったようだしね。こちらもゆっくり話したいことがある」 電話が耳から離れたのか小五郎のいびきが聞こえてくる。世祖じゃなくてそっちから来るとは。しかも毛利探偵。ここで彼に傷がついたりしたら自分も沖野も黙っていないだろう。チッと#名前2#は舌打ちをして「何時にそっちに?」と聞く。 「そこからこのホテルまでは10分もあれば着くだろう」 馬鹿じゃねえの、と#名前2#は心の中で呟いて電話を切った。 「今の電話レオンから!?」 「ああ。俺はこれ持ってホテルに行く。お前達はリシに話をしてこい」 「! #名前2#さんもやっぱり…?」 「ああ」 #名前2#は荷物も放って走り出した。スマホで世祖に電話をかける。すぐ通話状態になった。 「タンカーがこっちに来てる! 止められそうなら頼む、あと蘭ちゃんたちの位置を調べてくれ!」 「#名前2#、貴方はどこに!」 「ホテルの屋上! 頼んだぞ!!」 #名前2#はシンガポールに来てもやっぱり事件に巻き込まれる不運を呪いながら優勝を祝う人だかりを切り抜けた。