ハロウィンの花嫁

 病院には行かなかった。というのも、行く方が世祖に悪影響だろうという判断だった。コナンたちには病院の前で別れたけれど、その後すぐに清光の車が飛んできて「のって」とものすごく低い声で言われてお説教を受けた。 「ほんっっとバカ!!! 世祖のこともだけど、なに、爆風を受けて飛んだって。イーサン・ハントもしないよ、そんなこと」 「するだろ」 「あれはフィクションじゃん!」 「お前がふってきたんじゃん!」  加州とぎゃーぎゃー言っていたらぶつり、と何も聞こえなくなった。加州の口は動いている。後ろを見ると世祖が不機嫌そうな顔でこっちを見ていた。物理的に黙らされている。  家に帰ったら幽霊の四人組は既に部屋にいた。ついでに安定もいる。マグネットのブレスレットは今も健在だった。 「も、もう……! ほんとに死ぬところだったじゃないか!!」 「すみません」 「景、こいつ懲りてねえぞ」 「話半分にしか聞いてないな」 「自分の不慮で死んだおふたりは黙っててもらっていいですか……!? 防護服脱いでたり車に突っ込まれたり!!」 「こいつは自業自得だ」 「じゃあ俺はお前に文句言えるな。ふざけんな、おい、死ぬなよ大学生!」 「松田さんだって似たようなことして死んでるじゃん!! スコッチだって!」  四人組が黙ったところで加州から「じゃあ俺はいいよね」とまた説教を受けた。くそ、最悪だ。世祖は加州の声を既にシャットダウンしたのか俺の治療をはじめてくれた。おびただしい火傷の傷跡に世祖はゆっくりと手を当てる。たったこれだけの仕草でいつも通りの自分に元通りになるのだから怖い。  加州の説教がまあまあ途切れたところで、四人組に「あの爆弾について何か知ってます?」と聞いてみた。頷いたのは三人。萩原さんは知らないらしい。  彼らは息があった幼なじみのようにそれぞれ順序よく話をしてくれた。あの爆弾のこと。11月6日に起きたこと。事件は極秘扱いとされ、ニュースではボヤ騒ぎがあった程度のものに誤魔化されたのだ。 「じゃあ、プラーミャはアンタたちに負かされて腹を立ててたってことかな」  安定がぽりぽりとお菓子を食べながら言う。ハロウィンに向けて可愛らしいパッケージになったそれを隠すように開いているのは世祖がそのパッケージを見ると混乱してしまうから。いつもの中にいつものものがないことは世祖にとってはストレスのもとだ。  安定が食べているのを見て、世祖もひとつとった。食べられる気力はありそうだった。 「そういうことかもな」  俺もひとつとる。加州はいらない、と断った。最近ニキビができやすいから、と言われたが彼の顔はいつだってタマゴみたいに綺麗だった。 「……まあ、取り逃しちゃったことはしょうがないとして。その結果まわりまわって小五郎さんがあんな目にあったの腹立つんで殴ってもいいですか?」 「やめろやめろ! お前、ほんとあの探偵のことになると頭が止まるな」 「今のところあの人ぐらいしか世祖の父親になってくれないんでね」 「母親は?」 「俺が母親のことを信用してないからいりません。小五郎さんはまだマシ」  結局お前がいちばん父親を求めてるんじゃないか、とは幽霊たちは言えず。プラーミャという爆弾魔に関してわかる情報は全て話した。と言っても、単独犯であることと体術射撃ともにスペシャリストであること、腕に銃弾が当てられていることぐらいしかなかった。  #名前2#は話を聞きながら簡単にメモをとっていく。萩原はその当時は既に死んでいるので多少の冷やかしをいれながらだったが、彼が突っ込むおかげでより情報を聞き出せたところもあった。 「なるほど、それでこの前世祖にメールで接触があったのか」 「なんだって?」 「プラーミャを追いかけてるとかいう組織ですよ」  まあ、適当に話は断った。沖野さんはそういうことをしっかり管理している人なのでOKを出されなければ基本的にはそういった事例は無視している。 「というか、あの時どうしてあんな無茶な飛び降り方をしたんだ」 「え?」また話が戻ってきてしまった。折角ズラしたところだったのに。 「そーだそーだ、一歩間違えたら死ぬところだったぞあれ」「爆弾にかぶせてある布を使えば何とかなったんじゃないのか」 「いや、あれがあっても子どもたちには俺の体重は支えきれないの分かってるでしょ……。コナンだけそうしてやってもよかったけど、俺だけひとり飛び降りました、大怪我しました、なんて目覚めが悪いし」 「自分を庇ってくれた人が大怪我するのだって目覚めが悪いよ」 「生きてるんだからよしにしてくれません?」  話は終わりと言わんばかりに#名前2#はさっさと帰れというポーズをする。加州は「俺は帰らないけど」と言うので「じゃあ布団用意する」とのそのそゲストルームの方へ言ってしまう。これ以上は何を言っても無駄だ、と幽霊たちは仕方がなく家へと戻った。  翌日。風見さんたちのもとへ、世祖が倒れたので調合はそちらでやってくれという言葉を送ったら「それならこっちの手伝いをしてくれ」という返事が来た。手伝い。なんの? 違法捜査? 世祖は一晩寝たところで回復したらしくもうあの奇妙な言葉を発さなくなっていた。ベッド下は安定するということに気がついたのかそれとなく戻ろうとするので、ずっと脇に捕まえている。そのせいで腕を噛まれたりしているがまあ世祖が無事ならなんてことはない。  さて、それはそうと公安の協力の話である。また誰かを誤認逮捕しようものなら絶対に公安つぶすぞ、と思ったがそうではなかった。千葉刑事が誘拐されてしまったというのだ。それも、世祖に依頼をよこしたあの組織が。千葉刑事を助けるためには松田刑事に会わせなければならない。しかし、彼はもう死んでいるのだ。 「君が変装の名人だということは聞いている。力を貸してくれないだろうか」  幽霊! 幽霊が実体化してくれたらなあ! #名前2#はそんなことを思ったが顔に出す訳にもいかずに「分かりました。そういうことなら」とOKを出した。今日は幽霊たちはそばにいない。  世祖に松田刑事に見えるように術をかけてもらい(実際に行われているのは分子レベルでの分解と再構築なのは置いて)ミヤシタパークへ行った。最初は高木刑事が行くと言い張っていたけれど、爆弾処理なら俺もできますけどと言いつのり最終的にはどこからか圧力がかかってOKとなった。沖野さんか降谷さんが動いてくれたのかもしれない。 「似てるか?」  松田さんの喋り方ってなんだっけ……と思いながら振り向くと、佐藤刑事は泣きそうになっていた。 「ほんとに。松田くんが生きてるみたい」 「……それは、ありがたいですね。犯人たちをうまく騙せそうだ」  佐藤刑事の言葉は残酷だ。今の彼女と付き合っている高木刑事からしたらどんな風に見えるのだろう。  世祖はまたどこかの下に潜り込まないように加州に預けて、さっそく任務に向かった。コナンから渡された盗聴器はスーツの内側にもぐりこませておいた。  ミヤシタパークでのんびり突っ立っていたら、トリックオアトリート……とぼそぼそとした喋り方をする集団が寄ってきた。まるでタチの悪いホラー映画のようである。ジャック・オー・ランタンの被り物に黒いマント。少年探偵団の方がマシなコスプレをするだろう。  近寄ってくるかぼちゃ頭を見てぼうっとしていたら「おいおい、俺はそんな間抜けな顔しねーぞ」と横から声が聞こえた。松田さんが横にいる。振り向くのもなにか変なように思えて「どうしてここに?」と小声で聞いた。 「お前が変装するって言うから慌てて来たんだよ。加州ってやつに感謝しろよ」  それは本当に加州だったのかどうかは置いておく。ごり、と脇腹にグロックが当てられていた。 「着いてこい」  日本語だった。ロシア語でいい、と返事をすれば「なんだ、話せたのか」と言われる。松田さんは「俺がそんな言葉しゃべれるかっつーの!」とキレていたが俺は話せるので問題ない。インカムを捨てられて被り物をかぶせられる。マントをつけて、人混みに紛れるようにその場から離れた。  松田さんを横に従えて、俺はよく分からない地下へと来ていた。視界が悪いので銃をつきつけているやつにしがみつきながらゆっくりと階段を下りるぐらいだった。  着いたぞ、と声をかけられて被り物をとれば上で見た集団と同じような格好をした人間たちが集まっていた。 「あんたらか、俺を呼んだのは」 「お、俺の真似か? 似てねえな」 「……マツダ、ジンペイだな」 「……」  返事はしなかった。嘘をついてると分かったら命が危ない。 「下りろ」 「はいはい」  グロックを持った男に言われて、錆びた階段をゆっくりと下りていく。千葉刑事は意識は沈んでいるようだったが大きな怪我は見られなかった。俺の視線に気がついたのか、真ん中にいたかぼちゃ頭は「この男は無事だ」とつたない日本語で話した。 「ならいい」 「……お前たちが、プラーミャの爆弾を解体した事は知っている。頼む。プラーミャの爆弾について教えてほしい」  ばさり、とノートとペンが放り投げられた。俺はそれを見たまま動かない。グロックの男は「さっさと取れ」とロシア語で話しかけてきた。ふむ、とノートを拾えば「ロシア語が分かるの?」と驚いた声が聞こえる。 「それなりに」  これは本当だ。俺は別にロシア語を第二外国語のように扱っていたわけではない。趣味の範囲で、ロシアで暮らすには問題ない程度のしゃべりしかできない。例えば専門的な爆弾の話をロシア語で言われても「今の単語どこで切れてた!?」になる。横で松田さんは「おい! 俺はロシア語わかんねえんだよ、日本語にしろよ!」と叫んでいるが無視だ。 「……プラーミャを捕まえたいの。協力してほしい」  隠すことなくロシア語で話しかけてきた。 「嫌だと言ったら?」「あいつを殺す」  このかぼちゃ頭は本気だった。本気で、人を捕まえるために人を殺しても問題ないと思っている。 「そんなことしてまで、プラーミャを捕まえたいのか?」 「なに……?」 「プラーミャを捕まえるために、日本で自分たちが捕まるかもしれないってことまでして。挙句の果てに人を殺すなんて本気かって聞いている」  俺の言葉は何かの琴線に触れたのか、後ろにいた男がぴりと殺気をはなった。目の前にいるかぼちゃ頭が一瞬気を緩ませた瞬間、俺は後ろの男の鳩尾に肘をいれていた。うん、久々にスピードを重視したけれど遅くなった。そのまま崩れ落ちる男から銃を抜き取り構える。周りは俺に銃を向けていた。お前! と女の叫び声がする。その声にびくり、と千葉刑事の頭が揺れた。ゆっくりと起き上がる頭を見てあのまま起きられたら人質になるな……などと思った。が、どしゅっと鈍い音がしてかぼちゃ頭のひとりが倒れた。ついでに飛びはねたボールがそのまま千葉刑事にまたぶつかる。あ、気絶した。 「#名前2#さん、大丈夫!?」 「お、コナン~~」  主人公らしい、ピンチを救うポジションだ。かっこいい。手を振ってみせると「へらへらしない!」と厳しい声が聞こえた。 「こっちにも敵がまだいるっての!」  加州の声が聞こえて、人が落とされる音がした。世祖もいるようで、ふわりと俺の背中にひっついてきた。いや、今は松田さんの姿をしているから外から見たら変な感じだろうけれど。突然現れた人間にかぼちゃ頭たちは大騒ぎだった。このまま乱射事件になるかな、と思ったが意外にもボスはまともだった。 「……撤退だ!」  またロシア語のまま。俺が分かるのに、いいのだろうか。きっとコナンだって分かっている。電気が消えて、人が消える気配がした。スマホのライトが顔に当てられてとにかく眩しい。 「生きてる? #名前2#さん」 「おー、大丈夫」  俺の返事を聞いてもコナンは信用してないのか、ライトを当てたままゆっくりと近づいてきた。 「無茶しないでよ」 「……分かってる」  暗闇だしもしかしたら見間違いだったかもしれないけれど。コナンは泣きそうな顔をしていた。